第1話 少女
「ん……んぅ……、んぇ……っくしょん!!! うぅううっ……!!?」
くしゃみとともに飛び起きると裸だった。ザラザラとした荒い生地の布が辛うじて私の体を覆い隠しているだけだ。そもそも体にかかっているその布も毛布だとか布団だとかいった役割を全く果たしていない。ただのボロ切れ、布だ。
「さむゥゥうっ……、……ん……んんんんん……?」
混乱する頭。見たことのない景色に自分が何処にいるのかを目が答えを探し求めた。
木造の建築物、板張りの床はあちこちが傷んでいて天井も雨漏れの跡が残ってる。家具と呼べるものなのかそれとも倉庫なのかかゴミ置きか、狭い部屋の中に散乱する“ガラクタ”の一角に私はいて、あちこちが破けバネが顔を覗かせているベットにへたり込んでいた。
「一体……何がどうなって……、私は……」
頭の中が靄がっているように上手く機能しない。
城にいたことは思い出せるがそれから何がどうなってーー、
「……!?」
そのとき、部屋なのだからあって当然なのだがドアノブが回った。
異常事態に取り乱していたとはいえ、よもやこれほどにまで接近されるまで気が付かなかったとは一生の不覚だと恥じながらも飛び上がり、ベットの上で右手を構える。ずり下がろうとする
「……」
徐々に開く扉、向こう側から顔を覗かせる人物が敵であれば一撃で仕留めるつもりで息を殺すーー、が、
「あぁあ!! やっぱり!? 気がついたんだね!? 物音がしたから来てみたんだよッ」
「はっ……?」
ゆっくりと顔を覗かせた少女は私が起きていることを確認すると満面の笑みで飛び上がった。
「あーよかったぁっ……もしかしたら目を覚まさないんじゃないかってちょっと怖くなって来てたんだ。連れ込んだだけでも女将さんにドヤされてるのに、もし死人が出たなんてことになったらーー、……ていうかベットの上で何してるの? ……彫刻ごっこ?」
「……いや……拍子抜けしただけじゃ」
女の子だった。所々焦げたような茶髪の、恐らくまだ12歳かそこらの幼い
「へぇ、変わった言葉遣いなんだね。意外」
「それよりここは?
そう、私は魔王だ。城で勇者の到来を待ち構えていた。人間と戦争をし、数多くの街を焼いてきた。そしてどうやらこの娘も人の種であるらしい。ーーならば私をどうしようというのか。……人質か? いや、私を元に誰と交渉するというのか。ならば王都へ引き渡し小金を……、
「匿うも何も女の子が道端で倒れてたら放っておけないじゃんか」
「……ぬ……?」
頬を膨らませ娘は不満げに私を見上げる。
「その……服はボロボロだったし怪我してるみたいだったから脱がせたんだけど良かった……?」
「……よもや私を女性扱いするものがいるとはな……」
「……女性っていうかまだ子供だよね? 私と同じぐらいじゃないの……?」
「ふざけるな! 私を誰だと思っている!! 私はーー、」
「…………私は……?」
馬鹿にされ思わず名乗りかけたがいや待て待てとブレーキが掛かった。
好都合にも此奴は私の正体に気がついていないらしい。我が力の噂話ばかりが広まったおかげで、私の容姿についてあまり吹聴されていなかったようだ。ここで私が魔王だとバレ、兵を呼ばれては面倒だ。
徐々に、頭の中の霧が晴れてきているような気がする。寝起きが悪いのはいつものことだが今日はやけに足が遅い。
記憶の断片に“魔法で飛ばされた感覚が”残っていた。恐らくは緊急脱出的に「彼女」が撃ってくれたのだろう。
「そうか……」
白く、長い髪がちらついた。
私は勇者共と戦い破れたのか……。
優しく頼もしい彼女を一人勇者たちのものに置き去りにしてしまったことが情けない。
どうか、彼女自身、うまく脱出できれいればいいのだが……。
「……? 大丈夫……?」
少女が心配そうに私を覗き込んで来る。仕方がない、ここは騙すか。
「ああっ……」
少しばかり大袈裟かと思ったが、ぺたんと膝から力が抜けたようにへたり込み、天井を仰ぐ。
我ながらの名演技に本当に目が眩んだ。なんだ、名役者ではないか。人の心を騙すには己から、この芝居で信じぬものはおらんだろう。そのまま芝居を続ける。
「……私は……、……誰……なのでしょうか……?」
「……!!! 記憶喪失なの!!?」
「……みたい……ですね……?」
「そっかそっか……何か覚えてることは……?」
「……ない……」
「んぅ……」
……な……、なんだろう、この罪悪感は……。
いや、相手は所詮「
「私にできることがあったら何でも言って? 私、アイネ! 力になるから!」
「ーーーー…………」
アイネ……か。馴染みのある名前に奇妙な巡り合わせだと苦笑する。
「ありがとう、迷惑をかけたね……?」
「んーん。困った時はお互い様って言うらしいよ?」
……しかしまぁ、鬼畜外道と蔑まれてきた私だが、やはり少々年端もいかぬ少女を騙すのは気がひけるな。
どうやら時間稼ぎをして兵士の到着を待っているという訳でも無いようだし、ここはさっさと退散させていただこう。
実際、他の者がどうなったのか気にもなる。これでも万を超える軍を率いていた王だ。敗残の身となっても臣下を想いやることに変わりはない。
「助けてもらって申し訳ないが、もう行くことにするよ」
もはや芝居も不要だろう。
無害な者を転がすような真似は好ましくないと思う。
着る物がないというのは不便だが、そんなものは道中なんとでも調達できる。金は無くても腕はある。盗めるものは盗んでしまえばいいのだろう。
一つ付いた窓に手をかけ、ボロ布をマントのように体に巻きつけるとそれを打ち開いて身を乗り出した。
どうやら低い建物が密集し並ぶスラム街にも似た場所らしい。細い路地が続き、3階から4階建ての継接ぎ小屋が永遠と続いている。
「ーーふむ、身を隠すには丁度良いな」
振り返ると少女は目を丸くして驚いていた。
まぁ、無理もない。人の身では真似しようとも思わぬだろうからな。
「じゃあの。二度と我の前に現れぬことをお勧めする」
せめてもの忠告を告げ、屋根に飛び降りるとひょいひょい、と屋根の上を疾った。
もうすでにあの少女の姿は見えない。もう二度と会うこともないだろう。
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