第22話 新しい担任 その3
その御蔭で残り10分は全然眠くならずに授業を受ける事が出来た。彼女は授業が終わった後に職員室に呼び出される覚悟までしていたけど、幸いな事にそう言う事態にはならずに済んでいた。
放課後になって、いつきは雪乃と2人で帰りながらさっきの5時間目の事を話題にする。
「しかしまさか名指しされるとは……」
「目をつけられないようにしなきゃだね」
雪乃はしれっと怖い事をいつきに言った。その彼女の言葉に対し、いつきは人差し指を一本立てて自信満々な顔で答える。
「大丈夫、こう見えて私、気配を消す術を覚えているから!」
「え?例の魔法?」
気配を消す術と聞いてこの手の話題が大好きな雪乃はすぐに目を輝かせて聞き返した。彼女はいつきが魔法少女だって知っている数少ない人間のひとりだ。だからそう言う発想になるのも無理のない事だった。
けれどその言葉にいつきは不満気な顔をする。そして少しぶっきらぼうに彼女に言い放つ。
「魔法じゃないよ!自力で会得したんだよ」
「あー、そう言うアレか。その術、どんな先生にも効くといいね」
いつきの言葉から察するに、それは自己流の気配を消す仕草の事のようだ。きっと誰だってそう言うおまじないじみたものはひとつや2つは持っていると思う。言い換えればそれはただの気休めとも言うヤツだった。効果を信じているのは自分だけって言うアレだ。
いつきはその術にかなり自信を持っているものの、雪乃のツッコミに学年で一番怖い先生には効かないと白状する。
「あー、でも流石に数学の近藤先生には使えないかなー」
「あはは、あの先生の前じゃクラス全員蛇に睨まれた蛙だよねー」
いつきの学年では数学の近藤先生が一番怖い先生だった。この御時世でスパルタ教育を実践している時代錯誤な先生でもあった。すぐに暴力に訴えると言う事はないものの、すぐにでも手が飛んで来そうな雰囲気は強烈なものがあって、先生自身の持つ気迫も相まって先生の授業を受ける時のプレッシャーは相当のものがあるのだ。
この先生の授業は緊張感で全く教室の空気の質が変わってしまう。そんな先生の前では小手先のテクニックなんて全く通用しない。
とは言え、近藤先生の授業で不正しようとするチャレンジャーなんているはずもなく、必然的にこの先生の従業の時だけはクラス全員が模範的な生徒になっていた。
「じゃ、またね!」
「うん、ばいばーい」
別れ道で2人は別れていつきはひとり自宅へと向かう。彼女を待ち伏せしようとする存在もなく、普通にいつきは家に辿り着いていた。ポケットから鍵を取り出して玄関のドアを開けると、すぐに彼女の目の前にヴェルノの姿が飛び込んで来た。
「お帰りいつき。学校はどうだった?」
「べるの、あんた私が帰って来たら毎日同じ質問をしてくれるけど、また同じように返すよ。別に何も」
ここ最近のヴェルノは、いつきが帰る度に彼女に学校で何があったか聞いてくるのだ。それはまるで話し好きの母親のようだった。この彼の態度にいつきは最初こそ適当に付き合っていたものの、それが毎日ともなると流石に面倒に感じて最近はまともに相手にしなくなっていた。
いつきの態度から自分がどう思われているか察したヴェルノは、言い訳するように自分の行為の理由を彼女に説明した。
「そっか。気を悪くしたらごめんよ。ただ毎日すごく暇でね」
この説明をいつきが聞いたのもこれが最初じゃない。コントのネタのように同じ言葉のやり取りをずっと続けているのだ。確かにずっと家にいると言うのは退屈で仕方のないものなのだろう。
だけど学校生活だってそれと大して変わらない。何も起こらなければ退屈でつまらないものなのだ。日常と言うものはそう言う風に出来ている。
今日は新しい担任がやって来たと言うそれなりにネタになる話もあったんだけど、今の彼女はヴェルノと話す気力もあまり残っていなかった。
廊下の上で退屈そうにしているヴェルノを見ていて、いつきはふとある試みを思いつく。
「じゃあべるのも学校に来る?退屈はしないかもよ?」
「そんな!大勢の生徒の前に顔なんて出せないよ!もし正体がバレたら……」
流石のヴェルノもこのいつきの大胆過ぎる発想には拒否反応を示していた。この世界の中では異質の存在である魔法生物が突然学校に現れたら、パニックにならないはずがない。最悪の想定をすれば、捕まって解剖されてしまうかも知れない。
そんな危険な事ににホイホイと挑戦するなんて、いくら暇が潰せるからってリスクが大き過ぎる。
大勢の人間の前に姿を現す危険性を訴える彼に対して、いつきはサラッと言い放った。
「あんた魔法生物なんでしょ?催眠的なアレとかそんな感じの魔法を使えばいいじゃないの」
「あっ……」
彼女に指摘されて、ヴェルノは自分の頭が凝り固まっている事を自覚させられた。何も馬鹿正直にそのままの姿で学校に行く事はないんだ。こう言う時のいつきの天然な発想は常識を軽く飛び越して、結構的を射ている事が多い。彼は目からウロコが落ちたような顔をしていた。
「何?もしかして自信がないの?じゃあ無理にとは言わないけどぉ~」
自分では思いつけなかった考えに動揺して動けないヴェルノを前に、いつきは更ににやけ顔で上から目線で彼を挑発する。この言葉を聞いたヴェルノは彼女に対して対抗心がメラメラと燃え上がっていた。
「わ、分かったよ!それじゃあ学校に行ってやんよ!見事に周りにバレないようにしっかり魔法をかけてね!」
そう言う訳で、売り言葉に買い言葉でヴェルノは学校に行く事を決めた。本当はいつきは彼をからかっただけだったのだけど、相手のヴェルノの方が本気になってしまったのだ。
今更冗談だとは言えない雰囲気になってしまい、彼女はヴェルノが今後大きな騒ぎを起こさない事だけを心配していた。
それは勿論自分のためなのだけど、だからこそ真剣にヴェルノに念を押すのだった。
「来るのはいいけど、騒ぎは起こさないでよ。私、厄介事はゴメンだからね」
「そ、そんなヘマは、しないさ!」
「どうだかねぇ~」
いつきの忠告にヴェルノは少し動揺する。そこから判断する限り、やはり彼は自分の力に若干の不安があるみたいだった。そう言う態度を取るから、ヴェルノの言葉は信用出来ない部分があるといつきは感じていた。
ただ、それを口にするとまた話がややこしくなりそうなので、思っても口に出す事はしなかった。
次の日の朝、先に母親が出て行った玄関前でいつきは靴を履きながら、もう一度念を押すようにヴェルノに声をかける。
「じゃあ、もし家を出る時は戸締まりをしっかりね」
「そんなの言われなくても……」
いつもなら単純に行ってきますとしか言わない彼女が、今日は自分が家を出た時の事を指示している……。それを今日学校に来てもいいと言う合図だと受け取ったヴェルノは、急に緊張して彼女の言葉に対して思わず口ごもってしまった。
そんな彼の様子を冷静に観察しながら、靴が履けたいつきは玄関のドアに手をかける。
「じゃあ、私は行くから」
「あ、行ってらっしゃ……」
緊張していたヴェルノは、いつもならしっかりと出来ていた彼女への挨拶もろくに返せなかった。
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