第二章 『花』火の閃き PART6
6.
鹿児島船から降り、遠くの方で旗を振っている中年の女性がいた。予約していたレンタカーの業者だ。そこから手続きをし山荘へ向かう。
「もう、ついちゃいましたね」
椿は雲の掛かった山を眺めながらいう。この広大な景色を見て彼は何を思うのだろう。春に見た秋風家の庭を思い出し、彼の視点に興味が沸く。
「ええ、あっという間でした」
リリーは頷きながら桃子にメールを送った。友人が看病に来てくれるとはいったが、自分が手料理を作れずレトルトのものしか置けなかったことが少し気がかりだ。
山荘につきチェックインを済ませ、それぞれの部屋に向かう。風呂に入った後お互いに食堂で落ち合うことにした。
入浴後、食堂に行くと椿が先に席についていた。山荘に置いてあった浴衣を着て扇風機を体全体で浴びている。
「冬月さんの所のお風呂はどうでした?」
椿は食事に手を付けず待っていてくれたようで、たくさんの料理が目の前に広げられていた。
「なかなか、よかったですよ。特にこれといった特徴はなかったですけど」
「じゃあ明日はきっとびっくりすると思いますよ。僕の所は床が畳になっていたんです。変わったお風呂でした」
畳? 想像がつかない。
食事にありつこうとすると愛想のよさそうな年配の女性がこちらに近づいてきた。どうやらご飯をよそってくれるらしい。
「飲み物はいかがしますか?」
目の前には缶ビール、瓶のオレンジジュース、ガラス玉の入ったラムネが置かれた。
「……春花さん、どうします? 明日は山登りですし、ジュースにしときましょうか」
「そうですね」
リリーはオレンジジュースを二本取り、栓を抜いて彼の分にまで注いだ。
「じゃあ、いただきます」
美味しそうに食事を口にする椿。前回の事件の時のような鋭さは全く感じない。
「あーおいしいなぁ、このフライなんか特に。民宿で食べるご飯はどうしてこんなにおいしいんだろう。ああ、おかわりを貰おうかなぁ」
男性の食欲というのは本当に凄まじい。自分が二口食べている間に彼の茶碗は空っぽになっていた。
「そういえばどうしてこの旅館を選んだんです? 以前来られた時に使われたんですか?」
「いえ、ここには泊まったことがないんです」
椿はおかわりを頼みながらいった。これで三杯目だ。
「以前、屋久島に来た時に薦められたのを思い出したんですよ。畳になっているお風呂があるので是非行ってみたらいいと。そこの旅館はとっても人当たりがいいといってましたので」
「なるほど」
改めて食堂を見渡す。古い作りでありながら、木のぬくもりを感じられるとても居心地のいい空間だ。
だが妙に居心地が悪い。
「そういえば、その方に何かのお菓子を貰った気がするなぁ。一緒に登っている途中に、飴玉を貰った記憶があるんですよ」
胸がトクンと高鳴る。何か妙な胸騒ぎがする。
「その人は……大型のカメラか何か持っていませんでした?」
思いつくことを述べていく。
「荷物をたくさん持っていたとか、集団で行動していたとか、何か思いあたることがあれば教えて下さい」
「うーん、そうですねぇ」彼は神妙な顔をして唸っている。「どうだったかな。そんな気もするのですが。すいません、そこまでは覚えてないですね」
彼の表情を見て、動悸が収まる。仮に母親とすれ違っていたとしても、きっと彼は何も覚えていないだろう。
しかしこの空間、強い既視感を覚える。
もしかして、ここは――。
「ああ、そうだ。一つ思い出しました」
椿はポンと手を叩いた後、彼女から目を逸らしながら答えた。
「その人、確か山登りの最中、帰ってこなかったみたいなんです」
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