第51話 土地神様 その4

 この丘は普段は人のあまり来ない場所で、だからこそヴェルノも安心していつきと普通に会話が出来る。普段家でしているように気安く話をしながら2人は早速作業を開始する。


「じゃあ、僕がスキャンしてみるよ」


「頼むね。べるのだけが頼りなんだから」


 いつきの頼みを受けて早速ヴェルノが自身の能力を使って丘全体をスキャンし始めた。魔法生物には見えない力の流れを察知する能力があるのだ。

 目を閉じて髭や鼻や耳の感度を上げると、やがて彼は見えない力の流れを感じ取る事に成功する。力の流れを感じ取れたところで最後にカッと目を見開いてそのエネルギーの流れを最終確認。そうしてヴェルノは確信する。


「うん、確かにこの近くで波動の歪みを感じる。こっちだ」


「あ、ちょっと待って!」


 エネルギーの流れを見極めた彼はその場所に向かって走り出した。急に走り出したのでいつきも慌てて走り出す。小さな丘なので走り出すタイミングが遅かった彼女も何とかヴェルノに追いつく事が出来た。

 丘の頂上より少し下がった南向きの斜面の途中に人工的な加工がしてある場所がある。そこで彼はいつきを待っていた。


「ここだよ、多分」


「ちょっと怖いなぁ。中は大丈夫そう?」


「ここからじゃよく分からないよ。念の為に変身しとく?」


 そう言いながらヴェルノが振り向くと、そこにはヒラヒラ衣装になったいつきが笑いながら立っていた。


「ニヒヒ、もうしちゃった。じゃ、行こっか」


 外からは完全に土で塞がっているように見えるその祠だったけど、それは魔法的な結界でそう見えていただけで、触れると何もない事がはっきりと分かる。

 当然ながらこんな加工、人が出来るものじゃない。2人はその奥にいるであろう謎の存在を警戒しながらゆっくりと祠の奥へと入っていく。


「結構中は広いね、不思議……」


「これ、波動だけじゃない、空間も歪んでる……」


 祠の中は外から見たら考えられない程に広く、それは不気味さを感じる程だった。その理由をヴェルノは少し得意気になって話す。彼の説を聞いていたいつきは急に不安になっていく。


「え?まさか帰れないとか?」


「大丈夫、念の為にマーカーを付けておいたから」


 不安がる彼女を見上げながらヴェルノは既にその対策をしている事を告げる。いつきはその話を聞いてホッと胸をなでおろした。


「そっか、安心したあ」


「でもどうする?まだ奥に進む?危険な気もするけど」


 手は打ったとは言え、祠の雰囲気はあまり良いものではない。奥に何があるか分からない為、彼は今後の事を彼女に尋ねた。今なら引き返すにしてもさほど危険な事はない。そんな状況の中、いつきは少し不服そうな顔をして顔を膨らませる。


「まだ何も見つけてないじゃない。何か分かるところまでは進んでみようよ」


「分かった、じゃあ進もう」


 この彼女の判断をヴェルノは尊重し、2人は更に祠の奥へ進み始める。通路があまりに長い為、緊張の糸も切れてしまったのか、手持ち無沙汰になったいつきは喋り始めた。


「ねぇべるの、神様には会った事ある?」


「え?」


「べるのの世界じゃ魔法は当たり前で悪魔もいるんでしょ?じゃあ……」


 彼女の言いたい事が分かったヴェルノは話を合わせようと口を開く。


「どの世界にだって神様はいるよ。悪魔だって……」


「そう言う話じゃないってば」


 うまく言いたい事が伝わっていないと感じたいつきは声を荒げた。その勢いに負けて彼も今度は素直に質問に答える事にする。


「会ったかそうでないかと言えば、見た事はあるよ」


「ふーん、やっぱすごいねえ。そうだ!いつかべるののいた世界に招待してよ」


 祠の通路を歩きながらその話の流れでヴェルノのいた世界に興味を持ったいつきはその好奇心を彼に向ける。キラキラしたその言葉の圧に断り切れない雰囲気を感じ取ったヴェルノは誤魔化し気味に付き合い程度の軽い返事を返した。


「あー、いつかね。当分は無理だけど」


「おおぅ、やったあ!約束だからね!」


 実行可能かどうかすら曖昧なその返事に彼女が喜んでいると、進路の先に何かを感じ取ったヴェルノが警戒を始める。


「しっ!何かいる!」


 この言葉に急に不安になったいつきは周囲を見渡すものの、まだ彼女にはおかしなものは感じ取れなかった。なので周囲を確認しながら慎重に歩き始める。

 緊張感で一歩一歩足を踏み出す度に気力を消費しながら進んでいると、最初に警告を受けた場所から50m程進んだところで、彼女の目にも見慣れない何かが朧気に見え始める。


 一度視認出来るようになると段々とその正体が知りたくなり、いつきは少し早歩きになりながらその謎の物体に肉迫していく。やがてその物体の詳細が分かる所まで近付いたいつきは、その異形の存在を見上げて改めて感嘆の声を漏らした。


「な、何これ?」


「あれは……魔界の植物だ。でも何でこんな場所に?」


 隣で同じように見上げていたヴェルノがその正体を口にする。彼曰く、それは魔界の植物らしい。禍々しい雰囲気を出してはいたけれど、確かに植物らしく全く動く気配はなさそうに見えた。

 祠の中は広いものの、ここは外界から確実に遮断されていて当然のようにこの場所の陽の光は当たらない。そんな環境でその植物は赤くて丸い実を実らせていた。葉っぱらしきものも確認出来たけれど、それで光を受けているようには到底思えない。


 いつきはヴェルノの魔法で暗闇でも周囲が見えるようになっている。つまり本来この場所は真っ暗なのだ。そんな光の届かないところでこの魔界の植物は祠全体を侵食するように勢力を広げていた。この異様な状況を見た彼女はポツリとつぶやく。


「アレのせいで幻龍じいちゃん弱ってるの?」


「分からない、可能性はあるけど」


 その植物の事を知っているはずのヴェルノもいつきの質問にはっきりとは答えられない。ただ、この植物があるおかげでおかしな事になっているのは間違いはないのだろう。

 最初こそ2人共この光景を前に何も出来ずにただ突っ立っていたものの、しばらくして状況が段々飲み込めてくると、今度は次の行動についての考えが頭に浮かぶようになる。


「どうしたらいいのかな?刈っちゃっていいの?」


「刈るって……道具とか持って来てたっけ?」


「これだよ」


 ヴェルノの質問にいつきは満を持して秘密兵器を取り出した。そう、魔法のステッキだ。ドヤ顔の彼女を見たヴェルノは呆れ顔になる。


「ああ……」


「でもアレって何なの?危険なの?」


「エーテルを養分に育つ寄生植物だよ。本来この世界では生きていけないはず」

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