第44話 忍者再び その5

 この言葉を受けた彼女はステッキが想像通りの力を発揮した事に喜びと驚きの感情が混ざりあった複雑な心境になりながら、彼の質問に今の自分の気持ちを素直に吐露する。


「いや、そうじゃないけど……こう言う事も出来るのかなーって……」


「あんまり危険な事は試さない方がいいよ。何が起こるかも分からないし」


「そうだね。でもこれ、上手く使えばいい護身になるよ」


 ヴェルノの忠告に言葉の上では納得しながらも、このステッキの可能性にいつきは興奮が止まらなかった。その様子を目にしたヴェルノはやんわりと彼女に釘を差す。


「言っとくけど、アスタロトにそんなちゃちい攻撃は効かないからね」


「わ、分かってるよ」


 考えが見透かされていると自覚した彼女は焦りながら返事をする。それからは痕跡を残さないようにしてステッキを使いこなす練習を続ける。元々素質があったのかヴェルノの調整が良かったのか、数回ステッキを振っただけで彼女は思い通りの魔法をステッキから発動出来るようになっていた。


 この練習で自信を付けたいつきはその日の夜、すぐにヨウに連絡する。忍者と言えど現代に生きる彼は当然のようにスマホを持っていて、前に部屋に来た時に連絡先を交換していたおかげですぐに連絡は取れたのだった。


 そこから日程を調整して都合の良い休日にいつきはヨウの案内の下、彼の仕事である妖怪退治の現場へと向かう事になった。そこは彼女の地元からは少し離れている為、まずは駅前でヨウと待ち合わせをすると言う流れに。


 駅前で少し待っていると普段着の彼が現れた。流石に人の多くいる場所での忍者装束は目立つ為、普段は一般の人と変わらない服装をしているらしい。格好が違う為にすぐには気付かなかったいつきに、彼の方から声をかけて何とか2人は出会う事が出来た。

 うまく合流出来た2人はその後、現場行きの電車に乗ってしばらく揺られる事になる。


 電車のロングシートに並んで座った2人は少し緊張しながらぽつりぽつりと話を始める。最初は片言だった会話も何度か言葉を交わす内に緊張も解け、やがてスムーズに会話が出来るようになっていた。


「引き受けてくれて本当に嬉しいだよ!」


「これがステッキ。これが出来たから依頼を受ける事にしたんだ」


 すっかり緊張の解けたいつきはヨウに持参して来た自慢のステッキを披露する。そのステッキを見ても全く実感の沸かない彼はつい無知故の素直な感想を口にしてしまう。


「それ、ただの棒っ切れじゃないんだべ?」


「れっきとした魔法アイテムだよ!」


 ヨウの無神経な一言にいつきは当然のように気を悪くする。すぐに自分の失言に気付いた彼は何とか彼女の機嫌を直そうと調子のいい言葉を言った。


「それは頼もしいだ!頼りにしてるべ」


 この言葉にいつきは自尊心をくすぐられ、すぐに機嫌を直した。電車に揺られながらその後もヨウの身の上話やらいつきが経験したこれまでの話やらで、初めての彼と2人での電車旅も思いの外盛り上がっていく。

 ある程度出せる話も出し尽くしところで、いつきは車窓を眺めながらポツリと漏らした。


「って言うか私、ただ飛んでいたらいいだけだよね。それ以上の事はしないよ?」


「それで十分だべ」


 やがて目的の駅についた2人は揃って電車を降りる。そこは小さな無人駅だった。人里離れたそこはまさに田舎。その豊かな自然の景観は人の数より野生動物の数が多そうな雰囲気を醸し出している。

 2人は駅を出て更に山に向かった歩き出した。ヨウが言うにはまだ目的の場所までは遠いらしい。道中には何軒かの民家が目に入っていたものの、更に山の奥へと足を踏み入れていくとやがて民家も見られなくなり、いよいよ本格的な山歩きが始まっていた。


「かなり山の方に来ちゃったね」


「あの山が天狗山って言うだよ」


「天狗山!聞いた事があるよ」


 いつの間にか忍者装束に着替えていたヨウがある山を指差して説明する。その名前に聞き覚えがあったいつきは山の名前に食いついた。彼女が天狗山について知識がある事に驚いた彼はどこまで知っているのか尋ねる。


「知っているだか?あそこが妖怪の山だって事も?」


「この間、化け狸に会ってね。彼が確か口にしていたような……」


「そうだべかー。何だかオラ達不思議な縁があるのかも知れないべな」


 あの狸はこんな遠くから自分達の住む街まで来ていたのかと思うと、いつきは何だか感慨深いものを感じていた。それからも2人は山の奥へ奥へと足を進める。その事に疑問を感じ始めた彼女は先行するヨウに質問する。


「相手は人を襲う妖怪なのにまだ山の奥に入っていくの?」


「ガルガルは夜行性だべ。昼間は天狗山の何処かで休んでいるだよ」


「そうなんだ。私、いつから飛んでいたらいいの?」


 かなり山奥に入った事でいつきはそろそろ自分の仕事をするタイミングを見計らっていた。この質問を受けたヨウは右手を顎に当ててしばらく考える。


「ガルガルが現れた時でいいけども……」


「じゃあ、今からでもいいんだよね?べるの、もう出て大丈夫だよ」


 そのハッキリしない反応を都合の良いように解釈した彼女は早速背負ってきたデイパックからヴェルノを開放した。そう、彼女は家を出た時からずっと彼を背中に背負って移動していたのだ。やっと顔を出せたヴェルノは外の空気を吸って言葉を漏らした。


「ふう、あー窮屈だった」


「そいつ、連れて来ていたんだべか」


 その状況を見てヨウは驚く。事態を認識しきれていない彼にいつきは分かりやすく説明する。


「私、べるのが近くにいないと魔法少女になれないんだ」


「そうだったべか。難儀だべなあ」


「本当は地元以外で魔法少女になる気もなかったんだけどね」


 ここは地元じゃないから変身してもその姿は彼女だと周りにバレてしまう。

 けれど地元じゃないからこそ逆に身バレの心配は皆無だった。それにこんな人のいない山奥で誰が魔法少女の姿を目にするだろう。

 そう言う訳でいつきは久しぶりに日中で大っぴらに変身する機会が与えられた訳で、実はちょっとウキウキしていたのだ。


 ヨウはそんな今すぐにでも変身したがっている彼女の様子を見て、これは思うようにさせた方がいいと判断する。


「じゃあ、お願いするべ。ただ、飛んでいてもオラを見失わないようにはして欲しいだ」


「まーかして!」


 彼からお許しが出たいつきは早速変身して空に飛び上がった。ヨウは飛ぶ彼女をしばらく眺めるものの、ある程度の高度で彼女が安定したところで視線を元に戻し、また妖怪探しを再開させる。


「ガルガルー、どこにいるべー!」


 上空に浮かんだいつきが眼下で妖怪探しをする彼を見ていると、隣で飛んでいるヴェルノが声をかけて来た。


「どう思う?」


「何が?」


「あいつ、その妖怪を探し出せる気がしないんだけど」


 そう、今までの流れからヨウがそこまで仕事が出来るように見えなかった為、ヴェルノは彼の能力をあまり高く評価していなかったのだ。話に付き合わされたいつきもすぐにその意見に同意する。


「ああ、確かに言えてるかも。ヨウさん、人は良さそうだけど、どこか抜けてて頼りなさそうだもんね」


「今日来たのはあいつの実力を見る為でもあるって事、あいつ、分かってるのかな?」

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