第2話 厄介な客

 政宗は、親切な人間ではない。しかし、放置すれば死んでしまうとわかっている若い女の子を見捨てるほどの非情でもなかった。折角の美味しそうなモーニングだが、食べるのを諦める。


『まぁ、相手が頼まないって事もあるしね……』


 政宗は、依頼されなかったら死ぬとわかってて放置できないくせに、悪足掻きをする。可愛い女子大生に憑いている黒い影はなかなか厄介そうで、あまり関わりたくないのだ。『この前みたいに、事件がらみだと面白いけど……』などと、殺人事件の犯人がわかるとか、探偵ごっこがしたいだけで、除霊能力の無い政宗は、本格的な悪霊は避けたい。


 しかし、このわざわざ見つけにくい上に、かなり高い値段をつけているグリーンガーデンに、朝から親とモーニングを食べに来たのでは無かった。銀狐は、影など素知らぬ顔で水とメニューを持って行く。


「あのう、この喫茶店のマスターとお話したいのですが……」


 上品そうな婦人が、思い詰めた様子で銀狐に小声で伝える。人間離れした美貌の男が、困り果ててたどり着いた相手なのかと期待したのだ。


「政宗様、あちらのご婦人がお話したいと仰っていますよ」


 自分より、銀狐の方がこういった依頼に相応しいくせにと、恨みがましく眺めて、渋々カウンターから立ち上がる。


「何故、正輝大叔父さんは、こんな厄介な事をしていたのかなぁ」


 この喫茶店を開き続ける事が、このビルを遺産として貰う条件だったが、そこには厄介なオプションがついていた。政宗は、この世の物では無い物が見える。それは、政宗にとって呪いでしかないのだ。


 やる気のない政宗だが、世間では一流と呼ばれる大学を卒業している。就活をことごとく失敗したのは、この厄介な能力のせいだ。面接の場に、変な妖怪や、おどろおどろしい幽霊が現れて、まともに会話ができなかったのだ。前から、変な物を見る能力はあったのだが、急激に強くなった。今から思えば、大叔父の身体が弱った頃からだと、眉を顰める。就活に失敗し、無職が決定した政宗が、実家に帰らなかったのは、そこがお寺だからだ。


『あんな幽霊がうじゃうじゃ出そうな家に帰られるか! ともかく、バイトでも良いから食いつなごう!』


 そんな政宗が、大叔父の遺産に喜んだのは当然だ。しかし、そう旨い話では無かった。このグリーンガーデンには、何か怪しい物に憑かれた人が、救いを求めて遣ってくるのだ。ぶつぶつ愚痴を言いながら政宗は、親子が座っているソファーに近づく。


『わぁ~! こっちを睨んでるよ!』可愛い女子大生風の女の子に憑いている影が、政宗を睨みつけている。あまりお近づきになりたくない。


「あのう、ここのマスターと話したいとのことですが、もう亡くなったのです」


 可愛い女の子には気の毒だが、政宗に警戒してがっしりとしがみついている。これは、自分では相手にならないと、逃げ腰の政宗だ。


「えっ、亡くなった! でも……つい最近、真山様が若いマスターに助けて頂いたと仰っていましたわ」


 母親は顔色を変えたが、あんな黒い影を背負っている娘の方は何も反応を示さない。かなり、やばい状況なのに、それすらも自覚していない。


「お願いです! この子を救って下さい」


 母親は、政宗に藁にもすがる様に手を握る。政宗は、大きな溜め息をついた。


「ええっと、お話を聞きましょう。でも、私は除霊はできませんよ。話を聞いて、何か解決の手段を探すだけです」


「除霊はできないのですか? でも、紹介して下さった真山様は……」


 この前、息子が繁華街でいきなり刺殺された件で訪ねてきた真山の紹介だと、政宗は眉を顰める。


『あれは、息子が犯人を教えてくれたから楽勝だったのだ。もう、真山さんには口止めしていたのになぁ』


 警察に犯人の名前を告げたりするのは、探偵みたいで楽しかったが、目の前の黒い影からは協力的な感じはしない。


「ご挨拶もしないで、申し訳ありません。私は喜多と申します。娘が突然こんな風になってしまい、あらゆる病院に見て貰ったのですが原因はわかりませんでした。そしたら、病気ではなく、何かに憑かれているのではと真山様に聞いて……お願いします! この娘を助けて下さい」


 黒い影がシャアーと威嚇するが、このまま放置はできないと覚悟を決める。母親の横に座り、何時から娘さんの様子がおかしくなったのか事情を聞く。ミステリー小説が好きな政宗は、探偵ごっこみたいだと内心でほくそ笑む。


「瑠美の様子が変わったと気づいたのは、1ヶ月前です。希望の大学に合格し、サークルにも入って楽しくしていたのに……何故、こんなことに……」


 ハンドバッグからハンカチを出して涙を押さえるが、母親の嘆きにも瑠美とやらの娘は無反応だ。政宗は、これは重症だと逃げ出したくなる。黒い影に完全に支配されているのだ。


「お母さん、瑠美さんと二人にさせて貰えますか?」


 母親は心配そうな顔をしたが、空いている席に移った。ふぅと深い溜め息をついて、瑠美とその影と正面から向き直る。


「ねぇ、そんな女の子にとり憑いて、何か意味があるの?」


 黒い影は、政宗の言葉が気に入らなかったようだ。ぐあぁ~と膨れ上がる。政宗は、人を怒らすことが多い。別に怒らそうと意識している訳ではないのに、政宗のストレートな言葉が核心をつくからかもしれない。


『悪霊に人にとり憑いて意味があるのか尋ねても、意味はないでしょうに……』


 前に入った客は、背中がぞくぞくすると、そそくさとコーヒーを飲むと出ていった。グリーンガーデンは、時々こんな事で客を逃がしてしまうのだ。銀狐は、厄介な客を通す別のスペースを作ろうと考える。正輝様の残した喫茶店を潰す訳にはいかないと、天狐のくせに真面目だ。


「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。この瑠美さんに恨みでもあるの? このままでは、この娘さんは死んじゃうよ。それが望みなのかなぁ?」


 黒い影は、心なしか小さくなる。政宗は、何となく瑠美の身内ではないか? と推理する。憑かれた本人には気の毒だが、わりとご先祖様というものは、理不尽な事をしがちだ。


「ええっと、供養して欲しいのかな?」


 瑠美はぼんやりとしているが、母親が上等な女子大生風の服を着せているし、暮らし向きが良さそうな家族に思える。ご先祖様の供養を蔑ろにしそうには思えないが、実家がお寺なので一応は聞いてみる。供養が必要なのなら、父親に頼めば良いのだ。


 しかし、どうも供養は望んで無いらしい。ぐおぉ~と、巨大化する。


 天狐は巨大化した影に驚いて、一応はオーナーの政宗を護ろうと側に行く。オーナーがいないと、正輝様が大切にしていた喫茶店が無くなってしまう。


「お引き取りねがいましょうか?」


 天狐は、尊敬する正輝様なら悪霊も妖怪も畏れをなして退散したのにと溜め息をつく。不出来な政宗になど、悪霊払いなど無理なのだ。


「何か目的はありそうなんだけど……話してくれないとわからないや……そうだなぁ、瑠美さんの行動を調べたら、何処で影を拾ったかわかるかもな」


 いい加減だし、能力もさほど持たないのに、何故か政宗は厄介な事に頭を突っ込む。いつも読んでいるミステリー小説の悪影響だと、銀狐は眉を顰める。銀狐は、政宗が死んだりしないように付いて行く事にする。どうも、政宗は危機管理能力に欠けているので、ほっておけば死んでしまいそうだ。


「では、今日は臨時休業ですね。そうそう店を閉めるのは、あまり良くないですが、仕方ありません」


「えっ? 銀さんは店を開けてて良いよ。あの影は、僕には憑きそうに無いから、失敗しても娘さんの命が無くなるだけだからさぁ」


 政宗の呑気な言葉に、母親は気絶しかける。


「瑠美の命が無くなるのですか! そんな! どうにかして下さい! お礼は幾らでも致しますから!」


 大丈夫ですか? と水の入ったグラスを差し出すが、それをはね除けて、政宗の手をキツく握る。


「お願いです! 私の命と代えてでも瑠美の命を救って下さい」


 政宗は年上のおば様は好みではない。汗をかきながら、手を引き抜くと、どうにかしてみますと口約束をしてしまった。銀狐は、能力も無いのにと溜め息をつく。

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