第99話 200年前へ その7
博士の推測を聞いたいつきはほうほうと何度もうなずいた。多分その説がいい線をいっているのだろう。見る事しか出来ない未来からの時間旅行者達は、この後ゲイウィルが何をするのかを注意深く見守っていた。
すると彼は本物の宝玉を懐にしまい込むと、この時のために用意していた偽物の宝玉を取り出し、台座にそれを戻す。偽物の見た目はそっくりそのままだから、触らなければ誰もそれが偽物だとは気付かないだろう。
「あっ、宝玉をすり替えた!」
「なるほど、そう言う事じゃったか」
やり取りの一部始終を注意深く観察していた博士は、すり替えた偽物の宝玉の正体をひと目で見抜いたようだ。そのいかにもそれっぽい言動にいつきは好奇心を高ぶらせる。
「どう言う事?」
「あの偽物は魔法の力で空間を固めたもの。術者の念でいかようにでも出来ますのじゃ」
博士の解説によると、この後にゲイウェルはアスタロトをこの場所まで何らかの方法でおびき寄せ、その時に宝玉を消す事で罪を彼に着せたのだろうと推測する。いつき達がその推理に感心している内に、宝玉盗難の真犯人は悠々と神殿を出ていった。
博士の推理が正しいのか裏付けを取るには彼の後をつけた方が良かったものの、いつきは真相が分かった事で満足して尾行をやめてしまう。
「さ、犯人も分かったし退散だね」
残りの2人もそれ以上追いかける気がなかったので、これでアスタロト冤罪追求作戦は終了する。それから3人は折角だからと自分達も神殿の観光を楽しんだ。魔界の神殿と言うのが珍しかった彼女は、目を輝かせながら全ての部屋を堪能する。そうして十分楽しんだ後に神殿を出ると大きく背伸びをした。
こうして厄介事が済んで肩の荷の下りたヴェルノは、おもむろにいつきの顔を見上げる。
「で、これで後はどうするんだ?」
「元の世界に戻ったらその記録水晶をアスタロトにあげる。後の事は彼次第」
「そんなにうまく行くかなあ」
「それは……分かんないけど」
神殿を出た後の帰り道、2人は今後の事について雑談をしながら博士の別荘まで戻った。別荘に着いてすぐに博士はインスピレーションが降りてきたと言って装置の修復を再開させる。そのはしゃぎようは一緒に帰ってきた2人が唖然とするほどだった。
博士が自分の部屋に閉じこもって食事を作ってくれなかったので、いつき達は手分けしてこの日の夕食作りに挑戦する。
いつきの料理スキルは家庭科の授業レベルだったものの、場所が魔界で食材も調理方法も未知の領域。ヴェルノはヴェルノで料理はあまり得意ではないと言う有様で、一応料理と呼べる代物が何とか形になったのは調理を開始して3時間ほど経った後の事だった。
2人はその努力の結晶を美味しく頂いた後、まだ何も食べていない博士の部屋に料理を持っていく。部屋の中では、博士がドヤ顔で料理を持ってきた2人に嬉しい報告をしてくれた。
「お2人共、修理が完了しましたぞ!」
「おお!ナイスタイミング!」
この報告にいつきは喜びの声を上げる。博士は早速装置を起動させようとするものの、もう夜も遅いと言う事でそこから先は明日の朝と言う事になった。その後、2人はお風呂に入ってぐっすり眠って次の朝がやってきた。
いつき達が目覚めると朝食は既に用意されており、3人は別荘での最後の朝食を楽しんだ。
それから博士が装置を広間に持ってきて早速装置を動かし始める。事の成り行きを2人が見守っていると、やがて装置は動き始め、例の時空間にまた取り込まれていった。
今度のこの異空間滞在時間は体感時間で数分ほどで、気がつくといつき達は人間世界のあのゲートのある丘に現出していた。
「戻って……これたんだよね?」
「当然ですぞ。現出を前の時空転移から3分後の時間軸で調整しておる。見事にその時間に戻ってこられましたわい」
「すごい、これでもうすっかりその機械も使いこなせるね!」
説明する博士のドヤ顔を見たいつきは、その言葉をすぐに信用して感動する。褒められた老人は顔を赤らめ、頭を掻きながら、彼女の言葉通りではない事を告白する。
「ただ、空間移動は問題ないのじゃが、まだ時間移動の連続使用は出来ないようなのじゃ。もっと調べてちゃんと使えるように今後も調整を続けねばのう」
「決して悪用はするなよ。何かやらかしたらすぐに父様が動くからな」
博士の言葉を聞いたヴェルノはその研究が暴走しないようにすぐに釘を刺した。すると博士はさっきまでの照れ顔から一転、急に真面目な顔に戻ってヴェルノの顔をじっと見つめる。
「勿論、肝に銘じておりますとも!」
「べるの、そこまでだよ。ごめん、色々お世話にもなったのに」
いつきは言い過ぎているっぽいヴェルノを軽く諌めると、過去魔界でお世話になった事に対して改めて博士に感謝の言葉を伝えた。博士もまた自分の研究に2人を巻き込んでしまった事を謝罪する。
「いやいや、儂の方こそ今回は迷惑をかけしてしもうて申し訳なかった」
「うん、でも色々してくれたし怒ってないよ。それに私のやりたかった事にも付き合ってくれたし」
お互いに謝り合って最後は2人共笑顔になった。そうして強く握手を交わしていつきと博士は友人となる。今後また会う事があるかは分からないけれど、もしどちらかが困っている場面に遭遇したならその時はお互いに助け合おうと誓い合った。
最後の挨拶が終わったところで博士は2人に別れを告げる。
「それでは失礼しますじゃ」
「研究、頑張ってね」
博士はまた装置のスイッチの操作をする。するとすぐに装置の回りにまた空間の歪みが発生し、その次の瞬間には魔界の老博士と彼が発掘した装置はまるで最初から何もなかったみたいに姿を消した。
こうして全てを見届けた彼女はヴェルノに声をかける。
「じゃ、私達も帰ろっか」
帰り道、また同じように彼はいつきの胸に抱かれながら帰路についていた。道中では怪しまれないように、特に会話らしい会話もせずに家まで辿り着く。
玄関のドアを開けてやっと落ち着けた瞬間、緊張の糸の解けたヴェルノがずっと息を止めていたのをやっと吐き出せるみたいな勢いで口を開いた。
「今回は疲れたなぁ~。すぐに寝たい」
「あはは。好きなだけ眠ればいいよ」
彼のその言動にいつきはクスクスと笑う。ヴェルノはすぐにお気に入りの場所、リビングに飛んでいってエアコンのスイッチを入れた。いつきが様子を見に行くと既に彼はソファの上で気持ち良く寝息を立てている。彼女はそんな平和な情景をしばらく眺めていたものの、その内自分のまぶたも重くなっていた。
いつきは気力で自室にまで戻るとすぐにベッドに横になり、しばしの休息を取ったのだった。
その頃、潜伏先の洞窟ではまだ力を取戻せていないアスタロトが今後の復活計画を練っていた。
「くそっ!一体どうやったらあの小娘に勝てるんだ……」
前回の失敗がよっぽど精神的にきつかったのか、色々考えを巡らせても最終的に負けたイメージが思い浮かんでしまい彼は悩んでいた。
負けたら勝つまで挑戦すると言うのが本来のアスタロトのポリシーなものの、負けイメージしか思い浮かばないようでは勝てないと方針を転換する。
「いや、もう忘れよう。あいつと関わるとろくな事がない」
彼は膝を抱えて塞ぎ込むと、リベンジ以外の能力復活方法を模索する。力を完全に失って数ヶ月、この状態がさらに続くと自分の生命活動の維持も難しくなってくる。
この状態は追放された当初と同じなものの、今回はそれ以上に消耗が激しかった。やはりいつきと戦った時に力を使いすぎたのが原因のようだ。
「しかし力が回復しないな……くそ。どうしてこんな事になってしまったんだよ」
暗い洞窟の中、ぱちぱちと音を鳴らす焚き火の炎に照らされながら、アスタロトの心はどこまでも深い闇に落ちていくのだった。
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