◆それは静かに

*旅の意味

 多くのエルフが加わったことで、流れが一気に変わる。洗練された動きとエルフの高い技術により造られた武器は、鋭く的確にモンスターを倒していく。

「こんなことが──」

 必死の思いで送った親書だが、わたしの意思を汲んでくれることはないと思っていた。

 戦えというのは簡単だ。しかし、いくら長老といえども、信憑性の薄いものに自らの命を犠牲にと仲間たちに強いることは出来ない。

 見ると、草原の民だけではなく、森や山岳に住むエルフたちもその力を示し戦っていた。

「信じてくれたのですね」

 キケト様がわたしを信じ、戦いに加わってもらえないかと頼んでくれたのだ。わたしの心が伝わったのだと喜びに震えた。

 わたしに流れる二つの血に誇りを持っていると言いながらその実、一番それにこだわっていたのはわたし自身かもしれない。

「わたしは、いったい何にこだわっていたのか」

 ──ユラウスは戦況の変化に辺りを見渡し、苦い表情を浮かべる。

「だめじゃな。数が足りぬ」

 エルフが参戦したことで流れは変わりはしたが、それも一時的なものだろう。敵はさらにモンスターを増やしている。

 ふと、隣で心配そうにしているヤオーツェに目をやる。

 いざとなれば、この子だけでも逃がしてやらねばならない。こんな戦いに巻き込んでいい訳がない。

 少なくとも覚悟のある我々とは違う。この子にそれを課すのは、あまりにも酷だ。

 そうして、どれくらいの敵を倒しただろうか。それでも負けじと精神を振り絞り、押し寄せる醜悪な輩に詠唱を繰り返す。

 手にしている剣は血まみれで、とうの昔に切れ味はない。それでもたたき切ることは出来る。

 瞬刻、ユラウスの脇を一匹のオークが横切った。

「いかん!? ヤォーツェ!」

 伸ばす手はモンスターに届かず、錆びた剣がヤオーツェの頭上に掲げられる。

「あ……」

 おそろしくゆっくりと振り下ろされる剣を見つめ、ヤォーツェは死を覚悟した。

 そのとき、視界の端から銀色の輝きが走り、振り降ろされる刃を甲高い音と共に押しとどめた。

「ケジャナル!? なんで!?」

「失敬ナ、大切ナ友のたメに戦うハ、当然ダろう」

 得意げに細い顎を上げてワニの女性は鼻息荒く応えた。気がつけばガビアリアンだけでなく、仲間のリザードマンたちも戦っているではないか。

「どうして?」

「彼女ニ説得されてハ仕方なシ」

「リュオシャル!」

 嬉しさに抱きつくヤォーツェを笑って抱きしめ返す。ヤオーツェは、見覚えのある懐かしい面持ちに涙が出そうになった。

 キケトはエルフだけでなく、多くの種族に書簡を送っていた。

 ヤオーツェの親書からすぐあと、よもやエルフからも手紙が届くとはと、事の深刻さにそれぞれの長老たちは頭を悩ませた。

 それに真っ先に反応したのはケジャナルだ。まずリュオシャルを説得し、それから二人は共にリザードマンとガビアリアンの双方を説き伏せた。

「二人で?」

「そうダ」

 我らはもう、過去の過ちに振り回されない。

「そか」

 旅をしているあいだに、二人は絆を深めているようだった。凄く嬉しいけど、ちょっとだけ寂しいね。

 ──モルシャは攻撃をかわしつつ、その身を活かして手足の腱を切り裂いていく。

「もう! 勝ってるのか負けてるのかどっちよ!」

 徐々にこちら側にも仲間が増えてはいるが、勝てるというイメージは全体からまだ伝わってこない。

「やっぱりエルフは綺麗ね」

 そんな余裕がある訳じゃない。しかし、何か言っていなければ気力が持たない。

「うげ──。なによ、トカゲが一杯いるじゃない」

 舌を出してうんざりしながらも、さすがの強靱な体に感心する。

「戦ってくれるなら有り難いけど」

 そうつぶやいて手にある短剣を見下ろした。

 一人前になった手向たむけにと師匠から授かった短剣は、こんな状況でも勇気を与えてくれるようだった。

 気概を込めて顔を上げたとき、見知った影が視界を過ぎる。

「えっ!? うそ!?」

 どうして!? 声を荒げると同時に駆け出していた。目の前に見えているのに、とても遠く感じられて歯がゆい思いをしながら懸命に向かう。

「嘘でしょ」

 たどり着くまで、そんなはずは無いと何度も思考を巡らせる。

「レキナ! ちょっとあんたたち、何してるのよ!」

「モルシャ! 無事だったんだね!」

「ひとのはなし聞いてる?」

 若干の苛つきを込めて問いかけると、レキナは短剣を握りしめて目を伏せた。

「僕たちにも出来ることはきっとある」

「何言ってんの? 死んだら終わりなのよ」

「ぼ、僕たちだって、この世界で生きてるんだ!」

 いまここで戦わなかったら、死ぬより後悔すると思ったんだ! 言い切ってモルシャを見つめ返した。

 自分たちがどれほど役立たずなのか知っている。無駄死にするかもしれない。

 それでも──

「それでも、動かずにはいられなかったんだ」

 戦っている君をただ傍観していいはずがないんだ。

「馬鹿ね」

 いつも臆病で軟弱で、こんなにも格好良かったかしらとレキナを見つめる。

[彼の旅は無駄ではなかった]

 ヴァラオムは、血なまぐさい場に流れる暖かなそれらに目を細めた。

[皆が心に秘めていた強さが引き出されてゆく]

 己を探す旅が、折しも先の運命を変えるものとなり、ゆるやかにそれぞれの意思をつなげていく。

 そのつながれた糸を堅く結びつけたのはミレアたち魔導師──彼らがいなければ、この地に集まることは適わなかった。

 彼が旅を続け、しっかりと向き合ったからこそ、彼らもまた一意専心いちいせんしんに努めた。

 これこそが、ネルサが恐れていたことなのだ。分断されていた意志を一つにする力を持つシレアの存在は、奴の野望には邪魔でしかない。

 そしてシレアから聞かされた諸々もろもろの事柄は、彼の体に流れるドラゴンの血そのものに対するものだ。

 ドラゴンには、多くの動物たちから畏敬の念を抱かれる種族がある。獣がシレアに供物を捧げたのもそういう事であろう。

 ネルサはシレアの中に眠るドラゴンの血を危惧したのだ。

 その血の覚醒を──

[私怨と諸共もろともに、世界を黒く染めるのか。ネルサ]

 苦々しく発し、よどむ空に目を眇めた。


 ──金属が擦れ合う音と醜い叫び声、魔法で生み出される不可思議な音が入り交じった戦場いくさばは生臭い血の臭いが絡み合い、吐き気さえ覚える。

 かつて経験したことのない規模の戦いに、人々はこれまでの体験と同列に考えてはならないと気を引き締めた。

 そんな乱戦のなか、赤毛の女がシレアを見据えていた。

「わたしの名はシルヴィア。ネルサ様に名付けていただいた」

 暗い紫ダークスレートブルーの瞳を怒りに輝かせ、風になびく髪はこの場に相応しいと思えるほどに赤い。

「どうしてネルサ様に従わない。ネルサ様がお前を求めているのだ、それは正しいのだから従うべきなのに」

 低く唸るように発し、細身の剣先をシレアに突きつける。

 その言葉と鋭い眼差しには、己の主人に従わないシレアへの怒りだけではない何かが見て取れた。



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一意専心いちいせんしん:他のことに心を奪われることなく、一つのことだけに心を注ぐこと。

「一意」と「専心」はどちらも一つのことだけに心を注ぐこと。

「一意摶心」とも書く。

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