第二章 『花』火の閃き PART12

  13.


 縄文杉を辿る道もまた、もののけの森に負けないくらい幻想的な世界だった。

 伐採されずに残った大木は螺旋状に伸びており途中で着生した植物の枝が表皮を多い尽くしている。アンバランスな枝の張り方に何ともいえないものを感じる。


 ……椿なら、この木を見て何と表現するのだろう。


 彼の意見が訊きたくなるし、彼の笑顔が見たくなる。心の感情が少しずつ色を付け始めていく。だがまだその液体はガラス玉で蓋をされており、表現することはできない。


「冬月さん、見て下さい。凄い大きな木が繋がっています。夫の方が二千年、妻の方が千五百年も生きているみたいですよ」


 椿の指の方向を見ると、夫婦杉と呼ばれる二本の大木が三m以上も離れているお互いを繋いでいた。まるで手を繋いでいるかのように一本の節で結合しているのだ。

 長い年月を掛けて硬い絆で結ばれている杉達は本当に恋人同士のようだ。


 隣にいる椿の手を眺める。細く長い指に男性らしさは感じられないが、自分の手よりも一回り以上大きい。


 ……この手を掴んだら、どうなるだろうか。


 不意に心臓の鼓動が早くなる。今更だが男と二人で旅に来ているのだ。そう思うと、心臓の高鳴りはさらに激しくなっていく。


「どうしました? 顔が赤いですよ」


 椿に指摘され顔を背ける。これ以上、この場にいたら心臓が破裂しそうだ。


「いえ、何でもありません。五百年の間、ずっと彼は彼女を待っていたんですね」


 話題を変えると、彼は人懐っこい笑顔で頷いた。


「そうなんでしょうね。千五百年も夫婦でいられるっていうのは幸せですね」


 彼の目になぜか哀愁を覚える。彼も両親との間で問題を抱えているのだろうか。家業の話も訊けずにいるのだから、あまり訊くのも失礼だ。


 ……どうしてこんなに彼のことが気になるのだろう。


 警察としての職業病ではないような気がする。いつの間にか、彼のことしか考えていない自分がいる。母親に会いに来たのにだ。


 ……この感情は逃避? それとも愛情?


 母親に会うことを恐れて彼のことを考えているのだろうか、それとも純粋に彼のことを考えているのかわからない。


 ……それでもこの手を掴んでみたい。


「春花さん、ちょっとだけ手を握ってもいいですか?」


「ええ、いいですけど」


 彼の手を握ると、心の底から安心していく。幼い頃に握って貰った母親の温もりが返ってくる。


「すいません、いきなりこんなことをいって……」


 手を握った後に後悔する。こんなことをすれば、彼にどう思われるかわからない。

 それでも自分から切り離すのは申し訳ない気がして、立ち止まっていると、他の登山客から微笑が漏れ始めた。


「……そろそろ、先に行きましょうか」


 そういって椿は再び自分の手を握り直して足早に走ろうとする。

 彼の体温を感じながらも、リリーはなされるがまま彼の後ろをついていった。


「もう大丈夫でしょうか?」 


 椿が申し訳なさそうに手を解くと、リリーは何度も頭を下げて謝った。


「すいません。特に意味はなかったんですが、あの、その」


「大丈夫ですよ。そういう時もあります」


 そういって彼は笑顔を見せて再びシャッターを切り始めた。無言の優しさに触れ、リリーは穏やかに頷いた。

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