第50話 土地神様 その3

「別に難しい話ではないのじゃ……お主の活躍をずっと見ておったからのう」


「そんな、活躍と言う程の事は……」


「いやいや、十分な活躍じゃよ。お主なら出来ると儂は確信しておる」


「そ、そうですか?」


 普通に頼んでは素直に話を聞いてくれないと察した幻龍は今度は絡め手で説得しようと話の流れを変えて来た。自分の活躍を土地神に認められて、引き締めていたいつきの心のドアも緩み始める。そんな彼女の様子を見て手応えを掴んだ老人は、今がチャンスだともうひと押しする。


「まぁ話だけでも聞いてはくださらんか。無理は言わんでのう」


「は、話を聞くくらいなら……」


 ずっと幻龍の申し出を固辞していた彼女もその困り果てた幻龍の声に折れ、話を聞く事にする。了承を得た老人はいつきを前に今度は昔話を話し始めた。


「儂は昔、今とは比べ物にならんくらいの力を持った大きな龍じゃった。じゃから地方の土地神どころではない、国をひとつ任されておったのじゃ」


「はぁ……」


 いきなりスケールの大きな話が始まって、彼女はまたしても相槌を打つのに精一杯になる。ただ、自慢話をする人間なら話を盛る事も普通にある訳だけど、目の前の幻龍は曲がりなりにも神様であり、その話にきっと嘘偽りはないのだろうと精一杯この話を信じ込もうといつきは努力する。


「その国も衰退して今はもうない。儂も神界で散々な目に遭ったものじゃ。その後も色々あってこの土地の神に収まった」


「はぁ……大変でしたね」


 老人はこの土地の土地神に収まった理由を話すものの、説明の難しそうなゴタゴタを誤魔化されて彼女も無難な返事を返すので一杯一杯だった。


「儂がこの土地を治め始めた時、儂の力も十分あった。よってこの土地は大いに栄えておった」


「そう言えば、この町の歴史って昔は大きな都市だったって授業で……でもそれって確か1000年くらい前だったような?」


「そう、1000年前じゃよ……懐かしいのう。あの頃は儂を称える大きな神社があってのう」


 幻龍の話が今の土地神に収まった時代に差し掛かってようやくいつきも少し話が合うようになって来た。彼女の住む場所は大昔に栄えていたと授業で習っていたし、土地の伝承にもそう伝えられている。

 自分の中の知識と老人の話が噛み合った瞬間、いつきの頭にある閃きが走る。


「もしかして、幻龍さんって日宮神社に祀られている?」


「そうじゃよ。じゃが今あそこの主神は別の地から移った神でな。儂はそこの末社にこっそり祀られておる」


 彼女の閃きに幻龍はそう回答する。その話によるとやっぱり神様だから神社に祀られてるらしい。ただ、土地を守っているのは目の前の老人なのに神社では主役ではないと言うその扱いにいつきは疑問を浮かべる。


「え?でも今もこの土地を守ってくださっているんでしょう?」


「勿論じゃとも。詳しい事は省くがそれだけ力を失ったと言う事じゃよ」


 幻龍の話がやっと現代に辿り着き、その流れを大体把握した彼女は改めてそこに自分の入り込む余地はないように感じるのだった。


「それで、私に何を?」


「おお、そうじゃったな、つい昔話に夢中になってしまっておったわ」


「えぇ……」


 どうやら幻龍は自分語りに夢中になり過ぎて肝心のいつきへの頼み事を忘れてしまっていたらしい。神様らしくないこの反応に彼女も少し困惑する。

 老人はカッカッカッカとまるで水戸の御老公のように高笑いをすると、にやりと笑いながらいつきの顔をじっと見つめ、ようやく本題を話し始めた。


「儂からの頼みはの……」



 その後、幻龍の話を聞き入れた彼女は開放される。無事に家に帰り着いたいつきは早速ヴェルノに事の顛末を洗いざらい話すのだった。


「えぇ?!それでその頼みを受けてきちゃったの?」


「うん、だって可哀想だったし」


 彼の追求に対し、いつきはその話を聞き入れた理由を説明する。その説明を聞いたヴェルノは感情論で難しい問題に踏み入れたと憤慨する。


「相手は神様だよ?簡単に触れちゃいけない問題だ」


「べるのは反対?」


「反対だけど……もう受けちゃったんでしょ?やるしかないよ」


 流石に相手は神様だと言う事もあって、ヴェルノの声のトーンも若干下がり気味だった。いつもならもっと激しく抵抗するはずだと感じた彼女は少し怖くなってその不安を口にする。


「やっぱ今更出来ませんとか言ったら神罰が下るのかな?」


「それは分からないけど……例え悪い事は起きなくても運には見放されるかもね」


「何それ!やだ!絶対!」


 神様のご機嫌を損ねたら今後二度と良い事は起こらない可能性がある、そう話すヴェルノの説にいつきは強い拒否反応を示した。その様子を眺めながら彼はいつきを鼓舞する為に強い言葉で宣言する。


「やるとなったら絶対に成功させようよ、もう後戻りは出来ないんだから」


「そうだね。よし、気合だあ!」



 次の日の昼休み、いつものように雪乃との雑談でまたしても彼女は昨日の出来事を洗いざらい口にする。今までいつきの様々な武勇伝を聞かされていて、大抵の展開になら耐性がついていた雪乃も流石に今回のこの話には驚きを隠せなかった。


「えぇ?今度はそんな事になっちゃったの?」


「そうなんだよ、次から次に大変だよ」


 どんな大変そうな出来事に巻き込まれても彼女のテンションはあまり変わらない。まるでちょっとした世間話のようにとんでもないトラブルを語る。

 それは話を聞かされる彼女の方が心配になる程で、雪乃は真剣な顔をしていつきの顔を改めて覗き込んだ。


「大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫。こっちにはステッキもあるし、勿論べるのにも付き合わせるし」


「そっか、でも気を付けてね」


 雪乃はいつもと同じ言葉しかかけられない自分に歯がゆさを感じつつ、笑顔で彼女を励ますのだった。



「さて、と言う訳で来たね」


 放課後、いつきは幻龍に頼まれた用事を実行しようとヴェルノを連れて地元の小高い丘に来ていた。そこはかつて古代の古墳があったとされ、ちょっとした考古学スポットにもなっている。現地に着いたところで彼はいつきを見上げながら確認の為に口を開く。


「この山の何処かに祠があるんだっけ?」


「そ、その祠が何かの理由で変になっていてそれで力が出せなくなっているって……」


 そう、幻龍はいつきに力の出せなくなっている理由を探って欲しいと頼んだのだ。それにはヴェルノの協力も必要だと考え、今回もセットで行動していた。

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