幸福喰い

@kaijima

第1話〜鴉〜

オレは昔から異常な程、不幸に見舞われる。


正確に言えば、オレが、ではなくオレの目の前で。誰かが不幸な目に合う。


ついたあだ名がガラガラに枯れたオレの声と、オレの近くにいると毎度の様に不幸な事が起きるから"カラス"


確かに目の前で毎回人がズッコケたらオレのせいなのではないかと思うが…。


カラス繋がりで昔話をしよう


子供の頃、家の近くにカラスの巣があって、カラスの雛が落ちてしまった。


雛と言っても成獣と一周り位しか違わない結構大きい奴だ。


まだ飛び立つには小さいのか、それとも落ちた時に怪我でもしてしまったのか、はたまた怖いのか、産まれた時から障がいをもっていたのか


ずっとだ


ずっと地面を歩いてはガードレールまで登って落ちるの繰り返しだ


何やってるんだ。最初はそう思っていた。


見た目は成獣のそれとは違い、結構可愛い。目がくりくりしていて余り強そうでは無いから。


カラスの雛と同じく、幼かったオレは、齢6歳。


そこに猫が現れた。明らかに雛ガラスを狙っている。


そりゃ猫が出てくりゃ誰だってそうする。オレだってそーする。今にも襲い掛かろうとしていたのだから。


親鳥が居るから大丈夫だなんて知らなかったのだ。


近付いて大声を張り上げた


「あっちいけ!」


猫はびくっとして逃げ出した。


だけど雛は何故かオレのところへ、トコトコ歩み寄ってきた。


カラスの警戒心なんてなんのその。


コイツには微塵も感じられなかった。


可愛いもんだからオレも触ろうとした。それがいけなかった。


「ガァ!!」


身の毛もよだつ威嚇。あんなカラスの鳴き声は今まで聞いたことがなかった。


本能が逃げなきゃと叫ぶが、子供のオレよりもカラスの親の方が圧倒的に疾い。


遅かったのだ。自然の生物が自分の子供をどれだけ大事に思っているのか。それに気付ける歳ではなかった。


痛み


片目が突然視えなくなった。蹴られたのだ。眼球を。目を押さえると手に何かべっとりと温かいものが触れる。バランスが取れなくなり横転。カラス二匹に滅茶苦茶蹴られ、突付かれ体中に走る熱と命の危険を経験した。


泣き叫ぶしかなかったと思うし、多分あの時も死にたくない一心で藻掻いてた。


その時だ


「カァー!!」


若い声。ガラガラの成獣になった大人の鳴き声ではない。


使い古されてはいないその鳴き声の主は、カラスの雛だった。


その雛の鳴き声がきっかけなのか、それとも単なる気まぐれだったのか。


オレを襲っている二匹のカラスは攻撃の手を辞め、飛び立ち、それを追う形で少し躊躇った様にしてから雛は飛んでいった。


飛べるなら早く飛べよと今は思うが


オレは混乱からずっと泣いていた。声が枯れるほど。怖かった。視えない片目が、走る痛みが、映る赤い色が全部怖かった。


オレの親が騒ぎを聞きつけ救急車で搬送。


1年も入院した。


身体の傷は見た目ほど大したことは無かった。


しかしオレの右目は戻ってこなかった。


完全失明。助けられた時既に眼球は無かったらしい


無いものは治せない。それは医療が発達した今現在でも変わらない。


オレは外傷だけでなく、心にも傷を負っていた。


恐怖。特に鳥類に抱く恐怖は異常な程だったらしい。


そりゃそうだろう。あと一歩のところで左目どころか命まで持っていかれそうになったのだから。


片目でも行動できる様にリハビリと、心のケアに何年もかかった。


復帰したのは小学生の4年くらいだったか。


1年の時には居た友達がその時はゼロだ。誰もオレの事を覚えていない。


オレも覚えていない。


しかし、打ち解けるのは早かった。


「何それかっけー!」そんな感じで着けていた眼帯は子供心を刺激したのだ。


人気者と言うか珍獣みたいな扱いだった。


だがクラスには必ず居るいじめっ子。そいつらに目を付けられるのも早かった。


転校生同然の奴がいきなり出てきて人気をカラスの様に掻っ攫っていけば、まぁ仕方がないと今は思う


あの時は殺してやろうかと思った


眼帯を剥ぎ取られ、窪んだ右目を視られバカにされ虐められた。


だが、オレを馬鹿にした奴らは不幸に見舞われた。


一人はオレの目の前で車に轢かれ


一人は体育の授業中、足を引っ掛けようと足を出したところオレが思いっきり踏んでしまい足の小指と薬指が骨折


一人は、オレを追い回していた奴が突然躓き、廊下に設置してある姿見に激突。顔面7針


確かもっといた筈だがどいつもこいつも口を揃えて言う


オレのせいだと


何もしていないけど


そんなこんなあり、直接的な虐めは減っていって今では存在しない。


虐めると不幸になるからな


それにしても今日は学校の帰り道…やたらとカラスが多くないか


「何なんだよ…」オレは悪態をつきながらカラスを避け、何時もの道とは違う道を歩く。


普段これ程の数を見たことはない。それも隙間なく。電線が重みで垂れる程には。


「ここにも」もう裏路地しかない。あそこには電線がなかった筈だ…


「!?」コンクリート製の塀にびっしりと真っ黒いのが居た


おかしい


ここまでの数、今まで見たことが無い。


鳥類への恐怖はあらかた克服した。しかし、カラスは未だに駄目だ。鳥肌が立ち、背筋から冷たい物が流れる。


無理だ。近付いちゃ行けない。そんな思いで元来た道に戻ろうと振り返る…が


「ーーー」

オレの退路を断つ形で、カラスが地面に犇めいていた。真っ黒な絨毯の様だ。


全てのカラスがオレを見ている。オレの一挙手一投足をマジマジと見ている。


狙われている。そう確信するのが遅すぎた。こいつらはオレを狙っている。食い物を持っている訳じゃないが。


理由が思い当たらない。


恐怖で胃が、肺が、心臓が口から飛び出そうだ。


どうする。


バッグをぶん投げて隙を見てダッシュで逃げるか


駄目だ。追いつかれる。アイツラは翼を持っている。走るオレより、100m13秒のオレを簡単に追い越して、もう一つの目だって持っていくのは容易い筈だ。


どうする。


考えろ…考えろ。カラスは幾ら頭が良くたって人間に敵う筈は無いんだから


考えろ。考え


「やっと」


オレは反射的に後ろを振り返る。それはそうだ。先程までカラスしか居なかったのだから。音がした。いや、声がした。鈴の音を彷彿とさせる声だ。凄い顔をしていたのだろう。その声の主も驚いた顔をしていた。しかし、すぐに笑顔になり。


「やっとお会い出来ました…旦那様」


そこには黒を基調にした、地面にまで届きそうな着物を纏った少女が居た。

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