第37話 散る命 咲く花
あ 見つけた あ 見つけた
あの花は白い雲の上に咲く花
あの花は虹の上にたなびく花
そして あの花は散って万物の理を凌駕する
第三十七話 『散る命 咲く花』
ベンのバーストの前に敗れ去ったタケルは、新しいインガを身につけて復活した。
余裕の笑みの前に戸惑うベン。そして、今、その力が発揮されようとしていた。
「ううっ! なんだぎゃこれは!?…これはまるで!」
「どうしたい、何をそんなに不思議がっているんだ?」
「お、おめぇ…オラをバカにするのもいいかげんにするだぎゃ!」
「俺は全然バカにしてねぇぜ、これでも大マジメだ」
タケルとベンの戦いの行方を、インガで察知して見守る餓狼乱たち。
「タケルはいったいどうしちまったんだい!? インガがまるで感じられないじゃないか!」
「ほ、ほんとうですね…まさか、死…」
「いえ、生体エネルギーは感じられますから、インガを使っていないだけだと思います」
ザクロは冷静に判断した。
「インガを使わないだって? インガを使わずにどうやって戦うんだい?」
「わ、わかりません…だけど、どこか不自然な…そんな雰囲気を感じます…」
一方、こちらは獣人族の戦武艦アシュギィネ。
「タケルはインガを使わねぇつもりなのか? バカな! 死ぬぜ?」
「うむぅ…確かにバーストに対してインガを使わないのは自殺行為じゃ…じゃが、タケルの余裕の顔がなにか気になるのぉ」
「ああ、まるで負ける気がしねぇって顔してやがる…ワケわからねぇ…」
そこに、疲労困憊したポリニャックがやってきた。
「どうしたのじゃポリニャック、そんなに疲れた顔しおって…」
(ムリもないか、一番見たくない者同士の戦いを、その幼い眼に焼き付けないといけないのだからのぉ)
「だ、だいじょうぶだっぴょ…はぁ、はぁ…」
その様子を見て、我王は不審に思った。
(ん? ポリニャックの様子がおかしい…ただの疲れではないような、俺の思い過ごしか…?)
獣人族も、タケルの不可解な行動をただ見守るしかなかった。
タケルは、身動きの取れないベンを見据えていた。
「どうした、ベン、さっきから固まったままだぞ?」
「く…」
(オラは何を迷っているだぎゃ…目の前にいるのは、インガさえも使う気力をなくした唯の人間に過ぎないだぎゃ。そうに決まっている! これ以上の作戦なんかないハズだぎゃ!)
「う、うるさいだぎゃ! よぉし、その余裕の笑みを打ち砕いてやるだぎゃ! オラのバーストは絶対に負けないだぎゃ! 絶対にッ!」
バババババ! バリバリバリッ! ブオゥッ!
ムガイルバーストしたベンの攻撃がタケルを襲う! 今度は直接、拳での攻撃だ!
スルゥリ。
なんと、ヤマトタケルは巨大化したガルバインのパンチを、受け流すようにしてかわした。
「うおッ! まただぎゃ!」
「たいしたことねぇなぁ、てめぇのバーストも」
「なんだぎゃ!? おめぇもかわしてばっかりいないで、攻撃してきたらどうだぎゃ!」
「あっ、そう。なら、今度はこっちからいかせてもらうぜッ!」
「かわすのが上手くても、オラにダメージを与えられる訳ないだぎゃ!」
ズギャオン!…ズドドォン…!
一瞬の出来事。
ヤマトタケルが目の前から姿を消したと思うと、ガルバインのアゴめがけて強烈な一撃が放たれ、バランスを崩したガルバインは後ろに倒れてしまった。
「うぐっ! は、はやいだぎゃ!…それに重い一撃! なにをしただぎゃ、タケル!?」
「さぁな? ただ殴っただけだぜ」
「く……! うおお!」
ガルバインはすぐさま起き上がり、ヤマトタケル目掛けて連打攻撃!
武神機の全長ほどもある大きな拳を、ヤマトタケルはまたも受け流していった。
「いったいどうなっているだぎゃ!? あ、当たらないだぎゃッ!」
「よぅし、それなら当たるようにしてやるよ! 来いッ!」
ヤマトタケルは、四肢を踏ん張り仁王立ちの状態になって構えた。
「…ワザと殴らせてやるというだぎゃか? このォ、バカにするんじゃないだぎゃ!」
「せぇいッ!」
ゴッズォン!
バーストガルバインの渾身の攻撃が、ヤマトタケルに直撃した。
だが、ヤマトタケルはダメージを一切負わず、ベンの攻撃は通用しなかった。
「ば、バカなだぎゃ…」
「教えてやるぜ…これがゼロインガ(無因果)だ!」
「…無…インガ?…なんだぎゃ、それは!?」
「頭の悪いてめぇに教えてやるよ。インガの過大な膨張はバーストへと発展していくだけだ…だが、その代償は大きくて、最悪、黒い大渦の邪気に取り込まれる恐れがある…」
「だ、だから、オラはそれをムガイルで中和して抑えているだぎゃ!」
「そのようだな。最初は俺もそれに気付かなかったが、てめぇのムガイルがヒントになったんだ。そして、もし、インガを使わずにバーストできるとしたら…どうだ?」
「そ、そんなこと不可能だぎゃ! オラのムガイルでもそれは出来ないだぎゃよ!」
「でもそれが可能になった…おまえに倒された俺は、シャルルと一緒にある場所で特訓をしたのさ。追憶の淵の民とコロサスに協力してもらってな」
「な、なんだって? そうだったのかい?」
マリューは治療を受けながら、コロサスの顔を見た。
「ああ、皆を騙してすまない。俺様は勇者タケルの手伝いをしていた。だが、マリューが出撃するまでは予想できなった。さすが俺様の嫁だ」
「ちょ…勝手に嫁にするな! まだ結婚なんてしないよ!」
コロサスに抱きかかえられているマリューは大声で怒った。
「まだ? だったら、いずれは結婚してくれるってことだろ?」
「な!…ち、ちが! さっき言ったのはそういう意味じゃ…!」
マリューは顔を赤らめて必死に言い訳をした。
「ははは、マリューのやつ! どうやら、あちらさんも盛り上がって、めでたしめでたしって所かな?」
「……」
「まだ不機嫌そうなツラしてやがるな、ベン。いいか? インガとは因果応報の理を利用した、いわば諸刃の剣。自分の体を痛め兼ねない。だから俺は、インガに頼るのをやめたってだけの話だ」
「し、信じないだぎゃ! もしそれが本当だとしたら、オラは…オラのムガイルは何だって言うんだぎゃ!?」
「さぁな、所詮、インガの発展版だ。インガを使う以上、インガに振り回されるだけだぜ」
「バカな! バカな! バカなだぎゃー!」
「くどいぜ!…みせてやる、これがゼロインガだッ!」
キュオオォムッ! ズダダァン!
タケルのゼロインガが発動する! その攻撃力に、ベンはもはや手も足も出なかった。
それだけ、ゼロインガの攻撃力の凄さを物語っていた。
いや、バーストした相手だからこそ、タケルのゼロインガは能力を最大限に発揮できるのだろう。
相手の攻撃力が大きければ、それを吸収して反発させることが出来る。
言わば、タケルにとっては最良の相手であり、ベンにとっては最悪の相手であった。
執拗に何度も繰り返されるベンの攻撃は、まさに哀れであった。
そして。
ヤマトタケルの目の前には、力尽きて倒れるガルバインの姿があった。
ガルバインのバーストは解け、体は縮み、もはや戦う力も残されていないだろう。
「終わりだ、ベン。インガの応報に取り込まれることはない…もう俺たちの戦いも終わりだ」
「終わり?…オラの負けだってことだぎゃか?…じゃあオラはずっとアニキに勝てないだぎゃか…?」
「そうじゃねぇ。勝つとか負けるとか、そんな事にもう意味はないんだ」
「いやだぎゃ! オラはアニキに勝ちたいために修行しただぎゃ!」
ムクリと起き上がるガルバイン。そして、ヤマトタケルに向かって力のない攻撃をする。
ガッ…ゴッ…ガキッ…
だが虚しくも、その程度の攻撃では、ゼロインガを習得したタケルには全く効かない。
「よせ…もう無駄な争いはしたくねぇんだ…」
タケルは、ベンのガルバインに覆いかぶさるようにして動きを止めた。
「は、放すだぎゃ! くっそー!」
動けなくなったガルバインのコクピットからベンが出てきた。タケルもメンタルコネクトを解いて外に出た。
「あ、アニキはそれでもいいだぎゃ!…でもオラは!…オラの気持ちはどうなるだぎゃ!?」
「ベン…」
「アニキが憎かった! そして尊敬していただぎゃ! だからオラは、どうしてもアニキを越えたかったんだぎゃあ!」
ベンはタケルに飛びついてきた。
ふたりは地面に落ちて転がりながらも、ベンはタケルを殴るのをやめなかった。
「うおお! オラは負けない! 負けないだぎゃ!」
ベンは叫んだ。捨てられた子犬のように、寂しく震える声で。
「うおおん! ズルイだぎゃ!…いつもアニキばっかりカッコ良くてズルイだぎゃ…!」
「…わかった、わかったからよ」
タケルは、そんなベンを優しくあやすように受け止めた。
「う、ウチも行ってくるだっぴょ!」
タケルとベンの様子にたまらなくなったポリニャックは、空間移動で二人の所へ行こうとした。
「まて、俺もつれていけ!」 「わ、ワシもじゃ!」
ポリニャックの空間移動で、我王とボブソンもタケル達の所へと向かった。
グニャニャ…ャ…シュン!
「ダーリーン!」
ポリニャックはタケルの側へ駆け寄ると、そのままタケルに飛びついた。
「おわっ! ぽ、ポリニャックか、このぉ!」
タケルは嬉しそうにポリニャックを優しく包んだ。
「やっとみんなが仲良くできただっぴょね! ウチ、嬉しくて…うわぁ~ん! わんわん!」
「ははっ、そんな泣き方するのは、犬か狼だけだぜ? なぁベン」
「うおお~ん! うおお~ん! アニキ! アニキっ!」
「まったく…てめぇらってヤツは…揃いもそろって…」
タケルは、それ以上の言葉は詰まって声にならず、抱き合ったまま顔を背け震えていた。
タケルの頬から流れた熱いものは、ベンとポリニャックの頬にも伝い感じられた。
人はなぜ争うのだろうか? そして、人はなぜ憎しみ合うのだろうか?
その答えを出す必要はもうない。お互いの頬を涙で濡らしさえすれば、それで解決できるのだから。
「へん! どうやら決着がついたみてぇだな、いろいろと」
「そうみたいじゃのぅ…うう…」
「おい、泣いているのか、ボブじぃ? らしくねぇじゃねぇか」
「うるさい! これが泣かずにいられるかっ! ぐずずっ!」
「ま、しかたねぇ…たまにはこういうケンカの決着もいいかもな!」
我王は、ベンとポリニャックと抱き合っているタケルの側へ歩み寄った。
「タケル…見せてもらったぜ。てめぇのゼロインガ、なかなかやっかいなワザだな」
「我王…ばかに素直じゃねぇか?」
「今回だけの特別サービスだぜ。だが、次に会うときはこうはいかねぇ!」
「ああ、わかった…」
「それと!」
我王は、ベンとポリニャックを睨みつけた。怯えるベンとポリニャック。
「ベン! ポリニャック! 獣人族の長として、てめぇらに命令だ!」
「は、はいだぎゃ!」 「はいだっぴょ!」
「しばらく敵であるタケルを監視する事を命令する…そして…気が向いたら帰還しやがれ」
我王はニッコリ笑ってそう言った。
「あ、ありがとうございますだぎゃ、我王さま!」
「よかっただっぴょ! これでまたダーリンと一緒にいられるだっぴょ!」
ベンとポリニャックは、喜びのあまり辺りを飛び跳ねまわった。
「我王、すまねぇな…」
「へん、礼はいらねぇ。俺のきまぐれだ、気にするな」
タケルは鼻をこすると、少し照れ臭そうに話し出した。
「…なぁ我王、俺はおまえとケンカはしたいが、殺し合いをする気はねぇんだ」
「ほう、そこらへんは、どうやらウマが合うらしいな」
「ビックリするぐらい、今日のオマエは素直だな」
「へん! くだらねぇお世辞言ってんじゃねぇぜ!」
タケルと我王は、目を合わせたままガッチリと握手した。
「うわーい! やっただっぴょ! これでみんな仲良しになれるだっぴょ!」
「すべてが丸くおさまったワケじゃねぇが、ベン、今回はおめぇの活躍だ。自信持っていいんだぜ?」
「お、オラがだぎゃ?…あ、ありがとうだぎゃ、我王さま!」
人間と獣人族。
お互いの存続を賭けた戦いにも終わりがきたようだ。
タケルとベンの、いわばお互いの種族の代表者が、皆の心を打ち解け合わす結果になったのだった。
種族間を越えた心と心。それはどちらも同じ価値観をもっていたようだった。
「さて、そろそろ帰るか…みんなが待っている」
「でも、ウチが餓狼乱に戻ったら、みんな怒らないだっぴょか?」
「大丈夫さポリニャック、おまえがもといた家に帰るだけだ、文句を言うヤツはいねぇさ」
「う…うん! だからダーリン大好きだっぴょ!」
「いてて、そんなに強く顔に抱きつくと、鼻がとれちまうぜ…ん、どうした、ベン?」
「お、オラ…紅薔薇のアネキにひどいこと言ってしまっただぎゃ…ホント言うと、かなりビビっていただぎゃよ、どうすればいいだぎゃか、アニキ!?」
「さ、さぁ~…あいつを怒らせたら怖いからなぁ…二、三発ブン殴られるの覚悟しとけ」
「そ、そんなぁ~!」
「ま、バーストしてりゃ大丈夫じゃねぇのか?」
「ひいぃ! それでも怖いだぎゃよー!」
こうして、タケル達は笑いに包まれたまま、長かった一日が終わろうとしていた。
だがそこに、予期せぬ来客が訪れていることに、皆は気が付いていなかった。
「タケル、楽しそうね」
「も、萌!?…」
そう、そこに現れたのは、なんと。タケルの幼馴染、飛鳥萌だった。
撫子と一体化した萌がなぜここに? ひょっとすると、撫子の精神と分裂する事が出来たのだろうか?
そう誰もが一瞬思った。だが、タケルは。
「よくも、こんなとこにツラ出せやがったなぁ、撫子! クセェ芝居はやめて正体をあらわせ!」
「で、でも、ダーリン……ひょっとしたらホンモノのモエかもしれないだっぴょ」
「いや、こいつはちがう。この禍々しいインガを放つヤツは撫子以外にいねぇんだ! だりゃ!」
タケルは、萌めがけて拳を突き出した。
バシッ!
すると、タケルのパンチを横から止める人物がいた。それは烏丸神であった。
烏丸はタケルの拳を握ったまま、顔を近づけてきた。
「おひさしぶりです、タケルさん。せっかく私が萌さんを連れ出して来たというのに、そんな荒っぽい歓迎はお断りですよ、ふふ」
「てめぇは烏丸神ッ! いったいどうゆうこった!?」
「だから、私が萌さんと一緒にヤマトを抜け出してきたんですよ。撫子様を裏切った私には死刑しかなかった。だから必死で逃げ出してきたんですよ……しかし途中、円さんは追っ手に捕まって死んでしまいましたけどね……」
「なんだと!? 円が死んだだと……本当か、烏丸?」
「この私の傷だらけの体を見れば、ウソかどうかわかるでしょう?」
確かに、烏丸と萌の体には、追っ手から必死に逃げ出してきたような傷がいくつもあった。
「そうか……それは大変だったな。なら、早いとこ治療しないとな。俺に任せろ……よ!」
ドバシュ!
なんと、タケルは萌に向かって蹴りを繰出した。
ギャリィィン!
すると、耳をつんざくような高い音が響いた。それは聞いたことのある音だった。
「この防御の盾のインガ……正体を現しやがったな! これは鉄円のワザに間違いねぇ!」
「ふふふ、そうさタケル……このあたしが……クロガネツブラだよ!」
バッ!
萌の服装を脱ぎ捨てると、そこには変装を解いた鉄円がいた。
「ど、どういうことだっぴょか! カラスマもツブラも、まだヤマトに味方してるだっぴょか!?」
「いや、ちがう。ヤツらの目を見ろ、これは催眠術か何かにかけられているんだろうよ」
烏丸と円の目には、赤いモヤのようなものが見えた。どうやらそれが催眠術の名残なのだろう。
チャキ! キャリン! 刀を構える烏丸と円。
またしてもタケルには、望まぬ相手との戦いが始まってしまうのだろうか?
ズオオオォ……!
「う!……なんだ? この圧倒的なインガは!」
「カラスマとツブラからだっぴょか?」
「ちがう……この禍々しいインガの持ち主は……上だッ!」
タケル達は一斉に空を見上げた。するとそこには。
「久しいの、タケル……」
「撫子! てめぇ!」
そこには、黒いマントを羽織った撫子が空中に浮いていた。
「へん! ヤマトの親玉登場ってワケか」
我王も上空の撫子をきつく睨んだ。
「ふふ、揃いも揃って間抜けな面を並べているな」
「なんだとッ!? このヤロウ!」
撫子の言葉に我王が噛み付いた。
「獣人族の長か……貴様にはがっかりだな」
「どういう意味だッ!」
「獣人族の長ともあろうものが、まさか人間であるタケルと手を組むとはな……やはり下賎のもの同士、仲良くしてるのがお似合いのようだ」
「うるせぇ! てめぇには以前、貸しがあったよなぁ? それを今返してやるぜ!」
我王は、撫子に向かって飛び掛った。
そこに、催眠術にかかった烏丸と円が襲い掛かる!
「お呼びじゃねぇぜ! てめぇら!」
烏丸と円の攻撃を難なくかわす我王。そして撫子の前まで接近し攻撃を放った。
ズッドドドッドドッ!
我王のパンチが雨アラレのように降り注ぐ! それをマントをひるがえして防御する撫子。
「すげぇ! 我王のスキのない攻撃! 俺でもかわせるかどうか!」
タケルも思わず、我王の攻撃の凄まじさに声を上げた。
「ふん、貴様らのように傷を舐めあう人種など、この地球上では無用の長物。さっさと我に従うなら奴隷として生かしてやるぞ?」
「ふっざけるなぁ!」
ブワッ! ピタッ!
すると撫子は、大空に舞い上がり空中で静止した。
「てめぇ! 降りてきやがれ! ヒキョウだぞ!」
「やれやれ……その低俗さでは、奴隷にする気も失せたわ……茶番は終わりだ」
グゴゴゴ……バチバチ!
撫子の掲げた右手には、邪念のこもった黒い玉が激しく膨張していた。
「な、なんだありゃ!?」
「どういうこった!? なんで撫子が黒い大渦の邪悪なインガを?……よ、よけろ! 我王!」
撫子は、黒い玉を我王目掛けて放った。
「くっ! おおお!」
間一髪! 我王は、撫子の放った邪悪な黒玉をかろうじて避けた。しかし。
グボオゥッ!
「な!……ば、バカなッ!」
タケルは驚いて声を上げた。なんと、撫子の放った黒い玉の先には、ベンの姿があったからだ。
「うっぎゃああオオオンッ!」
その黒い玉をモロに受け、全身が黒い電撃に包まれ苦しむベン。
「うわぁー! 苦しいだぎゃ! 助けてくれだぎゃーっ!」
「ベンーッ! その邪気に取り込まれるんじゃねぇ! 気をしっかり持つんだッ!」
しかし、ベンを包む黒い電撃は、ますます大きくなっていった。
「ふふ、有難く思え。その玉に取り込まれたが最後、己の意思を失くし、欲望のまま破壊を続けるだろう」
「撫子! てめぇよくも!」
「おっと、勘違いしないで欲しい。我はあくまでもきっかけを与えたに過ぎない。その獣人の生粋な欲を増大させてやっただけだからな」
「欲を増大させるだと!?」
「そうだ。はたしてその獣人の欲とは何か、楽しみだな……ふふふ」
バチバチバチ! グモモモ!
「う!……な、なんてこった!」
上空を見上げるタケル。ベンは、黒い玉に取り込まれ、巨大な醜い生物へと変貌していった。
「ウギョオオーーン!」
「こ、こんなことが……みんな逃げろォ!」
皆はその醜い姿に呆気にとられた。そして、巨大生物になったベンは、体中がドロドロの液体で包まれていた。
ベチョオォン!
タケルはポリニャックを抱えて飛び上がり、他の皆はなんとか攻撃をかわした。
「いったいあれはなんだってぇんだ? ボブじぃ!」
「あれは……撫子の操る黒い大渦のインガによって、ベンの心に押さえ込まれていた純粋な気持ちが肥大化してしまったのじゃ!……たぶん」
「そ、そんなことが……だからベンは、またバーストしちまったっていうのか?……くっ!」
ドロドロとした液体のようなものに包まれたベンは、ガルバインをも取り込み、ますます肥大していった。
「あれはまるで……悪化バーストじゃ!」
「あっか……バーストだって? くそ! ベンをもとに戻す方法はねぇのかよ? ジッちゃん!」
「わからん! とにかく武神機で応戦するのじゃ! 生身ではとてもかなわん!」
「わかった、ポリニャックを頼むぜ、我王!」
「ダーリン気をつけて!」
「心配するな、ポリニャック。ベンは俺が必ず助ける!」
タケルは、ポリニャックの頭を優しく撫でると、崖の上から大空へ向かって飛び上がった。
「雷鳴招来! 我とともに破壊の限りを尽くせ!……来い! ヤマトタケル!」
ビィィン……ジャキン……バッシュウ!
タケルの呼び声とともに、ヤマトタケルが起き上がり、タケル目掛けて飛んでいく。
そして、コクピット内でメンタルコネクトを完了させたタケル。
「さて……ヤマトタケルに乗ったのはいいが、どうやって攻撃する? あいつはベンなんだぜ……うわっと!」
悪化バーストしたベンは、正気を保ってはおらず、タケルを敵だと思って攻撃してきた。
いや、言い換えると、純粋な欲望を保っているからこそ、タケルを攻撃してきたのだ。
タケルとの勝負は完敗に終わった。そして、ベンはあらためてタケルという男に惚れ直したのだ。
だが、それでもタケルを超えたい、タケルに勝ちたいという願望が全く消えたわけではない。
黒い玉の邪悪なインガによって、その欲望はさらに肥大化してしまったのだった。
どうやって戦う? タケル!
「あのネバネバした攻撃は捕まるとやっかいだぜ。とにかく弱らせるしかねぇ!」
「ダーリン! 怪物になってもそれはベンだっぴょ! 攻撃しちゃダメだっぴょ!」
「わかってる!……けど、どうやってもとに戻したらいいんだ?」
タケルは、悪化バーストしたベンの背後に回ろうとした。
だが、相手の動きは思ったよりも素早く、ドロドロ攻撃を喰らってしまった。
「しまった油断した! 仮にもあいつはバーストできるインガを持っていやがる……だ、脱出できねぇ!」
必死でもがくヤマトタケルだが、徐々に悪化バーストベンの体内に取り込まれていった。
ドギャオン!
その時、何者かの攻撃がヤマトタケルの付近に当たり、肉片が飛び散ってなんとか脱出できた。
「ふぅ、助かった! それにしても今の攻撃は誰なんだ?」
タケルが辺りを見回すと、そこには見慣れぬ武神機がいた。
「あれは……誰だ? 誰がその武神機に乗っている?」
「俺様だ、タケル。今からアシュギィネまで武神機を取りに行ってたら時間がかかってしょうがねぇ。都合よくそこにガイザックの武神機、ガルバスがあって良かったぜ!」
「我王か! すまねぇ!」
ベンを不意打ちで襲い、一瞬で倒されたガイザック。
だが皮肉にも、武神機で移動していた行動は無駄ではなかったようだ。
「ベンが化物になっちまったのは、あの黒い玉の邪悪なインガのせいだ。だから、もし内部にあの玉があったら、それを潰せばなんとかなるかもしれねぇ」
「いい作戦だなタケル。だが、その玉が本当にあるのかどうかもわからねぇぜ?」
「たしかに……そうだ! ポリニャックのインガで調べてもらえば!」
「そうか! 聞こえているかポリニャック! ベンの体内の黒い玉を探してくれ!」
「すでに調べているだっぴょよ!……んんん……あれ、どこだろう……」
「どうしたポリニャック! やっぱみつからねぇか?」
「ううん、なんとなくベンの体に黒い玉があるのはわかるだっぴょが、それがどこにあるのか……」
「タケル! ハラの下じゃ! ベンのハラの下に黒い玉があるぞい!」
そう叫んだのはボブソンだった。
「ハラの下か……どっちみち内部に突入しねぇといけねぇな」
(それにしても、さっきからポリニャックの様子がヘンだぜ……萌に変装した円のインガにも気付かなかったし、どこか不安定だ……感情が高ぶっているからなのか?)
タケルはポリニャックの不調を感じていた。
「タケル! やるんだろ!」
タケルは我王の声でハッと我にかえった。
「あ、ああ! ヤツの体内へもぐってみるぜ!」
「へっ! てめぇが内部に入るなら協力するぜ。ベンは俺の大切な部下でもあるんだ、てめぇひとりではいかせねぇ! 行くなら一緒だぜ!」
「我王……頼もしいぜ! よし、いくぞ!」
ヤマトタケルと我王の乗った武神機ガルバスは、悪化バーストしたベンの体内に向かって突撃した。
ベチョオォン!
タケルと我王は、悪化バーストベンの体内に自ら取り込まれていった。
「うぐっ! あまりいい気分じゃねぇな! 我王!」
「まったくだ! 内部がウネウネしていて気持ちが悪いぜ!」
「もうちょっとの辛抱だぜ……内部に入ってあの黒い玉さえ破壊すれば、ベンはきっと元に戻るさ!」
「ああ、そうだな……」
その時、我王は思った。
(だがよ、タケル。それで本当にベンが元に戻るという保障はどこにもねぇんだぜ?
おめぇのベンを助けたい気持ちはわかるが、最悪の場合、ベンは助からねぇかもしれねぇ……)
「うおおッ! さぁ! もっと内部まで取り込んでくれ! さっさと黒い玉を破壊してやるぜ!」
タケルと我王はかなり内部まで取り込まれていった。
ジュウウ……
「なんの音だ?……やべぇ! 武神機が溶けてきやがった!」
「なんだと我王? そうか、俺の伝説の武神機よりも、そっちの武神機の方が装甲が薄い……仕方ねぇ、てめぇは今すぐ脱出しやがれ!」
「ふん! どうやって脱出するってんだ? どっちみちあの黒い玉を破壊しなけりゃ出れねぇんだ! このままいくぜ!」
「ああ、だが無理はするな!」
「俺様のことを心配してるヒマあったら、さっさと急ぎやがれ!」
「わ、わかった! 必ずあの黒い玉を破壊して脱出できるようにするからな!」
タケルは、我王の武神機よりもさらにスピードを上げ、内部へと進んでいった。
すると、遥か先に、赤く点滅している大きな黒い玉があった。
「あれか! よぉーし! 俺のインガよ、激しくはじけ……おっと、あぶねぇ! ヘタにインガのパワーを上げるとこっちまで取り込まれちまうかもしれねぇ……ここは、ゼロインガの出番か!」
タケルは、ゼロインガを発動させ、黒い玉めがけて攻撃した。
ズッガガガァン!
見事に攻撃は命中し、黒い玉は跡形もなく破壊された。
「やったぜ! これでベンはもとに戻るハズだ!」
その時、ヤマトタケルの周りの肉片が歪み、そのまま体外へと吐き出された。
悪化バーストしたベンの外へ出たタケルは、同じく吐き出された我王の武神機も確認した。
「よっし! 作戦成功だぜ! みたか撫子、てめぇの汚ねぇ作戦はこれでお終いだ!」
「ふふふ……どうかの?」
しかし、撫子は不適な笑みを浮かべたままだ。
グニャ……グニャ……グニャ……
体をくねらせて苦しむ悪化バーストベンだが、依然、その醜い姿は元に戻っていない。
「……どういうこった?……あの黒い玉を潰せば、ベンは元に戻るんじゃねぇのか!?」
「作戦は失敗だ、タケル……もうベンは……」
「ゆ、言うな我王! まだ、まだ何かあるハズだ! ベンを元に戻す方法が!……なぁ、何か策はないのかジッちゃん!?……おめぇのインガならどうだ、ポリニャック!?」
タケルは、力ない声で皆に答えを求めた。しかし、誰からも返事はなかった。
「くそお! なにか……何かねぇのかよぉーッ!」
タケルの叫びが虚しく響く。このまま何も出来ずに、黙って見守るしかないのだろうか?
「このままじゃダメだっぴょ……なんとかしないと……こうなったらウチがベンの体内に入るだっぴょ!」
「なんじゃとポリニャック! そんな事してどうなるのじゃ? 黒い玉を破壊してもどうにもならなかったんじゃぞ!」
「そうだけど……でも、なんとかなりそうな……ウチがなんとかしないといけないだっぴょ!」
「ポリニャックの不思議なインガに賭けてみる……それもひとつの手かもな」
「バカいってんじゃねぇ、我王! ポリニャックまで取り込まれちまったらどうすんだ!?」
「わからねぇ……だがもう手がねぇんだ! このまま撤退する事もできねぇんだぞ!」
「うぐ!……それはそうだけどよ……」
タケルはポリニャックの顔を見た。
やっと、やっとベンとも和解し、ポリニャックとも一緒にいられるようになったのに。
タケルの気持ちは、例えようのない悔しさでいっぱいだった。
「ダメだ! ポリニャック! おめぇを危険な目にあわせる事はできねぇ! それに……もう誰も失いたくねぇんだよ!」
「ダーリン……」
「くく……相変わらず甘い男だなタケル。そんな事では……」
「うるせぇッ! 撫子ッ! 人の気持ちをもてあそびやがって! てめぇだけは許せねぇッ!」
「ふん、吠えるだけなら犬でもできるぞ……よし、茶番にも見飽きた、このまま幕を降ろすか……」
撫子は、手を上げて指をパチンと鳴らした。すると、烏丸と円が武神機に乗り込んだ。
「くそッ! 総攻撃をかけるってワケか!」
「いや、ちがうぜ我王……撫子の考えている事は、もっとえげつねぇことだぜ!」
「なんだと? どういう……あっ!」
我王の驚きの叫びは、烏丸と円のその行動にあった。
ズボッ! ベチャチャ!
なんと、自らの武神機を、悪化バーストベンに取り込ませて融合したのだった。
本体となる悪化バーストベン。そして左右の腕に、烏丸と円の武神機が融合したのだった。
「とことんシュミが悪いぜ……撫子ってヤツは……吐き気がすらぁ!」
「趣味の良し悪しを他人が口にするものではないと思うがの……まぁ、いささか醜い失敗作になってしまったか? ふふ」
「てめぇ! この!」
撫子に向かって攻撃を繰出そうとするヤマトタケル。だが、烏丸と円を取り込みパワーを上げた悪化バーストベンがそれをいとも簡単に跳ね返すのだった。
「うぐッ! な、なんてぇパワーだ!」
「タケル! ゼロインガでなんとかならねぇのか!?」
「……ゼロインガを使えばなんとか倒せるかもしれねぇ。だけどそれじゃあ、烏丸と円とベンを助けられねぇぜ! くそお!」
「さ……最悪じゃ……タケルの長所がおもいっきり短所になりおったわい……あの撫子という女、えげつない事をしおる!」
「じっちゃん! どうしたらいいだっぴょか?……やっぱりウチが……」
「それだけはダメじゃ! おぬしがいっても何も変わらん!」
しかし、ボブソンは感じていた。
(ポリニャックの不思議なインガをベンの体内で使えば、おそらく何か変化が起こるじゃろう……
じゃが、その反動で、何かとてつもなく恐ろしいことが起こりそうな気がするぞい……
それが何かわからんが、取り返しのつかない絶望へとつながるような予感がするのじゃ……)
はたして、ボブソンの予感とは何なのだろうか?
「撫子様、よろしかったのですか? 烏丸たちを捨て駒にしても」
「よい。所詮、我を裏切った輩だ。いずれ捨てる汚物にすぎん」
「は、はっ!」
(さすがは撫子様! この残虐性に冷酷さ! いずれ世界の統治者になるにふさわしいお方だ!)
理幻は、撫子の態度に敬意を払った。非道を重んじる理幻らしい考え方だった。
もとの仲間に手を出せないでいるタケルにとって、今回はあまりにも惨い戦いとなった。
それを何の躊躇もせず実践してしまう撫子という人物。
彼女こそ本当に統治者となるべき器を兼ね備えているのだろうか?
しかし、こんな非道な行為が、この地球を救うことに繋がるとは思えない。
自分の意思を貫き通したタケルは、このあと、思いもよらぬ行動をとることになる。
「……な、なにをしているんだ!? タケル!」
「へへ……ちょっと、な」
タケルのとった行動。それは、武神機のコクピットから体を外に乗り出し、腕を上げていた。
その腕からは何か液体のようなものが流れていた。それはタケルの血であった。
腕には小刀が刺さり、そこからだらだらと赤い血が流れていた。
タケルの血は、そのまま真下にいる悪化バーストベンに降り注がれた。
「俺の血がヤツの体内に取り込まれれば、ベンのヤロウはきっともとに戻るハズだ……」
「た、タケル……そんなことじゃ……」
「うるせぇッ! わかるさ! 絶対にベンならわかってくれるさ!」
「タケル……」
「俺たちは憎しみ合っている時だって、片時もお互いを意識していた仲なんだ!……だからッ!」
タケルの顔は悲痛に歪んでいた。
それは、腕を切った痛みではない。それは、ベンを元に戻したい強い意志の表れなのだ。
そして、悪化バーストベンの青く淀んだ色が、少し朱色に変わってきた頃、変化が現れた。
「あっ! 何かおかしいだっぴょ!」
ポリニャックの叫びとともに、悪化バーストベンの様子が変わってきたのだった。
「もしかしたら、もとにもどるのかもしれないのう!」
ボブソンも期待を込めて叫んだ。
「よし! いけるかもしれねぇ!……タケル! もうちょっと頑張れ!」
だがしかし、タケルの顔は青ざめ、立っているのもやっとの状態だった。
あまりにも血液を出し過ぎた為だ。
「もうちょっと……もうちょっとだ……それでベンはもとに戻るんだ!」
「ベン! ダーリン! がんばるだっぴょ!」
ポリニャックは悪化バーストベンの足元に近づいた。少しでも近くで声を聞かせたかったからだ。
「ウゴオオ……オゥ!」
明らかに、悪化バーストベンの体内では何かが変化している様子だった。
「ベンー! もう一度みんなで楽しく暮らすだっぴょよー!」
その時、ポリニャックの叫びによって、悪化バーストベンの赤い目の光が消えた。
「やっただっぴょ! ダーリン! やった……」
ドバシュ!
次の瞬間、皆は何が起こったのか理解できなかった。
そこには、ただ、ポリニャックのズタズタに引き裂かれた姿があるだけだった。
「ぽ……ポリニャッーック!」
「ベンを……もとに……もど……して……」
それっきり、ポリニャックのインガは消えてなくなった。
「うおおーッ!」
タケルの雄叫びとともに、ヤマトタケルは光となって悪化バーストベンに向かっていった。
「ベン! 許せ!……もうこれ以上、俺は自分を抑えられねぇ!」
(わかっているだぎゃ、アニキ……)
すると、悪化バーストベンの体内からベンの姿が見えた。
それは姿というよりもベンのインガのカタチだった。
「俺は……俺はおまえを倒すッ!」
(そうして欲しいだぎゃ……オラは邪悪なインガに乗っ取られてどうしようもないだぎゃ……)
「ベン!……許せッ!」
(何を言っているだぎゃ……謝るのはオラのほうだぎゃ……
アニキの強さに嫉妬して、つまらない意地を張ってしまっただぎゃ……
そしてポリニャックも傷つける結果になってしまっただぎゃ……)
「うああああッ! ベン!」
さらに加速し、悪化バーストベンの体内へと向かっていくヤマトタケル。
それは一瞬の出来事だったが、その一瞬のあいだで、ふたりは言葉を交し合ったのだった。
(さよならアニキ……ほんとうに楽しかっただぎゃ……オラはアニキのことが……)
「おおおおおッ!」
(ポリニャックを……たのむ……だぎゃ……)
ズバババババッ!
ヤマトタケルの剣は、悪化バーストベンの体を縦に真っ二つに切り裂いた。
そして、その醜い体は崩れ、液体となって流れていった。
「くぅー……うおおおお!」
そして、それは、タケルの涙とともに。
しばらくの間、誰もが口を開くことはできなかった。
あまりにも悲しい結末に、誰もが言葉を失っていたのだから。
そう、あるひとりを除いて。
「ふん、つまらん。この程度だったのか、ヤツのインガは……」
撫子の吐き捨てた言葉に、項垂れていたタケルが反応する。
「なん……だと……コノヤローッ!」
「相変わらず、己を管理できない未熟な男だな……だが、まぁいい。もうひとつ面白い事が見れそうだからな……では、さらばだ! いくぞ、理幻」
「はっ!」
「ま、待ちやがれーッ!」
「そうだ、ひとつだけ教えてやろう。これで瑠璃玉はすべて揃う。時は来たのだ」
「瑠璃玉が揃うじゃと?……どういうことじゃ……」
ボブソンは首を傾げた。
そして、撫子と理幻はこの場を去っていった。謎の言葉と行き場のない悲しみを残したまま。
「……」
タケルは言葉なく、ただ黙ってうつむいていた。
「おぬしはよくやった……ベンのことはどうしようもなかったんじゃ……それよりも早くポリニャックを治療してやらないとな……」
「よし、それなら俺にまかせろ」
我王は、悪化バーストベンの体液に流されていたポリニャックを回収した。
ポリニャックは全身傷だらけで気絶している状態だった。
「こんな子供に、ベンの死を知らせるのは少し気が引けるぜ……できればずっと眠っていた方が幸せかもしれないな……」
我王は、抱きかかえたポリニャックの顔を見てそう呟いた。
「死ん……だの……?」
「お、気が付いたのかポリニャック」
「ねぇ……死んだの?」
「あ……ああ、残念ながら、な。でもタケルはしっかりやってくれたんだ、だから……」
「そうかぁ、死んじゃったんだ……死んだのかぁ……」
「ポリニャック……そう何度も死んだって言うなよ……俺も辛いからよ……」
「じゃあ、死ね!」
ズボシュッ!
「ぐっぎゃあああッ!?」
突如、我王の叫び声が響く。
その先には皆の目を疑うような、驚愕の光景が待ち構えていたのだった。
我王の腹は突き破られ、そこからおびただしい量の出血が溢れ出ていた。
そして、我王を貫いていたのは、ポリニャックの腕であった。
絶命する我王の腹から腕を引き抜くと、ポリニャックは笑いながら皆に背を向けた。
「やっと誕生することができたわ……」
ゆっくりと両腕を上げ、拳を握り締めるポリニャック。
そして、その体はみるみると別人のように変化していった。
「お、おまえは誰じゃ!」
「わたし……わたしの名は……」
振り返ったその姿。そしてたまらなく嬉しそうに吊り上った口からはこう答えが返った。
「わたしはポリニャック!」、と。
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