第3話 黒い影
政宗は、瑠美に何故この影が憑いたのか疑問をもった。そこで、瑠美の行動を調査して原因を探ることにする。探偵ごっこは、ミステリー小説をこよなく愛する政宗の唯一の道楽だ。
「へぇ? 立派な家ですねぇ」
喫茶店の前に待たせてあった運転手付きの高級車で、芦屋の山の手にある瑠美の家まで連れて行って貰う。
『別に変わった様子は無いけど……』
家に着いても無反応な瑠美を、母親は手を引いてお人形のように面倒をみる。勿論、黒い影は瑠美にべったりとくっついている。
「ええっと、仏壇とかありますか?」
「えっ? 瑠美がこんな風になったのは、ご先祖様の供養が足りないからなのですか?」
不安そうな母親に仏壇がある奥の和室にまで案内して貰うが、極普通に手入れが行き届いている。
「ふうん? ちゃんとお花も供えてあるし、水やご飯も……」
仏壇の前で、ぶつぶつ言っている政宗を、母親はすがるような目で見つめていたが、突然、襖が開けられて父親が入ってきた。
「静江! また、そんな怪しげな霊媒師を家にあげたのか!」
「あなた、この方は真山様の紹介でお願いしたのです」
父親は、胡散臭そうに正宗と天狐を眺める。
「妻が何を言ったかは知らないが、お引き取り下さい」
「そんな! 瑠美が死んでしまうかもしれないのに!」
必死に説得する母親に、父親は怒鳴り出す。
「私だって、元の瑠美に戻って欲しい! しかし、怪しげな霊媒師や祈り屋に頼んでも無駄だ」
瑠美は無表情で、両親の争いを聞いていたが、黒い影はグォオオと怒りだす。
「政宗様、これはまずいですよ。救っていらないと、ご主人が言われているのだから、ここは失礼しましょう」
「でも、このままでは瑠美さんは死んでしまうし……」
「そんな事を言って、不安をつのり、金を巻き上げるつもりだな! 帰ってくれ」
政宗は、金目当てだと詰られて腹が立ち、帰ろうかと思ったが、黒い影が和室全体に広がろうとしているのを放置もできない。
「ちょっと、政宗様? 無謀な事は止めましょう! 旦那様、このオーナーは除霊とかはできません」
銀狐は、政宗が死んだりしたら、正輝様が大切にしていた喫茶店がなくなってしまうと、無謀な真似を止めさせようとする。
「そらみたことか! 自ら、偽物だと認めたぞ!」
「いえ、除霊はいたしません! と前もって奥様にも話してあります。だから、騙している訳では無いのです」
どうも政宗は、相手を怒らせるのが上手い。父親は、腕を持って「出ていけ!」と怒鳴る。
『ぐぉおおお~』
「あっ、出ていけ! という言葉はまずいですよ」
この黒い影は、『除霊』とか『出ていけ』と言われるのが嫌いなのではと感じていた政宗は、父親に座敷から叩き出されそうになりながら忠告する。
しかし、少しばかり忠告は遅かった。黒い影は、高圧的な態度の父親が気に入らないと、ぐぐっと押し潰そうとする。
「あなた、大丈夫ですか?」
ウッと胸を押さえて苦しみだした父親を、母親は支えようとして畳に二人とも崩れ落ちる。
「ええっと、美夜さん? その人を殺したりしたら、瑠美さんも困ると思いますよ。こんなに立派な家の相続税は、とても高額ですから、売り払ってしまうしかありませんよ。先ずは話し合いましょう!」
銀狐は、何を言い出したのか? と疑問を持ったが、黒い影は瑠美の元に戻った。ハァハァと胸を押さえて畳に座り込んだ父親は、ミヤと言う名前を聞いて顔色を変えた。
「何処で、私の姉の都の事を聞いたのだ?」
「美夜では無かったのか? 惜しかったなぁ」
ポリポリと頭を掻いている政宗に、銀狐は冷たい視線を送る。当てずっぽうで、名前を呼んだのか? と、呆れる。
「都さん? 美夜さん? 貴女は姪の瑠美さんをとり殺したいのですか?」
グォオオと黒い影が大きくなる。政宗は、人を怒らすのが本当に得意なのだ。
「怒らせてどうするのですか?」
銀狐に叱られるが、政宗には除霊の能力は無い。ただ、見えるし、話せるだけだ。
「都さん? が、何故、瑠美さんに取りついたのか、理由を探り、何とかしたいと思ったのだけど……ご主人? 都さんは、どうして亡くなられたのですか?」
ムスッとしていたが、妻に泣きつかれて話し出す。
「私の姉の都は、十八歳で亡くなったのだ。しかし、ちゃんと供養もしている!」
「貴方! 今までそんな事は言っていなかったではないですか! 瑠美と同じ年で亡くなったお姉さんがいるだなんて……まさか、それで!」
政宗は夫婦で言い争うのを無視して、仏壇の中の位牌を眺める。お寺に産まれただけあり、戒名の見方は知っている。大きな夫婦の位牌は、祖父母や曾祖父母の物だろう。少し小ぶりの位牌を手に取る。
「なるほど! 月照院美夜妙都大姉! これで美夜と都を間違えたのだな。どちらの名前が良いのかな? 都さん? 美夜さん?」
どうも、都は気に入らないようだと、政宗は首を捻る。
「普通は、本当の名前の方が良いだろうに? へぇ? 前から気に入らなかったの?」
影の大きくなり方で、YES・NOの返答として、政宗は会話を続ける。瑠美を取り殺そうとしているのか? という質問は、どうやら気に入らないらしいので、それは問わないことにする。
「瑠美さんが大学に通うのが羨ましかったの?」
影はゆらゆらと揺れる。
「この美夜さんは、瑠美さんが羨ましいみたいですよ」
政宗が伝えた言葉に、父親は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そんなぁ! 貴女のお姉さんは、何故18歳という若さで亡くなったのですか?」
母親に問い詰められて、父親は昔の悲劇を語り出す。
「姉は、優等生で受験勉強も真面目にしていた。なのに、入試の当日にインフルエンザになり、無理をして脳炎になって亡くなった」
「馬鹿馬鹿しい理由で亡くなったのですね」
怒った黒い影がグォオオと政宗にのし掛かる。本当に人を怒らせるのが上手いのだ。
「危ない!」
銀狐は、このままではオーナーが死んでしまう! と、本気を出す。
スッと内ポケットから短刀を取り出し、瑠美と黒い影との間に投げつけた。
「ギャー」
閃光が走り、政宗にのし掛かっていた影は、瑠美と切り離されて、小さな丸い玉になった。
「あれ? みんなどうしたの?」
今まで、人形のように無表情だった瑠美が、普通の女の子みたいに表情を取り戻す。
「瑠美ちゃん! 良かったわ!」
「ママ? 何よ? 変なの?」
「瑠美! 元に戻ったのだな!」
喜ぶ家族には見えていないかもしれないが、政宗の手の中には黒い影があるのだ。
「お喜びの最中ですが、何も解決していないのですが……」
「瑠美は元に戻りましたし、これで解決したのでは無いですか? お引き取り下さい」
今まで藁にもすがる思いだった母親も、娘が元に戻ったのなら、胡散臭い喫茶店のオーナーなどに用は無いと手のひらを返す。
「謝礼なら、充分にさせて貰う」
「もう、こんな無礼な家族などほっておいて帰りましょう。今からなら、ランチタイムに間に合います」
「でも、これ! どうする?」
銀狐は、瑠美に返せば言いと無情な事を言う。
「まぁ、帰れと言われるなら、帰りますよ」
政宗も、こんな影を持って帰るのは御免なので、ポイと和室の天井に向けて投げて、部屋から立ち去る。
「さて、どうやって駅まで行くかな?」
豪邸が立ち並ぶ山の手から芦屋駅までかなり歩かなくては駄目だと、政宗は溜め息をつく。何処までも面倒くさがりなのだ。
「ちょっと、芦屋駅まで送って下さい」
家の前に止めてある黒塗りの車の窓ガラスをコンコンと指で叩き、政宗は駅ぐらいなら良いだろうと頼む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます