第7話 欠点
「お、俺はただっ……」
「言い訳不要ッ、いますぐ司法の場に……と言いたいところだがいまは見逃してやる。行けッ!」
「へっ、へいっ……!!」
と去っていく負け犬はついていない1日だと心底同情する。
こうも思い通りにいかなくては今夜の酒は荒れるだろうな。
「大丈夫か」
そしてそれは私にも言えた。
「ああ、お陰様でね」
何の情報も得られなかったではないか。
嫌味を込めて言ったつもりだったのだが、余程の大バカものらしい。夫人の一人でも落としてしまいそうな笑顔で「そうかっ、それは良かった!」と胸を張り、あまつさえ「次、怖い目にあった時はすぐに助けを呼ぶんだぞ?」とお説教までする始末だ。……殺してやろうか、クソ騎士め。
「それで助けた礼といってはかたじけないが、少し道案内を頼めないか。実は迷ってしまってね」
「入り組んでいるからな、この街は」
「そうなんだ。指令書通りに歩いてみてもどうにも辿り着かない。いい加減な地図を渡されたおかげで困っていたところなんだ」
べらべらと身の上話を語り始めたわけだが、私としては道案内などする気など毛頭なければできるはずもない。
そういうことは何処かに行ってしまったあの娘にでも言ってくれ。
「“雨雲の猫”と言う酒場を知らないか。威勢のいい主人とその妻の二人が切り盛りしているそうなんだが」
「……雨雲の猫……か」
ふと浮かんだのはあの店に掲げてあった顔を洗う猫のプレートだ。
店の名前までは記憶していないが、アレはそういう意味だったのか?
「その顔、知っているのかい!?」
「いや、知らない」
「なんだ……それは残念だ……」
知ってい様がいまいが答えは変わらないわけだが露骨に凹む騎士に私は値踏みする。
どうやら間抜けな騎士の中でもこいつは飛び抜けて間抜けらしい。私のことをこれだけ見ても魔王だと気づいていないようだし、容易に情報を引き出せるかもしれないな……。
「ところでその……騎士さまはどちらの王国に従えていらっしゃるのでしょう?」
虫酸が走るが言葉を正し、魔王としての威厳をしまいこんで首をかしげると騎士は不思議そうに首を傾げた。
しまった、何か墓穴を掘ったか……?
しかしそれも杞憂でバカはバカのようだ。
「ああ! これは済まないッ、名乗り忘れていたな。私はステイン・ファルガス。アルガス王国第6騎士団所属の王国騎士だっ」
胸に手を置き、背筋を正して名乗る様はまさしく「王国騎士」といったところだろう。笑いを堪えるのに必死だった。
薄っぺらい誇りを胸に抱いて戦死すればよかろうて。
事実、多くの者たちがそうしてきたのだから。
それにしてもアルガスなど聞いたこともない……、余程の辺境の地にでも飛ばされたのか……?
「なるほど……ステイン様は何やら命を受けていらっしゃったようですが戦局は今どうなっているのでしょうか。……私たちの耳にはあまりそういった話は入ってこないもので……、……戦場に出向いている父のことが心配なのです」
事実、市場においてもあの酒場でも魔王軍と人類軍との戦いについての話は微塵も聞こえてこなかった。
城まで踏み込まれてしまったとはいえ、我が軍は全世界に進行しており、その話題がないというのはどうにもおかしい。
「戦局ですか……ここだけの話、あまり芳しくは無いようです」
「ほう……?」
「でもご心配いらないよ、この街は私たち王国騎士団が必ず守るからッ。信じてくれ!」
「ええ?」
どこから来るのか分からぬ自信に自然と笑みがこぼれた。
勇者が魔王の城に辿り着いたと言う話はまだ広がっていないようだ。
ともすれば、まだ再起は可能かも知れぬ。実際、戦況が芳しくないということは各地の我が軍は健在なのであろう。
少しずつにでもまとめ、再び機会を伺えばーー、
「……どうかしたか?」
「い、いえっ……! なんでもっ……」
ステインと名乗った騎士は余程の大馬鹿らしい。
私の顔を覗き込み心配してもなお、私が魔王だということに気付かないでいる。
人相絵が出回っていないにしてもその特徴などは報告されていたはずなのだが……。
ここまで無視されると「私は魔王だぞ!」と名乗りたくもなる気持ちも湧いてくる。
「私はもう暫く歩き回ってみることにする。もし何か困ったことがあれば騎士団の詰所にでもステインに会いたいと言ってくれ、君の父上の代わりにはならないかもしれないが出来る限りの事はする。また彼の無事を私も祈らせてもらうよ」
「ええ……ありがとうございます。危ないところをお助けいただき、本当にどうも……」
「では」
颯爽と歩き出す後ろ姿に、いるはずもない戦場の父の無事をせいぜい祈ってくれと思うばかりだ。
「さて……私もそろそろ……」
と、いい加減あの娘を見つけたいものだと思ったところで、
「……何をしているのだ?」
物陰からこちらを見つめる二つの目に気づいた。
向こう側から出てきてくれれば探す手間が省けたというもので、私に見つかりわたわたとする陰に近づくと「おい」と頭に手を置いく。
「あぅ……」
「何処へ行こうとしている」
「んぅ……」
「……これじゃ立場が逆だな」
先ほど頬を打たれたことが相当ショックだったのだろう。もごもごと何か言いたげであるが、言葉にブレーキがかかっているようだった。
「親子喧嘩が初めてなわけでもあるまい。さっさと謝ってくるがいい。先延ばしすれば拗れるだけじゃぞ」
互いに悪気がないなら腹を割って話すのが手っ取り早い。
この娘にしても自分が店側の肩を持ったのに、あの女将が客側の肩を持ったのがショックだったのだろう。その気持ちがいきすぎて裏切られたと思っても仕方あるまい。女将も女将で店のことを想っての行動だと分っていながら手を挙げるとは、不器用にもほどがあると思うがな……。
「でも女将さん……ッ……」
さっき打たれたことを思い出してか涙が滲んでいた。
別段それほど痛かったわけでもあるまいに……痛みを覚えているのは心の方か。
「名前も知らぬ私に様子を見に行かせるほどだ。本当は自分が追いかけたくて仕方がなかったと思うぞ?」
「でもぉ……」
しゃがみ込み、ウジウジと情けない娘だ。
場所が場所なら荒野に放り出されて野たれ死ぬぞ……。
そうなっていないことが、あの二人からの愛情の表れとも取れるが。
「ほれ、手を貸してやるから付いて来い。帰るぞ」
「んぅう……」
差し出された手にしばらく戸惑いを見せたがやがて渋々とその手を取った。
ここでこうしていても仕方がないと気付いたようだ。
「一緒に謝ってくれる?」
「ごめんだな、それは」
「えーっ……!」
などと他愛のない会話を交わしながら来た道を戻る。
その間も手は握られており、というか離してもらえずずっと繋がったままだ。
面倒この上なく邪魔でしかないのだが不思議とその手の温もりは安心した。
「そういえば名前は? あなたお名前はなんていうの? もしかしてそれも思い出せない……?」
記憶喪失だとかなんとか
正直に名前を名乗るべきかと悩んだところで、やはり嘘を重ねることにした。
「……マオだ。マオなんとかかんとか」
「マオっ……! いい名前だねっ」
「そうか……」
ちなみに、重ねた嘘にしては直球すぎて自分でもどうかと思う。
これでは魔王のことを連想させるのはそう難しくない。
「ハァ……」
起点のきかないところはいつか克服せねばな。
昔から変わらない欠点の一つだった。
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