第50話

 十月半ば 午後のこと


 少し時間がかかった。

 けど、口当たりのええ和菓子が出来たんや。

 配合が難しいかったんと、オカンがしばらく拗ねてたことが原因や。

 本当に、オトンいるやろアンタには!

 私はクルマを運転しとる。

 行き先は、福井県立病院、最上階の特別個室や。

 クルマの助手席に、完成したお菓子を乗せて……いざ勝負や!

 ワイパーは全開、土砂降りの冷たい雨の中、ひたすら走る。

 凄い雨や……


 

 県立病院 特別個室にて

 

 個室にはたくさんの人がいるんや。

 まず幸隆、お母さん、ヤギさん、そして……孝典さんや。

 ベットは起こされていたわ。

 座っているような状態や。

 私は孝典さんを見る。

 痩せこけてる。

 病状は酷いことは、一目でわかる。

 「桜井さん、出来たんか?」

 お母さんが言うたわ。

 「だから来ました」

 私、少し睨みつけたわ。

 お母さんが今回の黒幕なんはわかった。

 けど……今は止めや。

 余計な雑念は、捨てるざ。

 「孝典さん、これを食べて下さい。体にええお菓子やざ」

 私は袋から風呂敷包の、お菓子を取り出す。

 風呂敷を開けるとパックがあり、そこに薄黒いそれでいて渋い緑色の艶々したお菓子があったわ。

 プルプル振るえている、ヨモギ羹のような代物なんや。

 「なんや? これ、ヨモギの……」

 幸隆の言葉を、私は睨むことで切ったわ。

 お母さんと孝典さんは、お菓子を見る。

 「随分、落ち着いた色やな」

 孝典さんが言うた。

 「一口、食べて下さい」

 パックから一切れを取り出し、皿に置く。

 近くある果物フォークを借りたわ。

 一口サイズに切ると、お菓子を突き刺し孝典さんの口に運んだ。

 孝典さんの口に……ヨモギ羊羹が入ったざ!

 私の考えたお菓子、それはヨモギ羊羹や。

 ヨモギ羹と、羊羹の違いはなんやと思う?

 ズバリ!

 餡や、

 小豆の餡に、ヨモギを混ぜ合わせたんや。

 宮本さんの会話ん時、日本食の礎は米や!

 いくら美味しく、豪華なオカズも、ご飯があって成り立つんや。

 それでは和菓子の礎は?

 それは、小豆や!

 そして、餡や!

 餡を入れたお菓子は、和菓子の基本や。

 ヨモギ羹が上手くいかんかったんは、日本食で言うところのご飯がなかったんや。

 だから、しっくりいかんかった。

 私はしっくり馴染ませるために、ヨモギと羊羹を一つにしたんや。

 つまり和菓子の礎を、ヨモギ羹に入れた!

 「孝典さん、美味しいですか?」

 私は孝典さんの回答を求めたんや。

 孝典さんが私に、視線を合わせてくれた。

 「美味いざ! ヨモギの香と小豆の甘さがちょうどや! もう少し食べてええか?」

 孝典さんが、笑ってくれたわ。

 私は嬉しかった。

 嬉しくて……涙が落ちたんや。

 「みんなも、食べて下さい」

 照れ隠ししながら、お菓子を進める。

 お母さんと、ヤギさんが、手を伸ばす。

 けど幸隆は手を伸ばさんわ。

 「手、伸ばしてや。私もコレは食べられたんやざ」

 幸隆を優しく諭す。

 孝典さんは、それを見ている。

 視線が少し落ちたみたいや。

 「どうしたんや? 孝典さん、笑て下さい」

 気づいていた私は、優しく声をかけた。

 孝典さんはしばらく俯いて、ゆっくりと顔を上げたんや。 

 「早苗さん、ユキのこと好きですか?」

 「えっ?」

 私の時間が止まった。

 孝典さんに止められて、しまったんや。

 「……教えて下さい」

 「なんや?」

 「県立美術館、つまらんかったですか?」

 私は聞いたんや。

 核心を聞いてみた。

 「つまらなかったよ、焼き物には興味ないんや」 孝典さんが答えわ。

 「……孝典さん、ピアノコンサート面白かったわ! ありがとうございました」

 「……そうか」

 「アンコールの時の……ボレロ、良かったなあ」

 私はハッタリをかましたんや!

 もしここで孝典さんが否定したら、間違いなく孝典はこのコンサートには来ていたことになる。

 それなら私の考え違いになる。

 けど……もし賛成なら、間違いなく別人を意味するはず。

 私は、孝典さんを待つ。  

 少し間合いがあき、孝典さんが言うたわ。  

 「アハハハ、違うざ、そんなんじゃあないで!」

 この瞬間、私は胸をなで下ろしたんや。  

 なんか外れて良かっ……

 「早苗さん、アンコールのピアノは、英雄や! ショパンやったかな? あのピアノ、好きなんや」

 孝典さんが……言うた。

 「早苗さん、俺なウソは自分からしか言わんのや! 早苗のウソ……少しショックや」

 孝典が真剣な眼差しやった。

 孝典さん、ウソを言ったんや。

 けど、今のウソは、私の考えが間違っていないことの証明でもあったんや。

 おそらく、孝典はウソの解答をした。

 本来、何がアンコールで流れた曲かは知っていた。だけど、私には間違えを言った。

 「孝典さん、私……」

 そう言うと、私は部屋を飛び出したわ。

 ここに居たくない!

 そんな気持ちが、私に芽生えたんや。

 あの二つの内、一つは幸隆やったことになる。

 幸隆! あんたは……怒りを押さえきれん私がここにいるんや。



 病室内


 「ユキ! 追うんや!」

 「そや! 孝典の言うとおりや! 追え男やろ!」

 「わかっとる! 早苗さん……いや、早苗を捕まえ帰ってくるわ」

 「幸隆様、頑張って下さいませ!」

 「くそ! 早苗!」

 「……行ったか、お母さん」

 「ああ行ったわ。青春しとるざ、ええなあ」

 「お母さん、早苗さんに無理させんといてや」

 「孝典、アンタのためや! しかし美味しい菓子を作ったもんやな。ヨモギ羊羹とは!」

 


                  

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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