第18話 傍にいる者
「余所見すんな馬鹿!」
轟音とともに目が覚めた。
目の前には魔法障壁、その向こう側で今もなお打ち付けてきているのは氷層の
「魔王様ッご無事ですか……!?」
「あ……ああ……すまぬ……。何が何だか……」
障壁を張っているのは白銀の魔導士・シエラだ。
私を抱え起こそうとしているのは黒騎士・デュラハンのヨシュア……?
「私は何を……、」
「まったく無理をなさるッ……勇者共を1人で引き受けるなど正気ですか!」
黒騎士の抱えた首が怒鳴る。いつも通りの怒鳴り声に片目を伏せた。
「私は……帰ってきたのか……? いや、戻ってきた……? なんだ……一体、何がーー、」
「きゃっ……!!」
「シエラ!!」
悲鳴とともに障壁は破られ、幾つもの氷の刃が周囲に突き刺さる。
黒騎士は雄叫びとともにそれらを次々片手で大振りの剣を振るい、叩き落として行った。
「ええいっ貴様ら! ここが魔王様の牙城と知っての振る舞いか!! このデュラハンっ、貴様らの好きにはさせぬぞ!!」
この声に応えるように何処からともなく馬の唸り声が聞こえ、壁を突き破るようにして入ってきたそれらは部屋の入り口で固まっていた勇者共を蹴ちらす。黒騎士は己の頭を元あった首の上へと据え、今度は両腕で賢狼・フェンリルから貰い受けた剣を斜めに構え「ォオオおおおお」突撃して行った。
「……魔王様……ご無事でなにより」
「今更取り繕っても遅いわ。先ほど私のことをバカ呼ばわりしたなこのアホンダラ」
「魔王様だってクチわりぃーじゃーん」
「煩い」
そうか……私は城内の兵士たちに退去命令を出し、私1人で勇者一行を迎え討ったのか……。
「しかしどうして……、お前たちは王都へ進行していたハズ……。知らせは届かぬと思っていたのだが……」
「色々と事情はあるんですけどね、簡単に申しますと“まおーさまのピンチに駆けつける私ってチョーっかっこいーっしょ?”」
「……ふっ……世迷言を……」
シエラとは長い付き合いだ。
私が魔王を目指すと決めた日からずっと側で戦ってくれていた。
「ウォおおおおおおお」
そして1人でバカみたいに暴れているあの黒騎士もそうだ。
最初は私のことを目の敵にしていたが、いつのまにかこうして窮地に駆けつけてくれる仲となった。
「流石に私の魔法じゃあの脳筋馬鹿を連れてくるのが精一杯だったんですけど、アラストル兄弟やドラゴの姐御もこちらに向かってくれてます。終わらせますよ、この戦い」
「……ああ、勿論だ」
大きな炸裂音と共に勇者どもの一撃が
剣で受け止めたのかそれほどダメージを受けているようには見えなかったが、身体中の(と云うか鎧だが)あちこちから煙がプスプスト上がっていた。
「負けるわけがなかろう、あんな奴らに」
そう言った仲間を集めてこの城に乗り込んできたのだとしてもーー、それは私たちも同じだ。
何十年、何百年と紡がれてきた物がある。長い年月をかけて築き上げてきた絆があるーー、だから、
「私達は負けんッ……!! 精霊よ、我に力をッーー、天上なる者どもよ、我が力に慄けッ……!! 我は魔王! 千万を超える種の頂点に立つ者になり!!!」
私は、負けるわけにはいかないーー。
「まおぅっ……まおぅっ……マオ!!!」
「んぅっ……」
ドタバタと耳元で足音が響いてくる、「姫君!! 姫君!?」と扉を叩く音が聞こえる。
「わたし……は……、ッ……」
「動いちゃダメだよ!! 血がいっぱい出てるのに……!!」
娘だ、娘に私は抱え起こされて……?
ああそうか……腕を切られて逃げてきたのか……。
「ふふふ……」
負けてばかりだな、最近の私は……。
「大丈夫だ……もう止まっておる……それよりーー、」
床に手をつき体を起こすと扉の周りにはソファーやタンス、ベットなどが積み上げられており、内側から必死に押し破られるのを防いでいる。どうやらまたこの娘に助けられたようだ。
「何があったの……!? どうして血だらけなの……!!?」
喚くな、煩い……。
言葉に出したつもりだったがうまく舌が回らなかった。
立ち上がろうにも足に力が入らず、崩れ落ちてしまう。それを娘に支えられ、なんとか踏みとどまると云う
また、魔力の遣い過ぎ……か……。
腕を繋ぐのに相当の魔力を使ってしまった。
本当にこの体は不便だと思わざる得ない。
せめて成熟してさえいればこの二倍……いや三倍は魔力を貯蔵できただろうに……。
普段なら体内の魔力は緊急時用にとっておくもので、使うことの方が少ない。いざ使うとなればまともに戦うこともできないとは……、情けないのぅ……。
「あの男は何処だ……?」
頼りにするのは屈辱的だが今は頼る他ない。
「男……?」
しかし娘は首を傾げるばかりだ。
そういえばこの娘にはバカ騎士の事は伝えていなかったか……。
魔力もそうだが、血も足りていないせいで頭が回っていないらしい。くそ……。
「こう……両足が義足だけではなく左腕も義手の男だ、見かけなかったか……?」
「んー……見てない……かな……」
「そうか……」
流石に潜り込むのは難しかったのかも知れん。
いくら無能が上官だとしても、ここの兵士たちはそれなりに練度が行き届いているようだった。統制が取れていないと侮って素通りできるかと思っていたが……、まぁ、無理な話か。あの騎士がそれほど器用に立ち回れるとは思っておらんかったしな……?
ーーさて、ならばどうしたものか……。と宙を睨む。一度ここは退くべきだろうか。いまにも扉は破られそうになっている。中に賊が入り込んでいる事は知っているのだろう。こじ開けようと必死だ。捕まれば王都まで一直線だろう。この状況で勇者共に抑えられては逃げる術もない。
「邪魔をしたな……」
なんとか1人の力で立ち上がるとふらつきながらも窓枠に手をかける。
精霊を見つけるか、魔法石の一つでも手に入れれば覆せように……。
悔しいが、私個人単体の能力ではあまりにも制約が大きすぎる事を思い知らされた。それと同時に、わたし、魔王という存在は掛け替えのない仲間たちの支えによって成り立ってきたのだと気付かされる。
「王は支えるものがおるからこそ、その地位を築く事ができる……ということかのぅ……?」
ただ、魔族を取りまとめ、
じゃから私が行使してきた力とは、私個人の力などではなく、魔族全体の力だったのだろう。
いつしか、なんでもできるのだと過信していたのかもしれない。
支えてくれる者たちがいることを当たり前だと思って。
しかし、そうではなかったのだ、私は……、そうではなかったのだッ……私はッ……。
いま、こうして1人になって初めて知った。
私は……無力だ。
窓を開けようと鍵に手を伸ばしているのに上手くいかない。
指先が震えているのは力が底を尽きかけているからではないのだろう。
脆い、なんと脆いのか。
1人になってその脆さと、弱さと、己自身と向き合うのがなんと恐ろしいことか。
……もうたくさんだ、もう……。
この国の事など放って置こう。じきに滅びゆく定めだ。
我が国へと戻ろう、我が仲間達の元へと。
私が魔王として君臨し、それを望み、支えてくれるあの者達の元へとーー。
「っ……」
情けなかった。
こんな私を誰が迎え入れてくれようか。
敗残の魔王を、逃げて逃げて、逃げ帰って来た魔王を、一体どこの誰が“我らの王だと”認めてくれるのだろう……?
ガラスに映った私は泣いていた。
奇妙な光景だった。
そんなもの、久しく流したことがなかった。
だからーー、
「大丈夫だよっ……?」
そういって後ろから抱きしめられたことに、不覚にも息をすることを忘れた。
「私がいるもんっ……」
ふんわりと香る甘い匂いに私は目を細め、微かに頷く。
それは何かを思ってのことではなかった。
「貴様ッ!! 姫君から離れろ!!!」
扉をぶち破って踏み込んできた兵士たち。私は彼らに向かって
「黙れッ、この者の命が惜しくばその場を動くな!!」
後ろから抱きしめてくれていた娘を人質に取った。
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