婚約破棄で、公爵令嬢は未来を切り開く
龍希
婚約破棄? どんとこい!
ぽかぽか陽気とは裏腹に、私の気分はどんより気味です。
それは何故かと言うと、ここ数ヵ月の婚約者である王子の行動のよるものなのです。
雲一つ無い青天から視線を下げると、目に入るのは細長い城のような学園棟の白亜の建物。
私は先程まで、そこで授業を受けていたが、今現在は石畳で出来た小道を歩いている。
「はぁ……」
憂鬱になりつつ、私はため息を吐いた。
私の名はレスティーナ・トゥーア、トゥーア公爵家の長姫。フェリクス王国を支える七公爵の一族の一人でもある。
七公爵の一柱で、北の領地と国境を防衛を担う公爵家。
北東のすぐ隣の領地は、呪いの地、不毛な場所、アンデット達が住まう土地である。数代前の領主が、不老不死になるべく魔法実験をしてあえなく失敗。不老不死ではなく不死者になり、その失敗の余波で、領地と領民まるごと道連れにして今に至る。
そんなある意味本気で危険な領地を守る王国の臣民。そして、我が公爵領地に住む領民も、領主一族もある一定のステータス持っている。武力だったり、魔法だったり、聖なる力だったり、癒しの力だったりと、多岐にわたる。
私の持っているステータスは、微妙な状態で止まっています。王子の婚約者となった辺りからで、本来であればもうとっくに上級職位にジョブチェンジしてある程度のレベルになっていたはずです。
不本意な事に、下位クラス(プリースト見習い)のアコライトのままで止まってるのです。ジョブレベルは頭打ちで、スキル等は王や宰相やらの横槍で、自衛が出来る様にと鍛えられた為、腕力(strength)知力(intelligence)素早さ(agility)耐久力(vitality)器用さ(dexterity )運(lucky)は、当初の目標から逸れてしまっている。
「…………あら? 私はどこを目指していたのかしら?」
ふと湧き起こる、ジョブとステータスへの疑問。何の為に? 目指すべきゴールは? いつからだろう、それを忘れたのは。
ぐるぐると巡る思考のまま、コツコツと歩みを止めて、私は目の前の扉に視線を固定する。眼前に在るのは目的地の学園の聖堂。淡いクリーム色合いの壁と、鮮やかな青の装飾が建物の美しさを引き出している。扉は重厚な趣の黒に近い茶色の木製。
その扉の向こうには、私を呼び出してきた婚約者が居るだろう。
両手を重厚な扉に添え、ゆっくりと、その扉を私は押し開いた。
学園の聖堂とは言うものの、学生全員を収容してしまえる程に広く造られている。
扉を開けば、長く伸びる通路と、造形美に溢れた均一に立つ数本の柱、左右には長椅子。
床は磨き抜かれたかの様な白の石床。
奥には中央祭壇が設えてあり、そこで司祭がミサを行う場所だ。
最奥には神々の像が立ち並ぶ。左から順に、戦神、アーレス。剣を掲げて厳つい鎧を纏う戦神。騎士らしく、空いた腕には盾を着けている。
盗神ロキ。右側の腰に剣、左側には短剣、背中には弓矢、口元にはシニカルな笑みは、悪戯好きなトリックスターの異名を彷彿とさせ、また神々一器用さを誇るかのようだ。
商神、ヘルメス。対の蛇が絡み合う杖を持ち、反対の手にはコインの入っている盃を持っている。商売を司る神らしく、にこりと微笑しているが、裏がありそうな感じを滲ませている。
聖癒神、ケレス。十字架が飾られた杖を中段に掲げている。全てに癒しと浄化をもたらす神の目元は、常に慈愛に満ちている。司祭見習いの
魔導神、ミネルヴァ。ローブを纏い、左手の甲には精緻な刺青、その手に握られているのは魔術の証である魔法杖、右手には陣の刻まれた魔宝玉。この中で一番無表情で、知識の深淵を彷彿とさせている。
創造神、ヴァルカン。足元には金敷、手には鎚を持つ筋肉質のワイルドな造り手の神。ワイルドさとは反対の、繊細さも必要なクリエイティブな物も作り出せるとされている。
更に上級レベルになると、主神の契約神の他に属神が選ぶと、騎士が
居並ぶその神を統括する立場なのが、職種管理神バルキリー。半円に並ぶ神達の一歩前にバルキリーの像は置かれている。少しだけ上げた左手首には、六枚羽の伝令鳥が止まり、右手には神槍を持っている。
正面のステンドグラスから落ちるカラフルな光に照らされる神像。その神聖的な光景に神妙な気分になる。私は手前の祭壇前まで足を進めて行く。祭壇を支える様に四つの柱が立ち、中央祭壇へは四方からのびる7段の階段があり、柱と丸天蓋は豪奢な金銀細工がされている。7段の階段は、世界に影響を及ぼす神の人数を表していると言われている。
階段前で止まり、私はゆっくりと膝を着く。祭壇とその先の神像を見詰め、十字を切り聖句を唱える。祈りを捧げていると、司祭室の扉が乱暴に開き、私を呼びつけた婚約者が出てきた。制服を着崩した姿で、見知らぬ女生徒の肩を抱いてだ。
神聖な場で何をしているんだと思わず、嫌悪感が先に来る。婚約者の立場よりも、アコライトとしての感覚の方が上回る。
「よく逃げずに来たな、レスティーナ」
口元に歪んだ笑みを浮かべ、この国の第一王子がふんぞり返りながら言う。典型的な美形王子さまなのだが、正直残念でしかない。小者臭さが漂う笑い方、頭脳の方は努力をしなかった為と、元々の才能も微々たるものでしかなかったので、努力を止めた時点で結果は言うまでも無い状態に至る。これで筋肉馬鹿の腕っぷしの強い、脳みそ筋肉であればまだ救いもあったであろうが、ただの我が儘馬鹿王子と相成りました。
こんなのが、自分の婚約者だとは本当に絶望しかない。出来るのなら白紙に戻したい。
私は彼らをじろりと見やり立ち上がって。
「……王子、司祭室で何をしていたんですか?」
思いの外地を這うような低い声が、唇から出て詰問する。
「っ!」
顔を赤く染め、肩を抱かれた彼女は王子の胸に頬を寄せる。それを敵対視と取ったのか王子が私を睨み付ける。
「レスティーナ、我等を愚弄する気か!?」
「愚弄? ただの質問ですわ。ここは聖堂ですよ? そして、私はまだプリーストにはなっていませんが、それでもアコライトとして聖堂の使い方について、質問して可笑しいでしょうか? ここは私達の職種にとっては大事な場所でもあるのですから」
神像ある場は、司祭職を目指すものやその職に有るものにとっては大事な場所に変わる。
正当な発言をする私を憎々しげに、二人は睨み付けてくる。
「お前と話し合いをすると、聖堂の管理人に言ったら使用許可が出た」
ふんっと鼻息荒く王子が言う。
許可が出たイコール何に使っても良い、という俺様法則で使った訳ですか。最低ですわね、この王子様は。
無意識に眉間に皺が寄るのが分かるが、さっさと済ませてしまいたいので、深呼吸して王子に告げる。
「……左様ですか。それで、私にお話しとはなんでしょうか? 私、貴方達の様に暇ではありませんのよ?」
「ふん! これを見てもそう言えるか?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、懐から巻かれた羊皮紙を出して封を解き、広げて私に見える様に突き出す。
それは、神に宣誓した契約書だった。
そう、私と王子が婚約者として結び付いている枷の元凶その物。
王都の神殿に、厳重保管されているはずの物。おいそれと持ち出せる物ではないのに。
「何故それを持っているのですか?」
「母上と叔父上に頼んだら快く出してくれたわ!」
自慢気に胸を張るが、ある意味駄目駄目です。家族を溺愛して、やってはいけない事をやらかしているのだ。神に宣誓した契約書は、魔術の証……関わっている者を縛るので、悪用されない様に管理される。
この場合、王子の叔父が神殿長補佐官を勤めているから、彼が神殿から盗んだことになる。
「と、言うことは国王陛下と宰相には無断と言うことですか」
「俺は、お前の様な可愛いげのない女と婚姻などしたくないからなっ!」
キッパリと言い放つ王子に、呆れつつもこの好機を逃す気はない。
「それに、彼女にしたことも許す気はない! 姑息にも嫌がらせをしていて、知らぬとは言わせぬぞ!」
ギラギラとした眼で私を睨み、王子が怒鳴った。傍らの女生徒の肩をさっきよりも、ぎゅっと抱き寄せてだ。抱かれた彼女は、頬を染めてすり寄っている。
「はあ? 彼女とは誰のことですか? まさか、その娘ですか? 言って置きますが、私とその者は本日が初対面ですわよ? あぁ、その者がどんな名であろうとも興味はございませんから、仰らなくても結構です!」
私は一息で言い切る。
元々、王子に群がる頭の軽い女生徒は、面倒臭いので関わらない事にしているのだ。一人増えようが、十人増えたとしても本気でどうでもいい。
今、目の前で起きている現象の方が重要だ。
羊皮紙の封が解かれてから、視界に広がる大きなひび割れ。例えるなら、硝子に走る亀裂。その向こう側にいる天使が、そのひび割れたガラスを叩き何かを言っている。
唇が動く。
ーーーーレスティーナ!! 呪いを解いて!
「……呪い……」
ぽそりと私は呟く。視線の先には、宣誓書がある。多分、きっと、間違いなくあれが原因だ。
「レスティーナ貴様っ!」
噛みつく様に騒ぎ立ててくる王子に、私は冷淡な眼差しと言葉を投げ掛ける。
「その様に声を荒げなくても、私とて、貴方との婚姻など不本意でしたのよ? 破棄出来るのでしたらさっさとしてしまいましょう。さぁ、どうぞ」
祭壇を手で指し示すかの如く促す。神が絡む縛りは、契約者の上位の者から宣誓しなくてはならない。
「アデリア、少しだけ待っていろ、いいな?」
「はい」
真剣な表情で王子は肩から手を離し、彼女の顔に自分の顔が触れそうなくらい近付けて言う。うっとりと恍惚な表情をして、彼女はこくりと頷く。
彼女は階段の手前ので止まり、王子は一段目に足を乗せ、私を一瞥してから言う。
「後悔するなよ、レスティーナ」
「絶対にしませんわ。するのは、あの二人だけですわ」
ニッコリと笑って見せる。
そう、確信がある。塗り替えられた記憶があり、それを行った者は最高権力を持つ者だと。宣誓書の封が解かれてから、曖昧にぼかされていた思考の霧が薄くなっている。
王子が祭壇に近付く度に、私を隔ててたガラスのひび割れは更に大きくなり、所々に小さな穴が開く。
「我、カイン・フェリクスは求め、訴えたり! レスティーナ・トゥーアとの婚約を破棄するものなり!」
勢い良く言い放ち、宣誓書を祭壇に叩き付ける。
その瞬間、パンッ!と、私を縛っていた世界が弾け飛んだ。
――――レスティーナ! 僕らを別つ軛を壊すんだ!
「ええ、そうね」
耳に飛び込む声に、違和感よりも安心感で満たされる。今まで空いてたパズルのピースが、がっちりと填まったのだと、胸にこみ上げてくる感覚。
「私、レスティーナ・トゥーアは、今この時をもって、不当な魔術による思考強制と、王家との宣誓を破棄する!! そして、管理神バルキリーに願い奉る! 呪縛の解放と祝福を!!」
私は祭壇に叩き付けられた羊皮紙を持ち、頭上に掲げる。一拍の後、羊皮紙は白炎のに包まれていく。手を離してその光景を眺める。虫食いだらけだった思考と記憶が戻ってくる。埋められてゆく、本当の記憶と思考と目標。
「ああ……管理神バルキリーよ、感謝致します」
去来する様々な感情に、涙が溢れる。私は膝を着き、十字を切り、バルキリーに祈りを捧げる。
『汝らの願いを受け入れよう』
聖堂に荘厳な声が響く。
奥の管理神の神像が、淡くキラキラと光っている。
『聖癒神と契約せし、レスティーナよ。此度のトリックスターの呪縛は解けたので安心しなさい。とは言え、汝と守護天使とが、長きに渡る隔離は、管理神として看過出来るものではない。ロキとこの国の王と宰相には、代償を捧げさせるとしよう』
溢れる涙が抑え切れず、私の唇から嗚咽が漏れる。
「ふっ……感謝し、まっ……す」
ボロボロ泣く私を背後から、抱き締める存在に心が歓喜する。私の半身たる天の使徒であり、聖癒神ケレスとを結び付ける、私の唯一無二の守護天使だ。
「~~~~っっ」
嗚咽とこみ上げる苦しさと堰を切って雪崩れ込んでくる記憶に、私の意識が遠退く。
祭壇の床に倒れ込んでしまう。ひんやりとした床の感覚が、気持ち良いとかぼんやりと思う。
そうして、私は少しの間意識を飛ばしたのだった。
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