200年前へ

第93話 200年前へ その1

 魔界には様々なタイプの知的生命体がいて、見た目では獣人タイプから精霊タイプまで、その存在の濃さの違いも様々でバラエティに富んでいる。そうして知的生命体が揃うと知能の高いものが研究を始めるのは世の常で、研究者が集まって議論を始めるのもまた世の常だった。

 ここ、魔界の考古学を統括する魔界考古学学会では、今まさにある科学者が学会の他の科学者と激論を繰り広げていた。


「あなたの研究は認められません!」


 若い狼系の獣人タイプの研究者が年老いたエルフ系の科学者に警告を訴える。エルフ系の科学者も大人しくその言葉を聞くタイプではなく、この言葉を聞いて瞬間湯沸かし器のようにすぐに激高する。


「なんじゃと!古代魔界文明は今後も研究されなけばならん題材じゃ!今の魔界には失われてしまった物が多過ぎる!それは蘇らせねばならん物じゃ!」


「だから、危険すぎるんです。アレは掘り出していいものじゃない」


 獣人研究者はエルフ研究者の研究そのものを否定する。お互いの信念がぶつかりあい、討論は終わりのない迷路に入り込んでしまった。


「危険がどうした!それを乗り越えねば何も発展はせん。進歩にはリスクがつきものなんじゃ!」


「そのリスクにも限度があります!忘れてしまったんですか、我々はもう二度と災厄を起こしてはならないんです!」


「災厄じゃと?まだお前さんらはまだあのおとぎ話を信じておるのか!あんなものはただの作り話じゃ!」


 エルフ科学者は獣人科学者が危険視するその根拠自体を否定する。

 しかし、その程度で怯む獣人科学者ではなく、すぐにエルフ科学者がダメージを受けるような言葉を繰り出した。


「それがおとぎ話じゃないって事は博士、あなたが一番良く知っているはずでは?」


「ええい!五月蝿い五月蝿い!お前らは儂が手柄を手てるのを、儂が歴史に名を残すのが許せんだけじゃろう!」


「そんな訳ないじゃないですか。博士が今やろうとしている事が危険過ぎるから止めようとしているだけです!」


 意固地になったエルフ科学者の行動を止めようと、獣人科学者は言葉を尽くして説得を試みる。その言動から見ても、エルフ科学者がやろうとしている事の危険性がよく分かるというものだ。

 けれど、精魂込めたどんな言葉もエルフ科学者の耳に届く事はなかった。


「どんな理屈を並び立てようと、この研究を止める気は一切ない!」


「ならば学会を辞めて頂けますか!そして今後一切我々と関わらないで頂きたい!」


 獣人科学者は最後の手段として、研究を続けるなら学会を追放すると宣言し、エルフ科学者を追い詰める。普通ならここでどんな問題科学者も考えを改めるのが常だった。

 何故なら、学会を追放されるとその後の研究を続ける事が実質的に不可能になってしまうからだ。


 科学者が学会に参加する事の利点とは予算の確保、人員の確保、そして研究結果の宣伝、スポンサーの紹介。学会を追放されるとこれらを全て失い、更に学会を追放されたと言う汚点までついてくる。そうなってしまうと科学者としてはお終いになる。

 自ら研究も出来ないし、誰かのもとで研究者として生活しようとしても採用されない。生活するためには研究以外の仕事につくしかなくなるのだ。


 そんなリスクを背負ってでもエルフ科学者は成し遂げたい研究があった。だから学会の脅しにも決して屈しなかった。


「ああ上等じゃ!お前らみたいな分からず屋共の手など借りん!援助もいらん!全て儂ひとりで成し遂げてみせるわい!」


 こうしてエルフ科学者は学会の研究発表会の会場から姿を消した。ひとりの野良科学者として、自力で研究を続けようと覚悟を決めたのだ。

 学会を脱退した以上、何ににも縛られずに自由に研究が出来る。失ったものは大きかったものの、得るものもまた大きかったのだ。



「……まさか本当の援助を打ち切るとは思わんかったわい。じゃが儂を止める事は出来なんだな。くふふふ」


 学会を景気よく脱退したエルフ科学者は、自身が以前から研究を続けていた古代魔界文明の遺跡でたったひとり孤独に発掘作業を続けていた。

 学会に所属していた頃は総勢10人の研究チームで賑やかに作業をしていたものの、支援がなくなったのでもう誰も付いてきてはくれなかった。


 孤独な発掘作業は8年続き、それまでに貯めていた資金もつきかけたところで、博士はついにひとつの遺物を発見する。それこそが学会が危惧していた禁断の古代魔界文明遺物だった。

 ようやく自分の学説が正しい事を実証した博士は、掘り出したその遺物を手にして大声で叫ぶ。


「この魔界遺物こそは魔界古代文明の遺産。2万年前の古代が今ここに蘇るのじゃあ!」


 エルフ科学者――博士は、丁寧に掘り出したその2万年前の骨董品を大事に自分の研究室に持ち帰ると早速調べ始めた。作業を続ければ続けるほど、この古代の機械の素晴らしさに博士は虜となっていった。

 目を輝かせながら装置を触っている内に、興奮のあまりつい独り言をつぶやいていた。


「ふう、本当に驚くべきものじゃ、こんなに古いのにまだちゃんと動く。これで古代魔界文明の謎も解けるぞい」


 博士の言う通り、この掘り出された古代の何らかの装置はものすごく古いものにもかかわらず、全く傷んでいる様子もなかった。

 発見した時は流石に土の中に埋まっていた事もあって泥だらけだったものの、その泥をきれいに落とすと、まるでつい最近完成されたんじゃないかと言うくらいに光り輝き、装置に設置されている計器の反応も実に若々しかった。


 装置は失われた技術で稼働しており、それまでに発見していた古代の石版のメッセージ等で操作方法を解読すると、全く問題なく動き始める。

 これに気を良くした博士は、自身の説の正しさを確認するためにすぐに試運転を開始する事にした。


「うははははは!早速起動じゃああ!」


 興奮しながら装置を操作し始めると、装置はその命令を実行しようと小刻みに振動を始める。この振動を体感した博士の興奮はマックスに達する。


「うおおおお!このバイブレーション!古代の叡智!儂の正しさが証明されたわああ!」


 装置の計器の表示窓の数値が古代の数字で100%に達した次の瞬間、博士の周りの空間は時空間のゆらぎに包まれ、一瞬にして消滅する。

 そうして次に周辺の空間が実体化した時、博士は今までに一度も見た事もない世界にいた。


「おや?ここはどこじゃ?」


 初めて見る世界に博士はキョロキョロと周囲を見回す。そこから見える景色から今までいた魔界とは違う世界に転移してきたと博士は判断する。勿論博士は転移しようと思って装置を操作した訳ではない。

 その意味で言えばこの実験は思いっきり失敗だった。


「おかしいぞ?計算では過去の魔界に戻るはずじゃったんじゃが?」


 実験の失敗で博士は一瞬途方に暮れるものの、転移が出来たのだから戻る事も出来るだろうと、装置に向かって正しい操作方法を探るべく調査を始める。研究者と言うのは転んでもただでは起きない人種なのだ。

 そうして、博士が転移してしまった別の世界こそがいつき達のいる人間界だった。



 その頃、彼女の家ではリビングでだらけきっているヴェルノにいつきが手を合わせて何かを懇願していた。


「ねぇべるの、また魔界に行こうよ!」


 どうやら彼女はまた魔界に行きたいと彼にねだっているようだった。このお願いを魔界猫は冷徹に却下する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る