第4話 衝突と衝動
「あんたァッ……!!?」
怒りで一瞬気が飛んだように感じた。
否、自分が何に対して叫んでいるのかは理解できなかった。
何に対して怒っていて、何に対して叫んでいるのか分からなかった。
ただ本能的に“構えていて”、ただ反射的に“怒っていた”。
それに気付いたのは、悲鳴すらも失っていた母親が自分の娘の名前を叫び、その足元に駆け寄ったときになってからだった。
「よーっいしょっと!」
そいつの持っている武器の下には小さな体があって、小石でも蹴り飛ばすかのようにお腹を蹴り上げると、母親の元へと転がす。
「……!!!!!」
全身が怒りで逆立った。
それは既に原型をかろうじて止めているだけの存在で、如何あっても命などとうに失われていて、母親の悲鳴が、訳も分からず逃げ惑う人々の声が、ドンドン遠のいて行き私は“槍”を出現させてーー!
「ッ……!!!!」
私は構わず前に突き進む。
「……あんたねぇ……! あんたねぇ!!!?」
目の前にピンクのバカがいる。
言い表せれないほどの怒りが体から溢れ「あんたねぇ!!?」言葉とともに槍を突き出す、が、
「……えへっ?☆」
その槍はあっけなく弾かれ、宙を舞った。
「ぁっ……?」
手の中にあった感触は突然消え、少し離れた所に突き刺さっては虚しい金属音を上げる。
「……落ち着いてください。それじゃ勝てる戦も勝てませんわよ?」
目の前を一本の剣が遮っていた。
「なにすんのよアカネ!」
「ですから、落ち着いてください?」
勇私に対し、さっきの話でもしているかのようにアカネは落ち着いていた。
「大丈夫ですから……、ねっ?」
張り詰めたような緊迫感の中、夕陽と共に私に向けられたのはあの夕日にも掻き消されてしまいそうな笑顔だった。
「あんた……」
「任せてくださいね?」
そうやって前に出る背中に何も言えなくなる。
大きな剣の感触を確かめるように優雅に腕をふるう姿はとても綺麗だった。
「あれれぇー? 選手こぉーたいー?」
くるりと、軽々と振り回されているのは大きな斧だった。桃井自身が小柄とはいえ、自分の背丈ほどある巨大な斧をまるでバトンのようにくるくる回している。刃から飛び散る返り血でアイドルの笑みは赤く彩られていった。
「さてさてー、お相手はこの桃井リンがいたしますのですぅーっ」
腕を止め、構えて突き出された斧の先からは未だに巻き込まれた子供のが滴っていた。
染み出すように、涙がこぼれ落ちるように。何も分からず殺された女の子の命がつたい落ち、そして地面に吸い取られていくーー。
「……一つだけ……、この戦いに参加することになった時……不安だったことがあるんです」
「……?」
「怪我をするかもしれない、命を落とすかもしれないーー、……でも、それ以上にーー、」
大きな剣がーー、少しだけ、音を立てた気がした。
「やっぱり、ああいうお方がの生き残るのだけは許せませんねッ!!」
刹那、彼女の姿が視界から消えた。
金属と金属がぶつかり合う重苦しい耳障りな音に視線を引っ張られると、その先で小さな体に向かって腕を振り下ろしていた。
「くひっ」
「ちっ……」
重苦しい一撃を受け止めたピンクのバカは横薙ぎにその剣を振り払い、彼女はその勢いを利用して一度飛び下がってくる。その体が移動したと思われる一線にはバチバチと電撃が走り、今も尚、囀り続けている。
「わかってはいましたが反応なさるんですね」
「あったりまえじゃーんっ☆ ゲームはァっー、楽しまきゃでしょっ?♪」
笑う桃井に睨むアカネ。
そして再び疾走すると勢いをそのまま載せて剣を振り下ろす。
電撃の勢いを使ってるのか、そういう「能力」なのかはわからないけど、高速移動しては翻弄しようとする彼女に対し、斧を振り回し、まるでダンスの振り付けのようにアイドルは踊って躱し続けた。ステップを踏むように、楽しげに、小さな体は斧とともに踊る。一方的に避けているばかりにも見えるけれど時折息継ぎの瞬間を狙ったかのように一撃を叩き込むーー。
「ッ……!」
弾き、弾かれ、アカネの舌打ちと桃井の笑い声が微かに感じ取れる程度で姿を追うのも苦労する。二人の動きはとうに人間のそれを超えていた。
斬撃は周囲に飛び火し、公園に置いてある遊具は次々と吹き飛ばされていく。
木も、ベンチも、滑り台もーー、そしてそこにあったであろう日常でさえも。
いとも簡単に破壊され、粉々になって宙を舞うーー。
「なによ、コレ……」
怖い。ただ、そう思った。
気がつけば、足が後ろに引けていた。
気がつけば、さっきまで体を覆っていた怒りが何処かに消えていた。
とっくに息絶えた娘を抱きかかえた母親は未だに公園の隅でその体を抱えて泣いていた。
騒ぎを聞きつけたパトカーの音が、だんだん近づいてくるのが聞こえる。
のに、なのにーー、
「っ……」
体が動かない。今すぐここから逃げるかどうにかしないとまずいのに、体が言うことを聞いてくれない……! 耳障りな金属音は絶え間なく、心臓の鼓動を突き破るかのように全身に打ち付ける。ドクンドクンと脈打つそれが自分のものなのか、彼女たちのそれなのかも分からなくなっていくーー。
「はぁっ……、はぁっ……」
怖かった。ただ、恐ろしかった。
自分がこんな戦いに巻き込まれていることはやっぱり何かの間違いで、神様の悪戯にしか思えない。
だって、場違いだ。だって、戦えない……、あんな風にはッ……!! 私には……!!
真剣に相手を見つめ、隙あらばその体に剣を突き立てようとするアカネと、それを嬉々として受け止め、楽しそうに笑う桃井ーー。どう考えたって普通じゃないーー。
「無理……無理だよ……私にはやっぱ……」
そうやってもう一歩、後ろに踏み出した矢先、
ーー諦めるの?
「っぁ……?」
誰かに話しかけられて心臓が大きく跳ねた。
ーーそうやって、また言い訳して諦めるの?
頭の中で声は響く。
そんなことしても意味はないのに、自然と視線は空に向かい「あの神様」が話しかけてきたのかと注意を向ける。だけど、なんてことない。それはまぎれもない“自分自身の声”だった。私自身の、情けない声だった。
「……諦めて……だから叶わないって……、でも私は……どうにかしたいって思ったんじゃんかっ……」
父親と母親はどうあっても仲直りなんてできない。
散々喧嘩した二人は朝になればなんてことはない、冷めた夫婦に戻っていく。
当たり障りのない会話しか交わさず、言葉の外側で互いを忌々しく思いながらもそのしがらみに縋り付くことしかできず、家から飛び出すこともできない。
私もそうだ、あんな家、糞食らえって思いながらも壊すことも、守ることもできず、ただ従ってる……。そういう風にしか生きていけない。
きっと自分自身を縛っているのは自分なんだ。分かってる。分かってるけどだからってその鎖を壊せるかどうかは別だッ……。
あれほどにまで暖かかった家族はいつの間にか崩壊し、仮面で塗り固めた笑顔でその関係を維持することしかできない。その仮面の下でどんな顔をしているのかを見せようとせずーー、結局、見せたところでその仮面の下に本当の表情はある。
父は、母は、とても弱い人たちだ。そしてきっと私も、弱い。
互いが互いを傷つけあい、傷つけあった挙句に自分が傷つくのが怖くて嘘をついてその関係を修復する。そうやって本当の事をうやむやにして、朝が来れば元どおり。昨日の夜まで喧嘩していたことなんてあっさり忘れたような顔で向き合う。
ーーあんなに、聞きたくもない言葉を投げかけあってたのはなんだったの……? あれも嘘だったの……?
私は、両親が大嫌いだ。あんな二人の事が好きだった自分が悔しいーー。
それと同時に、同じぐらい二人の事を信じたいとも思ってる。
あの日、私が過ごした幸せの時間が嘘じゃなかったんだと、決して、絵空事なんかじゃなかったんだと思いたいーー。
「思いたいッ……」
人は、上辺でしか付き合えないわけではないのだと。
ちゃんと心から打つかって分かり合える生き物なのだと。
私は、信じたい。
気がつけば跳ね飛ばされた槍を手につかんでいた。
ひんやりとした感触が心地よく、それが思考を落ち着かせて「あるべき場所へ」と導いてくれる。
そうだ……私は、誰かのことを信じたい……、嘘じゃないって信じたいッ……。
両親が私に向けてくれた感情も、両親が抱いていた感情も、全部ホンモノで、ちゃんとこの世界には「信じられるもの」があるんだってことを信じたい……!
だから私はーー、
『 お前の願いは叶わない 』
あんな神様の言うことなんてッ……!!!
ドクン、ドクン、と脈打つ心臓に合わせて槍の力を感じる。
それは神・ポセイドンの槍。すべての海を統べ、すべての生き物の誕生を告げる力。
あの晩、私の前に現れた彼奴は言った。ーー私の願いは叶わないと。
私の願いは所詮まやかしでしかないと。
わかっていた、そんなこと知っていた。
だから私は戦うことを選んだ。最初から拒否する権利なんて与えてもらえなかったケド、それでも、もし生き残って願い事がひとつ叶うとしたらーー、神様の力を借りてでも証明したかったから……だからッ……。
「っ……」
構えた先では相変わらず二人が激しく争っている。
疲労の色を浮かべるアカネと汗をかきながらも余裕そうな桃井。
どちらを狙うかなんて明白だ。
桃井は許せない。彼奴がしたことを思い出せ。
駅前でバスを破壊し、公園で子供を殺した。
無関係な人を巻き込んで、好き勝手暴れて……!
そんな奴、絶対許せるわけないだろ……!!
全身の震えは止まっていた。
いつの間にかまた怒りだけが私の体を突き動かしていた。
槍の使い方なんてわからないから。神様の力の使い方なんてもっとよくわからないから、
だから、
ただ、突き殺せれば良い。
「ーーーーッ!!」
そうやって突き出して、意識が前に着き動いたと思った時には二人の間に飛び込んでいた。
しかし、その矛先は宙を突き刺していて、なさすぎる手応えに足元が踊る。
「……あ、……あれっ……?」
自分の運動神経のなさを嫌という程に痛感させられた。
そもそもこの二人はなんでこんなにカッコよく戦ってるわけ? なんでこの二人、戦い慣れてるわけ……?!
「あー、あー……あー……?」
下手なツッコミを入れる間もなく、こぼれた言葉を形にする余裕もなく。ただ崩したバランスはそのまま縺れて体が傾いてーー。
「ーーーー」
人間の脳ミソって奴は、普段ほとんどその力を発揮していなくて。本当にピンチになった時は、そういう使っていない部分をフル活用し、なんとか生き延びようとするんだってテレビで言ってた。
多分今の私は“それ”なんだと思った。嫌という程に時間がゆっくりに感じられた。
驚きに見開かれるアカネの大きな目。嬉しそうに歪んでは笑みを湛えた桃井の瞳ーー。
大きく躱された私の槍はそんな二人の間をすり抜けていて、無理やり引き上げられた桃井の腕に再び力がこもる。
こんなにはっきり見えているのにどうして体は動いてくれないんだろうーー。頭ばっかり冴えちゃってどうしようもないじゃんーー?
ようやくあって腕を引き戻し始めるけどその速度はとてもゆっくりで、とても間に合いそうにもない。第一、あの大きな斧をこんな槍一本。片腕で弾きあげた所でどうにかなるとは思えなかった。
くっそつまんない人生だったかなぁ……。
諦め、せめてその瞬間は見たくはないと目を閉じた矢先、
「ーーーー?」
バチバチと、耳元で静電気みたいなものが火走った。
ふんわりと柔らかい香りが鼻先を掠めていく。
「ーーあか……ね……?」
その姿は宙を駆けたように映った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます