◆第五章-うねる大海-

*波に揺られて

 そうして三日後──

「良い天気じゃのう~。航海日和じゃ」

 呑気に空を見上げて発するユラウスを横目に、シレアとアレサはシャーク・スピナー号を見上げる。

 船員が航海に必要な分の荷を積み終わり、乗客たちが船に乗り込んでいた。船は幾度もの航海に耐えてきた証を船体に刻み、それが客の安心感を与えている。

 大陸間の航行は上品にはしていられない、無骨な船体は荒々しくも頼もしい。美しく装飾された遊覧船のようにはいかないのだ。

「よう、来たか」

 三人の姿を見つけたネドガレルは軽く手を上げる。

「もうすぐ出航だ、乗ってくれ」

 黒みがかった船体に白い帆が雲のない青い空に映え、乗り込んで甲板に立つと船員たちが忙しなく出港の準備を進めていた。

 ギュネシア大陸に渡ろうという放浪者アウトローたちは少なからずいるらしい。他の大陸に渡る者など、気まぐれなアウトローか商魂たくましい商人くらいだ。

「よーし、出航だ!」

 ネドリーが大きく発して右手を挙げる。それを合図にいかりが上げられ、港とつながれていた太いロープが外された。

 広げられた大きな帆は風を受け、それにより船はゆっくりと港から離れていく。

 船客たちはまるで、今生の別れのように遠ざかる陸地をいつまでも見つめていた。生きて帰る保証はない──そんな感情が彼らの表情から見て取れる。

「どれくらいで着くんじゃ」

「わたしに訊かれても解りません」

「船員に訊いてみては」

 そのとき、

「順調にいけば大体十日ってとこだな」

 シレアの背後からネドリーが答えた。

 船長の言葉に、一同は互いに顔を見合わせた。彼の物言いからは、どう優しく見積もっても順調にはいかないのだと言っているように思えてならない。

「四日目くらいの距離に無風帯ドルドラムがあってな」

「ほう?」

 海のことはよく解らないが、あまりよいものではないのだろう。

 ネドリーはふと、説明を待つシレアから視線を外し、「おっと、呼ばれてるぜ。じゃあな」と遠ざかった。

 彼の背中を見つめて、ネドリーを呼ぶ声など聞こえなかったのだがと首をかしげた。それにさしたる関心も無く、まあいいかと空を仰ぐ。

 大気を読み、自然の声を聞く──放浪者アウトローとして必要不可欠な能力だ。シレアはいつも、こうして空を眺めてある程度の天候や大気の流れを掴む。

 敵の匂いをかぎつける能力はエルフには敵わないにしても、渡り合えるほど彼の能力は高い。

「追ってきている」

 きな臭い意識が船の遙か後方から感じられる。

 相手の動きがどうも妙だ。先を読んでいるにしては、こちらの後を追ってくる。考えられることといえば──

「確信が無いか、まだそこまでの力が無いのか」

 口の中でつぶやく。

 ユラウスのように先が見えているからといって、一人の人間に何が出来るのかと考えているのかもしれない。

 己に何かを変える力など持ち合わせているとは到底、思えない。ユラウスでさえ、久しく見なかった「先詠み」を信じ切っている訳ではないだろう。

 先読みの中には、重要とは呼べないものも含まれることがあると言っていた。その能力は、確実なものではないということだ。

 相手の力がどれほどのものか見当も付かないが直接、叩けない理由があるのかもしれない。

「まあいい」

 考えるのは好きだが、考え過ぎるのは好まない。遠くの波間を見やり、ひと息吐こうと船室に降りた。


 昼近く──配られた食べ物を受け取るシレアとアレサの目には、床に転がっているユラウスの姿が切なげに映し出されている。

「う……。うう……」

「なるほど、それで海路を避けたかった訳ですね」

「こればかりは、長生きしていても、どうしようなし」

 青ざめた顔でうなだれるユラウスを眺めながら、二人は硬めのブレッドを口に運んだ。

「わしの前で、食べ物なんぞ口にするな」

「甲板で風に当たってくるといい」

「そうしよう……。胃の中には何も無いのに、吐き気が止まらん」

 這いずりながら甲板に向かう彼の背中に苦笑いを浮かべる。かつて「古の賢者」と呼ばれた種族も、あれでは威厳も何もあったものじゃない。

 アレサは、レーズンパンと野菜スープを交互に食べ進めながら船室を見回した。彼にとっては外の全てが新鮮なのだろう。

 川面に浮かぶ船は知っていても、大海を駆ける船は初めて見るのだ。きっと、海の広さにも驚いたに違いない。

「海の香りというものは独特なのだな」

 感情の起伏はシレア以上に希薄だ。これでもアレサの中では、戸惑いや驚きが満ちているに違いない。

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