*張りぼての山
モルシャは群がるモンスターに、無駄とは思いつつも短剣を手に身構える。
「ちょっと、どういうことなの。こいつ誰よ?」
[ネルサは竜人だ]
「え、なにそれ」
「まさか竜人が生きていたとは」
古の民と同じく、古き種族だ。ドラゴンの血を色濃く受け継ぐ種族は元来、人よりもドラゴンに近い姿をしていた。
しかしそれも時代が下るにつれて人に近くなり、滅びが間近になった頃にはドラゴンの力を持つ者は半数以下となっていた。
[奴は誰よりも竜に近い]
「先祖返りってやつ?」
見る限り人間とまったく変わらないけど、ヴァラオムみたいに化けているだけかしら。どことなくだがシレアに似ている気もした。
顔つきがどうという訳ではなく、全体的な雰囲気が少し似ているかもとモルシャは思った。
しかし、シレアから伝わる柔らかな優しさとは違い、ネルサからは鋭い怒りと憎しみのみが伝わってくるだけだった。
[お前は封印を受けていたはずだ]
「いつの話だ。そんなもの、とっくの昔に解いてやったよ」
苦々しく放たれた言葉にネルサは鼻で笑い、己を見せつけるように両手を広げた。
「ちょっと、封印て何よ」
[奴の意思は邪悪なのだ。それ故に封印された]
「そうさせたのは誰だ。無理矢理に俺を造り出したのは誰だ」
ヴァラオムの言葉が呼び水となったのか、ネルサからどす黒い何かがじわりと染み出してくる。
それは、強烈な悪意と憎悪──身震いするほどの寒気にマノサクスでさえ顔をしかめた。
「造り出された?」
その言い方はシレアのことではないか。アレサは眉を寄せ、眼前の男をまじまじと眺める。
[彼らの種族は滅びかけていた]
かつては、この地上を飛び交っていたドラゴンの血を引く種族の一つだったが、時代は彼らを淘汰し始め衰退の一途を辿っていた。
竜人はエルフやロデュウと同じく長寿ではあったがこの世に生まれた存在である以上、滅びから逃れることは出来ない。
彼らはそれから逃げるように自分たちの住みやすい世界へと移り住んだ。そこは普遍の世界であるけれど、時の止まった世界に未来はない。
そうして長きに渡り遠い過去の栄光と繁栄に思いを馳せた古き者たちは、決して滅びることのない強い仲間を求めた。
[それが大きな間違いだったのだ]
彼らは、まだ強い力を持つ仲間を無理矢理に交わらせ、近親相姦を繰り返した。
[そのなかで、どれほどの者たちが犠牲となった事か]
濃くなった血は、人でもドラゴンでもない存在を多く生み出し、それらを闇へと葬っていった。言葉にすれば容易いものだが、それは壮絶なものだっただろう。
ヴァラオムがそれを知った時にはすでに遅く、竜人たちは生まれたネルサに歓喜していた。
[多くのものを犠牲にしてまで、やらなければならない事だったのか]
彼らが失敗とみなした子らは崖下に投げ落とされ、反対した者たちはことごとく追い払われ、異様な空気が立ちこめたその場で立ち尽くした。
ドラゴンの血を色濃く受け継いだネルサは強大な力をその身に宿し、
[しかし、ネルサが成長していくなかで彼らは気がついたのだよ]
ネルサの意思は彼らの理想とは相容れぬものだという事に──
「栄光など蘇らせたところで何になる。そんなもののために俺は生まれたんじゃない」
世界を支配すれば全てが済む話じゃないか。
見せた笑みはどす黒く、そこで初めて自分たちの過ちに気がついた。求めていたものは無残にも壊され、眼前には悪神だけが残った。
彼らは犯した過ちを正すべく、ネルサの封印を決断した。
[数を減らした彼らは、さらにその半数を費やしてネルサを封印した]
大きな、とても大きな報いだ。
[彼を殺さなかったのは、せめてもの良心なのだろう。しかし──]
殺すべきだった。ヴァラオムは言い放ち、ネルサを睨み付ける。
「もう遅い。俺は力を取り戻し、さらなる力を手に入れた」
不敵に笑い、従えているモンスターどもを示した。
[そんなものはまやかしだ!]
そう叫ぶヴァラオムにさしたる関心を示さず、ネルサはシレアに視線を移した。
[そのお前が
ヴァラオムはシレアを隠すように一歩、前に出る。
「貴様こそ、それだけ近くにいてどうして気がつかない」
返された言葉に目を眇める。
「確かに造り出されたという意味では、そいつと俺は同じだ。それに対する思いもある。だが、同じなのはそこだけじゃあない」
[何を言って──もしや!?]
目を見開きシレアに振り返る。
[やはり、そうなのか。彼にはドラゴンの血が──!?]
そうか、そういう事なのかとシレアの容姿をしげしげと舐めて息を呑む。高度な魔法を使いこなすドラゴンはときに、美しい人間に化けて人里や街に出現することがある。
それを思えば、彼の面持ちはそういう事であったのかと驚愕した。
「遅いんだよ」
ヴァラオムをあざけり、シレアに手を差し出す。
「解っただろう、お前はこちら側の存在なんだ。理解したなら俺と共に来い」
「え、どういうことよ?」
「シレアにドラゴンの血が混ざっているというのか!?」
「そんなことがあるのですか?」
戸惑うアレサたちを意に介さず、シレアは差し出された手をしばらく見つめた。
「そちらに行くとして、私に得はあるのか」
「ああ?」
抑揚のない声色に多少の苛つきを覚えシレアに眉を寄せる。
「お前の好きなことをすればいい。気に入らない奴を殺すも壊すも思いのままだ」
やりたいことをやれ、お前が神になる世界だ。
「欲しいものは何でも手に入る。躊躇うことなく奪え」
ともすれば、それは残酷な言葉のように聞こえてある種の甘言にも思える。差し出された手をとる者は少なからずも存在する可能性を秘めていた。
しかれど、
「ならば従う理由はない」
「なんだと?」
「私には世界を従わせなければ得られないものなどない」
張りぼての山を築きたければ他者を巻き込まず己のみですればいい。
「そうか」
差し出していた手を強く握る。
「ちょっと慈悲を与えてやれば、つけあがりやがって」
低く怒りの声を震わせ、右手を掲げた。
「なら、もろともに滅びろよ」
それを合図に、モンスターたちが醜い叫びと共に錆びた剣を振り上げる。
「来るぞ!」
アレサは剣を構え、立ちはだかるモンスターどもを睨み付けた。
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