第36話 越える力


あなたは覚えているだろうか?

突然、私の心に雄叫びを上げながら猛進して来たあの時

突然、幾多の戦鬼を嘲笑いながら蹴散らし平伏させたあの時

突然、野獣のような眼が赤子のような眩しさを発したあの時


そのどれもが、鮮烈であり新鮮であった、あなた

あなたの優しさがあなたの強さか

あなたの強さがあなたの優しさか

追いつく事のできないもどかしさに、何度、砂を噛んだことか

そう、あなたは…



 第三十六話 『越える力』



 タケルを倒すため、執念に燃えるベン。

ベンの武神機ガルバインは、黒い大渦の禍々しさを抑え込みバーストした。

その圧倒的な力の前に、タケルのインガは容易く揉み消されてしまうのだった。

もう、タケルは、ここにはいない。


「勝った! オラはタケルに勝っただぎゃ! ウオオオーン!」

絶叫に近い雄叫びを上げるベン。その歓喜の声は壮絶だった。

「よくやったのぉ、ベン…おまえはもう、ワシを完全に越えおったわい、ふぉふぉ!」

ボブソンは嬉しそうに笑った。それは、弟子の成長を喜んでいる笑いだった。

「これでもうおしまいだな、タケルも、餓狼乱も…結局、強いものが生き残る…それが生命の理か…」

我王は呟く。そして、その顔はどこか寂しげだった。


「ば、バカな…タケルが負けるなんて…これをどう信じろっていうのさ!?」

「た、タケルさんのインガが微塵も感じられません…これでは…」

「タケルが死んだってのかい? うそだろ!」

紅薔薇はシャルルの胸倉をつかんだ。

「ぼ、ボクだって信じられませんよ…あのタケルさんが死んだなんて…うぅ…」

紅薔薇から目を逸らすシャルル。その目からは涙がこぼれた。

そして、オパールもネパールもザクロも銀杏も。みんな誰もがタケルの死を受け止められなかった。

「間違いだよ! そんなことあるわけない!」

「そ、そんな…あの古の勇者が負けるだなんて!」

マリューとコロサスも悲しい声で叫んだ。

「タケルー!」

身動きひとつしないヤマトタケルに、皆が走って集まる。

コクピットには、冷たくなって息ひとつしていないタケルがいた。

「死んでる場合じゃないよ! あんたがやらなきゃ、この地球はどうなっちまうのさ!?」

「そうですよ! いつものようにリーダーになって命令して下さいよ!」

「お、起きろッ! 起きろー!」

マリューは、タケルの頬を何度も引っぱたいた。

しかし、タケルは何も言わなかった。言う事ができなかった。

それを止めさせようとする紅薔薇、何度も顔を覗きこむシャルル。

皆の涙でタケルの顔はびしょびしょに濡れていた。

この涙こそ、この男の人望が厚い証拠であった。

それだけ、タケルという存在の大きさを、皆は改めて痛感したのだった。


 その様を見詰めるベンの心境は複雑だった。

「う…なんだぎゃ? やっとタケルに勝ったというのに、なんでこんなに虚しいだぎゃ…」

ベンのガルバインはバーストを解き、もとの大きさに戻っていった。

「あぁ! ベンのやつは、何で餓狼乱を殺らないのだ!?」

「そうよん! 今がチャンスなのにぃ!」

「黙っていろ、ハイネロア、ミリョーネ…」

「し、しかし!」

「あいつはタケルとの勝負には勝った…だが、全て勝ったという実感がないんだろうよ…」

「ど、どういうことなのですか? 我王様」

「それは、今のベンにしかわからねぇことだ…さぁ、引き上げるぞ」

「我王さま! この優勢な状況を見過ごすというのですか? せっかく…」

「じゃあ、おまえがひとりで行け。俺はこの場を引くぜ」

「そ、そんな、我王様…」


 何故、我王はこのチャンスに餓狼乱を一気に叩き潰さないのだろうか?

その様子を、黙って見守るボブソンとポリニャックは、我王の気持ちを解っていたのだろう。

(ダーリン…バカな…ダーリン…だっぴょ…)

ポリニャックは、タケルとの楽しかった事を思い返していた。

そして肩をふるふると震わせながらもグッと堪えた。今は敵の死を悲しむ立場ではないのだ。

ボブソンは、そんなポリニャックを気遣い、肩に手をそっと置いた。

「ふぇぐっ!」

ポリニャックは堪えきれなくなり、ボブソンの胸に抱きついた。

(ムリもない…こんな小さな子供にはキツ過ぎるわい…)

ボブソンは、その居た堪れない小さな思いを、ただ受けとめてやるしかなかった。

「けして癒せない傷じゃ…」

「さてと…」

我王はボブソンの顔から目を背けると、アシュギィネ出航の合図を出した。

こうして、例えようのない悲しみを代償に、追憶の淵での戦いは終わったのだった。



 そして。

餓狼乱一行は、追憶の淵を離れ、コロサスの先導によって場所を移動させていた。

そこは以前、科学者たちによる研究所の跡地であり、そこで、戦武艦の修理を行なうことになった。

しかし、船の修復は行なえても、皆の心の傷は癒えることはないだろう。

その夜。

タケルの亡き骸を埋葬しようと皆が集まった。雨の降る中での肌寒いお葬式だった。

白木の棺桶の中で眠るタケルの表情は、とても無念そうに見えた。

皆は涙と雨に濡れながら、タケルとの最後の別れをしていた。

「タケル…おまえとはケンカばかりだったが、今はそれが楽しかったと思うぞ…」

オパールは引きつった顔でそう言った。

「タケルさん…あなたの意思はけして無駄にしません…どうか安らかにお眠りください…」

ネパールは涙を流して手を合わせた。

「タケルさぁん! イヤですよ! ボクをおいてかないでくださぁい!」

ザクロは取り乱して叫んだ。

「タケル…あんたはすごい男だよ、きっと世界を変えてくれるに違いないと思っていたよ…それなのに…なんであんたは死んでしまうんだよ!? まだやることいっぱいあるだろう!?」

紅薔薇はタケルにしがみついたまま号泣していた。

「タケル…あんたの仇はあたしがとるよ。キリリさんの分も…!」

マリューは震える唇をキュッと噛みながら誓った。

そして、餓狼乱の連中も、砂の盗賊の連中も、みんながタケルとキリリの死を悲しんだ。

悲しんで、悲しんで、悲しみ尽くしても、後から悲しみは涌いてくるのだった。

タケルの棺桶の前に、ひとりの人物が立ち尽くしていた。それはシャルルだった。

タケルとは、昔から長いあいだ一緒に過ごしてきた仲間だった。

だから、シャルルの悲しみは相当なものなのだろう。

きっと、みんな以上に、悲しみを胸に感じているのだろう。そうだれもが思った。

ところが、シャルルのとった行動とは、以外にも。


 バッガァン!


 悲しみにうな垂れている皆が、驚いて顔を上げた。

そこには、タケルの棺桶を蹴っ飛ばすシャルルがいた。

「な、何をするんだいシャルル!? やめないか!」

ドガシ! バガシャン!

しかし、シャルルは紅薔薇の言うことを聞かずに棺桶を蹴り続けた。

「およしって言ったろ!」

バシッ!

紅薔薇はシャルルの頬を思いっきり引っぱたいた。赤く染まるシャルルの頬。

「…みなさん何してるんですか? こんなところで?」

シャルルは冷静な口調で皆の顔を見渡した。

「何って…タケルさんを弔っているんですよ…」

「だまれ!」

「ひっ!?」

ネパールは、シャルルの怒鳴り声に驚いた。いや、驚いたのはそこにいる全員だった。

「いいですか? 今は死んだ人間の葬式をしている場合じゃないんです! こうしている間にも、獣人族もヤマトもそして黒い大渦も! どんどん勢力を拡大しているんです!」

「そ、そりゃわかるけどさ…でも今は…」

「甘いですよ! こんなことしてタケルさんが喜ぶとでも思っているんですか!? それよりも、この地球を復活させる為に、時間を無駄なく有意義に使うことが重要なんです!」

「ちょ、ちょっとお待ちよ、シャルル。あんたの言うことも分かるけどさ、いくらなんでも…」

「さぁさぁ、こんなくだらないことはやめて作業にもどってください。やることはいくらでもあるんですからね!」

シャルルは、タケルの入った棺桶を、ホバートラックに載せようとした。

「ちょっと、何するんだい! まだタケルとの別れが済んでいないじゃないか!」

「そんなものは必要ありません。ボクがちゃんと埋葬しておきますから」

「か、勝手言ってるんじゃないよ! 子供のくせに!」

「はなすんだ!」

ボウッ! ドガン!

シャルルのインガの波動が、皆の目の前で爆発した。

紅薔薇は驚き立ち尽くす。

「タケルさんが死んでリーダーがいなくなりました。本来、ボクがそれを受け継ぐのが道理ですが、ボクにはまだやることがあります。その間、紅薔薇さんがみんなをまとめて下さい」

シャルルは、そう言ってホバートラックを発進させた。

「待ちなって言っているだろ! この…!」

紅薔薇は炎のインガを使おうとしたが、その手を掴んで止めたのはマリューだった。

「あの子の言う通りだよ。わたしらはタケルの意志を継いでいかなくちゃならない。もう泣いているヒマなんかないんだ」

「う…そりゃそうだけど…でも、こんな大きな悲しみをどうやって止めればいいんだよ!?」

紅薔薇は涙を溢れさせて咽び泣いた。

皆もそれを見て抑えがきかなくなり大きく泣いた。

ある、雨の降る寒い夜だった。



 そして、こちらは獣人族の戦武艦アシュギィネ。

「それではヤマトの光明攻略について作戦を立てます。まず、その戦力の分析ですが…」

艦内作戦会議室では、ハイネロアを筆頭に、ヤマト侵攻作戦の会議が行なわれていた。

「サクシオンや追憶の淵の民の戦力は、今の我が軍にとって恐れるに足りません。いまこそ、ヤマトとの決着をつけるチャンスなのです。そうですよね、我王様?」

「ん…ああ…そうだなぁ」

我王はハナクソをほじりながら上の空だった。

「が、我王様! 獣人族の長がそれでは困ります…ボブソン様からも何か一言お願いします!」

「うむ、そうじゃのぅ…まぁ、テキトーにやればよいじゃろ」

「ぼ、ボブソン様まで…くぅ~、ベン! キサマは何か良い作戦はないのか!?」

部屋の隅には、机に足を投げ出したベンが座っていた。

「…」

しかし返事はない。

「ベン! キサマ、聞いているのか!?」

「うるせぇだぎゃ…」

「な、なんだと! タケルを殺ったからといって調子に乗るんじゃないぞ!」

「調子にのる?…だれが調子に乗っているだぎゃ…」

ベンは、ハイネロアをギロリと睨み付けた。その目つきはナイフのように尖っていた。

「う…と、とにかく何か作戦を立てないと! そ、そうだ、ベンなら何か良い案でもあるんじゃないか? あのタケルを殺っただけの男なのだからなぁ?」

「そんなの考えるまでもないだぎゃ…」

「ほう、では、その作戦を説明してもらいましょうか」

ベンはハイネロアの前まで来ると、顔を思い切り近づけた。

「てめぇで考えろだぎゃ…」

「なっ!…」

ベンの鋭い睨みの前に、ハイネロアは震えてしまい何も言えなかった。

それも当然だった。タケルを倒すほどのインガを持つ男に、ハイネロアは逆立ちしても勝てない。

ベンは立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまった。

「が、我王様! よいのですか!? ベンのあの態度をほっておいて!」

「いいんじゃねぇか、どっちでもよ。作戦はおめぇが好きにやればいい」

「そ、そんな…」

宿敵タケルを倒し、餓狼乱を潰す絶好の機会であるのだが、我王もベンも、気の抜けた状態になってしまっていた。


 ガチャン!

ここは、戦武艦アシュギィネの給湯室。

「あぁ、またやってしまっただっぴょ…」

ポリニャックは落として割った皿を片付けていた。ベンと同じで、どこか気が抜けているようだ。

「いたいっぴょっ!」

ポリニャックの指が切れ、そこから赤い血がにじむ。

(ダーリン…最悪の結果になってしまっただっぴょね…

でも、これも仕方がないのかもしれないだっぴょ。ダーリンは人間で、ウチは獣人。

はじめからこうなるのは、わかっていたのかもしれないだっぴょ…)

キイィィン…キイィィン…

「なんだっぴょ、この耳鳴りは?…あ、頭が痛いだっぴょ!」

突如、ポリニャックの頭に響くように、不快な音が聞こえてきた。

「あああ!…やめてだっぴょ!…この変な音をやめてだっぴょー!」

グギギ…グギギギギ…

「いやあぁー!」

壁にはポリニャックを覆う不審な影が映し出される。

それは一体何なのだろうか?


 一方、こちらは雨の中をたたずむベン。

「ん、今ポリニャックのインガを感じたようだぎゃ…」

アシュギィネから降りたベンは、雨の降る中を目的もなく歩いていた。辺りを見渡すベン。

「…気のせいだぎゃか…誰もいないだぎゃ」

ベンの体は雨でびっしょりと濡れていた。だが、ベンにとってはどうでも良いのだった。

むしろ、雨に打たれることで、気をそちらに紛らわせる事ができるので都合が良かった。

「なんだぎゃ…この憂鬱な気分は…オラはタケルを倒したっていうのに…」


 ベンは実際に戸惑っていた。

目標であったタケルを打ち負かしたというのに、ベンの心は一行に晴れない。

それどころか、ますます黒い曇に心が覆われてしまっていた。

でも、ベンはわかっていた。自分で気が付いていた。

ベンは、人間を恨みタケルを恨んでいだが、そんな事はもうどうでも良かった。

人の心に感動を与え、どんなに冷え切った心でも溶かしてしまう温かさ。

それは人望というスキル。すなわち、タケルの人間性に嫉妬しているのだった。

タケルを越えたいという願いが、ベンにとってタケルと戦う理由だった。

しかし、タケルとインガの勝負をし、打ち負かす事が全てではなかった。

タケルのように、皆を惹き付ける人望を得たかったのだ。

人より優れた戦闘力を持つことが、絶対的な強さではないことを知った。

だからベンは、思いも寄らない気持ちに戸惑っているのだった。

「強さとはなんだぎゃ?…強いから一体どうなるってんだぎゃ?…」

降りしきる雨は、ベンをますます冷たく濡らしていった。

ベンは空を仰ぎ天を睨む。そして大粒の雨に向かって叫んだ。

「いったいこの気持ちはどうしたらいいだぎゃーっ!」

しかし、空は何も答えずに、ただ意地悪く冷たい水を落とすだけだった。


 それを見守るボブソン。

「ベンよ、気が付いたようじゃの…昔ワシが絶対的な強さを得た時、ワシのまわりには心から信用できる仲間がいなくなったのじゃ…強さとは孤独、孤独とは弱さ…それに気づいたワシは、もうそれ以上、強くなることを願わなくなったのじゃよ…」

ベンは、無我夢中で見えない敵に向かって拳を振るっていた。

「本当の強さ…その答えは、おぬしが倒したタケルの中にあったかもしれんの…」


 こちらは再び、戦武艦アシュギィネの中。

「う、うわぁー! 我王様! 大変です!」

「どうした? 便所でも詰まったのか?」

我王は無気力に答えた。

「い、いえ…こ、殺されたんです!」

「何だと?」

獣人の部下の叫びで駆けつけると、そこにはミリョーネの死体があった。

「ここはポリニャックの部屋ですね…まさかおまえが殺ったというのか?」

ハイネロアの問いの前には、ただ震えているポリニャックがいるだけだった。

「う、ウチは知らないだっぴょ!」

「ふん、そうだな。ミリョーネほどの使い手が、おまえなんぞに殺られる訳がない」

ハイネロアは、部屋を見渡し、そしてまたポリニャックに目を向けた。

「だがッ!」

ハイネロアがポリニャックの腕を掴むと、そこには血痕がついていたのだった。

「これはなんだと言うのだ? ポリニャック!」

「知らないだっぴょ! お皿を割ったら気絶しちゃったみたいで…気がついたらこうなっていただっぴょー!」

「気がついたらだと? いったいここで何をしていたんだ!?」

「い、いたいだっぴょー!」

ハイネロアに耳を掴み上げられ、バタバタともがくポリニャック。

「おい、はなしてやれ」

「し、しかし我王様!」

「どうせポリニャックのことだ、パスタのケチャップがついただけだろ」

「しかし、この匂いは血です! それもミリョーネの!」

「いいから黙ってろ、それとも俺に逆らうってのか?」

「い、いえ…申し訳ありません我王様。必ず犯人を捕まえますのでどうかお許しを!」


 我王は考える。

(たしかにポリニャックの手についていたのはミリョーネの血だった…

みんなは気づいていねぇが、ポリニャックのインガはミリョーネを越えるまでに成長していた。

単純に攻撃力だけじゃ比べられねぇけどな…

だが、俺がさっき感じた殺気のあるインガは、明らかにポリニャックとは別人だった。

まさか、誰かがこの艦に潜入したって言うのか? 

わからねぇ…まさか、あいつが生き返ったってぇのか?…なんだ、この胸騒ぎは…)

我王は不吉な予感を胸に秘めた。

「へん、んなことあるワケねぇか! とにかく艦のハッチを全て閉じろ。換気扇も排水口も全てだ。アリ一匹この艦から逃がすんじゃねぇ!」

「あ、あの…我王さま…」

「どうしたッ!?」

「レーダーに反応あり、これは我が軍の機体ではありません」

「なんだと? 妙だな…このタイミングで仕掛けてくるなんて、まさかヤマトか? で、数は?」

「そ、それが…一機だけなんです」

「一機だと? バカな! 間違いねぇのか?」

「は、はい…それも機体を確認したところ、どうやら…その…」

「どうした? いいから、さっさと言いやがれ!」

「はいッ! その機体は、ヤマトタケルに間違いありませんッ!」

「な、なんだと!?…伝説の武神機を操れるのはタケル以外にいねぇ…まさかッ! ヤツは死んでなかったのか!?」


 しかし、現実にヤマトタケルは、戦武艦アシュギィネに向かっていた。

それも、肉眼で確認できるほど接近して来たので間違いは無い。

タケルが死んでしまった今、これに搭乗しているのは何者なのだろうか?

タケルの幽霊なのか、それとも無念の一念が、ヤマトタケルを動かしているのだろうか?


「とにかく出撃だ! 一機とは言え伝説の武神機だ、ナメてかかるんじゃねぇぞ!」

「はッ!」

戦武艦アシュギィネから、獣人族の量産型武神機が出射されていった。

(どういうことだ?…伝説の武神機に乗れるのは、瑠璃玉の意思によって承認された者だけだぜ…だが、考えるられる可能性がひとつだけあるが…まさかそれが…)

我王の考える、ひとつの可能性とは何か?それは、これからの戦いによって明かされることになる。


「ヤマトタケル確認! これより攻撃に移ります!…うわぁ!」

ボゴォン! ドギャ! ズバシュッ!

ヤマトタケルは、容赦なく攻撃を繰出し、ヤマトの武神機は次々にやられていった。

その鬼神の如き強さは、正に伝説の武神機であった。

「うわあぁっ! たっ、タケルの幽霊だぁ!」

「ひいっ! 逃げろぉ!」

獣人族たちは、その強さに恐れをなして逃げていった。その様子を艦のブリッジから見る我王。

「間違いなくあの強さはヤマトタケルだ…だが、どこか違う、どこかおかしい…」

「たしかにのぅ、タケルであってタケルでないようなインガが感じられるのじゃ」

「ボブじいも感じるか…よし、俺が出る! 伝説の武神機、初見参だぜ!」

「いや、待つのじゃ。おぬしが出るほどでもないじゃろう」

「でもよ、俺もいいかげん伝説の武神機で暴れたいぜ。何で待つ必要があるんだよ?」

「何か嫌な気がするのじゃ…これは予感のようなものじゃがな…」

「ボブじぃまでポリニャックみてぇに予言するのか?」

「そうではないが…ん? ヤマトタケルの妙なインガに、気づいたヤツがおるな」

我王は目を閉じ、インガを探った。

「このインガはベンか…ヤツに任せてみるか。とことん、タケルと決着つけたがっているみてぇだからな」

「いや、この戦いは、見るに耐えないものになりそうじゃ…なぜか、そう感じるのじゃよ」

「…ヘン! とにかくだ、こちとらゆっくりと見物させてもらうぜ!」


 ヤマトタケルの妙なインガに気づいたベンは、アシュギィネに戻りガルバインに乗り込んだ。

「このインガはタケルじゃないだぎゃ! でも、どこか似ている…それをオラがつきとめてやるだぎゃ!」

ヤマトタケルに高速接近するベンのガルバイン。ヤマトタケルはそれに気づいたようだ。

空中で対峙するお互いの機体。

「誰だぎゃ! それに乗っているのはタケルじゃないだぎゃな! 正体をみせるだぎゃ!」

ガッギャン!

獣人形態に変形したガルバインは、突き出したキバでヤマトタケルを攻撃した。

「!!…」

ヤマトタケルは体制を崩しながらも、地面に着地した。

「手応えありだぎゃ…今の接触で確信しただぎゃ、間違いなくタケルじゃないだぎゃ!」


 ボブソンは、ベンの戦いをインガで察知していた。

「どうやらベンは、あれに乗っておるのが、タケルじゃないと言っているようじゃ…」

「じゃあ誰なんだよ? ベン聞こえるか? ヤマトタケルに乗っているのは誰だ!」


 ベンは我王のインガに答える。

「お待ちくださいだぎゃ我王様…オラが絶対に正体をあばいてやるだぎゃ! ウオオンッ!」

ガォン! ガォン!

ベンの執拗な攻撃がヤマトタケルを襲う。

「おまえがタケルだろうと誰だろうと、何べんでも叩き潰してやるだぎゃよ!」

「!…ッ」

「うん? 今インガを感じただぎゃ! おまえは…女だぎゃね!」


 我王は驚く。

「おんな…だってぇのか、ベン? ヤマトタケルに乗っているのは女だと? 一体誰が…」

「むぅ~、タケルに妹がいたとは聞いとらんぞ」

「アホか! そんな事あるわけねぇだろ、ボブじぃ! もしだぜ、可能性があるとするならば…」

我王はニヤリと笑った。

「正体がわかったのか? 我王よ」

「俺の読みに間違いなければだが…よし、ベン! もっと痛めつけるんだ! そして燻りだしてやれ!」

「いぶりだすじゃと? どういうことじゃ?」

「まぁ見てな、今にたまらなくなって出てくるだろうよ」

どうやら我王には正体が掴めてきたようだ。はたして、その正体とは一体?


ドガガッ! ズガガガッ!

ベンのガルバインの猛攻は尚も続く。

「どうだぎゃ女! なんでおめぇがそれに乗っているのか知らないが、これをかわせるだぎゃか!」

ガルバインは空中に高く飛び上がり、ヤマトタケルの上に覆い被さった。

そして、伸びた両手のツメでヤマトタケルの腕の自由を奪った。

「このまま噛み殺してやるだぎゃ!」

今にもガルバインのキバが、ヤマトタケルの顔に噛みつこうとしている! ピンチ!

グググギギ…!

それを押し退けようと、ヤマトタケルはパワーを上げる。

「くふふ、ムダだぎゃ! そんなことでオラのインガを止める事は出来ないだぎゃーッ!」

バリバリバリ!

圧倒的にベンのインガが膨れ上がる!

「うぐぐぐ…!」

「聞こえるだぎゃよ、女。おめぇの苦しむ声が」

「う…ぐおおぉッ! どけ…邪魔をするなッ!」

「ほう、やっと声を出しただぎゃな。だが、オラに命令するなだぎゃーッ!」

バババババッ!

弾け合う両者のインガとインガ。だが、先に力尽きたのは、ヤマトタケルの方だった。

ぐったりと地面に横たわるヤマトタケル。全身が焦げたように茶色の煙が上がっている。

パワワワ…ドサリ…

そして。

ヤマトタケルのコクピットから、強制的に排出されてしまったパイロット。

それは、全身が酷い火傷に覆われていたマリューであった。

「だれだぎゃ、この女は? どうしてこの女がヤマトタケルに乗っているだぎゃ?」


 ベンは知らなかった。この少女こそが、古のタケルの子孫であることを。

どうやらマリューには、タケルのインガが色濃く受け継がれていたらしく、それでなんとかヤマトタケルを操縦することが出来たようだ。だが、その代償は重く、ヤマトタケルの拒否反応から、コクピット内部では火傷するような電熱が発生していたのだろう。それを我慢して操縦したマリューこそ、まさに古のタケルの意志を継ぐ者と承認されたのかもしれない。それとも、タケルとは別人と知りながらも戦渦に誘ったのは、邪神竜アドリエルの性格が凶暴かつ残忍だったからかもしれない。


ベンはマリューの姿を見下した。

「聞いたことがあるだぎゃ。サクシオンというヤツらの中に、タケルの子孫がいることを…でも、かなりムリをしていたようだぎゃね」

「うう…くそ…」

ベンは、ヤマトタケルの傍らにうずくまるマリューを見下した。

「我王さま! これで確信しただぎゃ、タケルは間違いなく死んだだぎゃ! この女がムリしてヤマトタケルに乗り込んでいたのが、何よりの証拠だぎゃ!」


「そうだったのか…乗っていたのはタケルの子孫だったのか…」

「タケルの意思を次いだ凄まじいまでの執念じゃな。やはり侮れんのぅ、タケルという男は」

「ああ、同感だ。あいつは死んでもなお、形を変えて俺たちに歯向かってきやがる!」

我王とボブソンは、あらためてタケルという男の強大さを感じた。


その言葉を聞いてベンは思った。

(…ふん、我王さまは何を言っているだぎゃ?

タケルを倒したのはオラだぎゃ、そしてタケルの子孫を倒したのもオラだぎゃ!

だからオラのほうが強い…それなのに、いつまでも何をそんなに恐れているだぎゃ!)


 ドグォンッ!

その時、ガルバインの背中に、何者かの攻撃が当たった。

ゆっくりと振り返るベン。そこには紅薔薇の乗る秋桜紅蓮(コスモスグレン)がいた。

「ほぅ…ベニバラのアネキだぎゃか…しょうこりもなく、オラにやられに来ただぎゃか?」

「そこをどきな、ベン! マリューにもしものことがあったら承知しないよ!」

「マリュー? この女のことだぎゃか? 残念だっただぎゃ、この女はもう虫の息だぎゃ」

紅薔薇の目には、傷ついたマリューの姿が入った。

「おのれ! ベン! 許さないよっ!」

「どう許さないだぎゃか? 最初に言っておくだぎゃ。オラはタケルを倒すだけの力を持っているだぎゃよ」

「それがどうしたって言うんだい!」

「ニブイだぎゃね…だから…オラに敵うヤツは…誰もいないだぎゃーッ!」

ガルバインは人型形態になって飛び上がり、強烈なパンチを繰出した。

それをかろうじて避けたコスモスグレンは、反撃の体制に移った。

インガの炎、二十四点同時発火攻撃! 完全なまでにガルバインの死角を奪った。

「その薄汚れた心、シッポまで燃え尽してやるよ! くらえっ!」

ボボボボボ! ボッゴォンッ!…ゴゴゴゴォ!

紅薔薇のインガは、間違いなくベンのガルバインを灼熱の炎で包んだ。しかし。

その炎は瞬く間に縮まっていき、ガルバインの指先に小さくなって集まった。

「そ、そんな…あの炎を抑えるなんて…」

「タケルに聞いていなかっただぎゃか? オラの修行した『閉ざされし死の門』は、吐く息も凍るほどの極寒地獄だったんだぎゃ。だからこんな炎、オラにとっては暖かいだけだぎゃよ。あー、ぬくい、ぬくい」

「ばっ、バカにして!…はっ!」

ズアボゥッ! ボオオン!

ベンに挑発されて気を抜いた瞬間、ガルバインの放った炎がコスモスグレンを直撃した。

「ちぃ!…油断…した!」

「スキを突かれたと言うだぎゃ!」

落下するコスモスグレンに合わせ、ガルバインも急降下しながら接近。そして、腕に装備されている鋭いツメを光らせた。必死に振り切ろうとするコスモスグレン。だが!

「し、しまった!」

「これで終わりだぎゃ! アネゴ!」

思わず目を閉じる紅薔薇。しかし、ベンの攻撃はこなかった。どうしたというのだろうか?

「ん?…あっ!」

その時、紅薔薇の目に映ったのは、ガルバインがある武神機に羽交い絞めにされている姿だった。

その武神機とは。

「春紫苑(ハルジョオン)…銀杏!」

なんと、疲労によって寝たきりの銀杏が、マリューと紅薔薇を追って出撃していたのだった。

「ど、どうして銀杏が…あんたは寝ていたハズじゃなかったのかい!?」

「えへ☆…ネムネムは飽きちゃったんだよーん☆」

「あ、あんたは、もう!」

以前、同じ部隊である白狐隊の銀杏が、自分を助けてくれたことに紅薔薇はたまらなく嬉しかった。

「ほぅ、おめぇもオラの邪魔をするだぎゃか、銀杏?」

「へへ☆…ひさしぶりだねぇ、オオカミさん☆でも、紅薔薇はやらせないよーだ☆」

「ぷふっ、面白い冗談だぎゃ。さぁ、子供はさっさとオネンネ、いや、ネムネムしてるだぎゃよ!」

ガキッ! ガッゴォン!

間接をするりと外し、ハルジョオンの絞めから抜け出たガルバインは、そのまま肘鉄を喰らわせた。

「うあっ☆いたた…☆」

銀杏の目が霞み、ベンのガルバインがぼやけて見えた。

無理もない、疲労した銀杏の体では、戦闘を行えるほどの体力は残っていないのだから。

それでも、マリューと紅薔薇のピンチに駆けつけたのは、銀杏の予知能力だったのかもしれない。

「もうおよし! 下がっているんだよ、銀杏!」

紅薔薇は必死に叫ぶ。

「はぁ、はぁ☆…もうすぐ、とんでもないことが起きちゃうんだよ☆・…銀杏が止めなくちゃならないの☆…」

「とんでもないことだって?…何を言ってんだい!?」

「わからないよ☆…でも、とっても悲しいことが起きそうなんだよ☆! 銀杏はそれがイヤなんだよ☆!」

「…銀杏…」

銀杏の迫力に、思わず紅薔薇は押されてしまった。


「思い出すだぎゃね、オラがまだ臆病だったあの頃…サエナ遺跡での銀杏の戦いに、オラは恐怖したもんだぎゃよ」

「…はぁ☆、はぁ☆…」

「ところが、今はまったくの逆だぎゃよ。今はおめぇの方が恐怖しているだぎゃね…くくく、まったくオモシロイもんだぎゃね、人生ってのは!」

ブオワッ! ガギャン!

「う、うあぁ☆!」

ガルバインのパワーの前には、銀杏のハルジョオンは敵ではなかった。

「助太刀するよ! 銀杏!」

そこに、紅薔薇のコスモスグレンも乱入し、紅薔薇、銀杏vsベンの構図となった。

「けけけ! 白狐隊が二人もそろってこの程度だぎゃか!? 弱い! 弱すぎるだぎゃ!」

「このお…調子に乗って…うぅ! ベンのスピードに速くて追いつけない…!」

「きゃあぁ☆!」

「どうしただぎゃ!? もうこれまでだぎゃか? ふたりまとめてタケルのもとへ送ってやるだぎゃ!」

「させないッ!」

ボッゴォン!

「またっ? 何だぎゃ!?」

ガルバインの背後には、マリューのヤマトタケルが剣をヨーヨーのように飛ばして攻撃していた。

「許さない! タケルをやったヤツは絶対に許さない! うおおッ!」

ヤマトタケルの拒否反応をインガで堪えながら、マリューは電熱に耐えた。

その鬼気迫る攻撃に、ベンのガルバインの動きが封じられた。

「いまよ!」

「よ、よし!いくよ銀杏!」

「う、うん☆!」

マリューによって動きを止められたベンに、紅薔薇と銀杏の複合攻撃が繰出される。

「ふん! こんなのオラには通用しないだぎゃよ!」

目の前の強大な炎のインガを、正面から受け止めようとするガルバイン。しかし!

キュイィン…ボッゴォン!

「うごぉ! な、なんだぎゃー!?」

正面からだと思われた攻撃だが、銀杏の空間移動によって真後ろから出現した炎に、ガルバインは攻撃を喰らってしまった。

「これでキメる!」

ズババッ!

そしてヤマトタケルの一刀両断! ベンのガルバインは大きなダメージを負った。

「あの世でタケルに詫びな!」

そして、紅薔薇の追い討ち攻撃を受け、ガルバインはそのまま地面に落下していった。

「はぁ☆…はぁ☆…や、やったよ!」

「ああ、あんたのおかげだよ、銀杏」

「へへ…☆」

「それにしても無茶をするね、マリュー。強引にヤマトタケルを動かして勝手に出撃するなんてさ」

「こ、このくらいどうってことない…さ…」

「ほら、もうあんたの体は限界なんだから、早くネパールに治療してもらわないとね。ほんとにもう、あんたらサクシオンには頭が下がるよ」

「それはヤマトの人間も同じだ…なかなかやるじゃないか…」

「もうそれ以上しゃべらないで。とにかくアマテラスに戻ろう」

「あの武神機…いや、武神機乗りは、己のインガに殺されたのだな…」

マリューは、地面に埋もれているガルバインを、虚しい目で見詰めていた。

「ベン…」

紅薔薇もまた、同じ悲しい目をしていた。

冷たい雨はすっかり上がっていた。


「それはどうだぎゃ?」


ビッシュオン! ボッ!

地面に埋もれるガルバインの口から、鋭い攻撃がハルジョオンを直撃した。

「わきゃっ☆!」

「な、なんだって? まだ生きていたっていうのかい!?」

「あたりまえだぎゃ…あれくらいのインガで、オラがやられるワケないだぎゃ!」

むくりと起き上がるガルバイン。しかも、さらにインガのパワーが上がっていた。

「ううっ! どんどんインガが上がっている! これはまさか!?」

「そうだぎゃ…見せてやるからありがたく思うだぎゃ…これがタケルを倒したバーストだぎゃーッ!!」

バリバリバリ!

またしてもバーストし、巨大化するベンのガルバイン。

「うう!…ここまでベンのインガが凄いなんて…」

その圧倒的なパワーの前に、紅薔薇たちは怯えて身動きひとつとれなかった。

「うははははッ! もう許さないだぎゃ! おめえらはここで皆殺しだぎゃあ!」

ドギュ! バギョオン!

ボロボロになったハルジョオンめがけ、ガルバインは執拗な攻撃を繰出す。

「うあ!…☆…うぅ…」

なすがままにやられる瀕死の銀杏に、反撃の力は残っていなかった。

「や、やめておくれ! こんな弱った銀杏相手にも本気でやるってのかい!?」

「そうだぎゃ! もし銀杏が元気でもオラは全力で戦うだぎゃ! それが戦いというものだぎゃ!」

「やめてー! やめるだっぴょー!」

そこにやってきたのは、アシュギィネから降り、水溜りをばしゃばしゃと掻き分けながら走ってきたポリニャックだった。

「ベン、やめるだっぴょ! ギンナンとウチは友達なんだっぴょ!」

「甘いだぎゃ! 銀杏だって人間だぎゃ。その人間におめぇは何をされたか忘れただぎゃか!?」

「わ、忘れてはいないだっぴょ!…でも…でも!」

「人間なんて勝手で傲慢で残虐な生き物だぎゃ! この世に生きる価値はないだぎゃ!」

「そうだけど…わ、わからない…わからないだっぴょ!」

「だったら、何が正しいかオラが教えてやるだぎゃ! それはおのれの強さで決まるだぎゃ!」


「それはちがいますよ、ベンさん」

ベンが振り向くと、岩陰にある人影が見えた。

「お、おめぇはシャルル!…今頃何しに来ただぎゃ!?」

「さっき言っていましたね? 何が正しい事なのかって。それは人を信じる心だとボクは思います」

「ほ、ほざくだぎゃ! そんなものが何になるってんだぎゃー!」

シャルル目掛けて攻撃を繰出そうとするベン。…そこに。


「おいおい、相変わらず臆病なヤツだなぁ」


「そっ、その声は!?…まさか!」

ベンが振り返ると、太陽を背に、ひとりの男が立っていた。それは逆光で眩しく光っていた。

「強さとは信じる心…そして、勇気ある心だぜ、ベン!」

なんとそこには、死んだはずのタケルが立っていたのだった。

「そっ、そっ…そんなばかなだぎゃ!? な、何故おめぇが生きているだぎゃ!?」

「おめぇは心底腐っちまったようだな…残念だぜ…」

「うおお! バカな!? バカな!? 確かにタケルはオラが息の根を止めたハズだぎゃ!」

「ダーリン…やっぱり生きていただっぴょね…」

「ああ、殺しても死なねぇのが俺の特技だからな。ナンチッテ」

「ダーリン…」

「ふ、フン! 殺しても死なないなら、オラが目の前から消してやるだぎゃ!」

「ベン! もうやめるだっぴょ! もうこの戦いに意味はないだっぴょ!…もう憎しみ合うのを見るのはイヤだっぴょ!」

「まだそんな事言っているだぎゃか、ポリニャック! それだから獣人は、いつまでたっても人間にナメられてしまうだぎゃよ!」

「てめぇこそ、まだそんな事言っているのか? ヤマトの撫子や、黒い大渦から生まれる童魔…それを倒すのが俺達の本当の戦いだぜ!」

「じゃあオラは、本当の敵を倒す!…タケルを倒すだぎゃ!」

「どうやら、口で言ってもわからねぇようだな…いいぜ、勝負だぜ!」

タケルは岩山から飛び降りると、ヤマトタケルのマリューの側へ寄った。

全身火傷だらけのマリューを見て、タケルは拳を強く握った。そして己の不甲斐無さを悔やんだ。

「なんてこった…俺のせいで…こんなになるまで無理しやがって…」

「ゆ、夢じゃないんだね…やっぱり生きていた…」

「もう、しゃべるんじゃねぇ…だがさすがだ、まさかヤマトタケルを動かすなんてな」

「へへ…わたしは古の勇者タケルの子孫だ…これくらい当然…うぅ…」

そう言うと、マリューはそのまま気絶してしまった。

タケルはマリューを抱きかかえると、そっと静かに地面に寝かせた。

「銀杏…おめぇもそんな体で戦いやがって…バカヤロウ…」

「うふ☆…銀杏は…へっちゃら…だよ☆…」

銀杏もそういい残すと、そのまま気絶してしまった。それを受け止める紅薔薇。

「まったく、どいつもこいつもムチャしやがって…」

「ホントだぎゃね、どいつもこいつもバカばっかりだぎゃ、まったく呆れるだぎゃよ」

タケルはベンをキッと睨んだ。

「ベンよ、たしかにこいつらはバカばっかりだ…だがな! それだから最高の仲間なんだ! それだからとっても大事な仲間なんだよぉッ!」

タケルの目からは、大粒の涙が溢れていた。

「へん、甘いだぎゃね、人間って」

「いくら俺がバカにされてもかまわねぇ…だが、俺の仲間をバカにするのは許さねぇッ!」

「ダーリン…ダーリンっ!」

ベンは、タケルに近づこうとするポリニャックの間に割って入った。

「下がっているだぎゃ、ポリニャック。オラはこいつを倒さなきゃ前に進めないだぎゃ!」

「ベン! もうそんなことしても意味がないだっぴょ! 昔みたいに、みんなで仲良くするだっぴょ!」

泣き顔で訴えかけるポリニャックの姿を、ベンは直視することができなかった。

「…すまんだぎゃ…それでもオラはタケルを倒したいだぎゃ…」

「ばか! ベンのばかぁ!」

「さぁタケル! 早くヤマトタケルに乗るだぎゃ! こっちの準備はできているだぎゃよ!」

「とことんやりてぇってことか…いいぜ! 雷鳴招来! 破壊の限りを尽くせ! ヤマトタケル!」

バババ、バリバリッ!

ヤマトタケルの体が光り、メンタルコネクトを完了させたタケル。

「場所をかえるぜ、ベン」

「ああ、どこで死にたいのか好きに決めるといいだぎゃ」

ヤマトタケルとガルバインは、この場所を離れるために飛び立っていった。

それは、これから起こる戦いに、皆を巻き込まない為であった。

それだけ激しい戦いが起こる事を、タケルは感じていたのかもしれない。


「やっぱりタケルは生きていたんだね!」

「まったくだ! ヒヤヒヤさせやがって!」

「死んでも死なないヒトですからね、アニキは!」

「はい! ボクもそう信じていました! さあ、早くタケルさんたちを追わないと…!」

「待ちなザクロ、追ってどうするのさ? あたし達が行ったら邪魔になるだけさ」

「で、でも!」

「あたし達に出来る事は、タケルが帰る場所を作ること、それと祈りのインガを送ることだけさ」

「そ、そうですね…タケルさん、どうか無事でいてください!」

餓狼乱のみんなの祈りは、はたしてタケルに届くのだろうか?


 その頃、我王とボブソンも、タケルが生きていたことをインガで知った。

「やはりタケルは生きてやがったか…そして、いよいよ始まる。因縁の対決が!」

「今までにない、過酷な戦いになりそうじゃ。我王、ヤツらのインガを察知するのじゃ」

「言われなくてもやっている。ヤツらの一手一手がどう動くか、楽しませてもらうつもりだ」

「さぁて、ふたりの決着をどう読むかの? 我王」

我王はしばし考える。

「ベンのバースト、それに合わせておそらくタケルもバーストしてくるハズだ…バースト対バーストのとんでもねぇ戦いになりそうだぜ!」

「さぁて、どうかのう、ワシはそうはならんと思うがの」

「なんでだ? お互いが最高の力をぶつけるに決まっているぜ」

「たしかに…だが、タケルがバースト以上の力をつけていたら…どうかの?」

「バースト以上の力だって?…そんなものがあるのか?」

「さぁての、ふぉふぉ!」

タケルとベンの戦いを見守る我王とボブソン。

ふたりの戦いは、もはや、人間と獣人族の戦いだけではなくなっていた。

お互いの意地を賭けた、男同士の熱き戦いであったのだ!



 そして、場所を移したタケルとベン。

ここは戦武艦アシュギィネから少し離れた場所。見晴らしの良い荒野と散在する岩山。

どうやらここを戦いの場所に選んだらしい。

「さって、それじゃあ、おっぱじめるとするか」

「タケル…最初に教えるだぎゃ。おめぇは死んだんじゃなかっただぎゃか?」

「ん、あぁ。正確には死んじゃぁいねぇ…だけどよ…」

「だけど?…なんだぎゃ?」

「てめぇに負けたのは確かだぜ。あの時は完敗だった」

タケルはニッコリ笑って答えた。

「どうしただぎゃ? ばかに潔いだぎゃね。らしくないだぎゃよ」

「そうか? 俺はケンカに負けただけで、別に真剣勝負で負けたワケじゃねぇからよ」

「ふふ! そうこなくちゃだぎゃ! その減らず口こそタケルらしいだぎゃ!」

「おい、それ、ホメてんのかよ?」

「まさか、そんなハズないだぎゃ」

「それもそうだな…さあ~てと、そろそろいくぜ…」

「準備はとっくにできているだぎゃ…」

「そっか…じゃあ、ボチボチ」

「…」


 ドガガッン! ビッチィ!


 激しい衝突音が荒野に響き渡る。

ヤマトタケルとガルバインは、目にも留まらぬ攻撃でお互いを牽制し合った。

タケルの拳をベンが受け、ベンの蹴りをタケルが受けた。両者同時の攻防だった。

「へへっ! たのしいな!」

「だったら、もっと楽しませてやるだぎゃ!」

ズオオオオッ!

ベンはインガを急激にアップさせた。それは、全力の一撃を放つような気迫の篭ったインガだった。

「一気にケリをつけてやるだぎゃ!」

「おお! スゲェ自信だな、ベン! 早くみせてみろよ!」

「その余裕を一瞬で掻き消してやるだぎゃ!…だおおッ!」

バリバリバリ!…ガガガガッア!

異様なインガの弾ける音、まるで空間が歪むような膨張感。それはベンのバーストを意味していた。

「早速バーストか! おいおい、焦ってんのか? もっと楽しもうぜ、なぁ!」

「じゃあ、じわじわとなぶって、おめぇの苦しむ顔でも見て楽しむとするだぎゃよ!」

「おもしれぇ! 来いッ!」

「くらえッ! 最大インガのムガイルだぎゃッ!」

バースト状態からのベンの全力攻撃。だがヤマトタケルはかわそうとせずに刀を正面に構えた。

「そんなので防ぐつもりだぎゃかー!」

ギョオオゥ!

ガルバインの攻撃が、ヤマトタケルに当たるその瞬間!

キュィン!…ボウッ!

なんと、ヤマトタケルの刀の前でベンの攻撃が止まり、吸い込まれるように相殺してしまった。

「バ!…バカなだぎゃ!? オラの全力を防いだ…いや、掻き消しただぎゃか!?」

「どうした、てめぇの力はこんなものか? もっと全力でこいよ」

ベンの額から汗が垂れる。

ベンには信じられなかった。いくらタケルいえど、インガをかわすか弾くならまだ理解できる。

だが、タケルのとった行動はその両方とも違い、インガをまったく無効化してしまうのだった。


「…なにを、しただぎゃ?」

「なんのことだ?」

「今のワザだぎゃ! あれは今までのおめぇにはなかったワザだっただぎゃ…攻撃を無効化するワザ…そう、まるでオラのムガイルに近いだぎゃ!」

「誰がてめぇのワザなんか真似するかよ。ちょっと新しいワザを覚えて来たんだよ」

「覚えてきた?…一体今まで、死んだふりして何をしていただぎゃ!?」

「う~ん、死んだフリしたつもりはねぇけどよ…なんて言えばいいのかな?」

「タケルの頭の悪さはオラも知っているだぎゃ。だから、時間をやるから話してみるだぎゃ」

「そうか、悪りぃな。ま、内緒にしとくのも卑怯だしな。えっと、どこから話そうか…」

タケルは、今までの経緯をベンに話し始めた。



(タケルの回想)

圧倒的なインガでバーストしたベンに、タケルは倒されてしまう。

「うごっ! ぐふ…」

「タケルさーん!」

(シャルル…聞いてくれ…)

(この声はタケルさん? インガでボクの心に話しているんですね…だ、大丈夫ですか!?)

(ああ、なんとかな。かなりダメージはデカイけどよ…それより、俺をこのまま死んだことにしてくれ)

(どういうことです?)

(ベンのバーストは異常なパワーだ。こうなったら俺もバ-ストするしか方法がねぇ…)

(で、でも、そんなことしたら…)

(そうだ、邪悪な黒い大渦に意識を持ってかれちまうだろうな…ベンがそうならないのは、ムガイルを応用したバーストだからだ)

(ムガイルを応用したバースト…そうか、それでベンさんは黒い大渦に取り込まれないのか)

(バーストするには強大なインガがいる…だけど、そうすると黒い大渦に取り込まれちまう…だから俺は、インガを使わずにバーストする方法を試してみてぇんだ)

(インガを使わずにバーストするですって?…そんなことが出来るんですか?)

(やってみなけりゃわかんねぇが、もしここで失敗したら、ベンも黒い大渦に取り込まれるかもしれねぇ。だから、ここは一度死んだことにして撤退したいんだ)

(わ、わかりました。この話はボクだけが知っている事にします)

(さすが察しがいいな。みんなを騙すのは気が引けるが、そうでもしねぇと獣人族は、この場から逃がしてくれそうもねぇからな。すまねぇが頼むぜ、シャルル)

(ここはあえて憎まれ役になってみますよ。だから、タケルさん、頑張ってください!)

(ああ、なんとか行けそうな気がする…おぼろげだが、俺には見えてきた…バーストの更に先の世界が…)

(バーストよりも、もっと強い力ですか。タケルさんならやれる気がしますよ)

(よっし! じゃあ、今から死んでみるか!)

(タケルの回想終わり)



「…ってな感じかな? まぁ、紅薔薇たちにはウソついて悪かったけどな。それでも得るものはあったから、よしとしてもらうか!」

「…」

「ん? どうした、ベン」

「…ぅふ…ウフ、ウファ…ウワッハハハ!」

「おいおい、何を突然笑いだすんだよ? 何かおもしれぇギャグでも言ったかな、俺?」

「ワハハハハ! わ、笑いが止まらないだぎゃ! お、面白いも何も、こんな冗談信じろって言うだぎゃか! ウオッホホォ!」

腹を抱えて大笑いするベン。だが、タケルの顔から余裕の笑みは消えない。

ピタッ。

ベンは、突然笑うのをやめ、タケルをきつく睨んだ。

「その顔、気に入らないだぎゃね…まるでさっき言った事が本当だと言いたげな顔だぎゃ」

「ああ、その通りだぜ。俺はバーストを超えたおまえを、もっと超える力を手にいれた」

「…!」


 タケルたちの会話に、我王とボブソンも驚いていた。

「バーストを超えた力をもっと超えただと? そんなものがあるのか、ボブじい?」

「わからぬ…じゃが、ベンが黒い大渦の邪気に飲み込まれないのはムガイルのおかげじゃ…まさかタケルがその原理に気付き、それ以上のインガを編み出したとしたら…」

「それ以上のインガだと? もっと、とてつもねぇインガってことか?」

「いや、もうこれ以上のインガの増大は意味がないじゃろう…もし例えるとするならば、インガであってインガでない、これが答えになるかもしれん…」

「インガであってインガでないだと? どういうことだ? 教えろ、ボブじい!」

我王は、ボブソンの首をつかんで絞め上げた。


 そして、タケルの声は、ここ餓狼乱の紅薔薇たちにも届いていた。

「タケルのやつ! あたしを見事に騙してくれたね!…でも、こんなに嬉しい事はないよ!」

「そうですねアネゴ! やっぱりアニキは生きていたんですね! うおーい、おい!」

「嬉し泣きするのはまだだよ。ベンを倒すには、あのバーストを超えなくちゃいけないんだから…」

「バーストを超える…ですか? 一体、タケルさんにはどんな秘策があるんでしょうか?」

「わからない…とにかく、あたし達に出来ることは、タケルを信じることだけだからね!」

「は、はい! アニキ、がんばってくだせぇ!」

皆の祈りを一身に受けながら、タケルはどう戦うというのだろうか?


「…」

ベンはタケルを直視したまま動かない。いや、動けないのかもしれない。

(タケルはハッタリをかますような事はしないだぎゃ…すると、本当にバーストを超えた力を手に入れたというだぎゃか? バカな!オラはムガイルが使えるからこそ、バーストを制御できただぎゃ…仮に、タケルがムガイルを使えたとしても、それではオラと変わらないだぎゃ。それ以上の力なんて存在しないだぎゃ…)


「おいおい、いつまで考え込んでんだ? そろそろいかせてもらうぜ…」

「くっ…!」

ベンはとっさに身構えた。タケルのバーストを超えた力がもし本当にあるとするならば、それは相当なインガとパワーに違いないと思ったからだ。

「これが…俺の・…新しい力だ!」

ゾゾゾゾゥ…

「な、なにィ!…こ、これは! これはなんだぎゃ!?」

ベンは、タケルのインガを見て驚きを隠せなかった。

果たして、タケルはどんなインガを使ったのだろうか?

因縁のふたりの激戦はまだまだ続く!

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