第2話 初対面
「っ……はっ……、はっ……!!」
いつも見る街並みのことは大抵わかっているつもりでも、案外知らないことの方が多かったりする。そのことを私はいま身をもって思い知らされていた。
人々の間をすり抜け、大通りを抜けて、なるべく駅への近道を選ぼうとして角を曲がる。
けれどそこから先は見たこともないような道にばかり出くわして、いまはもう何処を私が走っているのかもわからなくなっていた。
「なんなのさっもうっ……!!」
上がる息や絡まって転びそうになる足を悪態をついて蹴飛ばし、必死には走るけれど、後ろから迫ってくる圧迫感はいつまでたっても消えてくれない。ふとした瞬間、振り向き、足を止めようとすれば首元を刈り取られるような殺気が私の背を追い立てる。
「ッ……!!」
とにかくやばいって全身が叫んでた。今すぐ逃げないとやばいって本能的に察してた。だから前に転ぶようにしてとにかく走る。路地裏に置かれていたビール瓶のケースとかダンボールとかに躓きながらも、兎にも角にもなりふり構わず私は逃げ続ける。
なのに、
「 ちょっとー、どこいくのさーっ? 」
「はッ……!?」
降って湧いた声は頭の上からだった。見上げれば少しずつ傾き始めた太陽を背に小さな影が落ちてくる。
「ちっ……」
固まりそうになる体に鞭打って僅かに後ろに跳び下がる。無理やりブレーキをかけた足は筋の一つや二つ千切れそうで、肩は上下にうるさく喚いていた。
「っとーナイスちゃくちっ☆ えへへー? おーい、つーいっ、た♪」
ストン、と猫でも降りてきたみたいに着地した女の子には見覚えがある。甘い、可愛らしい瞳、人懐っこい声色。
彼女の着ている制服は都内でもけっこー有名な所のもので、一流デザイナーがその学校の為だけに描き下ろしたっていうブランド物みたいな赤とピンクの可愛いやつ……!! そしてなによりも、
「ねーねー? あーっそびーっましょ?」
彼女自身、街中でその顔を見ることがないほどに人気爆発中のアイドルだった。
「わたしは……、アンタみたいなのと知り合いじゃないんだけど……?」
当然、私とは違う世界に生きる人種だ。
もとい、違う世界に生きていると思っていた。
「知り合いとか友達とかこのさいどーでもいいじゃんっ? もしかして貴方って自己紹介してお友達になってくださいーって言わなきゃ遊べないタイプぅ?」
「っ……!」
癪にさわる……!!
いつもは人々に可愛がられている容姿も、時と場合によれば逆効果だ。
勿体ぶったように話し続ける彼女は私の神経をぴりぴりと逆撫でし、危機感に駆り立てられた焦燥感は次々と積み上げられていく。
「とりあえずさァ……、わたしは“アンタ”みたいなのと関わり合いになりたくないのよ。わかる……?」
目を離すな……! 気を抜くな……!!
今さっき、駅の前のバス停で何が起きたのかを私は理解してない。だからこそ、この子から目を離したら最後ーー、今度は私が「ああなる」のは目に見えていた。
突然潰れるように吹き飛んだ路線バス。弾け飛んだ窓ガラスと中に乗っていた人々の姿がトラウマとなって脳裏に焼き付いているーー。それをコイツがやった確証はない。けれど今この子はビルの屋上から飛び降りてきたんだ。無関係とは思えないし、そんなことができる時点で普通じゃないッ……。
最悪の現実に奥歯を噛み締め、さっきから頭の中で叫び続けているのに無視を決め続けているカミサマにムカつく。
ーーっとにもう……!! 聞こえてんでしょ?! ……ねぇ!?
何が起きたのか、どうすればいいのか。必死に声を荒げて尋ねているのに彼奴はダンマリを決め込んで返事をしようともしない。既読無視がむかつくって言ってたクラスメイトの気持ちがようやくわかった気がする……! 確かにムカつくわ、これッ……!!
「リンねー? 鬼ごっこも好きだけど、同じ遊びばっかじゃすぐ飽きちゃうんだよねぇ……」
じりっじりっと少しずつ体重を後ろに乗せていつでも張り出せるように身構えるーー。
普段色気が無いだの、いい年頃の女の子がそんなんでどうするだの言われてきたけど、こういうときにスニーカーってのはすごく勝手がいい。校則違反だけど、結果オーライだ。
……とはいっても、それでどうにかなるとは思ってないけどさ……!
「ッ……」
手の感触を確かめる。指先を軽く握り、いつの間にか奥歯に力が入っていたことに舌打ちする。少し痺れの残った右手に焦りが高まる。
ーー命の奪い合いがこんなに怖いものだなんて、思ってもみなかったッ……。
「えへへっ、もーっと違う形で会えてればちゃんとお友達ぐらいにはなれたかもねー?」
気軽に話しかけられる言葉は軽く、何気ない。
けれどその言葉に私は一言も発せなくなってしまう。
逃げ出したい、助けを呼びたい。
なのに見えない恐怖は私を絡みとり、手足の自由を奪っていった。
「でも、このままじゃツマンナイからさーぁ……?」
首を傾げ、私を弄ぶようにして、
「リンと一緒に、あーっそびーっましょっ?」
ーー猫が嗤った。
獰猛さを匂わせる笑みで私を貫いた。
それに私は本能的に叫び、腕を振るっていた。
「飲み干せッ! ポセイドン!!」
振り抜いた腕の中に感じるは冷たい氷の感触。
振り抜き、突き刺した槍の先にはひび割れたコンクリート。
「ふぇ……!?」
突然膨れ上がり、地面を捲れ上がるようにして飛び出したのは大量の水だった。
ノアの箱船よろしく、大地を飲み込まんとせんばかりの大量の水が辺りを飲み込む。
この世のすべての海を統べる神、ポセイドン。その神サマが持つ力の一部で、私に与えられた「力」だ。
「あ、ちょ、ちょっとぉー!?」
突然現れた水に飲み込まれ、路地裏に流されていく悲鳴を背に私はその場から走り去った。
このまま戦い続けて勝てるとは夢にも思わない。
粘ったところでどうすることもできずに殺されるだけだろう。
「っ……」
願いをかけたデスゲーム。
漫画か映画の世界だと思っていた安っぽいフィクションは、唐突に私の現実になっていた。
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