第31話 古(いにしえ)


空は鉛色の煙に包まれ安息の丘は破滅の荒野と化す

誰の心からも希望の光が失せた頃その存在は現れる

ひとつの黒い点が白紙に落ちて無限に広がり

赤い目をした野獣はすべてを喰らい尽くす



 第三十一話 『古(いにしえ)』



 ラバスとルポシエの放った『インガ封じの術』。

その術の直撃を受けた撫子は、インガを封じられてしまう。

そして、思いもよらぬ撫子の変化に、タケルは驚愕した。


「ああっ! お、おまえは!?」

撫子の黒髪が栗色に変化し、鋭かった目つきも穏やかに変わっていく。

その姿は、なんと、タケルの幼馴染である飛鳥萌であった。

ラバス達の放ったインガ封じの術が、撫子の精神を封じ込めたのだ。

その結果、撫子の体内で眠る萌の精神が目覚めたのだった。

「あ……あれ? 私ったらどうしちゃったのかしら?……タケル、ねぇ、どういうこと?」

「あ……あ……」

タケルは驚きのあまり声にならない。

「それにこの服とマント。なんなのこれ? センス悪いわねぇ」

自分の着てる服装がおかしいことに気付く萌。

「な、なんと! 撫子様! 一体どうしてしまわれたのですか!?」

「その姿は……萌ちゃん! 撫子様の姿から戻ってしまったというの!?」

烏丸と円は、撫子から萌の姿になってしまった事に驚いた。


 もともと撫子の肉体が、萌の精神を支配していたのだが、インガ封じの術の効力でその呪縛が解け、萌の姿に戻ってしまったようだ。


「萌! 萌にもどった……ははは! やったぜ!」

「タケル、これは何の冗談? またあんたのイタズラね!」

「ば、ばか、ちげーよ! そうじゃねぇんだ!」

「んー、じゃあ、なんだって言うのよ!……あれ? それにそこにいるのは理幻……だよね?」

古の萌の精神が、理幻との記憶を思い出したのである。

萌もまた、タケルと理幻と共に、黒い大渦と戦った仲間であった。

「くっ! なんと! 飛鳥萌の精神が、眠りから醒めてしまったというのか!」

「ここはヤマトの世界じゃないみたい……まさか地球? 地球に戻ってきたって言うの? そうなんでしょ、タケル!」

萌はキョトンとした顔つきで、あたりをキョロキョロと見回していた。

「とにかく話は後だ! 萌、こっちに来い!」

「そうはさせませんよ、タケルさん! 姿が変わったとはいえ、この方はヤマトの統治者なのですから!」

「萌ちゃん! こっちに来るのよ!」

円は萌に向かって手招きをした。

「ち! 烏丸と円のヤロウ、そうはいかねぇ! どけ理幻!」

ドバキッ!

タケルは理幻のスキをついて蹴り飛ばし、距離をとった。そして萌に向かって走る!

「くっ、そうはさせんぞタケル!」

ボオオゥッ! ボゴオン!

突如、理幻の目の前に灼熱の火炎が燃え広がった。

「ここはあたしにまかせな!」

「紅薔薇ッ! サンキュー!」

紅薔薇のサポートもあり、いちはやく萌を抱きかかえたタケル。

「きゃっ! ちょ、ちょっと降ろしてよ! 恥ずかしいじゃない! もうっ」

「へへっ、俺だって好き好んでやってるワケじゃねえんだよっと!」

しかし、目の前には烏丸神と鉄円が立ちふさがる!

スッ、シュル……

タケルは、円と烏丸の攻撃をサラリとかわした。

「く!……私の動きを見切るとは、さすがタケルさんですね!」

「感心してる場合じゃないわ、烏丸!」

「そ、そうでしたね。戻って来て下さい、撫子様! ヤマトにはあなたが必要なのです!」

その声に反応するかのように、萌は頭を押さえると顔つきが変わっていった。

「う……そ、そうだ……我はこの地球をその手にするもの……なのだ……」

「これは撫子の意識! まだ完全に萌に戻ったワケじゃねぇようだ! 萌、しっかりしろ! おまえは撫子なんかじゃねぇ! 俺と一緒に地球を守ったことを思い出せ!」

「うぅ……わ、私の中にもうひとりの私がいる……そいつが邪魔をする! うううッ!」

萌は頭をかきむしり、のたうちまわって苦しみ出した。

「いけねぇ! ふたりの意識が反発しあっている……ここままじゃヤバそうだぜ。おい、なんとかなんねぇのか、サクシオンのお姉さんがた!」

タケルは、ラバスとルポシエに声をかけた。

「ふっ、簡単に言ってくれますわね……こ、この術はそうとうにインガを消費するのですわよ……」

「もうラバスはヘトヘト~だよー……」

クタクタになったふたりは、もうこれ以上、インガ封じの術を使えそうにない。

「うががあぁッ!……我は……我は撫子! この世を統治するものなのだ! 離せぇ!」

バキッ!

撫子を抱えたタケルは顔を殴られ、撫子を離してしまった。

「くっ! しまった! 撫子の精神が、萌を押さえ込んじまったか!」

「よ、よくもやってくれたな、下賎なる地球人よ! この場で全員皆殺しにしてくれるわ! はああッ!」

撫子は両腕を頭上に上げ、強大なインガを集中させた。

グゴゴゴゴ……!

そのインガに共鳴するかのように地鳴りが起こった。

「や、やべぇ! あんなのを喰らったら、ここにいる連中はひとたまりもねぇぞ!」


「……ふぅ……」

ルポシエは落ち着き払って深呼吸をひとつした。

「こうなったら仕方ありませんわね。オボロギタケルさん! よく聞いてくださいな!」

「な、なんだよ! 何か策でもあるのか!?」

「この場は私達におまかせください。でも、ひとつだけ約束して下さい。そこにいるマリュウを絶対に守ると」

タケルは、地面に倒れて気絶しているマリュウを見た。

「わ、わかった、約束する! こいつは俺の子孫だ! 俺の命に代えても守ってみせるぜ!」

「その言葉を聞いて安心しましたわ……マリュウはとても優しい心を持っているのですが、童魔ハンターとして冷酷に徹しなければならず、自ら仮面をかぶってしまいました……」

「そ、そうだったのか……どうりで無理していると思ったぜ」

「でも、あなたがこの地球にやってきたのなら、マリュウは自由に生きる事ができるかもしれません……」

「そうだねー、マリュウちゃんだけでも幸せになって欲しいもんね!」

「お、おまえら、まさか……や、やめろ! それ以上、インガを使うんじゃねぇ!」

ズババババッ!

ラバスとルポシエは、インガ封じの術の出力を最大限まで上げた。

「まだまだですわ! こうなったらあの女の邪悪なインガを完全に消し去ってみせますわ!」

「うぐぐ! ぐわぁ!……やめろ! 我の心にこれ以上侵入するのは許さんぞ!」

撫子はもがき苦しむ。撫子の精神が封印されようとしているのだ。

「やめろオマエらッ! 死ぬぞッ!」

「それも覚悟の上ですわ……それが私たち童魔ハンターの宿命!」

「やめろーッ!」

「そこで見ていなさい! 私達サクシオンの力! これが、あなたの子孫である私たちの力!」

「やあああっ!」

ズバババババ!……ドサリ……

遂に力を失った撫子は、その場に倒れた。

「や、やったのか?」

しばしの静寂。皆は静まりかえる。

ピクリ……

撫子の体がわずかに動き、顔を上げて起き上がった。はたして撫子は封印されたのだろうか?

「あ、あれ?……私ったらなんで倒れてんのかな?……」

その顔は、優しい萌の顔にもどっていた。そしてうつむいてボンヤリと地面を眺めていた。

「萌! やった! 成功だ!」

タケルたちは飛び上がって喜んだ。

「ど……どうやら成功のようですね……」

「や……やったね……ルポシエちゃん……」

タケルは、撫子の精神が封印された萌のそばまで走ってくると、肩を抱いた。

「もう大丈夫だぜ、萌。おまえにはもう指一本触れさせねぇ!」

「タケル……」

「おっと、泣くんじゃねぇぞ? まったくおまえは泣き虫だな~」

萌の瞳はウルウルとうるんでいた。

「悲しくて泣くんじゃないよ……」

「ははっ、わかったわかった」

「嬉しいからだよ……こうしてまたもとの体に戻れたのだからな……」

「なに!?」

カッ! バァン!

油断していたタケルは、萌の、いや、撫子の一撃をもろに喰らってしまった。

タケルは吹き飛ばされて岩に激突した。

「うごぁッ!……く、くそったれ!」


 シャッ!

撫子は素早い動きで、ラバスとルポシエの背後に回った。

「……貴様ら、我を追い詰めるとは、生意気なことをしおって。この地球人め!」

「!!ッ」

撫子は両手を広げると、空中を掴むように指を曲げた。

すると、ラバスとルポシエは苦しみだした。

「しまった! 完全に封印できなかった!……む、無念……ですわ……」

「うぐぐ! 苦しい!……あ~あ……あたしも恋を……してみたかった……な……」

ドサ。バタリ。

無念にも、完全に撫子の精神を封印する事はできなかったようだ。

ラバスとルポシエは、高度なインガ封じの術を使った反動で、ほとんど動けない状態だった。

それだけこの技は、己の命と引き換えにする程の、多大なインガを必要としたのだろう。

そして、撫子の邪悪なインガの技によって、心臓を握りつぶされ息絶えてしまった。


「く……くっそおおおぉッ!」

タケルは力尽きていくサクシオンを見て、両腕を地面に叩きつけて嘆き悲しんだ。

「所詮そいつらは、その程度の存在意義でしかないのだ! ふははッ!」

「撫子様! ここはひとまず引き上げましょう」

「うむ……こやつらの不思議なインガはまだ未知数……仕方ないか」

撫子は、烏丸と円とともに、小型飛空挺に飛び乗った。

「ま、待ちやがれッ!」

タケルは急いでその後を追おうとした。しかし。

ガギィィン!

「うわっ!」

理幻の攻撃で吹き飛ばされるタケル。

「フフ、私がいるのを忘れては困るな」

「理幻、てめぇ!」

「死んだ連中に対して感情を乱すなど、あいかわらず無駄な男だな」

「なんだと!? こいつらサクシオンはずっと地球を守ってきたんだ……俺たち古の精神が、この地球を平和に導いてくれると信じてな! それをバカにするのは許せねぇ!」

「ふん、そんな下らないことを継承する存在など、ゴミ以下だと何故わからん?」

「く、くだらないだと!?」

「ふふ、そうだ、真の継承者とは、私のような崇高な存在を言うのだ!」

不適に笑う理幻の顔が妖しく歪む。

己自身を後継者と呼ぶ、理幻の謎の言葉の真意とは何か?

「てめぇはあいかわらずムカつくぜ!」

刀を抜いて斬りかかるタケル。理幻も鞘をぬく。

ガッギィィン! ギギギギ!

鍔迫り合いに持ち込んだタケル。

「キサマが継承者だと? どういうこった!?」

「ならば教えよう。なぜ私が真の後継者なのか……思いだせ! 悠久の時間をさかのぼり、あの忌まわしき古の戦いの時代を!」

「いまわしき……古の戦いだと……」

タケルと理幻を覆い包む白いモヤ。

そしてタケルの脳裏に古の記憶が蘇る。



……遥か昔……

地球という星が存在し、そこで人々は時間という概念に添って、命を脈動させていた。

美しい星であった地球は、永遠に平和が続くものだと思われた。

しかし、地球を突如襲った『黒い大渦』は、地球の平和を奪っていったのだった。

そこに、ひとりの少年は力に目覚め、戦い続ける宿命を背負うのだった。


「俺の名はタケル。おまえは?」

「……私の名は……理幻(りげん)……」

「りげん? 変わった名前だな。どうだ、俺の仲間にならねぇか? てめぇのそのずばぬけたインガの力を貸してくれ。そしてあの黒い大渦から地球を守ろうぜ!」

「地球を守るだと?……ふん、殺人鬼の私にはもう帰る場所もない……だが、殺すのは好きだが、何者かもわからない奴らに殺されるのは御免だ……いいだろう、貴様の仲間になってやる」

「ち、アブネェ野郎だな。だがよろしく頼むぜ! 理幻!」


 それから俺達は、理幻と萌と撫子と協力して、黒い大渦に立ち向かっていったんだ。

もう、何千万年も前の話になるのか……


 苦しい戦いは続いた。そして最後の決戦も幕を閉じた。

「とうとうやったわね、タケル! あの黒い大渦を大インガで封印することができたわ!」

「あぁ、なんとかな……それにしても、この地球も酷い有様になっちまった……」

見渡す限りの荒野に、戦いの凄まじさが物語られていた。

「仕方あるまい……あの黒い大渦を封印したのだからな。これくらいの犠牲はつきものだ」

「ち、相変わらずおめぇはクールだな、撫子」

「それにしても凄いではないか、大インガの力とは! この力を使えば、どんな望みでも適うんじゃないのか? 俺たちはこの地球の支配者にもなれる!」

「理幻……何を考えていやがる? 俺はこの地球を少し休ませてあげてぇんだ。だからもう一度だけ大インガの力を借りて新しい世界をつくろうと思う」

「それはいい考えだわ、タケル」

「私も賛成だ。だが、あの黒い大渦は完全に封印した訳ではないからな。いずれ封印が解けないとも限らん」

「ああ、そうだ。だから監視役をつける事にした。それが俺と萌の子供たちだ」

「や~ん、バラさないでぇ……恥ずかしいわ」

バシッ!

「あてて!」

萌えはタケルの背中を思いっきり叩いた。

「何を今更。キサマたちが恋仲ということぐらい、とっくにわかっていたぞ」

「え? わかってたの?……撫子ってスルドイのね!」

「萌がニブイだけであろう……」

「とにかく、俺たちの仕事はまだ終わってねぇ。精神体になって、新しい世界を見守るっていう役目がある」

「な、何をバカな事を言っているのだタケル! 私達はあの黒い大渦を封印できる力を持っているんだぞ!」

「理幻、てめぇ、何が言いたいんだ?」

「……この世界を統治する権利がある……とでも言いたいのか」

「撫子様のおっしゃるとおりだ」

「あのなぁ! それにしても、なんでてめぇは撫子にだけは腰が低いんだよ?」

「俺は甘い女が嫌いでな。撫子様のようにクールに徹している女性を尊敬しているだけだ。それに敵を殺す様も芸術そのものだ。敬って何が悪い」

「それってあたしに対するイヤミかしら?」

「さぁな。とにかく私は、そんなくだらない事に大インガを使うよりも、もっと広い視野での開拓を行っていきたいのだ」

「そういうのを独裁者って言うのよ! そんな事はさせないわ!」

「……あなたはどうお考えですか? 撫子様」

「そうだな……私のいた次元の世界は、すでに黒い大渦によって崩壊させられた……いまさら帰る場所などないが、死んだ銀杏の墓もこの地球にある以上、弔い続けるのが私の使命だ」

「う~ん? それって結局どういうイミなの? 撫子」

「あいかわらず萌は回転の鈍い女だな。それでは私の真意を理解できん」

「ふーんだ! わからなくていいもんねーだ!」

「ま、この地球はそのままにして欲しいって事だろ。いわば撫子にとっては第二の故郷だからな」

「あ、そっか。撫子も、この地球にきてからずいぶん経つもんね。やっぱ愛着も沸くんだよね」

「ふざけるな! さっきから聞いていれば理想の低い事ばかりぬかしおって! 私は……私達は、この地球を統治する責任と資格があるのだ! キサマのような低俗な思考のヤツに、大インガを使う資格はない!さぁ、その資格を私に譲るのだ! タケル!」

「……どうやら、てめぇは根っからのクズのようだな。殺人に飽き足らず、この地球を征服しようとしやがって……来い! てめぇのその腐った心を叩き直してやる!」

「望むところだ! 勝った方がこの地球の王になるのだ!」

「ちょ、ちょっと! ふたりともやめて! ねぇ撫子もなんか言ってよ!」

「所詮、お互いの利害だけで集った仲間などこんなもんだ。そもそも全ての人間の意見に折り合いをつける事など不可能。対立するのが当然だ」

「もう! 相変わらずクールなんだから! タケル、殺し合いはダメよ!」

「わかってるさ、こいつの腐った精神を封印するだけだ。すぐに終わらせてやるぜ!」

「ほざけ、タケルッ!」

そして、勝負はついた。戦いに負けた理幻。

その精神は、ヤマトの禁断の地にある要石に封印されたのだった。

……それから数千年……



 タケルの脳裏には、古の戦いの記憶が鮮明に思い出されるのであった。

「へへ……てめぇはあの時と全く変わってねぇなぁ。相変わらずこの地球を征服してぇようだ!」

「ふふふ、もう私にとっては地球征服など興味はない。大いなる意思のお告げによって、私の精神はもっと崇高なものへと昇華したのだ」

「またワケのわかんねぇことを言いやがって! てめぇの言う後継者とはなんだ!?」

「教えてやる。禁断の地に封印された私は、精神体になりながらも、貴様に対する恨みを持ち続けていた」

「根暗なヤロウだな!」

「すると、どこからか私の意思と同調する波長が送られてきたのだ。」

「波長だと?」

「そうだ。そして、ヤマトの世界を維持する力が弱まった時、私の精神は復活した。キサマの施した封印の力も同じくして弱まったのだ。これも全て、あの大いなる意思のおかげでもあるのだ」

「大いなる意思? それは一体何なんだ!?」

「ふふふ、それこそあの、『黒い大渦』なのだよ」

「なっ、なんだとッ!?」

「黒い大渦は確かに封印されたが、わずかな隙間から漏れた邪気が私に力を与えた。今の貴様が完全なる力を取り戻してないのは、黒い大渦の影響でもあるのだ」

「……そうか、記憶はほとんど戻っても、インガの力はまだ完全じゃねぇのはそのためか……」

「もうひとついいことを教えてやろう。貴様が希望を込めて作り出したヤマトの世界。そこに住む人々の邪気によって、黒い大渦の復活とヤマト崩壊が早まっていったのだ」

「な……バカな!」

「ふはは! お笑いだな! 結局、自分達で首を絞める結果になったのだ! それも当然だ、そもそも人の心の奥底に悪がある限り、それは未来栄光なくなることはない。同じ事の繰り返しなのだ!ふはははッ!」

「……」


 タケルはそれを聞いて黙り込んでしまった。

もし、理幻の言う事が本当なら、タケルには返す言葉もない。

自分が良かれと思ってやった事が、結局、無意味な結果となってしまったのだから。


「だから私は黒い大渦の意思を継承し、この地球を……いや宇宙全てを、撫子様とともに統括する義務があるのだ!」

「はん! 後継者だかなんだか知らないけど、そんな考えにはヘドが出るね!」

今まで黙って話を聞いていた紅薔薇は、理幻に向かって怒鳴った。

「ま、全く同感です……アマテラス様の独裁政治が可愛く思えますよ……」

ザクロの体中に虫唾が走った。

「ほざくがいい。所詮貴様らがどう思ったところで、大いなる意思には逆らえないのだからな」

「く……!」

「さて、私もそろそろこの場を去ろう。丁度、ヤマトの援軍も来たようだからな。また会おうぞ、タケル!」

理幻は、背丈ほどもある黒い髪をたなびかせながら去っていった。

「ま、待ちやがれ! うわぁッ!」

突如、ヤマトの武神機部隊の援護射撃が、タケルを襲う。

「タケル! アタシたちも武神機で対抗するよ!」

「お、おう! わかったぜ紅薔薇!」


 紅薔薇はタケルの顔を見て不安を感じた。

(あの顔は、理幻って奴の話を聞いてひどく動揺している……無理もないわね、黒い大渦ってのを復活させて、ヤマトの崩壊を早めてるのは、結局、人の邪気が原因だったなんて……因果なもんさ……)


「た、タケルさん! 何をしてるんですか! は、早くヤマトタケルを呼ばないと!」

ザクロも、タケルの様子がおかしいのに気付いた。

(タケルさんは何も悪くない……けど、この因果は酷く虚しい.虚しすぎますよ!)

「急いでここにいるサクシオン達を連れて非難するんだよ! オパール! 救援を頼むよ!」

「わ、わかった! すぐそちらに向かう! それにしても大変な事になったな……ヤマトの世界を崩壊させていたのは、ヤマトに住む人間自身だったなんて……」

「今はそんなこと言っている場合じゃないよ! ネパール、脱出経路を計算し、ルート確保!」

「は、はい! お姉さま!」


 その頃、ヤマトの戦武艦『光明』にもどった撫子、烏丸、円、そして理幻。

「撫子様はまだ精神が安定してはおらん。私が出るとするか……ここはまかせたぞ、烏丸! 円!」

「心得ました。理幻様の武神機の用意はいいか?!」

「すでに準備完了です!」

「よし、では行くとするか。烏丸よ、見せてやろう……黒い大渦の力を経た私のインガをな!」

「は、はい。ではここから見させて頂きます」

「しっかり見ておれよ! タケルの奴めが一瞬で倒されるのをな! ふはははは!」

理幻は、格納庫へと向かい、専用の武神機、『天上天下』(てんじょうてんげ)で出撃した。


「……あの男、あまり好きではないわ……」

「円、口を慎め。例えそうであっても、撫子様のお仲間であり、インガの力は私達以上なのだからな」

「確かに圧倒的なインガの力は感じるわ……でもあの男の思想は、やがて私達までも巻き込んでいくような気がするのよ……」

円の不安な表情に、烏丸も同じ気持ちを感じていた。

「私達は撫子様の考えに従っていればよいのだ。それよりも、撫子様の容体が心配だ」

烏丸は、またしても戦場と化してしまったこの地球を、どこか哀しい目で見た。

(タケルさん……あなたならどうしますか?……あなたなら、きっと……)

烏丸神の見据えた先には、タケルに対して期待の念が込められていたのかもしれない。

それは烏丸自身も、先行きの不透明さに不安を感じていたからだ。


 バッシュウゥ!

理幻の武神機は、みるみるとスピードを上げ、ヤマトと餓狼乱の戦いの渦中へと飛び込んでいった。

そこに、メンタルコネクトを完了させたヤマトタケルが、ほぼ同時に到着した。

「ほう、それが貴様の伝説の武神機か。大和零式を思い出す。だが、黒い大渦のインガを吸収した私の前では、そんなものは無力だという事を教えてやろう」

「……てめぇの武神機、それは『天上天下』……まだ残ってやがったのか」

「ふ、これは撫子様が、私のために特別に復元しお与え下さったものだ。あの古の戦いで猛威を振るったこの武神機の力、よもや忘れてはおるまいな?」

「ああ、よっく憶えているぜ。てめぇにお似合いのイヤらしい武神機だったからな」

「ふふ、言うではないか。それではまず、その伝説の武神機体内にある、『瑠璃玉』のひとつめを、撫子様に手土産とし献上するとしようか」

「ち! てめぇも言ってくれるじゃねぇか、理幻さんよぉ! そう簡単にいかねぇってことを見せてやる!」

「人が強がりを言う時は、相手の気迫に飲まれまいとしているからなのだよ? わかるか」

「うるせえッ! 相変わらずイヤミなヤロウだぜ!」

ガギイィン! バチバチッ!

お互いの刀が激しくぶつかり合う。

そのインガの衝撃で、火花が大きく拡散しながら飛び散る。

「でああッ!」

ギャッチィン!

ヤマトタケルのパワーが幾分か勝り、理幻の天上天下を弾き飛ばした。

「さすがは伝説の武神機と言っておこうか。だがその程度では、この天上天下を落とせん!」

「タケルさーん! 援護に来ました!」

そこに、武神機に乗ったザクロが援護に駆けつけた。

「ザクロ! 来るんじゃねぇ! こいつはおめぇの手におえる相手じゃねぇんだ! そこから離れろッ!」

「飛んで火にいる夏の虫……天上天下唯我独尊……はああっ!」

シャキ! シャキ! シャシャキーン!

天上天下の十二枚の羽が大きく展開し、集束した黒い霧が集まってゆく。

「ああっ! うわぁ!」

ザクロが気付いた時にはもう遅かった。

目の前の天上天下が振り下ろす釜が目の前にあった。

ザギィン!

間一髪! 大和猛の刀が、ギリギリのところで止めに入った。

それでもザクロの機体は、下半身をほとんどグシャグシャに潰されてしまっていた。

「なんてパワーだ! す、すみません、タケルさん!」

「ヤツのインガを見たか? あの十二枚の羽から邪悪なインガを吸収し、それをパワーに変えるんだ」

「ひえぇ……そんなことが……」

「相手の邪気が強ければ強いほど、その威力を発揮するおそろしい武神機……それも理幻だけになせる技だぜ……黒い大渦のあるこの地球では、ヤツのパワーはどんどんと上がっているようだ」


「まてよ?」

タケルはふと思い出した。はじめてこの地球で、マリューと戦った時の事を。

(あの時の俺のインガは、意識しなくても増大していた……まさか、それが黒い大渦の力だってのか?

だったら俺も、既に邪悪な力に取り込まれていることになっちまう……い、いや! ちがう!)

タケルは明らかに動揺していた。


「ふふふ、タケルよ、良い事を教えてやろう。この天上天下の吸い取っているインガは、黒い大渦の邪気だけではないのだ」

「なに?……どういうこった?」

「封印された黒い大渦からは、少量しか邪気が発せられていないのだよ」

「うそをつけ!」

「ウソではない。では、その邪気はどこから集めていると思う? ふふ……」

「ま、まさか……それはこの戦場の!」

ザクロが叫んだ。

「正解だ、小僧。邪気を集めているのは、この戦場を覆っている人の心からなのだよ」

「な、なんだって? バカな!」

「そもそもインガとは、邪悪な気を吸収すれば大きな力に変化する能力を持っている。したがって、この場で戦っている人の殺気が、邪悪な気の元となっているのだよ」

「ち、ちがう! 人の邪気がインガを強大なものにするだなんて! それに、ここで戦っている者は自分の信じる道のため、希望のために戦っているんだ!」

「ふふ、相変わらず甘いなぁ。まぁ百歩譲ってそうであっても、相手を倒す時に、殺気を発さぬヤツなどおらん。自分の為と言っても、所詮、相手を殺そうと強く念じることに変わりはない」

「ちがう! インガはそんなもんじゃない!……インガとは……インガとは!」

「言葉に迷いが感じられるぞ? いいか、動揺した人間は必ず言葉に詰まるのだ」

「俺は動揺なんかしちゃいねぇ!」

「ふふ、それも虚勢だとわかるぞ。それに貴様も体感したハズだ。わずかであれ、黒い大渦から漏れた邪気が、知らず知らずのうちに貴様のインガを高めている事を」

「!!ッ」


 タケルがマリュウと戦った時に感じた違和感。そしてこの場でも感じる高揚感。

確かに、いつもよりも強いインガが、自然と溢れてくる。

それは、タケルのインガが無意識に邪気を吸収し、インガの力が増大していた証拠であった。


「言い返せない所を見ると図星のようだな。そもそも古の大戦時、何故、我々がいきなりインガの力に目覚めたか解るか? それは皮肉にも、黒い大渦の放つ邪気によって呼び起こされた力なのだ!」


 タケルの過去の戦いの中でも、思い当たる節はいくつかあった。

怨みの念に取り付かれ、バーストしたリョーマ。荒んだキトラの精神に支配されたタケル自身。

怒りで増大した紅薔薇のインガと、その結末。哀しみによって発動したポリニャックのインガ。

確かに邪悪な気が、インガの力を強大なものにしているのだった。


「タケル! その男に翻弄されちゃダメだよ!」

紅薔薇のコスモスグレンの攻撃。

「ふん、翻弄しているわけではない。今まで拒んできた真の理由に気付いただけの話だ。下がれ! 志低き下賎の者!」

ドドドドゥ!

天上天下から発せられた、邪悪なインガの収束砲が紅薔薇を襲う!

ガガガカッ!

「きゃああぁ!」

その邪悪なる気は、コスモスグレンをかすめただけで、腕を丸ごと持っていかれてしまった。

「そのまとっていた炎のインガが幸いしたようだな。邪気は闇であり、炎は光。相反する属性が反発したようだが、次はそうはいかんぞ」

直撃を避けたコスモスグレンであったが、各部は衝撃でボロボロで、とても次の攻撃を防げそうもない。

ズドドッドゥ! ズバババッ! バチィン!

間一髪。その攻撃を防御したのは、オパールとネパールの武神機だった。

「ね、ネパール! 大丈夫かい? それにオパールも!」

「うぐっ! 格好良く登場するつもりだったが、この有様だ」

なんとか理幻の攻撃を防いたが、オパールとネパールの乗る機体も半壊してしまった。

「おまえら下がれ! もう一度その攻撃を喰らったら、無事じゃ済まねぇぞ!」

タケルの叫びが皆に届く。

「何を言っている。リーダーが立ち直るまで、ここは俺たちが守る!」

「そうです! それにタケルさんの希望のインガが、邪悪なインガに負けるはずありません!」

「オパール、ネパール……お、おまえら……」

「邪悪なインガに取り込まれちゃいけない! タケルのインガが正しいって事を見せておくれ!」

「ボクは信じてます……タケルさんが、邪悪なインガに負けないってことを!」

「紅薔薇……ザクロ……」


「ふん! ザコどもが何を言っておるか! 所詮貴様らなぞ、崇高な志を持たぬ下賎な者に過ぎぬ! ならば耐えてみよ! この天上天下の攻撃をッ!」

ズババババババ!

またもや邪悪なインガの収束砲!

ドバギャアアアン! ズガガガ!

オパール、ネパール、紅薔薇、ザクロ。三機の機体が協力し、なんとかその攻撃を防ぐ。

「やめろおめぇら! 逃げるんだ!」

「まだ、そんな事言っているのかい、タケル! あんたは撫子を……いや、萌を救う責任があるんだよ!」

「萌……!」

(そうだ、俺は萌を守るんだ……そして、サクシオンの意思でもある地球を守らねぇといけねぇんだ!)

「う……うおおおッ!」

タケルの体が眩く光り、それはヤマトタケルにも同じ現象が起こった。

ズバシュッ!

ヤマトタケルの放った一閃。それは一瞬眩く輝き、大きく弾けた。

バビャアァン!

「うぬ! 私の攻撃を跳ね返すとわ! しかし今の攻撃なにかが違った……私の邪悪なインガに比べ、タケルのインガは……」

「そうだぜ! これが俺の光のインガだぁッ!」

ガギャン!

「くうッ! タケルが剣を振るうたびに起こる、眩いばかりのこの光! これは明らかに邪悪なインガとは違う……タケル、何をした! 貴様にどんな変化があったというんだ!?」

驚きを隠せない理幻は戸惑っていた。

「なぁに、特別なことでもねぇよ。みんなの思いが……みんなの力が……それがインガに変わっただけのことだ!」

「思いだとぉ!? そんなもので……!」

「そんなもので変われるんだよぉッ!」

バギャン! バギッ! ギャリン!

タケルの猛攻。だが理幻も負けじと剣を振り上げる。

「くっ! この私のインガと同等な圧力を感じる……いや、それ以上かっ! タケル!」

「確かに人は、誰もが悪の心を持っている。だが、皆はそれを抑えているんだ! てめぇのように捻くれちゃいないさ!」

「なんだと? では、貴様のインガは、この世の闇を光で取り払ってしまうというのか? そこまでインガは昇華するというのか? 答えろタケル!」

「グダグダとくだらねぇことにこだわってんじゃねぇ! そこがおまえのは敗因だぁーーーッ!」

ズバシュッ!

タケルの攻撃は、天上天下に致命傷を与えた。とどめを刺すチャンスだ、タケル!

「く……私はまだこんなところで負けるわけにはいかん。私には大いなる意思が託されているのだ」

ボッ!

天上天下が放った最後っ屁のような収束弾が、オパールとネパールの機体を狙った。

「ち! 汚ねぇぞ!」

バシッ!

何とかそれを防いだタケル。しかし理幻は、そのスキに退散していった。

「今回は貴様の仲間に免じてここは退こう! だが、次はこうはいかん。すでに我々の計画は、着々と進んでいるのだからな。ふはははは! また会おう、タケル!」

そういい残すと、天上天下は視界から消え去っていった。

「あのヤロウ……相変わらず逃げ足の速いヤツだぜ」

「ヤツを追う必要はないよ、タケル。それにこれ以上、光明が進撃してきたらこちらが持たないよ」

「そうだな、こっちも退却するにはいいタイミングだ。よし、みんな撤退だ! サクシオン達を艦に乗せてこの場を離れる!」

戦武艦アマテラスに乗り込んだサクシオンたち地球人。

皆の顔は不安に包まれていた。それは餓狼乱の部下たちも一緒だった。

タケルたち餓狼乱は撤退し、この場を後にした。


「あの……タケルさん……」

「ザクロか……」

タケルは、戦武艦のブリッジから、サクシオンのいた村をずっと眺めていた。

「ボクは信じていましたよ、タケルさんが必ずあの邪悪なインガを追い払ってくれるって」

「ザクロ……照れくせぇこと言ってくれるじゃねぇか」

「何言ってんだい、みんなアンタの事を信じてたから、無理もできたんだよ」

「そうですよ。タケルさんならなんとかしてくれるって私も思いました」

「とりあえずリーダーだからな。何とかしてくれないと困る」

「もう兄さんったら、素直じゃないんだから!」

タケルはみんなの話を聞いて、鼻の頭をグイっと擦った。

「へへ……みんなサンキューな。みんなのおかげで、俺は邪悪なインガに取り込まれずにすんだぜ」

皆は言葉に出さなかったが、笑顔でそれに答えていた。

「さぁ、食堂に行こうよ……みんが待っているよ」

「おう! なんだかメチャクチャ腹が減ったぜ! 今日のメニューは何かなぁ~? なんちって!」

「もうタケルさんったら! うふふ」

「あはは☆やっぱそれでこそタケルだね☆」

「仕方のないやつだな、ははは」

「よーし! 食堂まで競争だ! 一番ビリのやつはメシ抜きだぜー!」

「な、なんだとぉ?」

「わ、ごはん抜きはカンベンしてー!」

「あーん、待って~☆」

みんなは食堂まで競争して走った。


そこに、ひとり残った紅薔薇は、何かを考えているようだった。

(今度の戦いでわかったのは、邪悪なエネルギーは強大なインガを生むってこと……

強い力は誰しもが欲するもの。それを安易に手を出せば、それに取り込まれてコントロールを誤り自滅するかもしれない……そうならない為には、それを拒む強い意志が必要になるわね……)


「おーい紅薔薇! 本当にメシ抜きにしちまうぞー!」

「え! あ、ちょっと! それはないだろ?」


 人は皆、強大な力に惹かれてそれを目指す。

だがしかし。それを安易な方法で手にしてしまったのなら、そこに待ち受けるのは、己の滅亡なのかもしれない。インガの制御の難しさを、改めて知ったタケル達であった。


 そして。タケルの子孫であるサクシオンのマリュー。

彼女は仲間を失った悲しみに、まだ気付いてはいない。

この先、マリューの存在が、この地球の運命を変えるほど重要になるのを、彼女自身まだ知らない。

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