第16話

 納品日 午後 オカン付き


 今日は梅雨の中休み、つまり晴れや。

 ひさしぶりに、お日様が顔をだしとるって。

 やっぱり、晴れはいいわぁ。

 さて山下んところに、万寿を持って行っとるんや。

 こん時は、オカンと二人で万寿を納めにいくんや。

 別に一人でもええんやけど、万寿だけは二人で行くんや。

 バックミラーから、万寿箱を確かめてる。

 万寿まきの万寿は、独特な箱に納められるんや。

 うーん、箱の説明はしづらいから、そんな箱があるとだけ覚えといてや。

 「はよ、納品して、おやつ間に合わせるざ」

 オカンが、助手席で腕をくんでるわ。 

 私、運転手や。

 

 


 ぴー!

 ぴー!



 ……っあ、孝典さんからのメールやぁ。

 また夜にメールしよ。

 「今のは?」

 オカンが聞いてきたって。

 「メールやよ。知り合いからや」

 私受け流すように言うたわ。

 「……」

 オカンが黙り込んだわ。

 オカン、相手をおそらく知っている。

 やけど、言わんのやな。

 不器用な娘……それに関係あるんか?

 「どうしたんや?」

 オカンが前を見ながら言うた。

 「相手、聞かんのか?」

 「……聞かん、聞かせてくれんるんかぁ」

 「……」

 


 クルマは安全運転のまま、山下家についたわ。

 親子、口数少ない、ぎこちないドライブやった。

 家の近くにクルマを止めると、オカンは山下さんの家へ先に挨拶に行った。

 結局、私が運ぶんかあ。

 「早苗、早よ持ってきいや」

 オカンが急かすって。

 オカン、万寿箱、重いんやって!

 いくら万寿の納品少なくても、箱だけでかなり重いんやよ!

 手伝ってやもう。

 そんは思いをよそに、オカンは山下のおっさんと雑談しだしたわ。 

 「今日はええ天気やねぇ」

 オカンが知らん顔して、話とるって。

 「当日もこれでお願いやってのう」

 おっさん、笑てるわぁ。

 やれやれ……

 


 万寿箱を全て一人で苦労して運び込む。

 ふうー。

 オカン、おっさん、まだ雑談中やし。

 「桜井さんやが?」

 ん? 誰や!

 あっ、秋本さん!

 「おっ、紹介しますの、家の息子の嫁さん、暁美さんや」

 おっさんが、誇らしげや。

 秋本さん……もうすぐ、山下さんは頭を下げる。

 えーっと、秋本さん? 山下さん?

 「暁美でいいがい」

 困る私に、小声で言うてくれたわ。

 ……ありがとうや!

 暁美さん、何やろ? 美術館ではわからんかったけど、なんか道端に咲いてる一輪の名もない花みたいな感じやわ。

 華やかさはないけど、可憐でそれでいて心の強そうな感じに私は見えたざ。

 ここの家に入る、覚悟みたいなのが伝わっていんやろうか?

 「私、仕事休みなんで袋詰めのお手伝いにきたをがいね」

 暁美さんが言うたわ。

 笑顔が素敵やわぁ……ん? 

 袋詰め?

 「知ってますんや。万寿まきには、数が少ないけとをや。つまり、暁美さんを見にきた人に手渡ししてお礼するんやわ」

 おっさんが言うたわぁ。

 なるほど、そうやるんかぁ。

 私、深く頷いてしもたって。

 オカンも、その方法かぁ! ってな顔をしているざ。

 今の福井の主流になりつつある、手渡しかぁ。

 手渡しは昔からあったんや、あったんやけど……昔は「まく」のが当たり前やった。

 景気もいいし、派手やし、目立つからや。

 だけど、手渡しも増えてきとる。

 これは時代流れやわ。

 私は、ううん、桜井家の皆が勘違いしてもたわ。

 「万寿四つ、餅二つ、菓子類一つ……これで、三百個は作るんや。三百個は三百人分の、お返しになるやろ。結構な数やで!」

 おっさん、笑いながら言うた言うた。

 確かにやな……考えたら、効率的やわ。

 「でも、寂しいわ。万寿まきは、福井の文化やで」

 オカンが言うた。

 「和菓子屋の看板商品やでな、わかるわかるって、やけど万寿買わんよりはましやろ? 今は「古い」ゆうて買わん若い奴らもたくさんおるでな」

 おっさん、言い返したわ。

 「オカン……」

 私の声に、オカンが振り向いたわ。

 私、首を小さく横に、左右にふったんや。

 言い返したらあかん! 

 目でオカンに伝えたって。

 「……」

 オカンも何か言いたげやったけど、止めたみたいや。

 肩で大きなため息を付いてとるって。



 「桜井さん、この前はありがとうやが」

 暁美さんは、笑顔で言うたわ。

 屈託のない笑顔に、どこかホットしてる私がいるんや。

 「お万寿、いただきました。すごく美味しかったが。桜井さんのお万寿!」

 暁美さん、目を輝かせたわ。

 うれしあわぁ……私は作らんけど。

 「ありがとうやって、また贔屓にしてや」

 オカンの目が垂れとるって。

 ……おそらく、沙織は将来はオカンみたいになるんやないか?

 そう、思ってしもたわ。 

 「オカン、帰ろや。まだ、仕事あるし……」

 私は言うたって。

 時間もかなり行ってたし、そろそろ帰りたいし、おやつの時間が近いし。

 「……そうやな、それじゃあ山下さん、ありがとうございました。また、桜井をご贔屓にお願いします」

 オカン、素直に頭下げたわ。

 おやつ、感じたんかぁ?

 「桜井さん、ありがとう! 彼と仲良くやがえ」

 「ありがとう」

 私が暁美さんに、お礼する。本当にありがとうやって!

 ふと、オカンを見た。

 ……オカン、目が伏し目がちやった。

 私、笑いたかったんやけど……オカン! オカンはどうして目を伏せるんや?

 なんか、オカンは知ってるんか?

 私の視線に、オカンが気づいたわ。

 「早苗、帰ろ」

 オカンが短く言うたって。

 オカンの顔に、ぎこちない笑いを浮かべながら……

 深い意味は聞かんとこ。

 今は家へ帰って、おやつと孝典さんにメールを返さんとや。

 さっ、私とオカン! 

 ……帰るの。



               つづく

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