第30話 継承者たち


真円を描く大きな笑顔に照らされて 

ため息と切なさをそっと吹きかける

空をこぼれていく流星は 少女の願いを叶えるのだろうか?



 心地よい風ときれいな星空。今夜は満月だった。

童魔退治(仕事)を終えた私達は、浜辺で焚き火をし、宴を行っていた。

それは、たった四人での祝勝会であった。


「ではカンパーイ!」

「ぷはっ、激ウマ!……それにしても今日の童魔(ドーマ)はけっこう手強かったわねー」

そう言ったのは、ショートカットで黒い衣装をまとった少女だった。

「ルノとセラティが犠牲になってくれたおかげで、何とか童魔を倒すことができたからな」

セミロングでグレーの髪を左右に束ね、チャイナドレスのような衣装をまとった女性が答えた。

「ホント、感謝してるよねぇ~、あの2人には。ご冥福をお祈りします。ナンチッテ!」

その言葉に答える者はなく、皆は黙々と酒を飲んでいた。

「でもさー、あそこでメセルちゃんが、もうちょーっとうまくインガ当ててくれたらもっとラクだったのになー」

「なんだと……それは私の責任だとでも言いたいのか? ラバス!」

「ちーがーうって! そういう意味じゃないよー、まっーたく捻くれた性格なんだからーメセルちゃんって」

「キサマ、私をバカにしてるのか? ラバスこそもうちょっとインガの練り方を修行せい。あんなクソみたいな攻撃では屁の役にもたたんではないか!」

「きーつーいなー、メセルちゃんは! ちょっとルポシエちゃんも何か言ってやってよー!」

口ケンカしてるニ人の横で、無言で武器の手入れをしている長い黒髪の女性が答えた。

「そうですわね。いいかげんニ人の口喧嘩も聞き飽きましたから、本気で殺し合いでもしてらっしゃい。なんならこの武器を貸してさしあげますわよ?」

そう言ってルポシエは、顔色ひとつ変えずに磨いている槍を差し出した。

「でたー武器オータークー! もうルポシエちゃんったらネクラなんだからー、ずっと武器ばっか磨いてさー」

「まったく口の減らないガキですわね。今すぐその口を切り落として差し上げましょうか?」

ルポシエは、そう言うが早いか、ラバスに向かって槍を突き出した。

「わ、タンマっ! ね、ねぇ助けてよーメセルちゃん!」

「知らん! 死んだら助けてやるから、こっちへ来るな!」

「ひー鬼―! ねぇねぇマリュウちゃん! 助けてー!」


 その三人よりちょっと離れた場所に座っていた少女は、ケンカを気にも止めず、黙って空を見上げていた。少女の風貌は、左右に大きく分かれたシャープな金色の髪と、緑の瞳が特徴的だった。


「そういえば今夜は満月か……そろそろ見える頃だな、マリュウ」

「ああ、もうそろそろだ……」

マリュウと呼ばれる少女は、よほど大事な事のように、ずっと夜空を眺めていた。

すると夜空に大きなピンクの円が浮かび、そこにヤマトの世界がうっすらと映った。

その様を潤んだ瞳で見詰めるマリュウ。

「あーあー、マリュウちゃんは、またまたトキメキモードにはいっちゃいましたー」

ルポシエの突く槍を、ジャンプでよけながらラバスは言った。

「仕方ないですわ。マリュウさんにとって、タケル様は憧れのおひとなのですから」

ルポシエは、槍をブンブン振りかざしながら冷静に語る。


 マリュウは胸に手をあて心の中で思った。

太古の昔、黒い渦を封印し、この地球を救った伝説のサムライ、オボロギタケル様……

大インガを発動し、ヤマトの世界を創造し、そして自らの精神を封印した尊き人。

いったいどんな人だったのかしら。

黒い渦から発生する正体不明の敵、『童魔(ドーマ)』。

その敵を排除するべく、インガの技を伝承された私達が、どんなことがあってもこの地球を守りぬいてみせるわ……この『オボロギ マリュウ』の名にかけて。

いつの日か、あなたに会えることを夢見て……


「まったくアンタは変わってるねぇ。ほとんどの女は、一番人気のガウディにお熱あげているってのにさ」

「あんなヤツ眼中にないよ。私の子孫を残す相手は、タケル様と決まっているんだから」

「えー、でもそれだと近親相姦になっちゃうよー? だってマリュウちゃんはタケル様の子孫なんでしょ?」

ルポシエにボコボコにされたラバスが、砂浜に顔をうずめながら言った。

「いいのよ、それでも」

「わっ、ホンキだー!」

「でもそれを言うなら、みんなもタケル様の子孫だよ。だって、古の戦いでほとんどの人間が死に、今まで子孫を残せてきたのはタケル様のおかげなんだからさ……」

マリュウの瞳はさらにキラメキ、頬は赤く紅潮していた。

「もうお手上げですわね、マリュウさんのタケル様狂いには」

「ちょ、ちょと! わ、わたしはタケル様の子孫としての使命をまっとうするべく!……」

「ハイハイ、それにしてもガウディさんを放っておいて良いのですか? あの方はあなたを好いているようですわよ」

「えー、そうなんだー、初耳っ! ねっ、メセルちゃん?」

「あ、う、うん……そうなのか……初めて聞いたよ……」

意味深げに、メセルの顔をニヤニヤと伺うルポシエ。

「な、なんだよ、ルポシエ! その顔は!」

メセルの頬が紅く染まる。

「なんでもございませんわ~、おほほ」

「もうっ! 殺すよ!」

「あっ!!」

その時、マリュウが大声を上げた。

「ど、どうしたんだ、マリュウ!」

「あれを見ろ! ヤマトの世界に、ヒビが入っていくッ!」

確かに、夜空に浮かんだヤマトの世界には、ピンクの外周にヒビが入っていった。

「なんと不吉な……これはまさか、あの伝説が現実に起こるというのですか……?」

「とにかく急いでオババ様に伝えなきゃ! 行くよ!」

「わかりましたわ」 「はーいっと」

急いで走り出す、ラバス、ルポシエ、メセル。

「あれ、マリュウは? まだあんなところにつっ立って! マリュウ、行くよ!」


(ついにやってきたんだわ! あの伝説が! これでタケル様に会える夢が実現するのね!)

「やったー! やったわ! うふふふふっ!」

マリュウは浜辺を跳びまわり、月夜に浮かぶヤマトをバックに、くるくると踊っていた。

焚き火の炎が、マリュウの顔を明るく照らす。

はたしてヤマトの世界に起きたヒビとは? そしてマリュウの言う伝説とは?

その一ヵ月後、伝説は現実となるのであった。



 第三十話 『継承者たち』



「ぐごぉ~、ぐごぉ~……」

「こんなとこにいたんですか、タケルさん!」

戦武艦『アマテラス』の甲板の上で、イビキをかいて寝ているタケル。

タケルたちはあてもない航海を続けていた。

「ん? あぁザクロか……どうしたんでぇ、むにゃむにゃ……」

「どうしたじゃないですよ! この船のキャプテンはタケル隊長なんですよ! しっかりしてください!」

「そんな事言ってもなぁ……とりあえず生き延びている地球人を探してんだけど、全く手がかりねぇからなぁ」

「だからってこんな所で寝てても仕方ないですよ。何か! 何か行動を起こさないと!」

「う~ん、行動ねぇ……めんどクセーなぁ……

「タケルさんっ!!」

「ははっ、わりー、わりー。そうだ! こんな時こそあれをやるか?」

「何か策があるんですね? さすがタケル隊長だ! ボクもお供させて頂きますっ!」

「よーしザクロ、これは過酷な任務だぜ、わかっているな?」

「は、はいっ!」

そう言ってタケルは、船内の居住区にこそこそと下りていった。

(この隠密行動は何かワケがあるんだな……さすがタケル隊長だ……!)

タケルの後を、これまたこそこそとついていくザクロ。

「ここだ……いいか、ここからは命がけだ! 気配を殺すんだ、これもインガの訓練のうちだからな」

「は、はい!」

「ば、ばか! 声がでけぇ、静かに進入するんだよ!」

タケルは人差し指を口にあてて注意した。


 こそこそこそ……こそこそこそ……

身をかがめ、歩伏前進するタケルとザクロ。

「あの~……タケル隊長?」

「……なんだ」

「なんだか蒸し暑い気がするんですが……もしかしてここは……」

「シッ! 余計な口叩いてんじゃねぇ。それよりも耳に全神経を集中させるんだ!」

「は、はい……でも、これは……いささかマズイんじゃないかと……」

「いいからだまってろ!」

モワモワモワ……

タケルとザクロの目の前に立ち上がる湯気。そこはシャワー室だった。


 シャァー……シャワワァ~……

「わー、紅薔薇さんってスタイルいいんですねぇ! 私なんて見せるの恥ずかしいです」

「何言ってんだい、ネパール。あんたの肌もいいツヤしてるよ。ホラ、ここのふくらみなんてとってもキレイ」

「そ、そんな、わたしなんて……」

「ウフフ……かわいいねぇ」

「あ……ど、どうしたのかな、紅薔薇さんに見つめられたら、体が火照ってきたみたいです……」

「ふふ、そうかい? じゃあ触ったらどうなってしまうのかねぇ?」

「え! そ、そんな、いけませんっ! 紅薔薇さんに触られたりしたら、私、どうかなっちゃいます!」

「へぇ、だったら余計にそうしてみたくなるじゃないか……とりあえず、ここはどうだい?」

「あ! ダメです! だ、ダメです……ったらぁ……はぁ、はぁ……あん!」

「なるほどねぇ、触るとこうなっちゃうのかい? ふふ、カワイイよ、ネパール」

「あん! そこはもっとダメですぅぅぅぅ……くふぅぅぅ……」


 シャワー室のガラス越しの様子を見たザクロは、、顔を真っ赤にさせていた。

「あのあのあの、あのっ! た、タケルさん! これは、ま、マズイですよ!」

「ふ~む、やっぱあのふたりはデキてやがったのかぁ……最近どうもおかしいと思ってたんだよなぁ」

「やっぱりって……タケル隊長は知ってたんですか? こんなのいけませんよ! ヒジョウシキでフラチでハレンチでヒワイでフシダラですよっ!」

「うるせぇ! いいか、ザクロ。インガのコトワリとはなぁ、そもそも女の性から始まっているんだ。だからこれはインガの修行でもあるんだ」

「そ、そうなんですか? でもボクもう頭がクラクラして……う~ん……」

バタッ。

「あーあ、こんなところで鼻血だしてノビちまった。まったく世話のやけるヤツだぜ……ん?」

すると、タケルの目の前に二本の足が見えた。

「え、え~と……これはその……き、キレイな足だなぁ、誰のアンヨかなぁなーんて、ね?」

うずくまったままタケルが顔を上げると、そこにはヒクヒクと顔を引きつらせたキリリが立っていた。

「船の調子はどうなのよ、キャプテンさん? これも重要な仕事なのかしらねぇ?」

「あは、そ、そうなんだよ。これは、とーっても重大な任務でインガの修行にもなるという一石二鳥な訓練でもあるんだよ……な……って、やっぱダメ?」

キリリの顔の血管が、さらにヒクヒクと浮きだっていく。

「ダメに決まってるでしょーッ! このバカーッ!!」

戦艦アマテラスが揺れるほどの、キリリの怒鳴り声が鳴り響いた。

「あれ? 外で何か聞こえたみたいですぅ、お姉様……」

「かまやしないよ、ネパール……ふふ、かわいいコ……」

「あ! お姉様ぁ……そんなとこ舐めないでぇぇ……くふぅ~」

ボコボコにしたタケルを、ズルズルと引きずっていくキリリ。

「もう、まったく……あの人達も何やってんだか!」

キリリは、ガラス越しのシャワー室を見て顔を真っ赤にしていた。

そして、タケルをズルズルと引きずり、シャワー室のドアをバタンと閉めた。


 餓狼乱と、ヤマトの兵と、砂の海賊。

ヤマトから奪った新造戦武艦『アマテラス』での暮らしも、どうやら皆仲良くやっているようだった。

そんな穏やか(?)な雰囲気の中、緊張は突然やってきたのだった。


「アニキ! 正体不明の無線が入ってきています! どうやら自分達は地球人だと言っているようです!」

ブリッジの部下の報告に、タケルは驚きを隠せなかった。

「なんだって! 地球人を見つけたって言うのか? 音声は?」

「ダメです。テキスト通信のみです」

「よし、その電波の方角にアマテラスを向けろ!」

「イエッサー!」

この地球に来て、まったく現状をつかめないクルー達の不安は、この一通の無線で解消されたようだ。

少なくとも、何かのきっかけになっただけでも良い結果であった。

その電波を受け続けて一時間後、アマテラスの向かう先に大陸が見えてきた。

「大陸が見えた……あそこにいるんだな、生き残った地球人が……」

タケルは、自分と同じ地球人と会えることに、興奮を隠せなかった。

「アニキ! 地球人は戦武艦を離れた所に停めて、そこから来て欲しいそうですぜ」

「そうだな、いきなりこんな船で行ったら、あっちも警戒するだろう。よし、小型艇でいこう」

「タケル、大丈夫なのかい?」

「心配すんなって、紅薔薇。それより地球人との対面に失礼があっちゃいけねぇ。ネクタイでもしめた方がイイかな? どう思う?」

「そうさねぇ、やっぱ、こういう時は着物じゃないのかい?」

「そうか……でもなぁ、ウ~ム」

「そんなことどうでもイイの! 普段着にしなさい!」

「わ、わかったよ……キリリのヤツ、なに怒ってんだか……」

「さぁ~てね」

タケルと紅薔薇は顔を見合わせた。


 ズゴゴゴゴ……プシュー……

タケル達は、アマテラスから小型艇に乗り換え、地上に着陸した。

「よしっ! 到着だ! みんな俺の後に続けぇッ!」

そう言うが早いか、タケルは外に飛びだしていった。

「ちょっとタケル! まずはもう少し様子を見てからじゃないと……もうまったく!」

タケルは紅薔薇の忠告を全然聞いてなかった。だが、タケルが浮き足立つのもわかる話だった。

それに灰色に覆われた大地の理由を、どうしても地球人に聞きたかったのだった。

ダダッ!

タケルは小型艇を降りて大地に降りた。

その感覚は、数万年前の古のタケルの記憶が、否応なしにタケルを懐かしく感じさせるのだった。

「そうだ……なにか懐かしいこの感じ……俺は再びこの地球に戻ってきたんだ!」

ザッザと足元を踏みしめるタケルは、土の小気味良い感触を噛み締めていた。


 そして、タケルの前に待ち構えていた地球人の人影。

マリュウ、メセル、ラバス、ルポシエの四人がタケルに近寄ってきた。

タケルは少し緊張した面持ちで、中心人物と思われる人物に話しかけた。

「こ、こ、こ、コンニチワ! あ、あのよぉ、エ~ト! あんたら地球人だろ? わ、ワハハッ!」

タケルの顔は、ひきつって無理に笑おうとして気持ち悪かった。

「……」

しかし、無表情のまま返答は帰ってこない。

「あ、アレ? おっかしいなぁ、日本語通じねぇのかな……言葉わかる? ハロー、シェイシェイ!」

「……」

今度は、地球人の表情は険しく曇っていった。

「え、え~と、ボンジュ~ル! ナマステ! ……え~っと、ピッツア! ナポリタン!」

「何やってんだい、タケルは!」

そこに業を煮やした紅薔薇が前に出た。

「初めての謁見失礼した。私達はヤマトからやってきた餓狼乱という者だ。あなた達は地球人か?」

「そうだ」

「私は紅薔薇。この世界の事はなにひとつわからないんだ。すまないが少し説明をお願いできるかい?」

「私達は『サクシオン』と呼ばれ、この地を護る一族だ。そして私はそのリーダーのマリュウだ」

「地球人の生き残りのサクシオン……そのリーダーのマリュウか……俺はタケルってんだ、よろしくな!」

タケルは、マリュウ達に手を差し出して握手を求めた。

「なに!……」

だが、サクシオン達は皆驚き、ざわめきだっていた。

「タケル……だと? まさかキサマのようなヤツがタケルだと? そんなッ! ばかなッ!」

マリュウは激しく動揺していた。

「いや、バカなって言われても……俺はオボロギタケルって言うんだけどよ」

「う、ウソだ!」

「いや、ウソなんかついちゃいねーよ。俺はホントにタケルという名だけど、それがどうかしたのか?……」

「そ、そうなのか……ほ、本当にそうなのか……い、いやぁーーッ!!」

マリュウは、タケルの顔を指差してワナワナと震えていた。

「へ?」

突然のその態度に、タケルは言葉を失ってしまった。

タケルの目の前にいる地球人。それは全て女であった。

人数にして四人。そのリーダー格の人物に、タケルはジロジロと凝視されていた。

「し、失礼した……ほ、本当にあなた方はヤマトの世界からやってきたのか?」

「それは間違いないですわよ、マリュウ。だってあの船はこの地球上では存在しない物ですからね」

「ルポシエは黙ってて! 私にはこの男がタケル様だなんて信じられない! そうだ、同姓同名ってことも考えられる……他にいるハズだ! 本物のオボロギタケル様はどこにいる! 隠すと承知しないぞ!」

マリュウは興奮し、手をブンブンと振り回した。

「わっと! 隠すも何も、オボロギタケルは俺ひとりだぜ?」

「……そ、そんな!」

ガックリと項垂れるマリュウ。

「な、なんなんだよ、一体?」

タケルは意味不明の出来事に、頭をボリボリと掻いた。

「まぁまぁマリュウ。とにかくヤマトの方々を、オババ様のところにご案内して差し上げましょうよ」

「あーあ、マリュウちゃん完全に落ち込んじゃってるよー。死んだ魚の目してるもーん!」

「よせよラバス、マリュウはそっとしといてやろう。今までずっと憧れきた男がこんなブ男だと知ったら、私だったら勢い余って殺してしまうところだよ」

メセルはタケルの顔をジッと睨んだ。


後ろでその様子を見ていたザクロがタケルに話しかけた。

「ど、どうやらタケルさんは、あまり歓迎されてないみたいですね……」

「う、うむ……なんでかな? 俺なんかした?」

タケルは困惑した表情でそう言った。

「あんたのスケベ顔を警戒してんじゃないの?」

「なんだと~キリリ!」

「何かワケがありそうだねぇ。そのオババ様って人のところに案内してくれるかい? 地球の人」

「サクシオンと呼んでくれ。でも、その前にもうちょっと待ってくれ。客人はあんた達だけじゃないんだ」

「私達だけじゃないってことは、他にも客がいるってこと? それは誰なんだい?」

「ほほほ、それはまだヒミツですわ」

「ヒミツだって? ここまでアタシらを呼んでおいてヒミツってことはないだろ? 教えておくれよ」

「せっかちな方ですわね。それともヤマトの方々は、あなたみたいに気の短い方が多いのかしらねぇ?」

「いえいえ、それは違いますよ。短気なのは紅薔薇さんだけで……」

「ちょっと、あんたは黙っておいで、ザクロ!」

「あっ! す、すみませんっ!」

「まったく騒がしい人達だこと……それにしてもアナタ、なかなかのインガ使いとお見受けしましたが?」

「へぇ、地球人ごときでもわかるってのかい? アタシのインガの強さが?」

「当然だ。私たちサクシオンは、生まれてずっと童魔ハンターとして修行をしてきているんだ。あんたらみたいな生半可なインガじゃないよ!」

メセルが挑発的な言葉を吐いた。

「童魔ハンター?……何の事かわからないけど、地球人ってのはみんなこうも傲慢な性格なのかねぇ。だったら試してみるかい? ただこうして待ってるのも退屈だしさ」

紅薔薇は、メセルとルポシエの目をギラギラと睨んだ。

「まぁ、恐いおばさんですこと!」

「さすがおばさんだね、睨みだけは年季が入っているな」

「キサマら! さっきから、おばさんおばさんって! あたしはこれでもまだ若いんだよ!」

ボゥッ!

紅薔薇の手から、灼熱のインガが燃え上がった。それを見て防御の構えをとるメセルとルポシエ。

「ひえぇ! 非難しないと! 紅薔薇さんのインガを喰らったら、こっちまで大ヤケドだぁ!」

ザクロは紅薔薇のインガを恐れて後ろに下がった。

「お、おい、ちょっとやめろよ紅薔薇。俺たちはケンカしに来たんじゃねぇんだぞ。そこのあんたも何とか言ってくれよ」

タケルはマリュウに助け舟を求めた。

「……そうだな、そんなくだらないことで、我々が戦う必要はない……」

「そうそう、だからお互い仲直りしようぜ。なっ! はい握手、握手」

「握手する必要もない……なぜなら戦うのは、この私とおまえなのだ、オボロギタケル!」

ギラリ! マリュウのタケルを見る目つきは、まるで恨んでいるような目であった。

「ちょと待て! 何で俺と地球人のあんた……えっと、マリュウって言ったか? それが戦わないといけないんだよ?」

「うるさい! 気安く私の名前を呼ぶな! 問答~無用! てやぁッ!」

ビュヒュン! キラッ!

マリュウの手から何かが放たれた。それを間一髪かわしたタケル。

「あっ、マリュウちゃんずるーい。ひとりだけ楽しいこと始めちゃって!」

「まぁよろしいですわ、マリュウさんに殺らせておきましょう」

ルポシエはみんなを止めて、マリュウとタケルの戦いを見守った。

「ち! やっちまいな、タケル!」

紅薔薇も仕方なく炎のインガを収めた。

「今何をしやがったんだ? 何かが光ったようだが、攻撃が見えなかったぜ」

マリュウの手には、ヨーヨーのように丸い武器がぶらさがり、それが弧を描いていた。

そして。その武器からは黄色い光のインガが眩く放出されていた。

「あれをインガで操って飛ばしたのか! 今まで見た事もない攻撃だぜ」

「さぁ、あんたが本物のオボロギタケルなら、私の技を破ってみろ! いくぞ!」

「だーかーらッ! 俺はマリュウとは戦いたくねぇ、地球人と仲良くしたいんだよ! さっき言ってたろ? 我々が戦う必要ないって!」

「私には必要があるのだ! やめて欲しければ私に本物と認めさせてみろ!」

「ホンモノ?……どういうことだ!」

シュン! シュン! ビヒュンッ!

マリュウの攻撃は、いろいろな角度から円を描き攻撃してきた。

これではさすがのタケルも攻撃をよけるので精一杯だった。

「ふぃーッ、あぶねぇあぶねぇ。おい、紅薔薇も何とか言ってやめさせてくれよ!」

「ふん! あたしをオバサン呼ばわりしたんだから謝ったって許さない! 負けたら承知しないよ!」

「まったく、紅薔薇も仕方ねぇなぁ……ま、なんだか知らねぇが俺の実力を見せればいいってことだな? それなら……よッ!」

ボオオゥ!

タケルの体から、青いインガが激しく放出された。

「あれ……?」

しかし、インガを放出したタケル自身、何かとまどいを感じていた。

「確かにすさまじいインガだ! だが、いくらインガが強くても、私の技は破れない! くらえ!」

マリュウの両腕から、合計四つの武器が放たれた。

それを同時に操り、四方八方から死角のない攻撃を繰り出してきた。

ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!

「わっと! ちょっと待ってくれよ! 俺のインガが何かおかしいんだ!」

「戦いの最中に何の寝言だ! これでわかった、おまえはニセモノだ! タケル様の名を語る不届き者は死ねッ!」

ヒュン! ヒュン! ヒュバシュシュシュシュッ!

死角からの弧を描く攻撃に加え、ひとつのヨーヨーから三本の光の刃が発射された。

「うおおッ!」

ヒュヒュヒュン!  ヒュヒュヒュン! ヒュヒュヒュン! ヒュヒュヒュン!

タケルは、ほとんど隙のない合間をぬって、その攻撃をなんとかかわしていた。

「す、すごい……」

地球人のラバス、ルポシエ、メセルは、タケルのその戦闘技術に見とれていた。

「紅薔薇さん! タケルさんの攻撃のかわし方スゴイですね!」

「そうだね、ザクロ。それにあのマリュウとかいう女、デカい口叩くだけあってなかなかのもんだ。インガ自体の力はたいした事ないけど、練り方がうまくて効果的に集中させている……それにしても……」

「ど、どうかしたんですか?」

「いやね、どこかタケルの様子がおかしい気がする……けして手を抜いている訳じゃないけど、なんだか自分のインガに躊躇しているような感じがするね……」

「躊躇ですか? タケルさんが戸惑っているってことですか?」


 実際タケルは、戸惑っていた。

それは、地球人であるマリュウのインガの強さではない。

この前、海底でベンと戦った時は、奇妙な酒のせいでインガが半減した。

だが、いまでは、自分が放出している以上の強さのインガが、勝手に湧き出してくる感覚を受けていた。

(おかしい……俺の体が俺のじゃないみてぇだ。なんつーか体が軽くてインガが噴きこぼれるような感覚だ)


 パシュウッ!

タケルは、空中に円を描くようにしてマリュウの攻撃を受け止めた。

タケルの手のひらには、マリュウのインガの矢がすべて受け取られていた。

「なッ! バカな! 私の攻撃をすべて受けきったというのか!? それもあいつはまだ本気を出してなかった……わ、私の負けだ……」

マリュウは、自分とタケルの力の差を認めざるを得なかった。そしてガックリとヒザをついてうなだれた。

そこに歩み寄るタケル。

「なかなかのインガだったぜ、マリュウ。だけど俺たちがこれ以上戦う理由なんてねぇんだ」

「殺せ!……いますぐ殺せ!」

マリュウは涙を流して口を噛み締めていた。よほど悔しかったのだろう。

「だーかーら、なんでそうなるんだよ。おまえらサクシオンは古のタケルの事を知っているらしいが、俺はまだ完全にそのタケルになった訳じゃねぇんだ」

「……ど、どういうことなんだ?」

マリュウは不思議そうにタケルの顔を見上げる。


「相変わらずの茶番だな、タケル……」


 ゾッ!

突如、凍りつくような冷酷な声が辺りに響いた。

スウッ……スタタッ!

上空の飛空挺から落下し、地面に軽々と着地した影。

「てめぇ……撫子ッ!」

「なんで撫子がここに……ハッ! そうか、ほかの客っていうのはアンタの事だったのね!」

「ご名答だ、紅薔薇よ。地球人とコンタクトを取っていたのは、そなたらだけではないと言う事だ……」

(何者なの?……まったく気配もインガも感じられなかった……)

マリューたちラクシアンも、撫子の奇妙な気配に警戒した。


撫子、烏丸神、鉄円の他に、もうひとり見慣れぬ男がいるのをタケルは気づいた。

(なんだ、あいつは……地面まである長い黒髪におかしな着物姿……それにあのヘビのように無表情で不気味なツラ……俺はどこかでコイツを見た覚えがある……)

タケルはその妖しげな雰囲気の男をじっと睨んだ。

「そうか、まだこやつの紹介が済んでなかったな……」

「お待ち下さい、撫子様。こやつらに名を名乗ったところでそれは無意味です。この場にいる者は全て死ぬ事になるのですから」

「フフ、それもそうだ。だがしかし、礼儀というものがあるのでな。こやつの名前は『理幻(りげん)』……どうだ、憶えておるか? タケル」

「りげん……理幻だとッ!?……お、思い出したッ!」

「ふふ、うれしいぞタケル、キサマが私を覚えていたとは。まぁもとは仲間なのだからそれも当然か」

「ちょっと待て! あんたらで勝手に話をワケのわからぬ方向にすすめるんじゃないよ!」

業を煮やしたメセルが、間に割り込んで理幻の胸倉をつかんだ。

「やばい! そ、そいつに触るんじゃねぇッ!!」

タケルはメセルに大声で叫んだ。だが次の瞬間ッ!


グルン。ボキキ……


 メセルの見ている視点が上下逆になっていた。

「あれ? なんで逆さまになってやが……うげっ!」

メセルの首の骨は折られ、頭の向きが上下逆に捻られていた。そしてそのまま口から血を吐いて倒れた。

「みんなッ! こいつから離れるんだ! あの手に触れるとブッ殺されちまうぞーッ!」

タケルの一声で、その場の異常なインガに気づいた皆は、理幻から離れて距離を取った。

「た、タケルさん! こ、これって一体どうなってんですか!?」

ザクロは震える声で、タケルに問いかけた。

「ヤツのインガは空間を捻じ曲げてしまうんだ! だからあいつに触れられるのはマズイ!」

「あわわ……それであの子はあんなふうになっちゃったんですか……」

ザクロは、首がよじれて無残に死んだメセルを横目で見た。

「こんな強敵なインガ使いがヤマトにいたなんて……アタシでさえ知らなかったよ!」

「違うぜ、紅薔薇……こいつはヤマトの国のサムライなんかじゃねぇ……こいつはそれよりも、もっと昔からいたんだ……」

「昔だって? アタシが生まれる前からかい!?」

「そんなもんじゃねぇ。もっともっと……もっと昔の古の時代からだ!」

「いにしえって……はっ! ま、まさかこいつも……!」

驚いてタケルの顔を振り返る紅薔薇。タケルはコクリとうなずく。

「そうだ! コイツは、『理幻』は! 俺と一緒に戦い、黒い大渦を地球に封印した男だ!」


 唖然。

その場にいた皆は、驚愕の事実に声を失った。


「タケル……まさかこいつも、あの禁断の地で封印されていたってのかい?」

「あいつは、この地球を征服する邪念を持っていやがった……だから俺が、禁断の地にあいつの精神を封印したんだ」

「その通りだよ、タケル。キサマが私の世界征服を阻んだのだ。あの黒い大渦の力さえコントロールできれば、この地球……いや宇宙全ての星をも思い通りに出来ただろうに。バカなやつだ!」

理幻は涼しげな口調で言った。

「まだそんなくだらねぇ事言ってやがるのか! だいたい黒い大渦を封印するのにさえやっとだったのに、あの力を思い通りにコントロールできるハズがねぇぜ!」

「ところがそうではないぞ。その秘密の方法を撫子様が知っているとしたら……どうかな、タケル?」

「なんだって! そんな方法……いや、そんな力がおまえにあるってのか!? 撫子!」

タケルは撫子の顔をギリリと睨んだ。

「ふっ……そんな怖い顔をしなくてもよかろう? 

「ふざけんな!」

「もともと古の時代に、あの黒い大渦を封印したのはそなたの力だったはずだ。もしあの大インガを上回る力を、この数千万年の間に溜め続け、それを形にしていたとしたら……どうかな?」

「溜め続けた力が形になる……だって?……それはひょっとして……『伝説の武神機』か!?」

「そうだ。そもそも伝説の武神機とは、禁断の地で封印しきれない膨大なインガを蓄積するために必要な存在なのだ。だから伝説の武神機の全ての力がひとつになった時、その力は発揮される。それこそ、あの黒い大渦をもコントロール出来る力になり得るのだ」

「そうだったのか……それで納得できたぜ。大和猛が俺のものになったのも偶然じゃねぇ。最初っから仕組まれた必然だったってことだな?」

「そうだ、そして伝説の武神機の数は全部で『五体』……武神機の体内にある『瑠璃玉』がひとつになった時、その力は解放されるのだ!」


 シーン……

あまりにも突飛で壮大な話に、皆はそれをすぐに理解できなかった。

「そ、それなら……それなら今までのヤマトの世界での争いは何だったんですか!? ヤマト、レジオヌール、そして獣人族。これらの国が対立し、殺し合いをするのには何の意味があったって言うんですか!」

ザクロがわなわなと取り乱した。

「ふん、意味だと? この低脳が。人の憎しみをインガの力に変え、瑠璃玉に蓄積させるために決まっているだろう。ただその為だけに、人は争い憎み、そして殺し合ってきたのだ。ただその為だけにな……」

「そんな、ヒドイ……それならボクらが、こうして生まれてきた意味ってなんなんですか!? その瑠璃玉に憎しみを送るためだけに生まれて来たって言うんですかーっ!?」

ザクロは絶望した表情で、その場に崩れ落ちた。

「ザクロ! しっかりしろ! そんな弱気じゃぁ、おまえの精神も撫子に取り込まれちまうぞ!」

タケルは、涙を流し悲願しているザクロの肩を揺すった。

「ふふ、いいぞ。その絶望感もやがては瑠璃玉のインガとなって蓄積される。人の持つ負のエネルギーこそが、あの黒い大渦を増大させる力なのだ。もっと泣け! わめけ! 叫べ! そして絶望するのだ!」

黒いマントをたなびかせ、大声で笑うさまはまさに悪魔そのものだった。


「……古の……精神……この地に……新たなる光を……授かる……」

マリュウが何やらぶつぶつと呟く。

「そやつは何を言っているのだ? あまりに理解できぬ話に、自分の頭で対処しきれず気でも狂ったか」

「古の精神を継ぐもの、この地に光臨し、そして新たなる光を授かるだろう!!」

マリュウは大声で叫んだ。

「それが何だと言うのだ、小娘?」

撫子は冷酷な表情でマリュウの顔を見る。

「これが、この地に昔から言い伝えられてきた伝説だ!」

「伝説だと?……ふっ、くだらん」

「やっとわかったわ……私達サクシオンが、何故あなた達と接触しようとしたのかを……それは、私達が地球人の子孫として、この戦いの見届け人になるためだったのね」

「ちがうな」

「なに!?」

「貴様らは見届け人ではない。絶対的な支配者に跪くための儀式。あるいは死刑執行にすぎぬ」

「な……なんだと……ふざけるなッ! おまえ達は何だッ! この地球を我が物とし、あの黒い大渦を利用しようとしているだと!? 

「そうだ……何かおかしいか?」

「それでは私達サクシオンは、何のために今までこの地を守ってきたのだ!? こんなふざけた話があるかッ!!」

マリュウは涙を流しながら、撫子に訴えた。

「愚かな……伝説とは風化した戯言にしかすぎん。真実から目を背け、自分達の都合の良いよう解釈しただけの御伽噺なのだ」

「ぐ!……くそぉ! おまえなんか! おまえなんかに負けてたまるかぁッ!」

マリュウは撫子にむかって飛び掛かり、戦いを仕掛けた。

「よせッ! マリュウ! 撫子のインガは並じゃねぇ!」

「うるさいッ! だまっていろタケルッ!」

ビュンビュンビュン! シャシャシャッ!

怒り全開のマリュウのインガが爆発した。

「ほう、これだけの死角を作り出すとはな……これでは逃げ場はないか……」

「くらえぇッ!」

マリュウの全範囲攻撃! 発射されたインガの矢が、撫子に向かって飛ぶ!

「逃げ場はない……が、逃げる必要などない……はっ!」

撫子が左手の掌を上に向ける。すると放たれたインガの矢がピタリと静止し、すべてマリュウに向かって弾き返されてしまった。

「なにッ!? う、うわぁーッ!」

ドス! ドス! ドスッ!

成す術もなく弾き返された矢を、その身に受けたマリュウ……と誰しもが思った。

「ぐっ! ふいー、ムチャしやがって、このオテンバ娘が!」

タケルは、間一髪マリュウを抱きかかえていた。しかし、左腕には数本の矢が刺さって出血していた。

「大丈夫か? マリュウ」

(こいつ……私をかばってくれた……)

抱きかかえられたマリュウは、タケルの顔を直視して赤面した。

「あ……は、はなせ! このスケベが!」

バッチィン!

マリュウは照れ隠しに、タケルの頬をひっぱたいた。

「イテッ! まったくオテンバだな。しかしそれだけ元気なら大丈夫だ。ここは俺に任せて逃げるんだ」

「何を言っている! 私も戦う! サクシオンの誇りにかけて!」

「ふざけるなッ! てめぇみてぇなオテンバがいたって、撫子には勝てない! ジャマだ!」

ビクッ! マリュウは、タケルの怒った顔に驚いた。

「……それに、残った地球人の数も、どうやら少ないようだからな……もうこれ以上、地球人を死なせたくねぇ、だから頼む……」

「タケル……わかったよ」

タケルの悲痛な思いを悟ったマリュウは、コクンとなずいた。そして仲間に向かって大声で叫んだ。

「みんな! このヤマトの女は、黒い大渦の力を我が物にしようとする悪だ! 言い伝えは正しくなかったが、この地球を護ろうとしているタケル達に、サクシオンは力を貸すことにする! いいな!」

オオーッ!

地球人達は、歓喜の声を上げた。

古の時代から、地球を護ることを継承してきたサクシオン達。今、その時が来たのだ。

生き残った数少ないサクシオン達は、全身全霊の力を込め、戦う決意をしたのだった。

グゴゴゴゴ……インガの鼓動が、地響きを起こすほど大きく膨れ上がった。


 その様子を見てあざ笑う撫子と理幻。

「どうやらサクシオン達には、撫子様の壮大なご意思が理解できないようですな」

「そのようだな、理幻。少しぐらいは利用価値があると思ってはいたが、こんな下等な人間どもには用はない。この場で生き絶えてもらおう」

ザッ!

撫子が手を上げると、岩場の影から黒い人影がずらりと姿を見せた。

「あ、あれは童魔! な、なぜあやつが童魔を!?」

ルポシエとラバスは、マリューの顔を見た。

「わ、わからん……だが、あの撫子というヤツの邪悪なインガが、童魔たちを操っているのだろう」

「な、なーんーでー? ずるいよー!」

「知るか! とにかくやるしかない! 来るよッ!」

ザザザッ!


 黒い大渦から生み出された邪悪な生命体、『童魔』。

小柄な体系に長い腕、そして鋭い爪。大きく裂けた口元から覗く牙、そして赤い目が光る。

「あれが童魔ってヤツなのか? たしかにとんでもないバケモノのようだね! よし! こっちもやるよ!」

紅薔薇の命令で、餓狼乱と砂の海賊も加戦する。


「ラバス! インガの波動で援護しろ! ルポシエは武器で牽制してくれ!」

「了解ですわ!」 「あーいよ!」

ラバスの手の平から、光る玉が童魔に向かって放出される。

ルポシエは、手にした槍と釜を同時に使いこなす。マリューは両腕のヨーヨーにインガを集中させる!

「よし! くらえ! 私の最大必殺技だ!」

カドッ! ドドドドドドッ!

マリューは上空に飛び上がり、両手の四つのヨーヨーから無数の光の矢を速射させた。

「ギャウッ!」 「グオオーン!」

童魔たちは、断末魔の悲鳴を上げ次々に倒れていく。

「すげぇ! マリューのやつ、あんな技を隠していたなんて! 俺でもあれをかわせるかわからねぇぜ」

ニコリ。マリューがタケルに微笑んだ。


「ぐぬう……下賎の者どもめ! 徒党を組んだサクシオンはあなどれんな……ならばここで始末しておくか」

「そうはさせねぇぜッ! 撫子!」

シャキンッ! 刀を抜いて撫子に斬りかかるタケル。

「こちらこそ、そうはさせんぞ、タケル!」

ギャリィン! ギギギ……しかし、理幻がその刀を受け止める。

「理幻、おまえならわかるハズだ! 黒い大渦がどんなに恐ろしい力を持っているかを!」

「……」

「それなのに、なぜ復活させようとするんだ!?」

「ふふ、確かにあの恐ろしさは私も身を持って経験したさ……だがな、逆にあの圧倒的な力に惹かれたのも事実!」

バキィン! ギャァァンッ!

両者、刀をはじき距離をとる。

「あの力は人間にコントロールできるシロモンじゃねぇんだ!」

「どうかな? インガという力を手にし、ヤマトという世界まで創造してしまったキサマなら、それが可能だと思わんか?」

「思わねぇな!」

ギャリン! ガギャァン!

お互いが激しく斬り合う。

「俺は封印するだけで精一杯だった! だからヤマトの世界を作ったんだ!」

「くくく! その結果、地球よりも醜い争いの世界になってしまったようだがな!」

「く!……だが争いだけじゃなく、平和も確かにあったハズだ!」

「くはは! 偽りの平和が何になる!」

「ち! まったく捻くれたヤロウだぜ!……ん? 何をしているマリュウ! 逃げろ!」


 マリュウと数人のサクシオン達はインガを集め、撫子と対立していた。

「なかなかインガに長けた民族だな……だがキサマらが何人集まろうと、我の敵ではないわッ!」

カッ! ドオオオンッ!

撫子の振り上げた指から、稲妻のようなインガが発せられた。

「うわああぁっ!」 「ぎゃぁあっ!」

その直撃を受けたサクシオン達は、手足が飛び散り、無残に焼け焦げて死んでいった。

「くそぉ! こいつにはどんなインガも効かない!……どんなインガも……インガ……そうか!」

マリュウは何かを思い出したように、両手の指を組んだ。

「マリュウさん! まさかその技はインガ封じの術!? いけません! あなたが死ぬ事になりますわっ!」

「それでもかまわない! 私はこれ以上、仲間を死なせたくないんだ! 私は、あの伝説のサムライ、オボロギタケルの子孫なんだ!」

「マリュウさん……」 「マリュウちゃん……」


 このマリュウの言葉は、サクシオン達の心に深く響いた。

何故なら、童魔ハンターになる事を決意した者は、一切の感情を捨て非常に徹しなければならなかった。

だから、仲間が死んでもけして悲しんではいけないし、恋愛する事さえもちろん許されていなかった。

戦いによって死ぬことは、むしろ光栄な事であった。

それが、古の伝説を継承せねばならない、過酷な運命を背負った者の定めであった。

しかし、マリュウはそんな定めに疑問を持っていた。

仲間が死ぬのは悲しいこと……何故、死ぬことが光栄なのか? それを口に出しては言えなかった。

サクシオンとして、最後の地球人としての誇りが、それを許さなかった。

ところが、タケルのとった行動は、自分の身を犠牲にしても仲間を助けることだった。

その熱き心が、凍りついていたマリュウの心を溶かし始めたのである。

今、マリュウは、目の前にいるこの男こそ、古より語り継がれてきたサムラだと認めた。

オボロギタケルだと認めたのだった。


「はあぁッ! いくぞ、インガ封じの術だーッ!」

「まちなさいマリュー。インガの練り方が甘いわ。もうちょっと……こうね……」

ルポシエは、マリューの肩に手を掛け、技のアドバイスをした。そしてラバスに視線を流す。

ガキッ!

突如、マリュウの後頭部を襲った一撃。それは、ラバスの攻撃だった。

「く! なにぃ……おまえたち……」

薄れ行く意識の中で、マリュウは、ラバスとルポシエの姿を見た。

ドサ……気を失って倒れるマリュウを、ルポシエは抱きかかえ、そして地面に優しく寝かせた。

「……受け取りましたわマリュウさん、あなたのサクシオンとしての誇りを……」

「ちょっち痛かった? ゴメンネー。やっぱマリュウちゃんは、童魔ハンターのリーダーだけあるねー。ラバス感激! ナンチッテ!」

「さて……いきますわよ!」 「あいあい」

ラバスとルポシエは両手の指を組み、インガを高め始めた。

これはまさに、先ほどマリュウが行おうとしていた、インガ封じの術の構えであった。

「わたくしたちではマリュウさんほどのインガはありませんが、こうして二人で行えば、インガ封じの術は発動できますわ!」

「そーそー、マリュウちゃんはまだ死んじゃダメだよ。だってみんなが必要としているんだからねー」

ブオオオッ!

ラバスとルポシエを包む異様なインガが膨張していく。すると撫子のインガに変化が見えた。

「くっ!……な、なんだ、この体にまとわりつくようなインガは!? 体の力が抜けていくような気だるいインガだ!……それに何故だ? 我のインガが弱まっていくだと!?」

シュウウウウッ!

「ううぅ!……思ったよりこの技はつらいですわね!」

「そ、そーだね、ルポシエちゃん……も、もう・……だめー!」

「しっかりしなさいラバス! ここでサクシオンを全滅させる訳にはいかないのです! 私達の命に代えてもここは守るのですよ!」

「わ、わかったよ……マ、マリュウちゃんのためだもんねー!」

バシュウウッ!

ラバスとルポシエの両腕は、焼け爛れたように皮膚がめくれ上がっていた。

「おのれ! 下賎の者どもが我にはむかうとは! それにこの異質なインガ……こんな術を使うとは、こやつらを少々見くびっておったわ!」

「撫子様! ここはお下がり下さい! 後は私にお任せを!」

「そうはさせねぇぜ、理幻!」

タケルと理幻。両者互角の戦いが続く。

「サクシオンどもを全滅させておきたかったが、ここは引くしかないか……烏丸、この場は任せたぞ。すぐに援軍を出させる」

「心得ました! 撫子様はお下がりください!」

「うむ」

「そうはさせませんわ! ラバス! 全開ですわよ!」

「はいよー! ルポシエちゃんっ!」

ババババッ!

ラバスとルポシエは、インガ封じの術のパワーをさらに上げた。

「ぐ! や、やめろ……やめるのだ! それ以上やると、我の精神が飛んでしまう!……ぐわあ!」

その時。撫子の体に変化が起きた。

「あっ! お、おまえのその姿は……!」

タケルは、その姿を見て声を上げて驚いた。


 はたしてその姿とは?

そしてタケルは、変わり果てた撫子を見て、驚愕の事実を知ることになる。

インガの未知なる力は、どこへ向かおうとしているのだろうか?

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