第三章 楓の『終』幕 桃子視点 PART7
13.
銀介の計らいにより今夜は泊まらせて貰うことになった。椿とリリーに連絡をつけ一日奈良で滞在することを告げる。明日は再び室生寺に向かう予定だ。
銀介と共に夕食を取る、もちろん話題は楓のことだ。
「楓さんは何でも思ったことを表現し感覚で動くタイプでした。人情があり面倒見がよくて周りからの信頼も厚かったです。また本当によく笑う人でした」
綾梅との駆け引きが見たかった、と桃子は残念に思った。母親と似ているというと銀介は嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした。
楓の荷物は銀介が管理しているらしい。早速見せてもらうと、大工道具がぎっしり詰まっている木の箱があった。仕事が終わった後、道具の手入れを一日も欠かさず行っていたという。
大工の腕は道具の手入れ状態を見ればいいか悪いかすぐにわかるものらしい。彼の道具はどれも新品同様の手入れだった。そのうちの一つを桃子は手にとってみた。
眩い光を放ち刃こぼれひとつしていない綺麗な鉋
かんな
だった。鉋の光を見て楓の性格が垣間見えた。
大工道具を一通り見た後、楓が身に着けていた衣類置き場を眺めた。そこには楓の葉がワンポイントで入っているマフラーがあった。大分痛んでいるが綺麗な黄丹
おうに
色に染まったものだった。多分綾梅が作ったものだろう。桃子のマフラーとは柄が違うが毛糸の太さが同じものだった。
マフラーの感触を味わっていると銀介が口を開いた。
「先ほどは失礼しました。桃子さんのマフラーに桃の花がワンポイントで付いているでしょう? 楓さんのものと似ていると思ったんです」
「突然だったのでびっくりしましたが、これでわかったんですね。裁縫なんか得意じゃなかったんですが一生懸命作ってくれました」
桃子は頷きながら、綾梅が必死にマフラーを作っている姿を思い出した。
不器用な母親が夜なべして作ってくれたのがこのマフラーだ。夜中トイレに行く時にこっそり彼女の姿を垣間見た。展覧会に出品する時と同じ眼をしていた。
綾梅は一端やり始めると、とことん拘るタイプだった。普通のマフラーでは面白くないと思ったのだろう、一度できたものを崩してチェック柄にしたのも実は知っている。
ある日学校から帰ってくると、桃子の部屋に無造作にマフラーが置いてあった。自分に父親は必要ないと確信したのはその時からだった。
衣類置き場にはもう一つ桃子の眼を引くものがあった。心願成就と書かれたお守りだ。それは細い筆の尾の部分に結びつけてあった。中を開けてみると桃の種は入っておらず別の種が入っていた。
「朽葉さん、明日お父さんのお骨が収めてある納骨堂に行こうと思っているんですが」
銀介は笑顔で答えた。
「それは楓さんも喜ばれると思います。少々階段がきついですが、是非お参りしていって下さい。差し支えなければ私が案内しましょうか」
「是非お願いします」
「ではまた明日ですね」銀介は襖を閉めながらいった。「夜も遅いですし早めに休んで下さい」
銀介の声と共に就寝に入る。明日こそ本当の意味で楓と会うことになるのだ。綾梅の件は明日、父親のお参りが終わってからの方がいいだろう。
桃子は布団の中で両親の先を祈った。
……どうか別の世界で出会えていますようにと。
……今度こそ二つの糸がきちんと編まれていますようにと。
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