第70話 秘密結社への誘い その3

 それからお茶セットを片付けたり、夕食を食べたり、部屋でくつろいだりしたものの、いつきは今日会った謎の男の事をは口にしなかった。それはマルクがあまりにも胡散臭かった為、話すのはもっと確実な事が分かってからにしようと考えたからだ。


 次の日の昼休み、昨日からずっと降り続く雨を見ながらいつきはつぶやく。


「雨は憂鬱だねぇー」


「でもこの雨のお陰で水不足にもならないし、プールも使えるんだから」


「そりゃ、分かってるんだけどね」


 今日も雪乃の正論に彼女は全く言い返せない。そこで会話が自然に止まって沈黙が流れた為、珍しく今回は雪乃の方から話が切り出された。


「今日はもう何の話題もないの?」


「話題ね~。そう言うのは……あっ!」


「何?また何かトラブル?」


「そう言えば昨日変な人に会っちゃってさあ……」


 ヴェルノには話さなかったものの、目の前の友人には逐一報告した方がいいだろうとの判断で、いつきは昨日の出来事を覚えている限り細かく説明する。

 その話を最後まで黙って聞いていた雪乃は彼女が全て話し終わった時点で深い溜め息をついた。


「それ、気を付けなくちゃ駄目だよ」


「うん、だから無視して帰っちゃった」


 この彼女の取った対応を聞いた雪乃は、すごく心配そうな顔をしていつきの顔を覗き込む。


「そう言う人の機嫌を損ねると危ないって言うよ?」


「え~、じゃあどうすれば良かったって言うの?」


 この友人の言葉にいつきは困惑する。その質問に雪乃もまた回答に詰まり、しばらくの間沈黙の時間だけが流れていく。


「うーん、改めて聞かれるとちょっと困るけど……。多分その人はまたいつきの前に現れるよ」


「え~!迷惑!」


「とにかく、出来るだけひとりにならにようにね。何かあったらすぐ通報だよ!」


「うん、気をつけるね」


 こうして重い雰囲気のまま、昼休みの雑談は終わった。後はまたいつもの当たり前の当たり障りのない時間が過ぎて、あっと言う間に放課後になる。


 昨日から降り続けている雨は下校時間になってもまだその勢いを弱めてはくれなかった。流石梅雨後半の雨、簡単には止みそうもない。

 天気予報では夕方までには止む予報にはなっていたんだけど……。いつきは昼間の雪乃の言葉を思い出しながら帰宅しようと傘を開いていた。


「とは言ってもこの雨だからなぁ~」


 今日も雪乃と折り合いがつかず、ひとりでの下校となる。昼休みでのあのアドバイスは早速無効となってしまった。降り続く雨の中で傘をさして淋しくトボトボと歩いていると、待ち伏せでもしていたのか、また例の男性が声をかけて来た。


「よっ、また会ったね」


 その声に見上げると、そこにいたのは昨日ぶりの胡散臭い笑顔。いつきは軽蔑の意味も込め、皮肉たっぷりの笑顔を見せる。


「……また会いましたね、ストーカーさん」


「なっ、人聞きが悪いな。俺はそんな……」


「怪しいですから、十分」


 そのまま彼女はマルクを無視して家に帰ろうとする。すると彼は話を聞いてもらおうと、怪しまれないよう極自然にさりげなくいつきの進行方向を塞いだ。


「それよりさ、お茶でも飲まない?奢るよ」


「あなた、ラルク……さんでしたっけ?もう関わらないでくださいませんか?迷惑なんで」


「マルク!俺の名前はマルクだよ!」


 名前を間違えられている事に少し気を悪くしながら、マルクは頑としてそこを動かなかった。自分の帰宅を阻害するその態度にキレた彼女は、その感情をストレートにぶちまける。


「ああそうですか。で、そんなマルクさんは中学生相手にナンパですか?ロリコンですね!」


「いや、ナンパじゃないって。参ったな。何て言えばいいか……」


 どうにもうまく会話が噛み合わず、流石の彼も困惑する。本来ならこの隙を付けば上手く立ち止まっているマルクを差し置いて帰れたものの、一旦キレてしまったいつきもまた今更引っ込みがつかなくなって更に口撃を続けた。


「ナンパじゃないなら何なんですか!」


「君をスカウトしに来たんだ。その力を見込んでね」


「スカウト?」


 彼の口から発せられた予想外の言葉に彼女は虚を突かれてうろたえる。ぽかんとしているいつきを前に、マルクはもうひと押しと営業スマイル全開で彼女を誘う。


「こんな雨の中で立ち話もなんだから、あそこでどう?」


「……奢ってくれるんですよね」


 結局いつきは強引なマルクに押し切られ、ちょうど近くにあった喫茶店に2人で入る事に……。彼女にとっては雨宿りのついでと言った風な意識だった。

 空いている席に2人で向かい合って座ったその姿は年の離れた恋人――は、流石に事案なので、年の離れた血縁関係者と言う雰囲気だ。


 ただし、これから話される言葉の内容によっては、怪しげなセミナーへの入会を勧めるような、そんな危険な雰囲気をも醸し出しそうな感じだった。


 マルクは早速2人分のコーヒーと、いつきには更にケーキを追加注文する。奢りなのでこの事に彼女は嫌な顔はしない。注文したものが届く前に、早速彼は前置きなしに本題を切り出した。


「君に秘められた力をぜひ我が組織で活かして欲しいんだ」


「いえ、私にそんな力はありませんから」


 いつきはその言葉を即否定する。下手に認めるとズカズカと色々厄介な事を押し付けてきそうな気がしたからだ。話の腰を折られたマルクは、まるでそう言う反応に慣れているかのように本心を見せない笑顔を崩さない。


「力のないものがアスタロトを退けたと?」


「な、何でそれを?」


 アスタロトの事を言及されて、彼女の目に動揺の色が浮かぶ。今がチャンスだとばかりに彼もまた言葉を続けた。


「昨日も言ったろ。君の事は何もかも知ってるって」


「やっぱりストーカーじゃないですか」


 知り過ぎている事を不審に思ったいつきは軽蔑の目でマルクを睨む。場の雰囲気が悪くなったところで、タイミング良くコーヒーとケーキが彼女達の前に運ばれてきた。砂糖とミルクを入れるいつきに対して、彼の方は何も加えずにそのまま口に含む。

 マルクはこれで仕切り直しが出来たと、その一口を飲んだ後、身振り手振りを加えながら弁明する。


「いやいや、仲間にいるんだって。そう言う能力者が!」


「じゃあ、あなたも何かの能力者?」


「ああ、俺もそうだ。ある意味君のお仲間だよ」


 仲間と言う言葉を聞いた彼女は、目の前の彼に何もかもが知られている訳じゃない事を確信する。何故なら、いつきはヴェルノの力によって変身したり力を使ったりしている訳で、彼女自身が何か特別な力を持っている訳ではないからだ。


「私の事を知っているなら知ってると思いますけど、私に力がある訳じゃないですから」


「おりょ、そうなんだ」


 どうやらその情報は初耳だったみたいで、素でマルクは驚いている。ここで初めて彼の本当の表情が表に出たようだった。その表情を見たいつきは彼の鉄仮面を外せた事で一矢報えた気がしたのか、少しだけ警戒心を解いてニヤリと笑った。


「あてが外れましたか?だからってここの代金は払いませんからね」


「いや、それはいいんだ。経費で落ちるし」


 マルクのその言葉に彼女は食いつく。


「経費?仕事なんですか?」


「報酬は出るよ、勿論。ボランティアじゃない」


「さっき組織って言いましたけど……」


 タダ働きでないならと、ここでいつきの心は揺れ始める。

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