第27話 妖怪からの依頼 その2
この驚きようから魔界にも化ける狸なんて言うはいないのだろうと言う事を伺わせた。
何も知らない彼にいつきは化け狸の説明をする。
「べるの、この子化け狸だよ」
化け狸と言う初めて聞く概念にヴェルノは素直な感想を口にした。
「化け狸?この世界の狸はみんな化けるの?」
「え、いや……昔話ではお馴染みの設定だけど普通の狸は化けないよ。私も初めて見たもん」
そう、一般的に化け狸は存在しない事になっている。狸は犬の仲間だし、化ける事はない。飽くまでも化け狸は昔話の中だけの存在だ。そんなメルヘンな存在が実在していた事について、いつき自身もまだちょっと信じられない状態だった。
「あの……今更だけど、ここはどこだべ?」
2人が混乱している中、化け狸が口を開いた。どうも現状認識をしようとしているらしい。この言葉にいつきはすぐに反応する。今までにも色んな信じられない事が起こっていたので、もう不思議な現象にも慣れっこになってしまっていた。
「私はいつき。そしてここは私の部屋よ。化け狸さんはどうしてあんな所で倒れてたの?」
「そっか、オラは倒れてただか……実はな、人探しをしているんだべ」
そう、彼は人を探してこの街にやって来ていたのだ。狸の言葉を聞いていつきを腕を組みながら考えこんだ。
「人探し……この街の人なの?それであなた……、そうだ、あなたの名前は?」
「こ、これは失礼しただ!オラの名前はたぬ吉と言うだよ。まんまな名前で笑っちまうべな」
いつきの質問を受けて自分がまだ名乗っていない事を思い出した狸は慌てて自分の名前を口にする。いかにもな名前に狸自身が自嘲していた。
狸の名前が分かった所で今度はヴェルノから彼に向かって質問が飛び出す。
「で、たぬ吉はどんなやつを探してるんだ?」
「これ、話したら笑われてしまいそうなんじゃが……」
たぬ吉は話の本題を恥ずかしがって中々話さない。一体何をそんなに恥ずかしがるのか、2人には全く見当がつかなかった。
「何勿体つけてるのよ。無理にとは言わないけど良かったら話してみて」
「笑わないだべか?」
どうやらたぬ吉はそれを話せば笑われると思っているらしい。他人に聞かれて笑われそうなものを探していたのかとちょっと身構えるものの、いつきは笑顔を崩さずにたぬ吉に優しく話しかけた。
「笑わないよ、うん」
「絶対に笑わないだべか?」
「だから笑わないって言ってるだろー!」
たぬ吉があんまりしつこく聞き返すのでこのやり取りを黙って聞いていたヴェルノが切れる。この反応にたぬ吉は両手で頭を押さえながら謝罪した。
「ひぃぃー!ごめんなさいだべ!」
「べるの!そんな喧嘩腰じゃあ……」
このヴェルノの態度をいつきは注意する。雰囲気が悪くなると普通なら話せる事も話せなくなるからだ。ここまでやり取りして来て、たぬ吉はこの喋る異形の猫に今更ながら興味を持ったようだった。
「そう言えばべるのさんとやら、お前さん、猫又か?」
また自分を変なものに例えられたと思ったヴェルノは、そう話しかけて来たたぬ吉に喧嘩腰に反応する。
「猫又って何だよ?」
「猫の妖怪だべ。喋る猫と言えば猫又しかおらんじゃろ」
彼からの抗議を受けて、たぬ吉は少し怯えながら猫又の説明をした。この説明に自分の出自に誇りを持っているヴェルノはキレながら自分の正体をたぬ吉に説明する。
「僕は妖怪じゃない!魔法生物だよ!」
「魔法……生物?」
彼から発せられた魔法生物と言うその言葉にたぬきちを首をひねっていた。どうやら初めて聞く言葉だったようだ。その様子を見ていたいつきはさりげなく彼に助け舟を出した。
「ああ、簡単に言うと別の世界の生き物なのよ、彼」
「はぁ……世の中には珍しい生き物もいるものだべなぁ」
いつきの説明を受けてたぬ吉は分かったような分からないような顔をしている。ただ、妖怪ではないと言う事だけはしっかり理解したようだ。
この話はここで終わりと仕切り直して彼女はさっきの話の続きを催促する。
「話を戻すけど、一体誰を……」
「おお、そうじゃったな、それはな……」
いつきに話の続きを求められたたぬ吉はここまで話しかけて一旦深呼吸をした。そこで話を止めたものだから2人共その話の続きを聞こうと彼に注目する。
「それは?」
「絶対笑わんと誓ってくれるか?」
この期に及んでまだ恥ずかしがっているたぬ吉に2人はずっこけてしまった。このままでは全然話が前に進まない。いつきは苦笑しながらたぬ吉を説得する。
「だから笑わないって言ってるじゃないのもー」
「分かった。何度も言わせてすまなかった。いやな、絶対笑われると思ったんだべ……何分、荒唐無稽な話だからして」
頭では2人が笑わないと言う事を受け入れても、どうにも心の何処かで笑われるんじゃないかって言う思いが彼の行動にストップをかけてしまうらしい。
そこでヴェルノはいつきがどんな話を聞いても笑わない事を身振り手振りを加えてたぬ吉に分かりやすく説明した。
「化け狸と言う存在を何も疑いもせずに素直に受け入れていると言う点で分かるだろ?いつきには何を話しても大丈夫だよ」
「お、そう言えばそうだべな」
この説明はたぬ吉にも分かりやすかったらしく、ぽんと手を叩いて納得していた。
「ね、笑わないから話してみて?それ系統の話なら私得意な方なんだから」
とどめにいつきが優しくたぬ吉に微笑みながら話しかける。これが決定打となって、やっとたぬ吉は真実を話す決意を固めた。
「こほん、オラが探しているのは、実は……」
わざとらしく咳払いをしてたぬ吉は口を開く。そして躊躇して話せなかったその話の続きを話し始めた。それでも本題は普通のテンションではどうしても話す事が出来なかったらしく、無理やりテンションを上げて目をつぶって勢いの力を借りてやっとそれを吐き出せたのだった。
「魔法少女なんじゃーッ!」
たぬ吉が探していたのは魔法少女だった。その事実を知った2人はどう答えていいか分からず、しばらくきょとんとしてしまう。
「ほら、その沈黙が怖かったんだべー!やっぱ2人共オラの事を変なヤツだと思ったんだべ!」
流れる沈黙に耐え切れなくなったたぬ吉はやっぱり喋るんじゃなかったと早速後悔していた。
「いや、って言うかそれ私」
「は?」
いつきは自分がその魔法少女だと普通のテンションでたぬ吉に話しかける。余りに当たり前に言うものだから彼はその言葉を思わず聞き返した。
「だから、私がその魔法少女だよ」
「う、嘘だべ……こんな簡単に魔法少女が見つかる訳ないべ!オラを騙したって何も出ないべよ!」
探していた魔法少女がこんなに簡単に見つかるはずがないと、たぬ吉はいつきの言葉を否定する。考えて見ればそれは普通の反応だろう。
その様子を見ていたヴェルノは彼女にそれが真実である事を証明するように促した。
「いつき、見せてやったら?」
彼に言われていつきはうなずくと、たぬ吉の前で魔法少女に変身する。魔法の光の粒子を纏ってメルヘン衣装に変身した彼女を見て、たぬ吉は呆然として言葉を失っていた。
「どう?」
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