第10話

 午後 部屋の中


 私、かなり怒ってるんや。

 理由は、河川敷のことや。

 オカンからもらった袋、あれなオニギリとオカズがたくさん入ってたんやって。

 つまり……私はオカンらの、手の中やったんや。

 えっ、私の居場所を知ってた理由?

 ……ばあちゃんが、なんかしたんやろな。  

 教えてくれんかったわ。

 教えてくれんかったけど、ハイカラなばあちゃんが絶対になんかしたんや!

 間違いないわ。

 私、頭きて家でプンプンしとる。

 当たり前やろ!

 

 

 ピロピロン、ピロピロン……



 スマホ?

 なんやって!

 ……まさか! きっ、きたー。

 松浦さんやぁ。

 メール、きたぁ。

 さっき打ち込んで、確認メールしたんやけど……今メールきたぁ。

 


 『返信、遅れてゴメンや。桜井さん、しっかり確認したよ。

 これからは、メールがメインになるから。  

 本当なら、ラインとか…… いや、実際に二人で会話したいんやけど、まずは身体がようならんとや。まずは治療専念や。

 この前、柱の傷は一昨年の…… この童謡を歌ってたやろ。何故か鯉のぼりを見ると、勝手に口が動いてまうんや。

 恥ずかしいわ。

 まあ、何気に口にした歌から、桜井さんに会えてメールまでする関係になれたことは、どこに幸運が転がっているかわからんなぁ。

 ところで、柱の傷は一昨年の……

 この童謡、変やなと思わんか?

 なんで、一昨年なんかなぁ。

 去年はアカンのか?

 ……ゴメンや。

 おかしなことメールして。

 長々とメールしたけど、言いたいことは一言だけや。

 桜井さん、これからもよろしくや。

 こんな、病人で良かったら。 

 それだけやで。            』



 ……

 ……

 ……やったぁ

 やったぁ!

 私、私、私、嬉しいぃわぁ。

 私によろしくやって!

 私に会えたことが、幸運やって!

 やったぁー



 「父さん、早苗、あばれてますね」

 「やった、やった、言うとるな」

 「女はわからんですわ。プンプン怒りながら帰っきたと思ったら、いきなり喜んでるみたいや」

 「お前と、祥子の作品やろ」

 「父さん、おかしな言い方はやめですわ」

   



 夕方 ご飯後



 私は部屋にいる。

 松浦さんとは…… 

 きゃ! 恥ずかしいわ。

 大金星やって!

 でも、オカンらとは……

 一切口聞いたらんわ。

 

 ぐー


 お腹減ったわ。

 考えみたら、今日朝ご飯しか食べとらんって。

 減って当たり前やないけ。

 

 ぐー


 ……アカン、なんか漁らんと。



 階段降りると、テーブルには私のご飯とオカズがあったって。

 ん? 

 柏餅や。

 デザートに食っとけってか。

 みんな知らん顔してるけど、ご飯はちゃんとあるわ。  

 「早苗、食ってまえや」

 オトンが言うた。

 いきなり顔出すなって。

 「……」

 「早苗、みんなお前のこと想とるでな、悪く考えんなや」

 オトンはそう言うと、背中を向けて出て行こうとしてる。

 「オトン!」

 私、何気に口にしてもた。

 オトンが振り返るわ。

 どうしょ、今更何にもないとは言えんって。

 「なんや、早苗」

 「えっ、あっ……」

 「意味なく呼ぶなや」

 オトンに怒られてもたわ。

 変顔で笑とるって。

 何年経っても、変顔やわ。

 そう、明日も来年も、去年も一昨年も……

 ん?

 用事出来たわ。

 オトンが知っとる、知らんはわからんけど。

 「オトン、童謡で背くらべってあるやろ。あれ、なんで柱の傷は一昨年なんや? 去年ではないんか?」

 松浦さんの疑問や。

 先ほどのメールや。

 でも、確かに言われみればやわ。

 背くらべは毎年するはずや、だけど歌は一昨年になっとる。なんでや?

 「いきなりなんや? まあええわ。この童謡を作った人な、毎年都会に住む歳の離れた兄ちゃんに、身長を測ってもらってたんや。毎年毎年、してくれてた事なんやけどな……一回だけ出来んかったことあんやわ」

 「出来んかったんか?」

 「その兄ちゃん、病気になったんや。風邪らしいんやけど、それが原因で帰らんかったんや」 

 いつしか、オトンが椅子に座っているわ。

 対角線状にいるオトンの顔を、私はじっと見てるわ。

 「今でこそ、風邪らしいわけど、当時は結核という重い病もあった。だから、用心したんかもしれんわ。その時の記憶を、歌にしたらしいわ。

 よほど、兄ちゃんが帰って来んかったことが、ショックやったんかもしれんな」

 私の目線に、始めはチラッとみたオトンやけど、後は視線を下向きにして淡々と喋ってたわ。

 病気……か。

 「さて、風呂入るわ。早苗、後でええな」

 オトンが椅子からたちあがると、背を向けて出ていったわ。 

 なるほどや……

 ご飯食べたら、松浦さんにメールしよ。


 ぐー


 わかったわかった。

 早よ食べよ!





 「アンタ、早苗どうやった」

 「怒り気味やな。腹の虫には勝てんみたいやけどな」

 「あははは!早苗らしいわ」

 「アンタの娘やで、ところで……ほら、ドサクサ紛れに早苗の男の写真、スマホにとったわ」

 「うあー、ねーちゃん、ええ男、捕まえたわぁ」

 「祥子、見せてくれんか」

 「ついでに、ウラも見せてくれや」

 「はいはい、男達」

 「……! この男は」

 「お義父さん、この男は松浦商事の三男坊、松浦 孝典やわ」

 「え? え? アンタ、松浦商事ってあの松浦商事か? その三男坊! これは玉の輿かぁ」

 「……そうやな」

 「……じいさん、耕平、なんか知っとるんか!」

 「お義父さん、ここは僕が説明でええですか?」

 「……任すわ」

 「みんな、実はな……」




 夜 病室

 

 ピロンピロン……

 

 「ん? ……桜井さん、いや……早苗さんや。なんやろ」



 『あのー、寝とったらゴメンの。

 どうしても、メールしたくなってもたんや。

 ありがとうございます。

 メールくれて、嬉しかったわ。

 松浦さんみたいな、美男子とメール出来るなんて……きゃ! 嬉しいわぁ

 ところで、メールの答えやけど……』


 「早苗さんこそ、美女やよ。控え目なところもええなぁ。

 ……メールの答え? ああ、アレか……書くことなかったから書いただけやのに。理由も知っとるんやけど……」


 『歳の離れた兄さんが、具合が悪くて帰れんかったらしいわ。当時は医学が今より進歩しとらんから、大事をとって休んだらしいんや』


 「進歩……あはは」


 『ところで、松浦さん。柏餅好きか?

 端午の節句が近いやろ。そん時、柏餅食べんかったか?

 ゴメンの変な話で、私の家は和菓子屋やからやっぱ気になるんや。

 柏餅って、柏の葉で巻いてあるやろ。

 お餅に柏の葉をまく理由はわからん、でも柏の葉って子孫繁栄を意味するんや。

 柏の葉ってな、新葉が芽吹くまで古葉が落ちないんや。新葉を確認するまでは、古葉は落ちん、その姿をみた昔の人が、縁起モノとしてお餅に巻いて柏餅を作ったんや。

 端午の節句……

 もし良かったら、来年はあの河川敷で柏餅食べて…… ゴメンの子供みたいなこと言うて。近くのオシャレなカフェじゃなくて、ゴメンの。 

 私、こんな女やけど、よろしくお願いします。


              

                   早苗 』


 「……俺、生きたいわ。早苗さん、ありがとう」




 翌日 早朝


 今日の菓子は作り終わったみたいや。

 ばあちゃん、餡造さんの身体を外して一つ一つ洗てる頃やな。

 ……とは言うても、私! まだ許しとらんわ。

 人をなんやと思てるんやって。

 一言ガツンと言ったるで!

 部屋を降りて、作業場近くを通るとドアが開いた。

 作業服姿のオカンが、作業場から出てきたわ。

 よし、オカンにガツンと……

 !!!

 なっ、何、何オカン!

 作業場から出てきたオカンが、いきなり私に抱きついたって。

 「なんやっ……」

 「…………不器用な娘!」

 ……オカンの大きな声が、震えていたんや。

 抱きついた腕が震えていたって。

 オカンの腕が外れると、すぐに背中を向けてドアを閉めたわぁ。

 ……オカン、泣いとるんか?

 もし、泣いとるんなら……

 何でなんや!

 私、ただ呆然と、突っ立ってるだけやった。



                  おわり



 

 

 


 


 



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