第17話

 夜 部屋中



 『早苗ちゃんと出逢ってから、体調が上向きや。早苗ちゃんの元気を貰っとるんかもしれんわ。

 この前の美術館、正直イマイチやったの、ごめんや。

 秋本さんくらいやな。

 このメールが届いた時、早苗ちゃんは秋本さんが嫁ぐ家に納品に行ってる最中かぁ。

 お仕事、ご苦労様や。

 俺も療養という休暇を早く終わらせて、仕事に戻りたいわ。

 まあ、自分の会社の冴えない役員で、正直使えん人間やけど俺は運がええんや。

 このご時世やからな。

 ごめんな、締まりない訳わからん内容やな。

 早苗ちゃん、意味ないメール堪忍やでな。

 本当なら毎日でも会いたいんや     』



 孝典さんのメールのやりとりは、いつもこんな感じや。

 本当は何気ない会話で、話したいんや。

 メールのやりとりの何気なさと、お喋りの何気なさではやっぱり違うんや。

 孝典さんとは、二週間に一度会ってる感じや。

 五月にメール貰って、その後一度、六月はまず一回や。


 


 コンコン……



 扉を叩く音がするわ。

 「ねーちゃん、ええかぁ」

 沙織やわ。

 「なんや?」

 「山下さんの家どーやった?」

 沙織が目を輝かす。

 ……アンタなぁ。

 まあ、仕方ないわ。

 別に秘密ごとやないし……

 「そうやな……」

 私は午後の話をしたった。

 万寿は配る、嫁さんが手伝いに来ていた、孝典さんとのデートで知り合い少しだけ顔見知り……それくらいやな。

 「あのええとこの美男子を、あんまり振り回したらアカンざ。まだ、体調は良くないんやろ?」

 沙織がお節介やくわ。

 「うるさいな! 沙織に関係あるんか?」

 「……堪忍して」

 沙織があっさり言うたわ。

 少し伏し目がちや。

 五月の時の、オカンを思い出す。

 

 不器用な娘!


 そう言い放ったことや。

 沙織、アンタもその理由を知ってんの?

 「沙織」

 私、大きめの声を上げたわ。

 沙織が少し驚いて、私を見る。瞳に少し戸惑いをかんじるざ。

 「アンタ、孝典さんのこと何か知っとるんか?」

 「ねーちゃん、私は知らんざ。なんのこと?」

 沙織が即答したって。

 ……この娘、知っとるわ。

 こんなこと、即答出来んざ。

 普通なら迷いながら、知らんになるはずやろ。それを……まあ、ええわ。

 今は私も踏み込まんとくわ。

 「そうか、他に山下さんの聞きたいことないんか?」

 「うーん、あまり話題性がないわ!」

 「プライバシー保護って、知っとるんか?」

 「知る権利も知っとざ!」

 いつもの会話に戻ったわ。




 夜中 自宅ベッド


 「そろそろかな、早苗ちゃんのメール……たくさん、メールしたい。そうたくさんや」



 ピロピロ

 ピロピロ



 『こんばんは、いつものメールです。体調上向きは嬉しいわ。会える時間も増えるやん。

 私、孝典さんみたいな人なら、いつも居たいんや。

 孝典さんは、良いとこの人やから、身分の違いがあるやろ?

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……

 え? いつの時代やって

 思わんかった?

 今は平等とか言っとるけど、見えない壁がある。

 やはり、孝典さんは私には高嶺の花や。

 あははは……

 

 ごめんの。

 私のメール、愚痴ばっかりで。

 愚痴の多い訳……甘えたいんや。

 受け止めて欲しいんや。

 ……書いてもたぁ、でも、本当に受け止めて欲しい。

 今日はしんみり過ぎるから、ここまでや。

 今年の梅雨明けは、遅いらしいざ。

 夏は短いかもしれんの。

 でも、また誘ってや。なんなら、私から誘うかもしれんざ。

 では、おやすみなさい。


 あっ、そうそう秋本さん、嫁ぎ先の家で会ったざ。万寿を持ってんたんや。

 万寿を配るらしいわ。

 撒くのは、せんらしいわ。

 秋本さん、ええ顔してた。

 輝いてた。

 羨ましい……そう思った。

 

 では、本当におやすみなさい。

                   早苗』


 「そうか、山下さん嫁ぎ先にいたんか。着々とそこの人間になる覚悟を決めてるんやな。

 早苗ちゃん……身分なんて、壁じゃないで! 俺と早苗ちゃんの壁、それは……」

 



 夜中 部屋 布団の中


 外はまた雨や。

 湿っぽい空気に、湿っぽい布団、湿っぽいメール……私、孝典さんに嫌われんかなぁ。

 正直、嫌われたくない。

 うん……さて、寝るざ。

 

                  おわり



 

 

 

 

 


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る