◆第九章-振り向いた先-

*北の大地へ

「何故ガーゴイルたちが」

 疑問を口にした評議長をユラウスは一瞥し、シレアに視線を移した。シレアはその視線に無言で頷く。

「評議長殿」

「うむ? 何かな」

「話すべきかどうか悩んだのじゃが、空までも安心出来ぬとあっては致し方ない。信じるかどうかは貴殿に委ねるとしよう」

 神妙な面持ちのユラウスに、レイノムスも姿勢を正した。



 ──古の民から紡がれた言葉は予想に反して短く、集約されたなかにある見えない敵への不可思議な感覚が見て取れた。

「シレア殿の存在が、この世界を左右すると?」

 聞き終わり、信じられないといった面持ちでシレアを見つめる。

「どのように関わる運命なのかは解らぬが、立ち向かうには仲間が必要じゃ」

「で? おまえがその仲間の一人だって?」

 とてもじゃないが信じられないと眉間にしわを寄せるセルナクスに、マノサクスは水色の瞳を向けてにこりと微笑んだ。

 そうして、魔導師の一人は再びシレアの前に立つ。

 目深に被っていたフードを脱ぐと、輝く銀髪がさらりとこぼれた。アメジストの瞳は神秘的に輝き、シレアをじっと見据える。

 あどけなさの残る面持ちからして少女だろうか。髪を飾る金細工のサークレットが、魔導師の中でも高い地位にある事を示している。

「わたしはミレア、集落の長の娘です」

 形の良い唇からそれに見合う声が発せられた。

 魔導師と呼ばれる種族は、その言葉にも力があるとされていた。彼らに応えるだけでも支配されてしまうと恐れられた時代もある。

 本来、魔導師という言葉は彼らの名ではなかった。生まれながらに持つ高い魔力のために、いつの間にかその名で呼ばれるようになっていたのだ。

 彼らにとって、あまり喜ばしいものではなかったけれど昔と異なり、今は敬意の念も含まれていると解って、魔導師という名にそれなりの好感を持つようになっている。

「あなたは、シャグレナ大陸に行かねばなりません」

「ミレアと言ったかの。それはどういう意味なんじゃ?」

 割って入った古の民を一瞥し、少女は説明を始める。

「わたしたちの集落の近くに人間が一人、暮らしています」

 その男は、十五年ほど前に集落の南にふらりと現れて小さな家を建てて住み始めた。生活必需品を得るために、魔導師の集落に訪れては薬と交換していく事が度々あるのだとか。

「薬?」

「彼は錬金術師だそうです。わたしも何度か、彼の家に遊びに行ったことがあります」

 その時に見たのです。机の上にばらまかれていた何枚もの紙の中に──

「シレア、という文字を」

 エルフの古い言葉で記されていたそれが、ミレアの脳裏に印象深く残っていた。大切な言葉ほど、昔のエルフ語で錬金術師は記すのだという。

「なんと!? それはいつ頃のことか」

「あまり覚えてはいないのですが、七年ほどむかしかと」

 あなたの名を聞いたとき、そのときのことが思い出されて、途端に彼とあなたは会わなければならないのだと感じました。

「その錬金術師はまだそこに?」

「私がウェサシスカに昇ったのは、つい一年ほどのむかし。彼はまだいましたから」

 今もいるのではないでしょうか。

「行こうではないか」

 ユラウスが発して荷物を取りに宿に足を向けた。一同もそれに続こうとしたが、止まったまま動かないシレアに怪訝な表情を浮かべる。

「いかがした」

 シレアは問いかけたユラウスを一瞥し、視線を泳がせる。

「まさか今更、怖じ気づいた訳ではあるまい」

 ユラウスの言葉にピクリと指を動かす。複雑な心中は垣間見えるものの、依然として何を考えているかまでは窺い知れない。

 しばらく沈黙していたシレアは一度、目を閉じて歩みを進めた。皆はそれを確認して見合うと、その背中を追う。

「で、お前はどうするんだ」

 セルナクスは、問題を残された形になった幼なじみに声をかけた。

「どうしようか」

「おまえ、もうちょっと深刻に考えろよな」

 しれっと応えられて唖然とした。こいつは昔から妙におっとりとしていて、兵士に向かないのはそのためなのか。

 ──それから、

「よろしいのですか?」

 シレアたちの出発準備を眺めているレイノムスに、セルナクスが小声で問いかける。

「止めることも考えたがね」

 セルナクスを一瞥し、シレアに視線を移した。

「君の親友が報告してくれるだろう」

「あ、はい」

 評議長の言葉に一瞬、驚くも当然の事かと幼なじみの元へ歩み寄る。

「マノ」

「なんだい?」

「評議会の命だ。彼らに同行して、何かあれば報告しろ」

「なんだよ、監視しろってか」

「それくらいやれよ」

「解ったよ。評議会の命令なら仕方ない」

 溜息を吐き、マノサクスはシレアたちに近づいた。



 ──シレアたちが去った日の夜

「どうした、ミレア」

 レイノムスは、珍しく尋ねてきた魔導師を見下ろした。寝ようと思い、寝室に向かっていた彼をミレアは呼び止めたのだ。

「レイノムス様、お願いがございます」

 その面持ちは険しく、これから話す事柄を慎重に選んでいるようだった。

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