第一章 一『瞬』の輝き PART6

  6.


 カツンカツンと音を立てる鉄の階段を掛け上がると、夏鳥皐月の部屋が見えた。桃子が出て行ったので居留守を使う必要はないだろう。


 インターホンを押すとすぐに反応があり、長い金髪の褐色肌の男性が現れた。爽やかそうな若者でかなりの男前だ。


「お待ちしていました。僕が夏鳥です。どうぞお入り下さい」


 皐月はそういうと居間へ案内してくれた。


 部屋は広いとはいえなかったが綺麗に掃除をしていた。小さいながらも台所があり壁に鍋やフライパン等が掛けられている。目の前にはテーブルの上にグラスが二つ置いてあり、コーヒーポッドが置いてある。皐月の言葉通り、リリーが来るのを待っていたのだろう。


 足の低い机を向かい合わせにして、話を訊く体制を取る。

「随分と綺麗に片づいていますね、男性の部屋じゃないみたいです」


「いえ、とんでもありません。いつもはもっと汚いですよ。刑事さんが来るとわかっていたからです」


 外見から想像もできないとても澄んだ声をしている。とても蘇鉄の血を受け継いでいるとは思えない。台所にはたくさんの種類が入った包丁セットが置かれていた。リリーの家には包丁は一本しかない。包丁の刃は美しく光っており新品のようだ。


「御自分で料理をされるんですか?」


「ええ、結構料理は得意なんです。大体カレーが多いですけどね」


 最近の男性は自分で料理ができるらしい。女性の私が料理ができないといえば、彼はどんな顔をするだろうか。しかし料理を振舞う相手がいないのだからしょうがない。


「では単刀直入に伺います。事件の時の様子を教えて下さい」


「わかりました」

 皐月は神妙な面持ちで答え始めた。


「二十一時半頃だったかな? 高速バスセンターにいたんですが、ちょうど乗ろうとしていた時です。運転手は確か年配の方だったかなぁ。とっても対応が遅かったのを覚えています。その時に桃子から連絡が来ました。家に帰ったらお母さんが倒れていると。それでどうして倒れているのかを訊いたんですが、桃子は動揺していたみたいで全くわかりませんでした」


 皐月はコーヒーを一口含んでから苦い顔をした。


「少し経ってからです。畳が血だらけになっていると桃子はいったんです。僕はぞっとしました。強盗が入ったと思ったんです。綾梅さんを殺害した犯人が近くに残っているとまずいと思って、すぐに病院の前で待ち合わせをしようと提案しました。バスから降りて最寄のタクシーに乗り込み病院に向かいました」


「なるほど、桃子さんを守るため、というわけですね」病院が目の前にあるのに、という言葉は飲み込んでおく。


「夏鳥さん自身はなぜ高速バスに乗っていたのですか? どちらに行かれる予定だったんです?」リリーは蘇鉄との会話を思い出しながら皐月を見た。


「島根に行く予定でした。夜に乗って朝方つく便です。朝から時間が欲しかったので」

 彼の表情は読めない、涼しい顔で丁寧に答えている。それが再び違和感を覚える。予め決められていたように話すからだ。


「ちなみに何をされる予定だったんですか?」


「庭を見に行く予定でした。世界一になった庭があるんです。足立美術館という所です。まだ発車する前で本当によかったですよ。もしかしたら、手遅れになっていたかもしれませんからね」


「おっしゃる通りです。しかしなぜバスで行こうと思ったんです? 島根といえば海岸沿いにありますし、サーフィンをする場所もあるかもしれません」


「なぜ僕がサーフィンをすることを? ああ、車が置いてあればわかりますよね」皐月は合点がいったように一人で納得した。しかし表情は真剣だ。


「確かに観光が目的ですが、それは仕事のためです。遊びではありません」


 皐月の目を観察する。仕事に本気で打ち込んでいる目だ。蘇鉄がこのことを聞いたら泣いて喜ぶだろう。

 リリーは綾梅のことについて再度訊いた。


「質問を変えさせてもらいます。被害者が亡くなっていたか、桃子さんの話ではわかりませんよね? 救急車を呼ぶことは考えなかったのですか」


「すいません、そこまで頭が回らなくて……」皐月は頭を抱えながら嗚咽を漏らし始めた。「桃子に危害が加わることを一番恐れました。だから咄嗟に……」


 皐月は涙を浮かべながら訊いてきた。


「た、助かる可能性は合ったのでしょうか?」


「いえ即死だったみたいです」


「そうですか……」皐月は目頭を抑えている。その表情は彼女を追悼しているようにしか見えない。


「失礼ですが、桃子さんとはお付き合いされているんですよね?」


「ええ、それが何か?」


 彼の不穏な視線をものともせずに続ける。


「桃子さんの事件前後のアリバイはありませんでした。そこに関してはどう思ってますか?」


「まさか、犯人は別にいないというんですか?」皐月の視線が鋭くなる。拳を握りテーブルの上で震わせている。


「そういう意味ではありません。彼女が犯人ではない、何か形になるものがあればと思っています」


「そのことについては考えていたんですが、なかなか思いつかなくて……」

 彼はがっくりと肩を垂れ下げた。

「何か出て来たら、すぐに刑事さんに伝えます、よければ連絡先を教えてくれませんか?」


 リリーは名刺を置くと同時に職場に行ったことを伝えた。


「こちらこそありがとうございました、それではまた、お伺いすることになるかもしれませんがよろしいですか」


「はい、もちろんです」

 皐月は真剣な面持ちを見せた。

「僕の方こそ桃子のためにできることは何でもするつもりです」


「わかりました、では……」リリーは頭を下げ、ドアに向かった。その時、皐月ははっと思い出したかのように質問した。


「すいません、桃子と面会はできるんですか?」


「今はまだできません、としかいいようがないですね」


 もちろんできるはずがない、という言葉は伏せておく。皐月が桃子との共犯関係にあるかもしれないからだ。

 彼女は再び頭を下げ彼の部屋を出ることにした。


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