第42話 猛る

人同士が争うのは相手が嫌いだからではない。

好意があるからそこに争いが生まれる。

争いとは愛。愛こそ争い。

愛が戦い続ける限り人は争い続けるだろう。



 第四十二話 『猛る』



 遂に撫子との決着をつけたタケル。しかし、撫子は伝説の武神機乗りではないと言う。

最後の瑠璃玉を手にするため、タケルは、飛鳥萌との最後の因果に辿り着こうとしていた。


「萌……まさか、おまえだったなんて……」

「タケル……」

「おまえがここに居るという事は、やっぱりおまえが……」

「私ね、さっきまで夢を見ていたの……」

「夢だと?」

「それが、おかしな夢でね、ぷっ! 笑っちゃうわよ? だって、私とタケルが結婚してるの。それで、タケルがサラリーマンになって遅刻しそうになると、私が赤ちゃんをおんぶしてカバンを玄関でわたすのよ。それで、それで!」

「……」

「ね? おっかしいでしょ? そんな事あるわけないのにね!」

「萌……」

「あ~あ、でも私もいつか、そんな平凡だけど幸せな生活を送ってみたいなぁ~」

「萌」

「でも、間違ってもタケルとはしないけどね。私の王子様は誰なのかなぁ~。あっは!」

「萌ッ!」


 タケルが怒鳴ると、萌の無邪気な表情は一変し、冷ややかな顔になった。


「わかっているわ……この世界のこと…… そして、黒い大渦とオパージオ・ネメスの関係も……」

「ああ……俺たちは精神体となって、この黒い大渦の中にいる……そして邪気を浄化しながら、オパージオ・ネメスはさらに巨大になっていくんだ……俺はそれを止めるためにやってきた」

「撫子にも会ったんでしょ? みんなにも?」

「会ったぜ。リョーマも、シャルルも、ポリニャックも、撫子も……みんな先に行っちまいやがったがな」

「そう。だったら話は早いわ……タケルもわかっていると思うけど、最後の瑠璃玉を持っているのはわたし……伝説の武神機に認められているのもわたし……」

タケルは鼻をグイと擦った。

「信じられねぇが、撫子が伝説の武神機に乗っていられたのは、おまえと一体化したからと言っていたぜ」

「……撫子は、オパージオ・ネメスをさらなる邪気によってコントロールしようと思ったのよ……だから、要石に封印された私の精神体と同化することによって、私のインガを取り込んだの……」

「そんなバカな話、信じろって言うのか? おまえが伝説の武神機の資格を……そんな……」

「撫子と一体化している間、私は彼女の精神と触れ合う事が出来たわ。そして、彼女の真意を知ったの……撫子は撫子なりに、平和な世界を求めていたのよ」

「それはわかる! だけど! 何故おれ達がこうしているんだ!? 最後に残った俺達同士で、瑠璃玉を奪い合うために戦うとでも言うのか!?」

「そうよ……戦うのよ……」


 タケルは、萌の一言で、言葉に詰まってしまった。

「いや、いや、いや、冗談だろ? おまえが冗談言ったって笑えねーんだよ!」

萌はタケルに背を向けると、歩いて距離をとった。そして、萌の体は宙にふわりと浮いていった。

「萌! 俺とおまえが戦うなんて! こんな酷い運命ってあるのかよ!?」

「因果を断ち切るのよ……あなただってそうしてきたでしょ? それがオパージオ・ネメスの意思なのよ」

「だったら……だったらそんなモンはいらねぇッ! 俺がブッ潰してやるッ!」

「タケル……これが最後の審判なのよ……あなたは……選ばれし……ものだから……」


 すると、萌の声がどこか遠くなり、萌は意識を失った。そして、萌の体はさらに高く上る。


「オパージオ・ネメスは……宇宙の意思……存在するべくして存在する……人の……邪気が無くならないのならば……それを浄化する為の存在……我々の……使命……」

「その声は、萌の声じゃねぇ……まさか、おまえがオパージオ・ネメスだってぇのか!?」

「そうだ……オボロギタケル……数百万年の時を超え……私たちは最後の審判を下そうとしている……」

「なにが審判だよ! てめぇは野球の試合でもおっぱじめる気か? 俺はそんなの認めねぇ!」

「認めるのではない……受け入れるのだ……それから始まる……そして終わる……」

「だーッ! すっトロイ話してんじゃねぇ! さっさと萌をもどして宇宙のどっかにいっちまえよ!」

「わかっているよ……オボロギタケル……」

「な、何がだよ?」

「おまえは虚勢を張ってはいるが……オパージオ・ネメスの真意を認めつつある……どうしようもない状況に……対応するしかないと考え始めている……」

「ち!……気味の悪いヤツだぜ。だったらどうするんだ? おまえが最後の親玉だったら、俺を倒そうってのか? そうすれば、てめぇの勝ちってことなのか!?」

「すでに……勝ち負けではない……最後の審判なのだ……この宇宙がこの先……どういう意志に向かっていくのかを……我々は見届けなくてはならない……さぁ……剣を抜け……オボロギタケル……」


 オパージオ・ネメスの意思が具現化していった。それは、萌の体に宿り、伝説の武神機の姿になった。


『いくぞ、タケル!……我を満足させる程に戦い抜いてみせろ! さもなくば、おまえのインガを喰らい尽くしてくれる!』

「そ、その声は……アドリエル!? 邪神竜アドリエル! おまえなのか!?」

『ふふ……そうだ、タケル……伝説の武神機ヤマトタケルに宿っていた我の魂は、今、ここに開放され、新たなる体、ムゲン・コスモス・ネオとなった!』

「なんだと? じゃ、じゃあ……俺のヤマトタケルはどうなっちまうんだ!?」

『すでに我がいなくとも、キサマ自身で乗りこなせる……いや、キサマ自身が武神機になるのだ!!』

「なんだってぇー!? 俺が! 武神機になるだとぉ!?」


 すると、タケルの体は巨大化しながら、ヤマトタケルと同化していった。

白銀の鎧からは牙が突き出し、体毛が生えていった。それはまるで、獣のようなおぞましい姿だった。 


『それがキサマの真の姿……ムゲン・ヤマトタケル・ネオなのだ』

「これが……俺の本当の姿……こいつが!」

『さぁ! 場は整った! いざ来い! キサマのインガと我のインガの勝負だ!』

「へっ……おもしれぇ。最後の最後でテメェと戦えるなんてな! 最高だぜ!」

『それで良し! 人類の未来を決める方法は、悩んで作るのではない……勝ち取るのだ!』

「そっちのほうが俺らしいぜ! 行くぜッ!」

『来い! 我が生涯の友! そして最高の敵! オボロギタケルよ!』

「うあああああーッ!!」


 邪神竜アドリエルの駆るムゲン・コスモス・ネオ対、オボロギタケルの駆るムゲン・ヤマトタケル・ネオ。

お互いの伝説の武神機は、はげしくぶつかり合いながら、空高く昇っていった。

その光は、どこまでも高く、どこまでも遠くへと昇っていった。

そして、月日は流れた。




「なぁ、俺いつも思うんだけどよ~……」

ひとりの学生服を着崩した男が、自分の鼻をグイと擦りながら言った。

あたりには学生服を着た生徒が、登校するため学校の門へと向かっていた。

「どうして俺はモテないのか不思議だな~。だってこのカッコイイ顔なら、女どもがキャーキャー騒いだって不思議じゃないぜ?」

空を仰いでいたこの男は、目線を下に戻し、街中で歩いている女子生徒達の姿を目で追った。

「オラは、その性格が不思議でたまらないだぎゃよ。アニキ」

「ダーリンったらぁ! ウチじゃ不満なの? 問題発言だっぴょ!」

目つきの鋭い男と、小柄な女の子が呆れた顔でそう言った。

「それに、アニキのチョンマゲ見て、カッコイイわぁ! とでも言うと思っているだぎゃか?」

「なんだと~、てめぇ! 俺にケンカ売ってんのかよ!?」

「オラは、本当の事を言っただけだぎゃ」

「んだと? テメェだって、毛深くてヒゲ生やしやがって! まるでオオカミ人間だぜ! 俺よりモテん!」

「あっあっ~! オラが気にしている事を……アニキだからって許さないだぎゃ! このダンゴっ鼻!」

「やるか?」

「やってやるだぎゃ!」

二人は今にも、取っ組み合いのケンカを始めそうな勢いだった。

「もう! やめるだっぴょ!今日は始業式なのに、朝っぱらからケンカしないで!」

小柄な女の子が、二人の間に割って入りケンカを止めた。まるで、いつもの事のように慣れた様子だった。

「このションベン野郎! 今度という今度は容赦しねぇぜ!」

「オラの名前は勉強のベンだぎゃ! その名前はやめるだぎゃよ! タケルのアニキ!」

ふたりが取っ組み合っていると、そこに一台の高級車が止まった。

「ここでいいわ。降ろしてちょうだい」

車から降りたのは、ひとりの可憐な少女だった。タケルもベンも、その少女に見惚れていた。

「あ~! ダーリンがよその女見て鼻伸ばしてる! ゆるさないだっぴょ!」

小柄な少女は、タケルに食って掛かった。

「ちょ! 待てって、堀奈津!」

「ホリナッツじゃなくて、ウチのことはポリニャックって呼ぶだっぴょ! その方がお気に入りだっぴょ!」

「わーったからよ…それにしても、誰だ、あいつは? 見かけねぇ女だな」

「転校生らしいぞ、オボロギタケル」

タケルの前に、凛とした顔立ちの女生徒が現れた。

「撫子…」

「それに、どこか財閥の娘らしいな」

「へぇ~……何で知ってんだ? 撫子」

「貴様、先輩を呼び捨てにするとはいい度胸だな? 放課後の剣道部で揉んでやろうか?」

「うえぇ! いいよ、悪かったよ、撫子センパイ!」

「わかればよろしい…それにしても」

撫子は、その転校生の少女をみつめた。

「不思議な感じの生徒だな…どこかで会ったような…気のせいか」

「俺も思った。あ! ひょっとしたらアイドルだったりして!? わはは! 」

タケルは無邪気にはしゃいだ。

「くだらん。もうすぐ始業式が始まるぞ、私は行く」

そういうと、撫子は転校生の少女を追い越して、学校の門へと消えていった。

一方、その転校生も、皆の注目を浴びつつ、校舎へと向かっていた。

「あら? うふふ」

すると、その転校生は、タケルの方を振り返り、ニコリと微笑んだ。

「え?…」

赤面しながらドギマギするタケル。当然、ポリニャックは怒りを隠せない。騒がしい朝の風景は続く。


 放課後。タケルは、教室の窓辺で、空の雲をぼーっと見詰め、転校生のことをずっと考えていた。

穢れのない花のような笑顔を見せた転校生。タケルはそんな純粋な笑顔に魅了されていた。

だらりとバケツとモップを両手に持ちながら呆ける様は、少し滑稽だった。

「ダーリン! 掃除当番終わっただっぴょか!?」

「ははっ! アニキは始業式早々、爆睡していたバツで掃除やらされてるだぎゃね!」

そこに、タケルの悪友である、ベンとポリニャックが教室に入ってきた。

「ん…ああ…」

心ここにあらず。そんな言葉を返すタケル。

「む!…その表情、まさか誰かに恋してる顔だっぴょね? 乙女の感はごまかせないだっぴょ!」

ポリニャックは、タケルの首をグイグイと締め上げる。

「くるし~!…おまえらいいかげんにしろ! 俺はひとりでいたい気分なんだよ!」

そう言うと、タケルはひとり教室を出て行こうとした。その時!

「まちたまえ! タケルくん!」

いかにも正義感の強そうな声が、タケルの背中に突き刺さる。

「うっせぇな!善十郎!」

「ふふ、タケルくん。キミが何故、罰として掃除をさせられているか、その理由がわかるかい?」

「ああん? 知るかよ、んなモン!」

「タケル! あんたの制服と髪型が風紀を乱しているのを反省なさい!」

「いつまでたっても変わりませんね、タケルさん」

「円に烏丸か…生徒会長直々に、お忙しいこったな」

「これも仕事ですから」

「その仕事の原因であるキミに正してもらいたいのだよ、タケルくん?」

善十郎はタケルの頬をヒタヒタと叩いてきた。

「テメェ! 相変わらずイヤミな野郎だぜ!」

タケルの放った拳をヒラリと避ける善十郎。

「チッチ! 空手部のボクには、そんな攻撃当たらないよ?」

「そうかよ! じゃあ、これはどうだ!」

タケルは、側にあった机を大きく弧を描くように、善十郎の頭上に放り投げた。

ガシャーン!

「あぶないわね! タケル!」

「へへっ! あばよ!」

しかし、机に気をとられている隙に、タケルは窓から脱出を図った。

「ちょっと待ちなさい! ここは2階よ!」

タケルは窓の外の高さに躊躇することもなく、ふわりと飛び降りた。

「あ! コラ! 待ちなさーい!」

タケルは軽やかに地面に着地すると、一目散に逃げ出した。

「ふふ、さすがはタケルさんだ。敵いませんね」

「ちょっと神くん! 納得してる場合じゃないわよ!」

「追うぞ! 烏丸!」

「やれやれ…タケルさんのおかげで、生徒会の仕事も忙しくなりますね」

タケルを追う生徒会の面々。どうやらいつもの事らしい。


 タケルは学校を出て、上り坂を駆けていた。夏の日差しがまぶしく強かった。

セミの鳴き声がさらに暑さを増す。街が一望できる見晴らしの良い丘の上までくると、ベンチに座った。

「おれ、どうしちまったのかな~…あの転校生見てから、なんかヘンだぜ…」

「悩んでおるな、少年?」

「うわ! 撫子センパイ! いつの間に?」

「ふふ…修行が足りんな」

「ま~ったく! あいかわらず気配を消すのがうめぇな! 忍者かよ?」

「ははは! 忍者ではない。サムライの道は険しいのだよ。どうだ、貴様も部活で精進してみぬか?」

「まったく、センパイは気楽でいいよな~…」

「どうした、オボロギ? おぬしらしくないな」

「いや…ま、たいした事ねぇんだけどよ…その~なんだ」

「わかっておるぞ。原因は今朝の転校生じゃな?」

「ばっ! そんなんじゃねぇよ!」

「はは! 照れるな! 幼少の頃よりおぬしを見てきたんだ。隠し通せぬよ」

「ちぇ! かなわねぇな! でもよ…でも、なんかちがうんだよな」

「……」

撫子は、やさしい顔でタケルを見つめた。

「ま。悩んでもしかたあるまい? そんな時は剣だ。剣はいいぞー!」

撫子は、手にしている竹刀を振りかざした。

「まったく、そんなんだから、高三になっても彼氏ができねぇんだよ!」

「な…なんだと、私はそんなものいらぬ! タケルのくせに生意気な! このー!」

撫子は竹刀を振り回し、タケルを追いかけた。

「ワハハ! センパイはその方が似合ってるぜ! それに、ちょっと元気出たぜ、サンキュな!」

タケルは、下り坂を走りながら去っていった。

「まったく、あやつときたら成長しとらんな…」

撫子は、フゥとため息をついて笑った。しかし、すぐに真剣な顔つきに変わった。

「タケル…おまえも気付いたのか?…あやつの存在に…」


 タケルは、長い下り坂を下り、途中にある駄菓子屋に寄った。

その店先の椅子には、いつも見かけるおじいさんが座っていた。

「よう、ボブじいさん。あいかわらず今日も日向ぼっこかい? でも日射病には気をつけろよ」

「おう…うむ…フガフガ…」

「はは、ここのジイさん、ボケてんじゃないか? ボーッとしていて、まるでカメみてぇだな」

「コラーッ! ボブじいさんに失礼なこと言うな!」

怒鳴り声とともに店から現れたのは、体格が良く、ヒゲをもしゃもしゃと生やした中年の男だった。

「あまて屋の大将、声が大きくて近所迷惑だぜ」

「うるさい! 声が大きいのは生まれつきだ! ワハハ!」

「はいはい、わかったよ」

「タケル、おでんが喰いたかったら言ってくれよ」

「このクソあちーのに、おでん食うバカいねぇよ」

「お! 言ったな? まぁ、そう言わずに喰ってみろ。今回は自信作なんだ。ワハハ!」

「ち! しかたねーな。そのかわりアイスおごってくれよ」

「まぁ、よし。アイスも喰え! おでんも喰え!」

「あちち!…お、まぁまぁダシが効いてんじゃん。けっこうウメェよ、このダイコン」

「おせじなんか言わんでもよろしい。それよりどうした、剣道部はサボリか?」

「だから、もとから剣道部員じゃねーから、オレ。撫子がうるせぇからたまに顔出すだけだよ」

タケルは、ソーダアイスを口に含み、ズボンのポケットに両手を突っ込んでいた。

その様子を、横目に見ている、あまて屋の大将。

「あ~あ、何だか調子狂っちまったぜ…こんな時は隣町のカブラとケンカでもするかな!」

「悩んでいるな少年? だが、それが青春なんだな! ワハハ!」

「クセェこと言いやがって。いい年したオッサンが」

「まぁ、相談事だったら言ってくれ。オレはおまえの死んだ父さんの大親友だからな」

「はいはい。でも、いまんところ、とくにねーよ。貧乏生活してる以外な」

「ワハハ! 金のことはどうにもならん! ワシだってヒーヒー言ってるからな!」

「この店が繁盛してねぇの見ればわかるさ。たのまねぇーよ」

タケルと大将は、憎まれ口を言い合いながらも、楽しそうに笑っていた。

「さて…そろそろ行くか。ごっそさん」

「出世払いでいいからな、タケル」

「へいへい…いつもありがとな、大将」

「礼なんかいらねぇ。それより、また顔だせよ!」

タケルは、背を向けたまま手を上げて答えた。

「タケルー!」

「あん?」

「おまえのタケルという字は、『猛る』だ! もっと吠えろ! 猛るんだー!」

「ち……声でけぇっつーの」

タケルは少し照れくさくなり、また背を向けて手を上げた。


ミーン、ミーン、ミ~ン…


 暑さは続く。道の向こうの蜃気楼がボンヤリとにじむ。

「あ、タケルさーん!」

そこに、どこからか幼い少年の声が聞こえた、タケルは振り向いた。

「おひさしぶりですね、タケルさん。今帰りですか?」

「紗流…シャルじゃねぇか! いいとこの中学校受かったんだってな。おめでとよ」

「ありがとうございます。 なんとか合格できました。」

「ははっ、謙遜すんな。頭のいいオメェだからトップで合格だろ? ガキの頃から見てるからわかるぜ」

「いえ、そんな。あの…よかったら、ウチに来ませんか?」

「ああ、おめぇの武神機コレクションを見てぇが、今はそんな気分じゃねぇんだよ」

「…そうですか。タケルさんも高校でいろいろ大変なんですね?」

「まぁな。でもよ、また遊びにいくぜ。なんせ、俺たちお互いロボット好きだからな!」

「はい! またお願いします。今度はもっとカッコイイ武神機あつめておきますから」

「ああ、俺の好きなヤマトタケルの進化バージョン見てぇな。それじゃ、またな!」

タケルは、シャルと別れると、住宅街へと向かった。

(あいつはカワイイな…無邪気で…)


 いつもの道。いつもの街。いつもの空。

何一つ変わらない景色。何一つ変わらない環境。

それが、まどろっこしくもあり、安らぎに感じたりもした。

(しかし、何だ? この妙な気持ち…いつもと同じ世界が、いつもと同じではない気分だぜ…)


「おう、タケルぜよ」

そこに、ボサボサのクセッ毛の男が声を掛けてきた。

「あん?…リョーマか」

「あいかわらず、のん気な顔しちょるのぉ、おんしゃ」

「うるせぇよ。ところで何だよオマエ、その格好は?」

「サラリーマンとはスーツを着るもんじゃ。ワシは中卒で働いて部下だって出来た。こっちはイゾーじゃ」

「へ、へぇ…がんばってんだな…」

「何を腑抜けた面しとるんじゃ。ワシのような貧乏人は働くしかないからの。じゃ、急ぐから行くぜよ」

そう言って、リョーマとイゾーは去っていった。


「はぁ…何だか気がぬけちまったな…それに今日は、ばかにいろんなヤツラと会う日だぜ」

タケルは、今日一日を振り返ってみた。

ベン、ポリニャック、撫子、円、善十郎、烏丸、シャル、あまて屋の大将…それにリョーマ。

どの顔も、いつもどうりのいつもの人間関係。それが心地よかった。それが安心できた。

同じ町に住む仲間たち。いつでも会えるその環境。それが少しうざったかった。

「ははっ、オレらしくねぇな…猛る…猛ってみるか! うおおおーッ!」

タケルは、海の見える住宅地まで全力で走っていった。

「はぁ! はぁ! はぁ! うおおおお!」

ガムシャラに走るタケルには、帰宅途中の生徒の顔も目に入らなかった。

「ふふ、青春しとるな、タケル」

撫子は、そんなタケルを見て満足そうに笑った。


 海の近くの住宅街。その中で一番見晴らしのよい場所。タケルの好きな場所だった。

すでに、うっすらと夕日が差し掛かっており、海がオレンジ色に染まりつつあった。

「オレは…オレは…誰なんだよーッ!」

タケルは、我ながら意味不明な事を叫んでいると思い、照れくさくなった。

「くさいセリフ叫んじゃって。何してんだか」

振り向くと、着崩した服装が大人びた髪の長い女が立っていた。

その姿は夕日に照らされ、長い髪が綺麗に輝いていた。

「めずらしいな紅薔薇…隣町のおめぇが、こんなとこに来るなんてな」

「あたしも、ここが好きなのさ…その、よく、あんたも来るの知ってるし…」

「おお、俺もよく来るな…ん? それってどういう意味だ?」

「バカっ! もういいよ!」

(いきなり何怒ってんだ?)

「そういや、カブラのバカは元気かい?」

「ああ、アンタにケンカに負けっぱなしだからね。また特訓するとか言ってたよ」

「へん! 何度きても同じだぜ」

「あんたにケンカで勝てるヤツはそうはいないからねぇ。この紅薔薇様を除いてはね?」

「おおっと。俺は女には手出ししねぇんだ。今日はこの夕日に免じてカンベンしてくれ」

「ふふ。その顔でいうセリフかい? でも、ちょっとはマシなことも言うんだね」

「あったりめーよ」

「……」

「どうした?」

紅薔薇は顔を赤らめて立ち尽くしていた。

「あ、あんたさぁ…その…けっこうシビレルよ…ワイルドってゆーか」

「え…え?…え!」

タケルと紅薔薇は、お互い頬を染めうつむいた。

「ええと…あ、あの…あの星なんて名前なのかなーなんちゃって」

「バカだね。まだ夕日が出てるのに、星なんか見えるわけないだろ」

「そ、そっか…はは…そうだそうだ、その通りだ!」

「……」

紅薔薇は、顔を赤らめ無言のままタケルの側に座った。そして、タケルの顔を見詰めていた。

「あ、ああ…あのさ…今日、熱いおでん食ったんだよ…それから冷たいアイス食ったら舌がしびれてさ…」

「へぇ、そうなのかい?」

「…!」

紅薔薇は、突然タケルの唇を奪った。濃厚なくちづけだった。

「うん…あたいもしびれてきたよ…あんたの舌で…」

タケルと紅薔薇は、それから無言で寄り添った。今のふたりの時間を邪魔する者は誰もいない。


「タケル?」


ところが、それを邪魔するかのように、誰かの声が割って入った。

「タケルだよね」

その声はタケルのすぐ後ろから聞こえた。タケルは当然、振り向いた。

「あ…おまえは…」

そこには、今朝の転校生の少女が、私服で立っていた。どうやら犬の散歩中のようだ。

「どうして、オレの名前を知ってるんだ?」

「おぼえてない? 飛鳥萌だよ。幼馴染の!」

「え…あ! 萌!? 萌なのか!」

「やっぱりそうだったんだね! 忘れないよ、その顔は」

「どうりで、どこかで見たことあると思っていたんだ…だが、どうして?」

「あたし、両親の都合で子供の頃転校したけど、また帰ってこれたのよ」

「そうか、やっぱり見た顔だと思ってたぜ」

「うふふ、忘れないでよ」

萌という少女は、タケルと紅薔薇のふたりの間へとズカズカ入っていった。

面白くないのは紅薔薇だった。せっかくの雰囲気をぶち壊された怒りを、萌にぶつけるのも当然だった。

「ちょっと! アンタ!」

「え? 何ですか」

「あのねー、幼馴染だか何だか知らないけど、あたいは今タケルといるんだから邪魔するんじゃないよ!」

「ああ、そうなんですか。でも、今タケルといるのは私も同じですよ」

「ああ、ちょ、ちょっと…おまえら待てって…」

萌の空気読めない性格と、紅薔薇の血気な性格がぶつかりあっていた。その狭間にいるタケルも災難だ。

「ねぇねぇ、タケルおぼえてるー? 子供の頃、この丘で私に言ったこと?」

「え…いや、なんだったっけ…」

「タケルもそんなこと思い出さなくてもいいの! この女の事なんて聞かないで!」

紅薔薇は必死になって、タケルの腕を引っ張った。

「あら、タケルはあなたのものじゃないんだから、ね? ホラ、思い出してよー」

一歩はなれて傍から見れば、ふたりの可愛い女性に取り合いになっているのを羨ましく思えるだろう。

だが、タケルから見れば地獄であった。

「お、オイ…そんなにひっぱるなよ!」

「ねぇ、タケル、思い出した?」

「だめだよ! タケルはあたいのものだ!」

紅薔薇はタケルを引っ張る。しかし、小柄な萌も、紅薔薇に負けじとタケルを引っ張った。

「ふふ、タケルはこう言ったよね。大きくなったら、俺のヨメになれって…キャッ!」

「そ…そんなこと言ったかな? オレ」

「ちょ!…いいかげんにしろ、この女! 消えろよ!」

紅薔薇は、萌の胸倉をつかんだ。その瞬間。

「消えるのはあなたじゃないの?」

ブワッ!

すると。突然。紅薔薇の体が中に浮いたかと思うと、海へと落下していった。

紅薔薇の悲鳴が夕日の丘にこだました。あまりにも突然の事態に、タケルは身動きひとつとれなかった。

「おお…お、オイっ!…ど、どいうこったよ!…う、ウソだろ!?」

「ふふっ、わたしの勝ちー。でも、今日はこここまでにしておくわ。あの人、溺れないように助けてあげてね」

タケルは、海に落っこちた紅薔薇と、萌の顔を交互に見た。そして海に飛び込んだ。

「大丈夫か? 紅薔薇?」

「プウッ! ひどい目にあったよ、あの女め!」

海から陸に上がったタケルは、萌を探して見回した。しかし、その姿はどこにもなかった。

「いねぇ…なんだったんだ?…まさか夢じゃねぇよな…」

こうして、タケルの高校二年生の始業式の日は、不思議な出来事とともに終わった。


 翌朝。朝の登校風景。昨日までの晴天とは打って変わり、イヤな曇り空だった。

「ダーリン! おはようだっぴょ!」

ポリニャックとベンが、タケルに駆け寄った。しかし、タケルは返事せずに神妙な顔つきをしていた。

「どうしただっぴょ? あ、まさか、まだあの転校生のこと考えているだっぴょね?」

「ああ、そうだ…今日こそ、あいつの正体をあばいてやる」

「何言っているだぎゃ? まさかアニキ、そんな事言って、あの娘と仲良くなりたいだけだぎゃね?」

「ああ、知りてぇんだよ…あいつのことが」

「ははっ、図星だぎゃね! まったく完全にやられちまっているだぎゃよ!」

「もうダーリンったらぁ! 乙女の気持ちはズタズタだっぴょよ!」

「いいか、おまえらは、あの女に近づくんじゃねぇぞ…」

「ダーリン?」

「アニキ…」

タケルの真剣な表情に、ふたりは顔を見合わせた。


 そこへ、あの転校生の少女、飛鳥萌が高級車から降り立った。そして、タケルに気付いたようだ。

「タケル、おはよう。あれ、傘もってこなかったの? もー、しかたないなぁ。これ使っていいよ」

萌は、皆の視線を気にすることなく、タケルに傘を渡そうとした。それを手で払いのけるタケル。

「まったく素直じゃないんだから。子供の頃から変わってないね、タケル」

「きーっ! 馴れ馴れしい女だっぴょ! それにまさか、ふたりは幼馴染だっぴょか?」

「どうやらそのようだぎゃ…それにしても、アニキの様子がちょっとヘンだぎゃ…」

萌は相変わらずニコニコしているが、タケルはまるで、これから殴り合いのケンカでもするような構えだ。

「傘は必要ないよ。今度ズブ濡れになるのは、あんただからね」

そこに、昨日海に落とされひどい目にあった紅薔薇がいた。

「あら、風邪引いてないみたいね、よかったー。でも、海水浴にはちょうどよかったかしら?」

「ぬかしな! あんたは絶対許さないよ! このあたしに恥かかせたんだからね!」

「よせ、紅薔薇! こいつは、萌は!」

「だまっていて、タケル!」

「そうだぜ、オボロギ。アネゴのおとしまえ、キッチリつけさせてもらうぜ」

「てめぇ、カブラ…おめぇの出る幕じゃねぇんだよ! すっこんでろ!」

「けぇ! 確かに、このおじょうちゃんがアネキを負かすとは信じられねぇな…合気道でもやってんのか?」

紅薔薇とカブラは、萌と向かい合い戦闘体制をとった。

それにしても。か弱き少女と不良二人。どこから見てもおかしな状況だった。

「いくよ!」

「あいさ!」

紅薔薇の掛け声とともに、ふたりは萌に向かって飛び掛った。しかし!

萌の手が空中を軽く撫でると、ふたりはそれに引っ張られるように吹き飛んだ。

「なんだ!? 今のは!」

驚くタケル。そして、その状況を見て驚いていたのがもうひとり。撫子だった。

「あのワザ…尋常ではない!」

地面にたたきつけられた紅薔薇とカブラは、痛みで声も出せなかった。

萌は、タケルの払い落とした傘を拾うと、何事もなかったように校舎へと歩いていった。

玄関で靴から上履きに履き替える萌。廊下を歩く仕草。階段を昇る表情。

そのどれもが、普通の女子高生の姿に見えた。まさかたった今、不良二人を倒したとは到底思えない。


 タケルは、紅薔薇とカブラが心配になり駆け寄った。そして、撫子の方を見た。

「ここは私にまかせろ!」

「すまねぇ、なでし…いや、センパイ!」

タケルは、萌の後を走って追いかけた。そして、ちょうど萌が教室に入ったところだった。

「まて! 萌!」

「ん? キサマはタケル。おまえの教室は違うだろ。それに、飛鳥さんを呼び捨てにするなど百年早い」

「だまってろ! 善十郎! おれは萌に用があるんだ!」

「フフン! キサマごときが飛鳥さんに言い寄ろうというのか? 片腹痛いわ!」

ボゴン!

しかし、犬神善十郎の鼻からは血が噴出し床に倒れた。

「だまっていろ…今はてめぇの相手をしている場合じゃねぇ」

タケルの容赦ない一撃に、教室中がざわめき立った。

「だめでしょ、タケル! 暴力はいけないわよ!」

萌は、笑いながら幼子を諭すように叱り付けた。

「なにか…何かが思い出せそうなんだ…だが、それがわからねぇ!」

タケルの言動に、教室中の生徒が異常な事だと実感した。

「せ、先生を呼べー! こいつおかしいぞ!」

「ああ…本当に俺はどうにかなっちまったかもしれねぇな…なぁ、萌?」

「ふふっ、いつものことでしょ? タケル」

「その余裕のある笑い顔が気にくわねぇ! おまえは誰なんだ? 」

「だ・か・ら。幼なじみの萌ちゃんだよ。ね、タケル?」

「ちがう…ちがう! ちがうんだーッ! 何もかもちがうんだーッ!」

まわりから見れば、どう考えても、タケルの言動は気が狂っているとしか思えない。

「ふふ…でも気付いたんだね…さすがだね、タケル。あなたの闘争本能、いえ、インガに火がついたのね」

「インガだと!?」


 バシュオオオッ!


突如、空が狂ったように稲光り、激しい雷雲が大きな音をたてた。

「きゃあーッ!」 「うわーっ!」

教室にいる生徒たちは、突然の出来事にただ恐怖した。

「はじまった…これでまたはじまったのよ…わかる、タケル?」

「なんだと…あッ!」

すると、萌の後ろの教室の窓から、大きな黒い影が現れた。

ビュウビュウとカーテンを揺らす強風は、窓ガラスを突き破るほどの勢いだった。 

そこには、巨大な人の形をした悪魔が映し出されていた。

「なんだコレは!? まるで、ロボットじゃねぇか!」

「思い出した? これは武神機よ…あなたの大好きな、ね」

「ブシンキ…だと?」

すると萌は、窓の外の悪魔に近寄ると、ひらりとその手に飛び移った。

「屋上で待っているわよ。早く来てね」

そしてそのまま、悪魔は上空へと舞っていった。


「……」

しばしの静寂。いや、雷は鳴り響き、雨は豪雨となって降り注いでいた。

だが、この教室にいる皆にとっては、まるで時間が止まったかのような状態だった。

「とにかく…屋上へ行くのだ、タケル!」

その静寂を断ち切る一言は、事の異常さに駆けつけた撫子だった。

「このままじゃ済まさないよ、あの女め!」

紅薔薇もカブラも、痛む体に鞭打って駆けつけていた。

そして、ベンもポリニャックも、放心しながらも、この様を見届けていたようだった。

「行くしかねぇんだよな、これは…」

そこに、クラスの生徒が話しかけてきた。どうやら外国人のようだ。

「あ、あの…ワタシ、ネパールといいマス。こちらは双子の兄のオパールです」

「イッタイどうゆうことですか? ワタシタチ外国から日本にきたのでヨクワカリマセン。これトクサツ?」

「うっせーな! 俺だって知るかよ!」

「オー…クレイジィ~…」


 何か踏ん切りがついたように、タケルは決意した。あの悪魔のもとへ向かうことを。

決意したのは皆も同じだった。平和な学校生活から一変して訪れた突然。

だがそれは、夢ではなく現実。その真意を知る為、自ずと足が屋上へと向かっていくのだった。


 タケルを先頭に、皆は屋上への階段を上る。 扉を開けそこに見えたのは。

「おそいよ、タケル」

「やっぱ夢じゃねぇか…この悪魔、いや武神機ってぇのは、いったい何だ!?」

「あなたは思い出す…いえ、思い出さなければならないのよ。そして、インガの力を解放させるの」

「インガ…萌の使った不思議な力がインガだってことなのか?」

「そうよ。あなたはインガの力で、この武神機、ヤマトタケルに乗って戦うのよ!」

「おれが…戦う…ヤマトタケル…」

その瞬間、タケルの頭の中に、ものすごい勢いで記憶の濁流が押し寄せてきた。

「うっ!…これは!…そ、そうだったのか…」

「そう、だから。ワタシと一緒にもう一度戦って?…そして」

「そして?」

「黒い大渦の因果を断ち切るのよ」

萌はニッコリ笑って手を差し出した。タケルは躊躇することなく、その手をつかんだ。

「タケルー! どこに行ってしまうんだい!?」

紅薔薇は必死に叫ぶ。

「地獄かそれとも天国か…どちらにしろ、俺の戦いは因果の意思のある限り無限に続く」

「な…何を言って…」

タケルは、萌とともにヤマトタケルの体内へと消えていった。

「やっとわかったぜ…おまえの正体が…」

「…」

「何年待った? 百年か? 千年か?」

「バカね。数百万年は待ったわよ」

「そいつは、すまねぇな。そんなに待たせちまったか」

「あれから…ずっと待ったよ…」

「オパージオ・ネメスとの審判の後、そんなに時が過ぎていたのか…」

「最後の審判に敗れたあなたは、また、インガの力で自分だけの世界を築いたの」

「それが、今までのこの世界だった…」

「いこう」

「え? どこへだ?」

「あなたの導き出した世界よ。それは、今までのような作り物ではない世界よ。新しい宇宙なのよ」

「そうなのか?…俺はなにひとつ変わっちゃいねぇ…今度もだめだったんだぜ…」

「そんなことないわよ。いつまでも殻に閉じこもってちゃダメ! 出たのよ、答えが。新しい答え!」

「俺が新しい世界を作ったのか?…いや、創れたのか…」

「そう、行ってみればわかるわ。だって、そこは素晴らしい世界なんだもの!」

その瞬間。タケルの目の前にある風景、物体、全てが消え去った。そして、そこは宇宙だった。

何もない暗い空間に、幾多の星々が点在しているだけの空間、それは宇宙だった。

「萌…それが…答え…これが…ああ…」


 因果。それは繰り返す諸行。

今、タケルの作った新しい世界に、希望の光が満ち溢れていた。

  

                                               おわり。

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武神機伝 ヤマトサーガ しょもぺ @yamadagairu

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