第22話 宿命の二人
ジュンちゃんはいい人だ。めんどくさそうにしながらも周りの人を助けてくれる。不器用なだけで優しい、私の大切な友達だ。そしてサナエさんも、融通が利かないところもあるけれど自分の意思で何かを切り捨てられる強い人だ。そんな二人といると自分の優柔不断さと決意のなさが浮き彫りになって辛い時があった。
「でも、何にも感じないわけじゃないんだよ、私だって」
「ッ……!!」
東京中の人から吸い取った魂は一撃一撃を重くしてくれる。薙ぎ払う跡には何も残らず、打ち合った衝撃はアカネさんの体を宙に浮かせた。
「だからね、あの二人みたいになろうって思えるんだ?」
その反面体は軽く。背中に羽でも付いているかのように跳び回ることができる。
攻撃を躱し、狙った位置で腕を振るう事が出来る。必死に私の攻撃を受け流すアカネさんをよそに軽々と追い詰めていく。焦りはない。心は固まり、気持ちを落ち着かせていた。
私はずっと迷ってた。神様たちの暇つぶしで殺し合いを提案され、願い事のために死んでいく女の子たちをどうにかしたいって思ってて、でもどうにもできなくて、ヤケになって全部やり直した。やり直して何か方法はないかって考えてた。そしたらアカネさんが記憶を取り戻して、負けた。
「同じ日々を繰り返すことが生きるってことじゃありませんよ?」
そう言って私の胸元へ剣を刺し下ろした彼女は強かった。
私が揺らいだっていうのもあるんだろう。でも、あの時の彼女はブレることはなく、自分を捧げてでも前に進む強さを見せてくれた。
キョーコさん一人を未来に歩ませる、そういう決意をーー。
だけど、そんな彼女の願いは届くことなく世界は再び巻き戻されてしまった。殺し合いの続く、この世界に。アカネさんの、意思を踏みにじるように。
「私はあなたみたいに強くはなかった。優柔不断で、何かを選ぶことも切り捨てることもできなかった」
あれからは何度も何度も同じことの繰り返しだ。
アカネさんが記憶を取り戻し、キョーコさん一人を生かそうとする。
私はそれに対する答えを見つけられなくて殺されて、一人残されたキョーコさんは何も知らずに世界を作り直す。この際限のない世界を終わらせるには、アカネさんを止めるしかない。
アカネさんは眩しかった。願い事をかけて殺し合うなら願い事なんてなくなってしまえばいい。そうやって私はみんなを殺して、新しい世界を作って……でもうまくいかなくて、途方にくれた。そんな中で自分を犠牲にしてまで誰かを救いたいとアカネさんはいった。
まるで天使みたいだと思った。自分も、そんな風になりたいと思えた。
「アカネさんが何処まで覚えてるかわかんないけど、わたし、ジュンちゃんに願い事が無いって言われたの。そういう感情が欠如してるんだって。ーーでも、今は違う。今はあなたみたいになりたいって思ってる。アカネさんみたいに、強く、誰かのために強くなりたいって!」
気分が高揚しているのはハーデスの力の影響か。それとも人々の命を奪った罪悪感か。
力を使うたびに少しずつあの腹立つ神様が自分の中に入ってきてるのを感じる。いまどこまで自分の考えを貫いていられるのか分からないけど、たぶん「もう繰り返せないことになったとしても」私は後悔しない。
「願い事を叶えるために戦うって、確かに止められないんだねッ……!」
振り下ろした鎌の先でそれを受け止めたアカネさんが苦しそうに呻く。
大きく湾曲した刃の先は肩筋を擦り、寸前のところで止まっていた。
絶望で戦うのではなく、希望を持って戦う。
その感覚をさんざん繰り返してきた今になって私は知った。
「随分ッ……変わりますわねッ……!!」
「やっぱりそう思う?」
跳ね返そうとしているようだけど少し押し返されそうになるだけで、力の関係は変わらない。狩り取られた命は重いのだ。
「っと、上手いこと言えたかな?」
「……ほんとッ、殺戮マシーンですわ!!」
「ありゃっ?」
腕にばかり気を取られて足元が厳かになっていた。足で払いのけられたままにバランスを崩すと追い討ちのように肘が打ち込まれてくる。私はそのまま鎌を床に叩きつけ反動でアカネさんを超えて着地し、振り向きざまに追撃してきた雷撃を薙ぎ払って弾き飛ばす。
「それは確かジュンちゃんの台詞だっけ? あのときは悪いことしちゃったなー……」
「守ってくれていた友人を手にかけるだなんて正気とは思えませんでしたわよ……?」
「でもそうするしかなかったんだよね」
言って再び地を蹴る。突き刺すような一撃を躱し、胸元に一線ーー、けれどアカネさんの体は後ろにくいっと引っ張られるかのようにして逸れ、躱される。
どうやら過去の経験から戦闘のセンスがあがっているようだった。
一筋縄ではいかないことはわかっていたけど、少し厄介だなぁ……。
思いながら交錯し、打ち合っては距離を取る。
アカネさんを片付けたら今度は他の子たちとも戦わなきゃいけない。あんまりここで手間取りたくはない。
「余裕ですわねッ!?」
そんな私の考えを見透かしたようにアカネさんの攻撃は勢いを増し。振るう斬撃が雷撃となって、ビルの表面を砕砕く。勢いが殺されきれなかったそれは屋上を抜け、空中へと突き抜けた。まともに考えれば馬鹿げた威力だ。
それも甘んじて受けない限りなんでもないんだけど。
「ほいっと」
躱しきれない雷は鎌で弾く。
当たらなければどうってことはない。
ハーデスの力を纏った今では光の速度で突き進むそれを見極めるのも造作もなかった。
アカネさんを倒したら、今度はキョーコさんだ。そうして、人と人が分かり合えないんだってことを認めて、未来に進む。以前、サナエさんが言ったように「分かり合える人だけ残ればいい」んだ。到底人は分かり合えないのだからどうしようもないなら倒すしかない、殺すしかない。それを、認めるしかない。
「できることならどうにかしたいと思うけどさ」
言って振り向きざまに腕を振るうとそれは宙を抜け、身を低くしていた瞳が睨み上げた。
「まぁ、悲しい現実ですが受け入れるしかありませんわ?」
「っーーーー」
不意を突かれ、バシリと電撃が肌を走る。直後に鋭くはね上げられた剣先が首元に迫っていて私は振り抜いていた腕をそのまま落とした。相討ち覚悟で腕を振るい、鎌をアカネさんに迫らせる。
「甘いですわよ」
が、突然自分の体が不自然に引き倒された。
当然ながらアカネさんの剣先は視線のすぐそばを突き抜けていく。けれど体を引かれたことで鎌も届かなくなった。自分の体がバチバチと音を立てているのを察するに磁石の原理で引っ張られたんだろう。
「よくやるよっ」
応用力に恐れ入る。目に映った追撃は鎌の柄で受けーー、しかし踏ん張ることはできずに地面に叩きつけられた。
「んぁっ……」
肺の空気が押し出される。でもそれよりも先に、ならばと柄を返してそのままアカネさんのお腹を突き上げる。
「ァっ……?!」
不意の一撃はしっかりと打ち込まれた。突然の反撃に彼女は呻き、よろよろと後ろにさがる。コロリと私は後ろ向きに転がり立ち直すと改めて鎌を構えた。
ーーらちがあかない。
このままじゃ消耗戦になる。ならば、と更に魂を集めてどうにかしようかと目論んだ矢先、屋上に踏み込んできた足音に気がついた。視線を向ければ街に置いてきたジュンちゃんとサナエさんがそこに立っていた。
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