ヒーロー殲滅計画
蒼北 裕
第壱章 『最速の星』
第1話 ヒーロー誕生
子供の頃、テレビの中のヒーローに憧れた。弱きを助け強きを挫く。いつかそんな大人になりたいと思うのは男の子なら誰しもが抱く夢だろう。
時は流れ、ヒーローに憧れた少年は大人になり、ついにヒーローになる資格を手に入れようとしていた。そうだ、彼は英雄に、憧れつづけたヒーローになった。
嬉しかった、ただただ、嬉しかった。
しかし、彼はまだ知らなかった。ヒーローになったが、それは人々が望んだものとは違ったのだった。彼の思い描く輝かしい未来は世界によって歪められてしまった。
悪魔の細胞、当時の科学者たちはそう名付けた。人の憎しみや悲しみ、負の感情に反応して変質するもので肉体だけでなく精神までもがその細胞によって汚染され、やがては人とはかけ離れた怪物になってしまうというものだった。
通常の人間を超えた能力を発揮できる代償として精神を汚染され変質するそれは、まさに悪魔との取引のようなものだった。
ここは非公式の人体実験施設。すでに同じ被験者の数名は変質の兆候を見せ、この研究施設から姿を消した。研究員に聞くと、
「彼らには別の研究所へ移ってもらった、第2段階の実験に進むためにね」
見え透いた嘘だった。彼らはすでに正気を失っていた、身近で見ていた私にはわかる。この時は拒絶反応のようなものだと思っていた。非合法の人体実験ではこのようなものは付き物だと。いつか自分もあのようになってしまうのだろうか。自分が自分とわからなくなってしまうのだろうか、不安で仕方がなかった。それでも憧れのヒーローになれることが出来るかもしれないのだ。会社を辞め、迷惑をかけまいと家族の前から姿を消した。なに、この実験が終われば私は日本を守るヒーロー1号として胸を張って家族の元へ帰ることが出来るのだ。それに、このようなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
「被験体6番、所長がお呼びです。直ちにB棟、来賓室にお越しください」
ベッドだけが置かれた狭い部屋に声が響いた。横になっていた体を起こし、正面の扉に近づく。スライド式の自動ドアが開き女性の研究員の1人がドアの前に立っていた。彼女はついて来てください、と一言、真っ白な廊下を歩き始めた。
彼女に着いて行き、被験者たちが住む収容施設であるA棟を越え、病院の受付に近いB棟の中央、この研究室の管理区画にある一室に案内された。女性研究員は扉の横にある認証機を操作する。すると扉が開き入室を促された。
中に入った自分を迎えたのは身なりの良い一人の男性だった。スーツを着た50代頃の男性は、見たところどこかの企業の社長、政治家を思わせる雰囲気を醸し出していた。所長からの呼び出しだと聞いたのだが目の前の男性しか部屋にいないことに気付き、変な汗が額から滲み出るような感覚に襲われた。なんだろうか、この目の前の男性は、所長はどこに行ったのだろうか。
「どうも初めまして、わたくし『
獅童なる男と対面する形で椅子に腰を下ろす。彼は私のことをしばらくまじまじと見た後、口元をニィっと広げたかと思うと、私の手を握っては嬉しそうにこう続けた。
「誇ってください、あなたのおかげでヒーロー計画は大きな一歩を踏み出すことができました。先程、ここへ来る途中に採血をしたでしょう?あなたが来る少し前に結果が出たのですが、あなたは実にツイてらっしゃる。いやー本当にありがたい」
この言葉を聞いた私は心の中が満たされるような気持ちになった。この感覚こそがヒーローとして誰かの役に立ったということなのだろうか。今はまだこの施設に閉じ込められてはいるが、ここを旅立ち人々の笑顔と安全を守ることができる英雄として輝かしい人生を送ることができる。
「ですので、あなたの役目はここで終わりです。この研究所は非公式、残念ながらここのことを必ずしも喋らないとは限りませんし、ましてあなたはただの人間では無くなってしまった。このまま生かしておくには危険すぎる。いつかは怪物へと変質してしまう。ならば、
・・・あなたにはここで死んでいただきます。
いや実に申し訳ない。私も民間人を殺すような真似はしたくないのですがね、国はまだ公表―――」
自分の視界が歪んで潰れていく、獅童という男の一言が頭の中でリピートされる、『死』。私が殺される。何かの間違いだ。私はここで死ぬ、死んでしまったら何も出来ないじゃないか。なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――――――――
―――――――ヒーローになりたかった。
「罪の無い人々を襲う悪の怪人どもめ!!覚悟しろ、このジャスティスマンが相手だ!!」
―――――――凡人だった私は、特別になりたかった。
「困っている人がいれば、例え山奥だろうと海の上だろうと、どこにでも駆けつけるさ!!」
―――――――いつの間にか、私は歪んでしまった。
「ジャスティスマンは不滅だ、いつも君たちと共にある!」
―――――――全てを捨て、生まれ変わりたかった。
「いつか君もなれるさ、誰かを守ることのできる正義のヒーローに!!」
――――君さぁ、なんでもっと早く言わないの?できるって言ってたよねぇ?
――――えぇ!?ちょっとちょっとここの取引先、今日だよ!!何してるの!?
――――お前今まで何してきたんだよ。もう部活辞めろよ。
――――近藤さんのところの景虎君だっけ?大学落ちたらしいのよ~。
――――まぁあんまり出来た子じゃなかったし仕方ないのかもねぇ。
――――あんた、また会社首になったんだって?これで何社目だい?
高校まで人生をそこそこに楽しんで生きてきた。子供の頃は自分がこんな惨めな大人になるなんて思ってもいなかった。高校時代の部活で揉め、大学進学に失敗、就職するも長続きせず、周りからは陰口、時々、死ぬことを考えることもあった。
そんな頃だった、『ヒーローになりませんか』という1通のメールが来たのは。初めは迷惑メールだろうと思った。でも一回だけメールを送ってみることにした。メールを送信した次の日、国から手紙が来たときは驚きと歓喜に包まれた。嘘じゃない、本当になれるかもしれない、と。私は就いていた仕事を辞め、妻に別れ話を打ち出した。
「今まで迷惑をずっとかけてきてごめん。でも、やりたいことができたんだ。子供の頃からの夢を叶えられるかもしれないんだ。だけど君にこれ以上迷惑を掛けたくないんだ。本当に、こんな不甲斐無い夫に今までついて来てくれたことには感謝してる。私にはもったいない妻だ。しばらく家には戻ってこれない。会うことだって出来なくなる。君には辛い思いをさせてしまう。子供のことだってある。だから、だから別れよう。突然で本当にすまないと思っている」
「顔を上げて、
「違う、邪魔なんかじゃあない。君がこの家で私の帰りをずっと待っているそのことが辛いんだ。いつになるかわからない。もしかしたら一生君に会う事だって出来なくなる。その間、君は私に縛られ続ける、そんなのは嫌なんだ。君と
「景虎さん、じゃあこうしましょ。私、実家に帰るわ。そこであなたの帰りを待つ。地元なら仕事だって家の手伝いができるし、あなたのことを知る人も少ないわ。いいところよ、山々に囲まれて自然が溢れる場所よ。こんな都会のビル街なんかよりよっぽどマシ。だから、あなたはやりたいことをやればいい。その合間にでも私に時々会いに来て、顔を見せてあなたの話を聞いて、一緒に虎二と3人で寝るの。それだけで私は満足だわ、ね?それなら納得してくれる?」
呆れられると思った。殴られても泣かれてもよかった。君と虎二が幸せになるなら。私の事を忘れて、別のもっと素敵な男性と生活して幸せで裕福な家庭を築いて欲しかった。そう思っていた、けれども寂しいという感情もあった。慎ましくも温かい家庭だった、それを手放したくないとも思った。だけど、自分にはその資格が無いと思っていた。カガリ、君が許してくれた。私を救ってくれた。君は私のヒーローだった。
だからこそ、君と虎二を守るヒーローに、なりたかった。
見つかったのだ、守りたい誰かを。だからこそ決意はより強く固まった。
―――――あぁ、カガリ、虎二。やっぱり会いに行けそうにないや・・・守れなくて、ごめんな・・・。
獅童は懐から取り出した拳銃で景虎の胸を打ち抜いた。景虎が座っていた白い椅子は、徐々に赤く染まっていった。その日、被験体6番『近藤景虎』という人間は死亡。後に焼却施設にて研究室のゴミと共に灰と化した。
数日後、政府は新型パワードスーツを発表。選ばれた人間だけが装着を許され、着こんだ者たちは多くの犯罪や救援活動にて活躍し、瞬く間に平和のシンボルとなった。
人々は歓喜し彼らをこう呼んだ
――――ヒーロー、と。
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