第51話

 病室内 廊下にて


 私は逃げていた。

 後ろから、幸隆が追いかけて来とるんや。

 あのバカを見たくない!

 私は階段を降りていた。

 エスカレーターでは、追いつかれる。

 下まで降りて、クルマに乗ってすぐに帰るんや。

 「まて! 早苗さん」

 待つか!

 捕まってたまるか!

 捕まったら、私は……!

 肩を左腕を、幸隆の手に捕まれる。

 その瞬間……折れて弾けるように泣いたんや。

 業務用階段はガラス張りのドアがあり、それを開けて関係者が登り降り繰りするんや。  

 ドアが各階に閉められているから、閉鎖的になっているわ。

 私の大きな泣き声が、全ての階に響いて……いるはずなんや。

 それをドア達が漏れないようにしてくれてた。

 生憎、人気はないわ。

 私とバカの空間になっているざ。

 コイツ!

 私は頬をひっぱたいた!

 渇いた高い音が、階段に響く。

 手のひらが痛いざ。

 力任せの、ビンタや。

 けど……幸隆はビンタを受け止めんや。 

 そして力付くで引き寄せられて……

 唇を合わせられた。

 幸隆の舌が、私の舌先に当たっとる。

 なんやろ……

 なんなんやろ?

 私! 

 ……私! 

 慌てて引き離したんや。

 幸隆を押しのけたった。

 私は視線を下に向けたわ。

 前髪が私の顔を隠してくれるハズや。

 背中を向けて、下に降りてく。

 「みんなんとこ、戻ってや。私は大丈夫やざ」

 涙声や。

 私もわかるわ。

 少し階段を降りた……後ろから、幸隆が抱きついてきたんや

 「行かせんぞ!」

 震えてるんや。

 両腕が震えて……

 「行ったら、もう戻らん気がするんや! 行かせんられんのや」

 大きな幸隆の声が、響くんや。

 私はまた幸隆と顔を合わすために、振り返ったわ。

 案の定、弱い奴やわ。

 泣いとるざ。

 コイツは!

 「幸隆、お前は男やろ!」

 「うるさいわ、早苗! 俺の言うこと聞けや」

 「幸隆! 私を呼び捨てるや!」

 「……ハーモニーでは呼び捨てたやろ」

 幸隆が、私に……言うた。

 ……

 ……

 ……

 「そこで早苗ちゃんて、言うたやろ?」

 「言うた」

 幸隆が言うた。

 ……私、知らん間に幸隆と繋がった。

 「幸隆、ありがとうや! 私は大丈夫やざ! 信じてくれんかぁ」

 涙声で笑たんや。

 私は背中を向けて、階段を降り始めたわ。

 「早苗、俺も男や! お前が欲しいんや」

 幸隆の心が、声になっとる。

 涙はいつしか止まっとる。

 枯れたんやろか?

 「ありがとうや!」

 爽やかな顔で、階段を降りて行ったんや。



 病室外 大雨


 階段を降りて、一階に着いた途端に、また涙が溢れ出したざ。

 理由はわからん。

 けど、目からは涙が落ちるんや。

 駐車場は立体で、屋根がある。

 濡れなくクルマにたどり着けるんやけど……

 少し雨に濡れたくなったわ。

 雨に頭を冷やさんと、雨に涙を止めてもらわんと……

 外に傘差さず、出たわ。

 周りのおばちゃんなんか言うとるけど、聞こえんふりしたんや。

 痛い雨や冬に近づいてくる雨や、冷えた雨やわ。

 けど熱なった私には、必要な雨やざ。

 少し遠回りしながら、立体駐車場に着いたざ。

 雨で熱い体が、冷えたようやわ。

 今回、孝典さんの、今を知ったざ。

 やはり……ううん、私も出来るだけのことやらな!

 そして幸隆、アンタは!

 どさくさに、唇を奪ったバカや。

 ……けど、腹立たんのは何故や?

 知ってはいる……知ってはいるけど

 なんかまた、体が熱いざ。

 早よクルマに乗って、家に帰っざ。



 夕方 自宅


 何やろ?

 景色が回っとる。

 病院帰ってから、熱いわ。

 私、まだ、あの雰囲気に酔っとるんか?

 景色の回り方が、速くなって来たざ。

 めまい……や

 

 「姉ちゃん! うわ! ひどい熱やざ! オカン姉ちゃん、風邪ひいたざ」

 「アホじゃ、ずぶ濡れのまんま帰って来たんや。体冷えてまうざ」

 「とにかく、布団ひかな」

 「……」

 「オカン!」

 「沙織、早苗のスマホ貸してや! 松浦のお母さんに相談したる」

 「え?」



                 おわり


 

  

 

 


 

 

 

 

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