第2話 巡り合わせ

「……」


 しかし人の世とは不思議なものだ。

 人里に降りる気配は戦争が激しくなるに連れ少なくなっていたが、まさかここまで文明が発達していたとは思わなかった。


 国王を暗殺しに王都に潜入した記憶と思い重ねて見てもこれほどにまで巨大な街ではなかった。


 いや、あれは一体何十年前の話だったか定かでないが、ものの十数年でこれほどにまで土地を広げるとは想像していなかった。人の強欲さとは醜いものだ。


 周囲を見渡しても煉瓦造りの家々が並び、木々の生い茂る姿など全く見えもしない。唯一木造の建築物がその名残を感じさせるぐらいだ。空はくすみ、灰色の雲が太陽を遮っている。

 そして何よりもーー、


「……なんなのだあれは……」


 遥か前方に巨大な鉄でできた何かが聳え立っていた。

 城にしては不恰好であり、合理性のかけらも感じられぬ。

 ゴミを積み重ね、それぞれを繋いだような歪な塊。

 あちこちから灰色の煙を吹き出し、時折爆発音が聞こえたかと思うと炎が噴き出してくる。


 ……鍛冶場にしては大きすぎる……。


 剣や鎧を産業としていたとしてもああはならないだろう。

 後ろに聳え立つ山に取り付くように。さながらそれ自体が山から生えた要塞が如く聳え立っていた。奇妙を通り越して不気味にも思える。


「しかし一体ここは何処なんじゃ……」


 各地から送られてくる報告にはちゃんと目を通していたつもりだ。

 魔法学園の動向も、聖マニエル国家の狙いにも牽制し、各方面との力の均衡を保っていたはずだった。

 見落としていたのは勇者一行の動き。


 ……監視網を掻い潜るようにしてあちこちの拠点を潰し、我が城へと乗り込んできた彼奴らのことのみのハズだ。

 じゃが、これはなんだ……? これほどにまで栄えた街を、……いや、国を私が見落としていた……?


 乱雑に建てられた街並みの中に一際大きな塔を見つけ、その屋根へと飛び移る。

 三角屋根に手をつき、睨むようにしてその鉄の山を推し量った。

 知識にある何処の国のものにも重ならない。

 木々が刈り取られ、すっかりと剥げてしまった山々は痛々しく、もしも私の耳に入っていたならばこんなことになるまでに手を打っていただろう。

 自然への冒涜、人間共の罪の表れだ。


「妙に体が重いのはそのせいか……」


 命が刈り取られ、精霊たちの数も減っているのかもしれない。

 空気が薄くなっているように感じる。


「これを見逃したとあれば魔王の名が笑うか」


 一人、屋根の上で溜め息まり時に吐き捨てた。

 わかってる。こんなところで道草を食っている場合じゃない。仲間の安否が心配なのだ。

 しかしこのような現状を見捨ててしまえば私は「何のために」魔王になったのか分からなくなってしまう。


 そうだ、これは……私が魔王であるが故の道草なのだ。


 迷う心に言い訳を重ね、大義名分をでっち上げて流行る気持ちを抑え込んだ。

 どのみち、急いだところで主だった情報が流れてくるとも思えない。

 戦闘で傷付き、逃げ延びたとしても当分の間は姿を隠すはず……。私の耳にそのことが入るぐらいならば先に兵が動くだろう。となれば今は力を蓄え、再び反旗の時を待つのみーー。


「ッ……」


 待つことには慣れている。そう言い訳したとて百数十年かけて行ってきた戦いが敗北に、それもたった数名のパーティによって追いやられたとなれば諦めるに諦めきれない。どれだけの苦労が無駄になったのか、考えたところで結果は変わらないのだが恨まずにはいられなかった。


「くそ……勇者共イレギュラーめ……」


 手始めにこの地を人間たちから解放し、せめて我らの火が消えていないことを世界に示してやろう。

 怒りは力に、再び前へと踏み出す勇気に変えて我がものへと、


「……おや?」


 湯気が吹き出し、風に流される音に混じって聞き覚えのある声が耳に届いていた。

 辺りを見回すと細い路地の陰にあの娘の姿が見えた。


「……?」


 目を凝らすとどうやら一人ではないらしい。人が並んで歩くには狭いほどの道で前と後ろを男たちに囲まれ、何か揉めている。


「…………」


 埃っぽい風は吹き抜けていった。


 ……私にはもう関係のないことだ。


 厄介なトラブルに巻き込まれ不憫なものだとは思う。

 あの様子だと成熟していない少女でさえも慰み者になるのは容易に想像できる。

 しかしそれがどうした。自然界の動物であればこそ、それは自然の摂理であり、その自然の中で生きる人間もそれは変わらない。

 弱肉強食、弱いものは強きものに喰らわれ、種を残すためであれば手段は選ぶべきではない。


「だからそう叫ぶなと言っとろう……」


 わかっている。分かっているのだ。けれど目を逸らし、何も見なかったふりをしてみてもその少女の声はイヤに耳についた。

 誰かを探しているのだと、そこを通してほしいと自分の身よりもその“誰かの身の安全”を心配している。

 無論、その誰かが誰なのか分からぬ私でもない。


「ヌヌヌ」


 済んだことだ。

 転移魔法で倒れていた手負いの私を拾って看病してくれただけではないか。誰も頼んで介抱してもらったわけではない。ただの偶然。あの子の善意から生まれた行為ではないか。


「ええいっ……!!」

「なっ……!?」


 路地に向かって飛び降り、少女と男の間に割って入るようにして着地した。


「鬱陶しいんじゃよ!」


 突然目と鼻の先に現れた私に男は目を丸くする。

 倒れているところを兵士に見つかっていたらきっと私といえど命はなかったのだ。

 それに、この程度の恩すらも変えせぬようで何が魔王かッ……。

 言い訳は遅れてやってきた。もはや引き返す必要もない。


「命惜しくなくば立ち去れ」


 言い放ってからようやくその男たちの姿を見上げる。

 汚らしいなりをしていた。あちこちが汚れた作業着にボロボロの革靴、いつ洗ったのかも分からぬ髪はボサボサで皮膚は油と埃で見るに耐えない。

 恐らくは鍛え上げた自慢なのであろう胸板に指先を突き立てると再び忠告した。

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