決着
第100話 決着 その1
アスタロトの無罪を証明する、と言うか、アスタロトの友人のゲイウェルの犯行を証明する記録水晶を手に入れたいつきは、それを早く有効活用したいとひとり自室で鼻息を荒くしていた。
「さぁ~いつでも来いアスタロトー!」
「おいおい……」
その突然豹変した彼女の態度にヴェルノは呆れる。いつきは椅子を逆に座り、そのままくるくると回転させてそれに飽きると背もたれに顎を乗せる。
「流石に家にまでは来ないか」
「今までずっと怯えていたのにガラッと変わったね」
「そりゃそうでしょ。きっとアイツもこれを見せれば私達に感謝するよ」
彼女は記録水晶を人差指と親指でつまんでその中身を覗き込むような仕草をする。勿論魔力のないいつきがそうしたところで記録されている映像を見る事は出来ない。
そんな彼女の様子を冷めた目で見ていたヴェルノは軽くため息を吐き出した。
「そんなすぐに僕達を信用するとは思えないんだけどなー」
「でも悪い話じゃないでしょ」
「って言うかさ、向こうは僕達を憎んでるから素直に話は聞いてくれないんじゃない?」
彼は後ろ足で顔を掻きながら、ついいつもの癖で正論を口にする。その言葉がぐさりと胸に突き刺さったいつきはすぐに頬をぷくーっと膨らました。
「むー。あんまりネガティブな事言わないでよもー」
気を悪くした彼女は椅子から立ち上がると、ベッドの上でリラックスしていた彼に近付いて狙いを定めるとポカポカと叩き始める。攻撃対象になったヴェルノはすぐにその殺気に気付いて両前足で大事な顔をガードする。
「うわ、痛い痛い」
ある程度魔界猫を軽く叩いたところで気の晴れたいつきは、踵を返すとまた椅子に座ってくるりと回してヴェルノに向き合った。
「でも本当、これを手にしたからには無駄にしたくはないよね」
「でも連絡手段的なものがないもないからなぁ。もう二度と僕らの前に現れないかもだし」
ヴェルノはベッドの上でゴロンゴロンと寝転びながら、まるで他人事のようにつぶやく。その救いのない言葉に彼女は憤慨した。
「何それ、困る!」
「いや、そう言われても……どうしろって言うんだよ」
彼は彼でいつきの無茶振りに困惑する。彼女は不機嫌な顔のままヴェルノに訴えた。
「何かないの?アスタロトと連絡を取る方法!」
「ないね」
「ぐ……少しは考えてよ。即決はないでしょ」
自分の意見を秒で却下されたいつきは更に気を悪くした。不機嫌な彼女の顔を彼は真面目な顔で見上げながら、自分の出した言葉の根拠を説明する。
「そもそも連絡の取りようがないんだよ」
「携帯みたいな連絡手段とかないの?魔法なんだからテレパシーみたいなのとか!」
「あるよ」
「ほら、あるんじゃん!」
嘘の付けない彼の言葉に、いつきはまるで揚げ足を取るみたいな反応を返した。ヴェルノはまだ話の途中だと言う事で、彼女の言葉を無視して話を続ける。
「連絡魔法はあるけど、同時に着信拒否もあるんだよ」
「あ、そう言う……。アスタロトが拒否ってるんだ?試したの?」
「一応はね。だからこっちから何かするってのは無理」
ヴェルノは説明が面倒臭いので簡単にやり取りしているものの、実際は連絡を取ろうとした訳ではない。アイテムを手に入れたいつきの行動を先読みして、連絡した時にちゃんと話が出来るかどうか連絡魔法で気配を探っただけ。ここで気配を感じ取れれば呼びかけの言葉も届くものの、感じ取れなければその試みも無駄に終わると、そう言う事なのだ。
頼みの綱の彼の魔法が役に立ちそうもない事が分かって、いつきの頭に疑問が浮かぶ。
「じゃあさ、アスタロトはどうやって今まで私達の前に現れて来ていたんだろ?」
「そりゃ一回いつきの居場所が分かったら向こうはこっちに来るだけでいいじゃないか。僕達はずっとこの街に住んでるんだし」
居場所が謎のアスタロトと違って、とっくに居場所がバレているいつきのところにあの魔界貴族が現れるのは、どこにも不自然なところはない。
このヴェルノの話を聞いて疑問の解消したいつきは口をとがらせた。
「向こうは私達の事を知ってるのに私達は知らないって不公平だよね」
「ま、魔法レベルがもっと上ったら、こっちだってもっと広範囲な探索魔法で探せるかもだけど……」
「それだ!」
彼の発したその何気ない一言にいつきはすぐに食いついた。思いがけない反応が返ってきてヴェルノは困惑する。
「え?」
「べるのよりすごい人達が知り合いにいるじゃん!」
彼女はまるで難問が解けたような晴れ晴れとした顔で話しかける。自分よりすごい人と言うその言葉に、嫌な予感を感じた彼はすぐに声を荒げる。
「まさか妹達に協力を?ダメだ!妹達にアスタロトを関わらせたくない!」
「や、違うよ?」
ヴェルノの予想をいつきは真顔で否定する。その態度から最初から彼の妹は全く当てにしていないようだ。思いっきり勘違いしていた事が分かったヴェルノは恥ずかしくなって顔を真っ赤に染める。そんな魔界猫を見るのはかなり珍しいため、いつきは今がチャンスだとばかりにじいっと彼の顔を眺め続けた。
調子に乗った彼女が写真を撮ろうとスマホを探した始めたところで、彼はその行動を止めようと声を上げる。
「ちょ、やめて!って言うかやめろっ!」
「えー。いいじゃん記念だよ」
いつきはニヤニヤと笑いながら返事を返して、もうすっかり冷静になった彼の顔を一枚パシャリとカメラに収めた。と、ここで話を戻そうとヴェルノは口を開く。
「それはともかく、一体誰に助けを求めようとしているんだよ」
この反応にいつきはヴェルノを出し抜けたと感じて、わざとらしく笑った。
「にひひ、それはね……」
次の休日、彼女は意気揚々とこの街の土地神の元へと向かう。そう、いつきの言うヴェルノよりすごい人達と言うのは幻龍の事だったのだ。確かに土地神とは言え、神様ともなれば一介のレベル3の魔界猫より遥かに強い力を持っている事だろう。
種明かしを聞いたヴェルノはその発想にいつきを見直すのだった。
この土地神の元に向かうには、彼女が心の中で呼びかけるだけでいい。今回もこの呼びかけに幻龍が応え、あっけなくいつきは土地神の住む神殿に迎え入れられた。
彼女はそこでニコニコと笑う土地神に会うと、今までの事情を詳しく身振り手振りを加えて熱弁して協力を要請する。
「ほう。それで儂のところに来たのじゃな?」
「そう!幻龍じいちゃんならアスタロトの居場所とかチョチョイでしょ?」
「うむ。よし来た!と、言いたいところなんじゃが……」
最初はいい感じだったものの、急にその雲行きが怪しくなり、その空気を察したいつきはその表情を曇らせる。
「え?無理なの?」
「かつての儂なら造作もない事じゃった。じゃが今の儂は土地神じゃ。この土地より他の場所は管轄外なんじゃよ」
頼みの綱の幻龍でさえ、彼女の望みを叶える事は出来ないらしい。すぐには諦めきれないいつきは何とかならないかと追いすがった。
「じゃあ、じいちゃんの管轄内にアスタロトはいないって事?」
「いたらすぐに分かるからのう」
「うそーん」
このやり取りで幻龍の協力が得られないと分かった彼女は、ショックを受けて言葉をなくす。
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