第23話 新しい担任 その4

「ふぅ~」


 学校についたいつきは廊下の窓に肘をついて早速大きなため息をついていた。窓の外には登校する生徒達が歩く見慣れた景色が広がっている。


「いつきちゃん、どうしたの?何か元気ないみたいだけど……」


「うん、それがね……」


 いつもと違う雰囲気に心配になった雪乃がすぐに彼女に声をかけた。親友の声に気付いて振り返ったいつきはその不安の理由を彼女に話す事にする。

 雪乃は以前ヴェルノにも会っているので何ひとつ隠す事なく、昨日の彼とのやり取りを身振り手振りを駆使しながら全て彼女に伝えた。


「えっ!ヴェルノ君が?」


「そうなんだよー。からかったつもりが真に受けちゃってさぁ……。一応騒ぎにならないように釘は刺したけど」


 そう話すいつきの顔は実に迷惑そうだった。話を聞きながらその様子を想像して雪乃は軽く微笑む。

 それからもしヴェルノが学校に来た時の事を想像して頭の中で軽くシミュレーションしていた。実は雪乃もまた刺激の少ないこの学校生活に大して密かに新しい刺激を求めていたのだ。

 彼女の想像の中のヴェルノはとても人懐っこく、素直に抱かれて撫でる度に気持ち良さそうに雪乃に笑いかけていた。


「私、会いたいなー。あのふさふさな白い背中とかナデナデしたい」


「じゃあ、もし学校に来てたのを見かけたら一番にゆきのんの所に持って行くよ!」


「本当?やったぁ!」


 雪乃のリクエストをいつきは素直に受け入れる。その真意はヴェルノとは家で散々スキンシップを取っていたから、こんな時くらい親友に譲ろうと言う事のようだった。この回答を受けて雪乃は心の底から喜んでいた。そんな彼女の喜ぶ様子を見ていつきもまた顔をほころばせるのだった。


 その頃、ヴェルノはしっかり戸締まりをしていつきの学校へと向かっていた。彼女の家に引き取られてから彼が単独で外に出たのはこれが始めての事だった。家を出てすぐに誰かに見つかって騒ぎになっては元も子もないので、ヴェルノは玄関を出たその瞬間から周りには見えない魔法を自分に何重にもかけていた。


「ふふ……僕の潜入スキルを舐めるなよ……」


 魔法で気配を消したヴェルノは当然のように誰にも認識されない。それはまた危険が容赦なく彼に襲い来る事も意味していた。彼を認識せずに走ってくる自動車や自転車、歩きスマホの人々を野生の勘でうまく避けながら彼は学校へと急いでいた。

 本来急ぐ用事もないのだから別に走って行く事もないのだけど、やはり心が興奮してしまっていて、体がその興奮を抑える事が出来なくなっていたのだ。


 数々の危険を乗り越えて何とか学校の校門まで辿り着いたヴェルノは心を落ち着かせるために一度深く深呼吸する。


「確か、いつきの教室は……」


 呼吸を整え、目的地を再確認したヴェルノは、姿を消したまま学生達が授業中の中、悠々と校舎へと向かって歩いていく。ここまで来る中でまだ誰にも姿を確認されていないのが自信に繋がって、ヴェルノは何ひとつ周りを警戒する事なく軽い足取りで校舎へと入っていった。


 それは2時間目の玉井先生の授業が終わった直後の事だった。


「キャ――――ッ!」


「ええっ?」


 その叫び声は玉井先生だった。突然の叫び声にその声が聞こえた生徒達はみんな彼女に注目する。いつきが先生の方を見た時、彼女は頭を手で押さえてしゃがみこんでいた。その姿はまるで恐ろしい何かに怯えているかのようだった。


「先生!どうしたんですか?」


「魔法を!魔法を感じるの!近くに魔法的な何かがある!」


 近くの生徒が先生に声をかけた時、返って聞いた答えはそう言ったものだった。この答えを聞いて多くの生徒はざわつき、次第に距離を取っていく。

 でも魔法と言う言葉に敏感に反応する生徒は逆に彼女に近付いて行く。そう、それはいつきだった。


「先生……。あの……大丈夫ですか?」


「私は大真面目よ!感じるの!魔法の気配を!私、ダメなのよ」


 魔法がダメと言う言葉に妙に引っかかりを感じたいつきは怯える先生の手をとって何とかその場に立たせる。先生のその表情を見る限り、さっきの言葉が冗談でも何でもなく本気だと言う事はすぐに分かった。

 握っていた彼女の手は小刻みに震えている。ただダメって言う言葉以上の何かが、先生にはあるといつきはその時察したのだった。


「何か事情があるんですね」


「きっとあなたに言っても分からないと思うけど、実は私……」


 助けられた先生はいつきの顔を見て彼女が信用出来ると確信したのだろう。普通なら誰にも信じてもらえなさそうな秘密をいつきにだけ聞こえるように小さな声で話し始めた。ちょっと勿体をつけて話す先生の言葉を前に、彼女はゴクリとつばを飲み込む。


「魔法アレルギーなの……」


「えっ?」


 玉井先生の口から放たれた意外過ぎる真実にいつきは一瞬呆気に取られてしまった。魔法のアレルギー。この聞き慣れない概念に対し、いつきの頭が理解するのに少々の時間がかかってしまう。その頃には教室のざわめきはもうかなり沈静化していた。

 そうして次の言葉を懸命に探すいつきを前に先生は言葉を続ける。


「昔、色々あって魔法に体が敏感に反応するようになってしまって……いいの、信じてくれなくても。私だって話したくないもの」


「もしかして……それが原因で占い師を辞めたんですか?」


 占いと魔法と言う組み合わせに、以前いつきを襲って来た魔女の事を彼女は想像していた。それを踏まえた上での言葉だったものの、先生はそれを特に肯定も否定もしなかった。このいつきの質問には答えずに玉井先生はさらに自分語りを続けていく。


「情けない話よね……魔法は一番身近な存在だったのに……それで隣町からこっちに引っ越して来たのよ」


 占いと魔法が近い存在と言うのは、一般の話としてもそんなにずれたものではないのだろう。それでも流石に魔法を一番身近な存在とまで言ってしまうのは、いつきの感性を持ってしても少々違和感を感じてしまう。

 魔法と占いが近い存在で隣町と言うキーワードからいつきは例の魔女の言っていた言葉を思い出す。そこでつい彼女は先生に質問を投げかけた。


「もしかして……」


「えっ?」


「先生の前の職場って……占い館「魔女のお茶会」じゃあ……」


 占い館「魔女のお茶会」とは、前に彼女を襲った魔女、清音の普段の勤務先だ。いつきは玉井先生がこの占い館と何らかの関係があるんじゃないかと予想したのだ。彼女の口から具体的なお店の名前を出された先生は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。


「えっ?なんであなたがその名前を?もしかして行った事が?」


「いえ、まだ行った事はないんですけど、クーポン券貰っちゃって……近い内には行ってみようかと」


 玉井先生のこの反応を見ていつきは自分の想像が正しいと実感した。その魔女のお茶会って占い屋さんに在籍している人はみんな魔女なんだろうか?

 今度はそんな質問をしようかと彼女が思っていると、先に先生がクーポン券という言葉に食いついてきた。


「クーポン券?誰から貰ったの?」


「えぇと、そこで働いている占い師さんとこの間仲良くなって……」


 そのあまりのガッツきぶりにいつきは若干引いてしまう。

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