第106話 ローズ・リップ その2
その魔法文書には、双子2人の人間界への外出を許可する彼女達の母親の印が記載されていた。文書を見たヴェルムは絶句する。
「こ、これは……」
「私達、ちゃんと作戦を練って臨んでおりますの。父様の行動パターンはまるっとお見通しです」
ローズは呆然とする父親を前に胸を張った。もう何を言っても無駄だと自覚したヴェルムは、娘達を前に敗北宣言をする。
「ああもう分かった。あいつが許可したなら仕方がない。負けたよ」
「では許可してくださいますね!」
「ああ、だが少し待て、優秀なガイドを付けてやる」
それでも娘達を心配した大猫の父親は何とか威厳を保とうと、自分の人脈を使ってのサポートを申し出る。この親心を知ってか知らずか、ローズは冷たくその言葉を拒否するのだった。
「その必要ありませんわ」
「何故だ?」
「私達は観光に行く訳じゃないのです。最初から目的地は決まっておりますので」
ローズは自信満々な顔をして胸を張りながら答える。最初から予想がついていたとは言え、その言葉を聞いて改めてその想定の通りだと確信を得たヴェルムはその辿り着いた結論を口にした。
「兄に、会いに行くのか……」
「はい」
「突然会いに行って驚かせるんですわ!」
ローズに続いてリップもまた楽しそうな顔で声を弾ませる。ここまで来たらもう自分からは何を言う事はないと、ヴェルムは自慢のひげを触りながらただただ深くうなずいた。
「なるほどな、そう言う事か。ヴェルノの居場所は……もうとっくに把握済みなんだろうな」
「当然です。この計画を立ち上げた時に一番最初に調べましたもの」
ローズは晴れ晴れとした顔でニヤリと笑う。その自信に満ち溢れた顔を目にして、心配性の父親もここまでしっかりと考えをまとめているならと双子の娘達を送り出す決心を固めるのだった。
「ふむ。ならば行ってこい。だが決して無茶はするなよ」
「安心してください。何の問題も起こさずに戻ってまいります!」
こうして両親の許可を得たヴェルノの双子の妹達は晴れて魔界を抜け、人間界へと旅立っていく。立派に育った娘達を、父親は魔力が感知出来なくなるまでしっかりと見送るのだった。
その頃、人間界のいつきの家では居候の魔界猫が退屈そうに暇を持て余していた。体をしなやかに伸ばして大きく口を開ける。
「ふあぁ~あ」
「暇そうねえ」
「実際、暇だからね」
この部屋の主の彼女とのやり取りもまた何度も繰り返されたテンプレ通り。ヴェルノはこの世界の猫と同じように後ろ足で器用に顔を掻いている。そんな呑気そうな彼を目にしたいつきは、つられてあくびをしながら気ままな彼を羨んだ。
「あ~あ、猫はいいよね~。宿題も進学も将来も何も考えなくていいんだもん」
「いつきがちゃんと考えているとも思えないんだけど?」
その言葉尻を捕らえて、ヴェルノはさっきから何もしようとしていない彼女にツッコミを入れる。何だかバカにされたように感じたいつきは、当然のようにぷくーと頬を膨らませた。
「や、流石に勉強の事は考えてるよ」
「そう?」
「そうだよ!」
彼からの疑いの眼差しにいつきが逆ギレしたみたいに声を荒げる。その言葉がイマイチ信用出来なかったヴェルノは前足で顔を洗う仕草をした後、彼女が考えそうな事を思い浮かべてジト目で見つめながらそれを口にした。
「ドラマやファッションの事ばかり考えてるんじゃないの?」
「失敬だな君は」
自分がそんな風に見られていると知っていつきは憤慨する。その言葉を右から左に聞き流しながら、彼は何故自分がそう思ったのかの根拠をつぶやいた。
「この家にお世話になってからずっと見てるからね、こっちも」
ヴェルノはそう言った後、じいっと真面目な表情でいつきの顔を覗き込む。この無言のプレッシャーに耐えきれなくなった彼女は思わず本音を口にした。
「や、アニメやゲームの事も考えてるもん!」
「あ、そう……」
結局勉強の事は考えていないと自白したいつきに呆れたヴェルノは、軽く目を閉じて深くため息を吐き出す。
それからしばらく沈黙の時間は続き、彼女は机に肘を乗せて頬杖をついた。その視線は窓の外の平和な風景。会話も途切れてまたしても暇になった魔界猫は眠りにつこうと体を丸くする。
そうして本格的に眠りに入ろうとしたところで突然何かを思いついたのか、いつきがまた楽しそうに話をし始めた。
「アスタロト問題も片付いたしさ。これからはまた気ままに空を飛んだり魔法を使ったりして楽しむんだ」
「あの魔法は危険だろ」
「危ない魔法は使わないってば」
敵対する相手がいなくなったのだ、もう攻撃魔法を使う事はないだろう。その魔法の魅力にとりつかれない限りは。ヴェルノはそれを危惧していたものの、魔法の使用者がその欲望を持っていないと言う事でホッと胸をなでおろす。
その話の流れでふとある懸念を思い出した彼は、それとなく以前聞いた話の続報をいつきに求めた。
「でさあ、あのライトヒューマンとか言うのはもう現れてないの?」
「ああ、うん。今のところは何も」
「でも気をつけた方がいいよ。何してくるか分からないし」
ヴェルノは全く警戒心のない彼女を心配する。そんな心配をよそに、当の本人はケロッとした脳天気な態度を崩さなかった。
「大丈夫なんじゃないの?」
「だといいけどさ……行動が把握されてるんだから、そこは忘れないようにね」
「ふぇ~い」
自分の事なのにまるで他人事のような反応をするいつきに、ヴェルノはこの話を続けるのを諦める。そうして、自分がもっとしっかりしなければと改めて決意を新たにするのだった。
そんな暖簾に腕押しな会話を2人がしていた頃、突然玄関のチャイムが鳴った。今日は特に来客の予定はなかったはずと、いつきは思わず首を傾げる。
「あれ?お客さんかな?」
「はぁ~い」
在宅していたいつきの母親が来客の対応に玄関へと向かった。そうしてその正体を確認して、彼女は玄関のドアを開けて来客を迎え入れる。玄関前でドアを開くのを待っていたのは双子の可愛らしい女の子。
双子の少し利発そうな方の子が、迎え入れてくれたいつきの母に向かってペコリと頭を下げる。
「あ、お母様、はじめまして!」
部屋にいたいつきはこの謎の来客の様子が気になって、声を潜めて漏れてくる音に神経を集中させていた。自分の予定はないからきっと自分以外の人目当ての来客だろうと推測し、彼女は色んな妄想を頭の中で膨らませていく。
しかし、その推測が的外れだった事を次の瞬間にいつきは知る事になった。
「いつき~。お客さ~ん」
そう、母親が彼女の名前を呼んだのだ。これはつまりその来客がいつきの関係者である事を意味していた。呼ばれたところで全く身に覚えのなかった彼女は、反射的に母親にその正体を聞き返す。
「誰~?」
「可愛お友達よ」
「えっ?誰だろ?」
返ってきたその答えに全く該当人物を思い浮かべられなかったいつきは更に混乱する。そうしてどう対応していいか分からなくなった彼女は、思わずベッドの上で丸くなっている彼の顔をじいっと見つめてしまうのだった。
「うん?」
見つめられたヴェルノもこの突然の状況に困惑の表情を浮かべるばかり。いつきは言い訳のように彼に言葉を投げかける。
「いやだって……今日誰かが遊びに来るなんて聞いてないしさ」
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