良い子? 悪い子?
『大学生になったサトシはサークルや合コンにハマって浮気ばかりして、更には金稼ぎ目的で自分の友達にヒナタの身体を差し出そうとする、ような気がする』
アオイはヒナタの周りにいる男性に対し超越した勘を働かせ、妹に災いをもたらすのか幸せを与えるのかを判断することができる。現時点で百発百中の予想だ。
「今回もアウト……だな」
「そうみたい」
おなじみのキョウスケの部屋での作戦会議では深いため息だけが広がり、楽しそうなのは隣の部屋の男女だけである。
そう、さっきからとても楽しそうな声が……
………………聞こえない。
異変に気づいた兄達はピタリと動きを止め、目線を合わせる。と同時に慌てて部屋を飛び出し妹の部屋のドアを少し乱暴に叩いた。
今まで女性経験を多く重ねてきた2人にとって、男女間のこういった沈黙から先にみえるものは1つしかないことを知っていたからだ。
「ヒナタ、新しくジュースでも持ってこようか?」
心の内にある感情を見事に隠し、ドアの向こうにいる妹に話しかける。
判りやすく焦った様子で返って来た妹の声を聞き、自分達の判断が間違っていなかったことを確信する。
「ヒナ、よかったら皆で遊ばない? ちゃんと彼氏紹介して欲しいし」
さらに2人きりにならないように追い打ちをかけることによって、ひとまず本日の防衛には成功したと言えるだろう。
その後ヒナタの部屋で4人でカードゲームを始め、最初こそ不機嫌ぎみだったサトシも思いのほか楽しんでいるように見えた。
ゲームも何回戦か終わったころ、スマートフォンのバイブ音が響く。
「あ、先輩のスマホ鳴ってるよ」
ディスプレイには男友達であろう名前が表示されていたが、サトシはいっこうに電話に出ようとしない。
「出なくていいの?」
「う、うん。絶対たいした用事じゃないから」
そう言うと、強制的に切ボタンを押してお尻のポケットにスマホをしまう。
その時わずかに目を泳がせたサトシを、キョウスケは眼鏡の奥から見逃さなかった。
それからまた2回ほど楽しんだころ、どことなく落ち着きのなかったサトシが控えめにヒナタに尋ねた。
「あの、トイレってどこ?」
「あたし案内するね」
「いや! 大丈夫。どこにあるか教えてもらえればいいよ」
「ホント? じゃあ───」
サトシが部屋を出て少ししたころにキョウスケも「やっぱり判りづらいだろうから行ってくる」とあとに続いた。
本当に心配して案内をしようとしたわけではない。
明らかに様子がおかしいサトシを監視するため音を立てずにトイレへと向かった。
案の定、トイレからはスマートフォンで話しているらしいサトシの声。
トイレがヒナタの部屋から離れた場所にあるため安心しているのか、小声よりは少し大きめの声でしっかりと聞き取れるくらいだ。
『お前何回もかけてくんなよなー。怪しまれんだろ!』
『まだヤッてねーよ。ヤッてたらとっくにお前に電話してるっつーの』
『いや、イイとこまでいったんだけどよー。なんかあいつの兄貴たちとも一緒に遊ぶことになって意味わかんねーし。まぁ今日はムリだな』
『はぁ?! 半額ってなんだよ! 次はヤルっつってんだろ』
『んなこと言ってっとお前の性癖バラすぞ。ヤッてるときの声聞きたがるなんてマジ変態だもんな』
『だったら~、つぎ成功したら最低8割は報酬払えよ』
『よし。交渉成立だなー』
キョウスケは、これ以上聞いたら殺してしまいそうな程に怒りが沸き上がってくるのを感じていた。
これの延長上にアオイの見た将来があるわけか……。
このままトイレのドアを蹴破ってやろうかとも思ったが、物音ひとつ立てずに来たルートを戻る。
あえて大きめの足音を立てて再びトイレに近づいた。
「サトシ君大丈夫? 遅いから心配になったんだけど、体調でも悪い?」
『え?! あ、えと、あ、ハイ、ちょっと……』
動揺した声のあとにドアが開き、中からわざとらしくお腹をさすりながらサトシが出てくる。
「しばらく休んでいく?」
「あ、いえ! まだ遊んでたいんすけど、今日はもう失礼します……」
「そうか……。あ、そうだ。そうしたら今度は泊まりに来るといい」
「え?!」
「さっきの勝負もついていないし、ヒナタもきっと喜ぶだろうから」
どこか冷えた微笑みを浮かべながら言うと、お腹を押さえるサトシを軽く支えて玄関先まで送ってやった。
つくづくヒナタの男運のなさに心痛するが、それを回避してやるのが兄達の役目。
キョウスケは、改めてそう思った。
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