第7話 巫女
「でねでねーっ? クレープの生地って結構大事だと思うんだよぉっ!」
うちのクラスに入ってきた神無月ミユは不思議な奴だった。
人付き合いがうまいとはお世辞にも言えない私に必要以上に絡んできて、事あるごとに行動を共にしたがった。部活の練習で帰りが遅くなるときも何故か校門で待っていて、家の方向が一緒だからっていう理由だけで共に電車に乗る。
季節外れの転校で、父親の仕事柄「こういうこと」には慣れてるらしい。
制服も買い直すのが面倒だからっていう理由で、それは京都か何処かの物だと言っていた。
「目立っちゃうけど、弟たちがいるから。無駄遣いはしていられないのですよ!」
弟思いのしっかり者のお姉ちゃん。だけど、天然。私から見たミユはそんな感じだった。
そういう人柄は人を寄せ付けるのか、事実クラスにも溶け込み、可愛がられていた。
「…………」
笑顔を振りまく姿は流石転校し慣れていると言っていいのかもしれない。本人はどう思っているか知らないけれど、そうそう誰とでも仲良くなれるってのは簡単なことじゃない。少なくとも私はそんな面倒なことゴメンだ。よくもまぁ、付き合えるものだと思う。
ーーそして、私にも。
「……なぁ、おまえさ? なんで俺に構うんだよ。席が隣同士ってだけでそこまでするか、ふつう」
電車のつり革につかまり、ぼんやりと沈んでいく夕陽を眺めながら隣に並ぶ頭に尋ねる。
小柄ってわけでもないけど、私が長身なほうなのでわりと小さく見えた。
一緒に帰るようになってから何日も経っていた。ことあるごとに付き纏うミユに面倒さは感じつつも煩わしさは感じず、ずっとこんな感じに下校している。特になんの面白みもないのに。
「んー……? ジュンちゃんの“ふつう”って言うのは良く分かんないけど、好きな人と一緒にいたいって思うのは普通じゃない?」
「……はぁ……?」
「えへへー、違うー?」
……天然だ。取り合うだけ無駄だコイツ。分かってはいたけど見当はずれな答えから目をそらし、考える事を放棄する。どうせ放っておいても半年後にはいなくなってるような奴なんだから、真剣に取り合うだけ無駄だろう。
私はこいつみたいにお人好しではないし、取り合う必要もさほど感じない。
「ジュンちゃんはさー、なんか変わってるよねー」
「お前に言われるとなんか心外」
「そうっ?」
「……」
「えへへ」
よく笑う奴だなぁ……。まんざら作り笑いってわけでもないんだろうけど。
「……へんなの」
「んー?」
考えるの、やめようって思ったハナからくだらないことを考えていた。
「ぁー……まぁいいや」
めんどくさい……。
お家柄とか、黒江家がどーとか。考えなきゃいけないことは沢山あるけどいちいち取り合うのが面倒くさい。いや、考えることがあるから面倒なのか……? どっちだっていいや……。
「……ほんと、退屈な世界にしてくれらぁ……」
神様に同情するよ。ほんと。……だからって、人様を巻き込むなとは思うけどな。
「とにかくさ。あんま近づかねェ方がいいと思うぞ? 正直物騒な話に巻き込まれてるしな」
「んぅ……?」
きょとーんとわかってるのかわかってねーのか。
「…………」
いや、わかってんのかなぁ……? たぶん……。勘だけど。
ならさっさとどっかに行けばいいものを、変わり者の考えることはわからん。
なんとなく間を持て余してつり革広告に視線をやっていると「ーーーー」何か聞き逃した。
「……? なんだって?」
よしておけばいいのにこうやって取り合ってしまうのが私の弱さなのかもしれない、なんて。柄にもないことを考えつつ隣の笑顔に視線を落とす。するとミユは何処か困ったかのように笑顔を浮かべて尋ねてきた。
「ジュンちゃんはさ? ヘラの巫女なんだよね?」
「ーーーー」
思考が止まったと同時に電車がスピードを緩めていく。
それと同時に心臓の音が少しずつ大きく聞こえるようになった気がした。
「……ね? だよね?」
無邪気な笑顔。なんの疑いもなく、その事実を確信しているようだった。
車両は駅のホームにたどり着き。乗っていた乗客は私たち以外みんな降りてしまう。
扉が閉められ、再びゆっくりと動き始めた空気は心なしか生ぬるく感じた。
「……なにいってだ……おまえ……」
ざわざわと胸の中で渦巻く感情。もしかしてーー、そんな風に額に汗が流れた時には自然と体はいつでも動けるように警戒態勢に移行していた。
……悪い癖だ。
ミユのことを何か知っているわけじゃない。むしろ、何も知らないと言ったほうがいいかもしれない。だけど、好きか嫌いかといえば別に嫌いじゃあない。……そんな風に傾き始めていた自分の気持ちとは裏腹にそいつの一挙一動を見逃さんと目は動いていた。ほんと嫌な性格してる。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ミユは笑った。
「えへへっ、私も選ばれちゃったのです! 神様にっ」
嬉しそうに。それでいて、何処か恥ずかしそうに笑って私を見上げ、ちらりと隣の車両に目を向ける。
「は……?」
「いやはや、参った参ったーっ」
苦笑し、可愛らしく舌を出すと連結部の扉が開いた。
「……ミユ……おまえ……」
姿を現した少女を視界にとらえ、私は言葉に詰まる。
「ジュンちゃん、ーー助けてくれると嬉しいな……?」
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