謎その3 なぜ竜宮城は栄えているのか
「ようこそいらっしゃいました、浦島太郎様。お待ちしていました。私はこの竜宮城を預かる姫の、『
高く透き通る声と、そして
挨拶をしたのは、その中心に居る
いつの時代も身分が高い者は相応の装いをする。紅白の
「招いてもらってありがとう、乙姫さん。大したこともしてないのだが、お出迎えしてもらって恐縮してしまうよ」
俺はあくまで社交辞令モードで振る舞う。
女神から本来の浦島の竜宮城での過ごし方について「すごく警戒してて、全然楽しそうじゃなかったわ。警戒するのも無理はないけどね。結局何も
なので、駄目で元々かもしれないが、俺は反対に紳士的に振る舞ってみるのだ。
「あらあら、大したことをしてないなんて、ご
乙姫は司会が進行を読み上げるように
――企みがあって底が知れない、というようには見えない。俺は乙姫が『諸悪の根源で亀を使い魔として使役する魔女』である可能性を想定していたが、
むしろ、よく訓練された案内役のようだ。一流企業の
「さあ、歓待の席にご案内しますわ。こちらにどうぞ」
乙姫が礼をして奥の方を見やる。さて、ここからは
おっと奥に向かう前に、こいつのことも
「亀さん、お出迎えありがとう。楽しい道中だったよ。帰りも送ってくれるのかい?」
俺は案外本心でそう思っていた。業務とはいえ安全かつ充実した海の旅だったし、亀との雑談は予想外に楽しめて、心底悪い奴には思えなくなっていたからだ。
「こちらこそ、どういたしまして。道中、気に掛けてもらって嬉しかったです。勿論帰りもお送りします。だから、『契約』はそのままです。我が城の歓待を心行くまでお楽しみください」
俺は微笑んで右手をかざす。亀は長い前脚を振って返す。敵同士かもしれないが友情を感じたっていいだろう。旅の道ずれとはいえ、過ごした時間は嘘じゃない。
さて、感傷的になっちゃったな。乙姫の案内に従おう。
案内の道すがらで「それにしてもすごい宮殿だ、どうやって建てたんだろう」と月並みな質問を姫に投げかけると「ふふっ、住んでいる私も驚かされています。ちょっと私はどうやって建てたかは知りませんが、海の
なんとなく納得しそうでいて、何も分からない回答である。うーん、こりゃあ想定問答集とかがありそうだな。それを乙姫は見事に暗記してそうだ。こりゃあ
「へぇー、じゃあ乙姫さんは接待ばかりで、いつもお疲れじゃないのかね」と日頃のことを訊きだそうとすると、「いえいえ、一人ずつお
「いやー、しかし乙姫さんは接客上手だ、もう何人くらいお相手したんだい?」と突っ込んでみれば「実は、私は浦島太郎様が初めてなんですよ」と意外な返答が返ってくる。
ん、どういうことなんだ。こんなに慣れた風なのに。『一人ずつお招き』しているってことは、何人も代わる代わる相手してきたってことじゃないのか。慣れてない
待てよ。となると、『乙姫』は個人名でなく職名ってことになるのか。
「俺が初めてなのかい? あれ、じゃあ毎回、客人一人につき一人ずつ別の『乙姫』さんが付き添うってことなのかな」と確認すると、「ええ、そうなんです。だから私は、浦島太郎さん以外の男性を知らないんですよ」と
うわー、これはドキドキする。実際に可愛いし色っぽいし、本当なら喜ぶべき状況なんだよ。もう疑似恋愛であっても、とことん楽しみたくなってくる。
しかし、乙姫は交代制だったのか。となると、乙姫は首謀者の線から外れそうな気もする。いや、でも毎回招待者を爺さんにして
うーむ、この真偽は不明としておこう。
乙姫に質問を繰り返してうちに、宴席の部屋が見えてきた。
しまった。乙姫から探るのに熱中してて、あまり道を覚えていないぞ。まぁ全部案内してくれそうだから、何とかなるか。
「さあ、心行くまで一緒に楽しみましょう」
乙姫は歌うように始まりを告げ、俺の歓迎の
でも、あんまり興味ないんだよね。というか、現代人で興味ある若者って珍しいんじゃないかな。まぁ綺麗で華やかで
「では、いただきます」と習慣的に手を合わせると、乙姫は珍しそうな顔をして「なんだかその
ああ、この時代に『いただきます』は馴染みがなかったのかもしれない。
さて、ということで何よりも楽しめそうなのは料理である。お
その
そして焼き魚に箸を入れ、沸き立つ湯気の中の白身を
目を閉じてその幸せな感覚に浸り、続けざまにお吸い物を口元にやると、磯の香りが
俺まで蕩けてしまいそうな味わいの数々だ。
ああ、いかんいかん。感激しすぎて、本筋から
魚の素材の良さで勝負して、その味わいの余韻を高める酒と吸い物と
「あらあら、浦島太郎様、
「ああ、俺のことは浦島と呼んでよ。
食事に夢中になっている間に舞台の用意が整い、美しき舞い手達の歌と踊りが始まった。食べ物と違ってその良さが詳しくは分からないが、高くて綺麗な声が響き、軽やかに優雅な舞が繰り広げられると、ぼんやりと酒を呑みながら見入ってしまう。
それにしても、この体は酒に強い。呑んでも気分が良くなるだけで、意識が変な感じにならない。心なしか舌も回っている気がするのは、本来の浦島の素が出てきているからだろうか。
食事も舞台も一段落したので、乙姫に「なあ、この宮殿を見て周りたいんだが、案内してくれないか」と誘いかけると、「はい、喜んで。ご案内しますわ」とデートに応じてくれた。
乙姫とゆったりと歩いていた。
豪勢な宮殿だから見所は
俺は「うんうん」と聴いていたけれど、乙姫が何だか忙しそうで
俺は一緒にのんびりと散歩したかっただけなのにな。
「乙姫さん、初めての客の相手は緊張するかい」
「いいえ、浦島さんが優しい方だから、お陰様で楽しく過ごさせてもらってます」と笑顔を添えて、模範的に返してくる。
ああ、どうすればこの子の素に迫れるんだろう。思った以上に鉄壁で、
「しかし、興味本位で聴くのだが、どんな風に育てられれば、乙姫さんみたいに礼儀正しく振舞えるのだろうなぁ」
もう苦し紛れに何とか身の上話に持っていこうとするしかないのだ。来歴の話ならば、恐らくは
「『大事なお客さんをちゃんと迎えなさい』と言い聞かされて、いつも様々なことを学んできましたから。それだけのことです」と事も無げに返す。もちろん笑顔を添えるのも忘れない。
「ははぁ、ご両親はさぞかし立派に育てたんだなぁ。そんな
「両親……? 私は
んん? 聞き慣れない単語が出てきた上に、両親について首を傾げる?
「『侍女長の方々に』ってことは、教育係が何人かいたってこと?」
「ええ、私たちは物心付いた頃から一緒に暮らして、いつも侍女長の方々の指導を受けていましたわ。そして、浦島さんのような海の英雄たちの話を聴いて、いつかご奉仕したいと常々思って、日々の
……『私たち』ねぇ。なるほど、つまり全寮制の乙姫養成機関があって、その優等生が『乙姫』として俺たちの歓待役に
「だから、――ですね」
「ずっとお慕い申し上げているんです、浦島さんのことを」
――その
俺はこの恐ろしい可能性を考慮していなかった。演技かどうか見抜こうと必死だったが、そもそもの前提が間違っていたのだ。乙姫にとっては、演技めいたこの歓待こそが全てで、素の自分そのものなのだ。それ以外のことを――娯楽も、恋愛も、果ては両親のことさえも――知らないのだ。
つまり俺らを
両親の記憶すらないということは、まさか物心付く前に深海に
気味が悪い。いや、乙姫に罪はないんだ。むしろ被害者でさえある。
問題は、何のためにこんな多大な
だが、ここまで豪勢に俺たちを歓待する必要はまったくない。
まして教育機関を整備して十数年掛かりで専属の接待役を仕上げる必要もない。そんな個人の人生を捻じ曲げてまで、首謀者は何をしたいんだ。そもそもこんな奇妙な計画を実現させるだなんて、一体どれほどの力を以って皆を従わせているんだ。
「浦島さん、どうしてそんな険しい顔をしているのです? 私のことがお嫌いですか?」
俺はいたたまれなくなって、――乙姫に唇を重ね、腕を腰に回して抱き締める。
乙姫は目を閉じて、俺に身体を預けた。やっと結ばれると心底から感じ入るように、俺を抱き返してくる。
せめて俺と結ばれなければ、この子の人生は報われない。今までずっとそれだけのために生きてきて、その願いさえ海の
「ああ、浦島さん。私幸せです」
――俺はこの晩、乙姫と結ばれた。
そして、翌日からも同じように歓待は続く。合間の時間には広大な竜宮城の案内がされ、水族館の
「ずっとここでお前と暮らしていいのか?」と傍らの乙姫に語りかければ、「ええ、浦島さんの望む限り、いつまでも心行くままに」とうっとりと返し、俺たちは寄り添う夫婦のようだ。
俺と結ばれても、乙姫は変わらない丁寧な調子のままだった。俺が傍にいるだけでも幸せそうで、気遣うと
でもこれって俺の人格を知って全面的に信頼して慕っているわけではないんだよね。俺が待望していた浦島として来たから惚れているわけなんだ。
でも俺はそのことを知った上でも、乙姫がこの子なりに一生懸命にやっていることを分かっているし、愛おしいと思う。
だから愛し合う。ずっと一緒にいるつもりだ。
いつまでもここで過ごすこともできるのだろう。しかし、俺は誰かの筋書きの上で躍らせられるつもりはない。この竜宮城方式を仕組んでいる奴を突き止めなければ気が済まない。
ここに居てもこれ以上の情報は得られないだろうし、力技を行使するにも一度村に戻る必要がある。竜宮城で数日を過ごして、俺は乙姫に切り出した。
「なあ、一度村に戻ってもいいだろうか」
「そんな! 私との一緒にはいられないということですか!?」
「少しでも離れるのが嫌なら、一緒に着いて来てもいいぞ。俺はお前とずっと一緒にいるつもりだ」
だって、そうだろう。愛し合う二人が引き離されては、それは幸せな結末とは言えない。しかし、俺の殺し文句を聞いても、乙姫は
「一晩、出発を待ってくださいませんか?」と神妙な面持ちで許しを
別に一晩くらいなら構わないだろう。俺は
<おさらい>
謎その3 なぜ竜宮城は栄えているのか
その真相 竜宮城に招いた客人の財産の強奪によるもの。
しかし、手間と成果が釣り合うか、疑問も多い。
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