第12話 いにしえの侍 その2
「僕はヴェルノ、訳あってここで居候をしているしがない魔法生物さ。それで君は誰?」
「何と!魔法生物と申すか!生まれて初めてそのような生き物を見たぞ……。失礼、我が名は時政、桐生時政と申す者。事情によりこの世界に迷い出てしまった侍でござる」
「むにゃ……あなたは時政って言うのね。私はいつき、よろしくね」
いつの間にか目覚めていたいつきが寝ぼけまなこで時政に挨拶をする。まだ目覚めたばかりで勝手の分からない彼は、恐る恐る彼女にこうなってしまった事への説明を求めた。
「い、いつき殿、某は一体……」
「覚えてないんだ?あなたは道の真中で倒れていたのよ」
「それではまさか貴女が某をここに?いやそんな……貴女のようなか弱き乙女が私を持ち上げて運ぶなどと……」
それは時政なりに気を使った表現だったのだが、この彼の言葉を聞いていつきは気を悪くした。女性だからそう言う事は出来ないと勝手に決めつける行為が彼女の気に障ったのだ。
「あ、馬鹿にしてる!確かにこのままじゃちょっと厳しいけど、変身したら大人ひとりくらい余裕で運べるんだから」
「へ、変身ですと?」
「んふふ~♪特別に見せてあげる♪」
自分の言葉が信じられない時政に対し、いつきはその言葉の証明をする。知らない相手にならばどんどんその姿を見せたいのが彼女の性分のようだった。
そんないつきをヴェルノは白白とした目で見ている。時政は状況が読めずに唖然としていた。
そんな環境の中で彼女は変身する。魔法の光がいつきを魔法少女に姿に変えていく。変身する快感でまた彼女は恍惚した表情を見せていた。
「な、なんですと!……そ、そのお姿は一体……」
変身完了したいつきの姿を見て時政は腰を抜かした。それは当然だろう、目の前で人間が変身したのだから。
「これが魔法少女よ。この姿になればこんな事だって出来ちゃうんだから」
変身した彼女は指をクイッと動かした。その動作でふわりと時政の体が浮かぶ。そうやって彼をこの部屋まで運んだようだった。
自分の体が宙に浮いて焦った時政はジタバタと手足を動かすものの、その行為は宙に浮いた時点で何の意味も持たなかった。
「うわ……おわ……わ、分かったでござる!十分理解したでござる!」
その様子を見たヴェルノはいつきに対して一言冷静につぶやいた。
「何遊んでるんだよ……朝は時間がないだろ……」
「あ、そうだった。ねぇ、まだ頭痛はする?」
宙に浮いた彼を元に戻して変身を解いた彼女は改めて彼に質問をする。昨夜の彼は発熱があったから、きっと頭痛もあったんだろうとそう推測してのこの質問だった。
「頭痛?」
いつきに頭痛の指摘をされて、時政は自身の額やら後頭部やらを触って確かめる。触ったところで特に何も感じない。どうやら頭痛の方は治まっているみたいだった。
早速その事を彼女に報告しようとしたところ、体の別の部分が先に彼女に窮状を訴えていた。
ぐうううう~
「あは、頭痛よりもまずは腹ごしらえだね」
「いや、そんな、某は……」
「その様子だと随分食べていないんでしょう?じゃあ最初はおかゆとかの方がいいか」
腹の音を聞かれて時政は己の体たらくを恥じていた。武士としてあるまじき事だったからだ。そんな彼を見ていつきは食事の準備をしようと動き始める。
それを察した時政はすぐに彼女を止めようとした。
「そんな!そこまでお世話になる訳には!」
「いいのいいの、遠慮しないで」
時政の訴えは受け入れられず、いつきは台所へと楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いて行く。
しばらくして彼女はおかゆを持って部屋に戻って来た。あの時間から作り始めたにしては早過ぎる帰室だった。
「流石お母さん、しっかり用意してくれてたよ。はい、どうぞ」
そう、実はいつきの母が時政の為におかゆを用意してくれていたのだ。彼女はそれをレンチンして温め直して運んだだけ。
そんな安西家の優しさに触れ、彼は涙を流して喜んで渡されたおかゆを受け取りながらいつきに礼を言った。
「か、かたじけない……有り難く頂戴するでござる……いただきます!」
丁寧に合掌した後に時政はおかゆを一口掬い、そして口に入れた。空きっ腹の彼の胃袋は久しぶりの食物に歓喜の声をあげていた。
「おお……これは……うまい(;;)うまい(;;)」
涙を流しながらすごい勢いでおかゆを胃袋に送り込む彼の姿を見て、彼女はほっとひと安心した。彼の食事風景を見て自分も空腹を実感し始めたいつきは、ヴェルノを誘って自分達も朝食を取る事にした。
「さ、私達は私達でご飯を食べに行きましょ」
「う、うん……」
ヴェルノはどうやら時政に何か思う事があったみたいだけど、いつきは強引に彼を朝食が用意されている台所まで連れていく。台所に着くとすっかり朝食の準備を整えていた母親がにこにこ顔で2人を待っていた。
「お侍さん、ちゃんとご飯食べてくれてた?」
「うん、すごい勢いで美味しそうに食べてたよ」
「おお、それは作った甲斐があるわあ」
いつきの報告を受けた母のごきげんな顔はずっと崩れる事はなかった。自分の作ったものを喜んで食べてくれたらそりゃ嬉しいよね。
朝食を食べ終えて2人が自分の部屋に戻ってくると、時政は深々と土下座をして彼女達を待っていた。
「一宿一飯の恩義、決して忘れないでござる!それで、某に何か出来る事があれば……」
「いいよいいよそんなの、だって困った時はお互い様でしょ、さあ、顔を上げて」
「いつき、危ないっ!」
いつきが彼の申し出を遠慮して断っていたその時だった。突然彼の体を中心にした次元の裂け目が現れた。時政はそのまま当然のようにその空間に飲まれていく。至近距離にいた彼女も為す術もなくその裂け目に吸い込まれていった。
そしていつきを助けようと飛び込んだヴェルノも。
「えっ、何これ!何これェェェェ……」
いつきは時政が起こした次元の歪みに吸い込まれながら、事態が飲み込めずに大声で叫ぶ。気がつくとその場にいた全員が彼の生み出した異次元空間に放り込まれていた。
とんでもない事をしでかしたと、時政はいつき達にもう一度土下座して謝罪する。
「あああっ!申し訳ないでござる!まさかこんな突然発動するとは……巻き込むつもりはなかったでござる。それだけは信用して欲しい」
「うん、時政さん、そんな人じゃないもんね。でも説明はして欲しいかな」
いつきは優しく笑いながらそう言って、時政に顔を上げるように促した。それからこうなった経緯の説明を彼に求める。
許された彼は彼女のその寛大な処置に感謝の言葉を述べ、喋り始めた。
「かたじけない。それでは少々長い話になるのだが……実は某はこの時代の人間ではないのでござる」
いや、それは知ってるし……といつきとヴェルノは時政の言葉に心の中でツッコミを入れる。
このツッコミは言葉にはならなかったので彼の耳には届かず、お構いなしに話は続いたのだった。
「この時代から何百年前なのか分からない、とにかく国中が乱れ争いばかりをしていた時代に某は生を受けた……」
そこから先の話を要約すると――。
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