夏休みの国

蒼月狼

夏休みの国の始まり

おかえり。今年も帰ってきてくれて、嬉しいな。

 「おかえり。今年も帰って来てくれて、嬉しいな。」


 そう声を掛けられて目を覚ます。


 「!!」 


 いつの間にか縁側で眠ってしまっていた。


 「る、ルキノちゃん。」

 

 跳ね起きると彼女が隣に座っていた。


 「おはよう、寝ぼすけ君。」

 「こんなに暑いのによく寝ていられるね?」

 「ほら、口元に涎の痕が着いてるよ。」


 ルキノちゃんは手にしたハンカチでボクの口元をぬぐった。

 相変わらずの「弟扱い」が気恥ずかしい、他に人が居ないのが救いだった。


 「長旅お疲れ様、今年も来てくれたんだね。」

 「ねぇ、スイカ持ってきたの、川で冷やして来たから冷たいよ。」

 「いま、切って持って来るからね。」


 そう言って彼女はスイカの入った網を手に立ち上がり、縁側から上がり込んで台所へと向かった。


 いつの間にか風も止み、山に掛かった雲も晴れていた。


 夏の陽射しと蝉の声が辺りに戻っていた。

 日陰とはいえ、一番暑い時間を過ぎたばかり。夜に向って気温が下がるまでは時間がかかる。


 「ご、ごめん、待ってるうちに何時の間にか寝てた。」


 身体も汗ばんで喉も渇いていた。彼女が持ってきたスイカがとても美味しそうだった。


 「今年も来たよ。」

 「 、、、、あれ?ルキノちゃん一人?」


 今日は幼馴染の皆でウチに集まる予定だった。ルキノちゃんは少しだけ、なんと答えようか迷った素振りを見せ、答えた。


 「、、、、、うん、今年はチョットね。みんな色々あって今日、明日は時間が取れないって。」


 ボクの知る、何時ものルキノちゃんと違う歯切れの悪さ。

 言い知れない不安が掻き立てられ、心配のあまり、つい強い口調で彼女に問いただしてしまった。


 「皆と何かあったの?喧嘩したとか!!」

 「まさか、イジメられてるとか?、、、そんな!!」


 少し興奮気味に詰め寄る僕を、ルキノちゃんは両手で制止しながら首をふって問を否定した。


 「ち、違うよ、違うの、落ち着いて。」

 「みんなには後でちゃんと会えるから、だから心配しないで。」


 そして次にルキノちゃんが口にした言葉は、僕が心の奥に蓋をして中々表に出さない一言だった。


 「しばらく、わたしと、、、、私と二人きりじゃ、、、、いや、、、、なの?」 


 ドクン。


 心臓がひときわ大きく鼓動を打つ。


 ボクはルキノちゃんの素振りに浮かんだ疑問よりも、「二人きり」と言う言葉の艶かしさに動揺し、頭が真っ白になった。


 「そ、そんなこと無いよ、無い。た、たった、、ただ、、、ただ、、、、」


 テンぱって何と言って良いか言葉が浮かんでこない。


 「ただ?」


 何処か不安げにボクの言葉を待つルキノちゃん。先ほどと攻守が入れ替わる。


 「か、買ってきた御土産どうしようかと、し、心配になっただけだよ。た、沢山あるから。」


 何を言ってるんだ?ボクは。


 ボクの言葉に目を丸くした彼女。だが、暫くすると始めは小さく、しだに大きな声で笑い出した。


 「、、は、はは、、はははは、、な、何それ、、、、はははは、お、可笑しい、、、もう、やめてよ、、」


 目尻に涙を滲ませ、笑い転げるルキノちゃん。


 咄嗟に自分が口走った台詞に恥ずかしさを覚えたものの。大声で笑う彼女の愛らしい姿に、会話の気まずさが消し飛んで安堵するボク。

 そして今までひた隠しにして来たルキノちゃんに対する思いを、誤魔化したとはいえ口にしてしまった今、心から溢れ出る衝動が普段は臆病なボクを突き動かす。


 ルキノちゃんを抱きしめたい!


 縁側でボクに背を向けて笑い転げるルキノちゃん。

 部活帰りなのか?白い半袖の夏服が大きく見え、線が細く華奢な彼女の愛らしさを強調する。黒の膝丈のスカートから「すらり」と伸びる白い足、無防備で魅惑的な後姿。


 ゴクリ。


 自分の耳に生唾を飲み込む音が響く。

 古びた縁側の僅かな距離をルキノちゃんの側へ擦り寄り、恐る恐る彼女の背中にボクは震える両手を伸ばす。


 掌が彼女の背中に触れようとした瞬間!


 突然、彼女は起き上がり振り返った。


 互いの顔が間近にあり、吐息を感じる距離。

 彼女の匂いが鼻腔を擽る。でも僕は金縛りに掛かったように動けなかった。

 そして彼女の唇の動きに魅入られた。


 「ねぇ。スイカ食べようよ、冷えてるうちに。」

 「家で採れたの、甘いよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る