武神機伝 ヤマトサーガ

しょもぺ

第1話 サムライの女

因果

それは原因と結果

所業によって生まれた悪戯

人はその因果を覆すことなく

受け入れるしか術はない……



 第一話 『サムライの女』



「タケルー!」

ひとりの少女の叫び声が、静観な住宅街に響いた。

少し怒り気味の声だった。


「はぁ! はぁ!」

あたたかい春の日差しの中、住宅街の側道を走る少女。

通勤通学中の人ごみを掻き分け、少女の走る先にはチョンマゲが見えた。

少女はそのチョンマゲを目印に、さらにスピードを上げて走る。


「タケルってば!」

少女の叫ぶ先にはチョンマゲの少年がいた。

少年は、その少女の声に気づくと、目つきの悪い目を少しだけ横に動かした。

しかし、気づかないふりをして、そのまま歩き出す。

「タケル! ちょっと待ちなさいよ!」

「……」

あいかわらず少年は気づかないふりをする。

「もうっ!」

少女は少年の前に回り込み、両手を広げて通せんぼした。


「……んだよ?」

 少年は学帽の影から鋭い目を覗かせ、メンドクサそうにつぶやいた。

チョンマゲ頭にだんごっ鼻、だらしなく着崩した学生服。じつに特徴的な容姿だ。


「何だじゃないわよ! 今日は高校の入学式でしょ!」

「……だから、なんだってんだよ?」

「そっちの方角は学校じゃないでしょ! 初日からサボリなんて、この私が許さないからね!」

少年は顔を背け、背中をボリボリと掻いた。

「うるせーぞ、萌(もえ)。オレはもうガキじゃねぇんだ、幼なじみだからって、いちいちやかましいっつーの」

少年は少女の広げた手を跳ね除け、歩き出した。

そして、地面にぺっとツバを吐いた。


 それを見た萌という少女は、肩を震わせて怒りを抑えていた。

「ダメーッ! ぜったいにあんたを学校に連れてくからね!」

萌は、タケルという少年の襟首をむんずと掴むと、思いっきり引っ張った。

「ぐえっ! く、苦しいぞ、萌! や、やめろっての!」

「もう怒った! もう許さないんだから!」

萌はタケルをズルズルと引きずっていく。まわりにいた人達も、その光景に目を奪われていた。


 朝の町並みに広がる穏やかな光景。

その場にいた人達は、今日からはじまる新しい生活を、心躍るように感じているのだろう。

平和な時間がいつまでも続く。皆は、無意識にそう思っているのだろう。

……しかし。

悲劇は、この瞬間から起こってしまった。


「オイッ! てめぇッ!」

静かな町並みに、突如響いた怒声。一瞬、その場の空気が凍りついたかのようだった。

タケルを引っ張る萌も、その声の方向を無意識に振り向いた。

道路を挟んだ反対側のコンビニ。そこの建物の裏側に数人のガラの悪そうな男達がたむろしていた。


「なんなの、あの人達……」

萌は恐々とした表情でタケルに尋ねた。

「……」

しかし、タケルは何も答えずに黙ったままだ。


「オイッ! 聞こえてんだろ? オボロギタケル!」

ガラの悪い男達の中で、中心にいるリーダー格のような男がそう叫んだ。

どうやら、その男は、タケルのことを知っているようだ。

「……」

相変わらずだんまりを決め込むタケル。あれだけ大声で怒鳴られたら聞こえていないはずがない。

タケルは、その男達の方を見向きもせず。街路樹から飛び立つ鳥をボーッと眺めていた。


 すると。ガラの悪い男達が、肩を怒らせ威嚇するかのように近づいてきた。

信号は赤で、自動車が走っている道路を横断する男達。

びっくりした運転手たちが急ブレーキを踏む。中には窓を開けて怒鳴ろうとする人もいたが、

ガラの悪い男達の人相を見ると、怖気づいて何も言えなくなってしまった。


 男達は六名。タケルと萌の前まで来ると、ずらりと取り囲みタケルの顔を一斉に睨む。

「……」

しかし、タケルは目を逸らしたまま黙っていた。

これだけの人数のガラの悪い男達にからまれれば、誰でも怖気づいてしまうのも無理はない。

「どうした、オボロギ? ビビッって声も出ねぇのか!」

「ひっ!」

その大声に萌が驚く。

「お、おっと、飛鳥さんには関係ないことですぜ。驚かしてすいやせん」

リーダー格の男は、萌のことも知っているようで、紳士な口調で話しかけた。

ところが、下品な風格と顔つきからは、紳士というよりも不気味さを感じさせ、萌はさらに警戒してしまった。

「てめぇ、たしか隣町のカブレとかいったな?」

やっとタケルが口を開く。

「カブレじゃねぇ!この俺が有名な鏑勇気(かぶらゆうき)様だ!」

「……ああ、そういや有名だぜ」

「そっ、そうか? そんなに俺様は有名なのか? いや~照れるねぇ、いひひっ!」

カブレは下品な笑い方をした。

「そう、有名だ……ひとりじゃ何もできない臆病モンだってな」

「て、テメェ! 殺すぞ!」

「それより、なんで萌のことも知っているんだ? カブレ」

「かぶらだ。それは俺様が日夜、飛鳥さんに悪い虫がつかないように護衛をしているからだよ」

カブレは得意そうに言った。

「萌、こいつのこと知ってんのか?」

「……ううん、はじめて見たわ」

「おい、それってストーカーじゃねぇのか?」

「ち、ちがう! 断じてそうじゃない! 俺様はただ飛鳥さんを遠くから観察しているだけで、それだけで満足というか、てめぇはいつも飛鳥さんと一緒で悔しいとか、全然思ってねぇからな!」

「ふん、変態ストーカーか」

「こ、コワイ……」

萌は、カブレを腐ったものでも見るような目で見た。

「ち、ちがいます飛鳥さん! オボロギ、てめぇのせいで飛鳥さんに不信感を抱かせちまったじゃねーか!」

「おいおい、俺のせいかよ? まぁいいや、萌、先に学校へ行っていろ」

「で、でも……」

「いいから言うとおりにしろ! おまえの出る幕じゃねぇんだよ」

「お、オイ! 飛鳥さんにその言い方はなんだ! それに、くそー、何だかカッコイイじゃねぇかよ!」

「気をつけてね、タケル」

タケルは無言だった。萌は、後ろを振り返りながらその場を去っていった。


「あ、飛鳥さん! ボクはけしてストーカーじゃありませんからぁ!」

朝の交差点に、カブレの叫びが虚しく響き渡る。

しかし、萌は一目散にその場から逃げていった。カブレの行動に、大変気味が悪かったのだろう。

「ぷっ、くくく!」

「てめえオボロギ、なに笑ってんだよ! 飛鳥さんに誤解されたオトシマエつけてやるよ!」

「まったく笑かしてくれるぜ。子供みたく赤信号わたったり、ストーカーしてたり、最高だな、オマエら」

タケルは、鼻の頭を人差し指で横にこすった。カブレとその仲間達は、一斉にタケルを睨んだ。

「教えてやるよオボロギ……俺様とおまえは今日から一緒の学校に入学し、そこで俺様が全校生徒の前でおまえをコテンパにしてやるシナリオだったのさ。それがちと狂っちまったがな」

「一緒の学校だと? ふ~ん、それで隣町のおまえがここにいたワケか」

「おまえをノシた後、飛鳥さんは俺に好意を抱くんだ……それから、飛鳥さんとのバラ色の高校生活が

はじまるんだ……(ウットリ)」

「お、おいおい……てめぇ脳みそ大丈夫か?」

「だまれ! これからは俺様の時代よ! きさまがこの町でボスヅラしてるのも今日で終いだ!」

タケルは呆れた顔で頭を掻いた。

「ふ~、何を勘違いしてるか知らねぇが、俺はこの町のボスでもなんでもねぇよ」

「な、なんだと? この町では、てめぇに逆らうヤツはいないって話だぞ?」

「俺はボスなんて興味ねぇよ……ただ、俺に逆らうヤツをぶっ殺すだけだ……」

「うっ!?」

タケルの鋭い眼光。

その瞳の奥には、無限の闇が広がっているようだった。物怖じしたカブレの額に冷や汗が垂れる。

(オボロギタケル……こいつの目は人間じゃねぇ、野獣そのものだ!)

カブレが恐怖を感じ取った瞬間、もう遅かったのかもしれない。


 ドズンッ!

「うご……!」

鈍い音を立て、カブレは腹部を押さえて崩れていく。すでに白目を向いていた。

タケルが放った腹部への強烈なアッパーだった。

「ホントにひとりじゃ何もできねぇヤツだなぁ」

タケルは、倒れ込んだカブレの背中を掴んで引き起こした。

「てめぇらのワルさがどれだけガキか、俺が教えてやるぜ……」

タケルは、失神しているカブレを掴み、自動車の行き交う道路に放り投げようとしている。

カブレの仲間たちは、その突拍子のない行動に身動きひとつできなかった。

まさか投げるハズがない……そんなことをしたら死んでしまう……

だが、タケルはそれを躊躇することなく行ったのだ。


ドボゴォン!ザシャッ!


 道路に放り投げられたカブレの体は、対向車の自動車にぶつかって宙を舞った。

そして、そのまま勢い良く地面に叩きつけられ、ヒクヒクと体を痙攣させた。

「へん、俺は人を殺すことに何のためらいもねぇんだぜ。刑務所でもどこでも入ってやるよ!」

タケルは、のっそりとカブレの仲間の方に近づいていった。怖気づくカブレの仲間達。

「だがよ、親のいねぇ俺の面倒みてくれた萌の両親にはちったぁ感謝しているぜ。だから、義理で高校だけは入ってやったのさ。けど、入学さえしちまえば、あとは退学になろうが好きにさせてもらうぜ……」

「ひいいいぃッ!」

悪魔のようなタケルの行為に、絶叫して怯えるカブレの仲間達。

すでにそれは、戦意喪失した小ウサギのようだった。


バキッ!ドゴッ!ブシャア!


 繰り返し繰り返し人を痛めつける行為は続いた。

顔面血だらけで倒れる男達。それを引き起こしてはまた殴るという行為は続けられた。

タケルの顔は、満面の笑みに満ち溢れていた。

人を殴る、人を傷つける行為に、体中の血が沸騰しているようだった。

快楽に身を包まれた人間の顔。タケルは今、そんな顔をしていた。

「もうひとつ教えといてやる、萌に手を出すヤツはゆるさねぇ! それが俺の仁義だ!」

しかし、その言葉をまともに聞いている人間はここにはいない。

負傷し気絶している人間の耳には、何も聞こえないのだから。


ウ~ッ!ウ~ッ!

その時、パトカーのサイレンが鳴った。通行人の誰かが通報したのだろう。

パトカーから警官が降りてきても、タケルはカブレの仲間たちを殴るのをやめなかった。

「そこの少年! おとなしくしなさい!」

「サツか……ちょうどいい、まだ殴り足りなかったんだ。俺のムシャクシャした気持ちを、おまえらにぶつけてやるぜ!」

タケルは、鼻の頭を人差し指で横にこすった。

警官達は、その場の異常な光景を見て、銃を抜くべきだと判断した。

「ピストルか……いいぜ! やってやるッ! こんなつまらねぇ世の中に何の未練もねぇんだよッ!」

タケルは警官に猛然と向かっていった。


「やめてー! タケルー!」


 その声は萌だった。

タケルはその声を聞いて一瞬我に返った。そのスキに警官達はタケルを取り押さえた。

「くそ! はなせ!」

「た、タケル! なんでこんなことになっちゃったのよ!?」

萌はタケルの身が心配で戻ってきたのだ。しかし、予期せぬ現状に驚いていた。

タケルは警官数名に取り押さえられていた。

大声でわめき叫ぶタケル。それはダダをこねた子供のようであった。

「うわーッ!」


 その瞬間。

急に空が紫色に曇りだし、あたりは異様な空気に包まれた。

突風が吹き荒れ、大地を掻きむしるような地響きが起こった。

ビュオワァ! ボボボボゥッ! ズゴゴゴォオオンッッッ……!

「きゃーッ!」

「な、なんだ!?」

タケルは地響きの衝撃に驚いた。すると目の前に、眩く輝く光が現れた。

ビッカァ……ズボボォン!

爆風が起き、タケルの体がフワリと宙に浮いた。

タケルは吹き飛ばされまいと必死で近くの電柱を掴み、なんとか必死に耐えた。

「うおおおおッ!」

グゴゴゴ!……ォォン……


 数十秒後、やっと揺れがおさまった。

砂煙が薄れ、次第に視界が晴れてきた時、タケルはさらに驚いた。

西の空が裂け、そこの黒い空間から巨大な戦艦のような物体が現れたのだ。

その巨大な戦艦からは、人の形をした物体が放たれていくのが見えた。

「な、なんだってんだ、ありゃ?」

「た、タケル……」

タケルの耳に、かすれた萌の声が聞こえた。

あたりを見回すと、瓦礫の下敷きになっている萌を発見した。

「萌ッ! 大丈夫か!?」

「う、うん……看板が倒れてきたからその下敷きになっただけ……あ!」

萌があたりを見回すと、町中はメチャクチャに破壊されていた。

建物は壊れ、地面は裂け、人は血を流して死んでいた。

「ひ、ひどい……なんでこんな……」

「わ、わからねぇ! だけど安心しろ! 俺がついてる!」

パニック状態の萌の肩をつかみ、タケルは叫んだ。

「う、うん」

「どうやら、あの巨大な戦艦の仕業らしいな」

「戦艦? 私、そんなの見なかったわよ? それより、何でタケルがおまわりさんに捕まっていたの?」

「まぁ、その、成り行きでな……そ、そんなことはどうでもいいじゃねぇか」

「どうでもよくないわ。わかった! これもタケルが爆弾でイタズラしようとして失敗したからなのね!」

「は? おまえは、どーゆう脳みそしてんだよ? いくら俺でもこんなことできねぇよ」

「そ、そうよね……」

「……」

タケルと萌はふたりとも黙ってしまった。

突然の出来事に、どういう思考をしたら良いのか皆目検討がつかなかったからだ。


「お、俺様も見たぜ……」

「ひえっ!」

驚く萌の背後から、ひとりの男が話しかけた。それは全身ボロボロのカブレだった。

「カブレ! てめぇも無事だったのか。しっかし、よく生きてやがったな」

「ふん、あれくらいでこのカブレ様がやられるかってんだ」

「ほお、意外とタフなヤツだな、ちったぁ見直したぜ」

「オボロギ、てめぇに見直されても嬉しくねぇんだよ。それより、俺様も見たぜ、あの巨大な戦艦を」

「これで見間違いじゃないってことだな。オモシロクなってきやがったぜ!」

「タケル! なに不謹慎なこと言ってるの? 人がいっぱい死んだんだよ?」

「へん、俺は今の世の中が退屈でどうしようもなかったんだ。これぐらい刺激があったほうがいいぜ」

「そんな! タケル……」

「飛鳥さんには悪いが俺様も賛成だ」

「か、カブレさんまで……」

「飛鳥さん、ボクたち不良はまわりから煙たがられるカラスみたいな存在なんでさぁ。

どこに行っても白い目で見られ爪弾きにされちまう、そんな社会は大キライなんでさぁ。

けど、そんな中、飛鳥さんは美しい白鳥のような存在だった……そう、ボクにとっては……」

カブレはキラキラした目で萌のことを見つめた。

「やっぱキモイ」

「ガーン! き、キモイってそんなハッキリ言わなくても……トホホ」

「ハハハ! 確かにキモイよ、おまえ! でも、その考えだけはウマが合いそうだな」

「う、うるせぇ、オボロギ! チキショー」

半べそをかくカブレ。よほど萌に言われたことがショックなのだろう。


ズガガガ……ゴオオォン!


 そこに、またしても不快な地響きが鳴った。

「またかよ!」

「もう、ヤダぁ!」

タケル達の目の前の空中に、丸い模様が浮かび、そこから光が漏れ、人型の大きな影が現れた。

プシュ~……

「うッ!!」

それは、全身から蒸気を上げ、10メートルはあるかと思われる人型のロボットだった。

「なんだってんだよ、コイツは?」


ロボット……と言っていいのかどうか不明だが、とにかくそれは人型のロボットに見えた。

そのロボットは、兵器というイメージとは違っていて、全身が滑るような丸みで構成されていて、

ぴかぴかの光沢に包まれていた。それはまるで、花のような美しいイメージを醸し出していた。

手にはナギナタのような武器を持っていて、例えるなら武者に近い井出達だった。


「ま、まるで漆塗りの人形のようだぜ……」


突然の出来事に呆気にとられるタケル。だが、驚きは連続する。

そのロボットらしき物体の胸のあたりが急にパカッと開くと、中から人が現れたのだ。


「うおわぁ! だ、誰か出てきやがった! う、宇宙人かっ!?」

「貴様がサムライなのか……」

「な、なんだと、サムライ? 何のことだ!」

その怪しい人物はヘルメットを取った。

「お、女ッ……!」


 漆のように淡く濃厚な艶の髪。日本人形のような静観な顔つき。

その女は片手を腰に当て、獲物を狙う蛇のような冷淡な目でこちらをジッと見据えていた。


「私の名は撫子(ナデシコ)。もう一度聞く。貴様はサムライなのか?」

「ナデシコ? サムライだと? ……なんだ、何を言っていやがるんだ!」

突然聞かされる意味不明の言葉に戸惑うタケル達。

「どれ、試してみるか。そのほうが話をするより早いからな」

撫子と名乗る女の口元がニヤリと釣り上がる。

「試す? 何を試すってんだ!?」

「タケル、この人おかしいよ、逃げよう!」

「オボロギ、気をつけろ! こいつ只者じゃねぇ!」

「ああ、わかって……」

シュタタカタァッ!

その女は、突然ロボットから飛び降りると猛スピードで向かってきた。

そのスピードは、アッという間にタケルとの距離を縮めるほどの俊足だった。

「うッ!」

突然の出来事に唖然とするタケルは、無防備でその女の接近を許してしまった。

タケルの近くまで接近した撫子は、素早く体勢を低くし、体を半回転させ突き上げる蹴りを放った。

ふいを突かれたタケルは、その繰り出した蹴りをよけきれず、たまらず両腕でガードした。

メシッ!

「うぐおッ!」

鈍い音をたてながら、タケルは十メートルほども後ろに吹っ飛ばされてしまった。

「くうッ!」

タケルは吹き飛ばされながらも、クルクルと回転しながらなんとか着地した。

「フン、防御だけはまずまずだな。しかしその片腕はもう使えない。こんなものか、サムライの力とは?」

「こ、コンチクショーめっ! いきなり何しやがんだ、テメェは!」

タケルの腕がズキズキと痛む。


 タケルは激しく痛む右腕を押さえながら、相手をキッと睨み付けた。そして心の中でこう思った。

(お、俺の腕を一撃で折るなんて!……確かサムライとか言ってやがったな、コイツ。

確かに俺のトレードマークはチョンマゲだが、まさか本気でサムライと間違うなんて、

この野郎、イカレてんのか?)


「その程度では、わが国を救うサムライにはなれんな。ならばいっそ殺してやった方が貴様のためか」

その女は、淡々とした冷酷な口調で言い放った。

「な、なんだと! てめぇ、言わせておけば!」


(この女は本気だ。腐ったウジムシでも見るかのような冷酷な目……マジでヤツは俺を殺しに来るッ!)

この時タケルは、本気で殺意を持った相手と生まれて初めて対峙した。

ツツーと額から汗が垂れる。


「お、おもしれぇ! 今度はこっちの番だぜッ!」

ダッ! シャッ! シャッ! シャッ!

タケルは突進しながら、左右にフェイントを織り交ぜ接近し、相手の死角へパンチを繰り出した。

「む!」

撫子は不意をつかれたので、この距離では防御が間に合わない。

(よしッ! この角度・・・もらったぜ!)

タケルは自分の拳が女の後頭部にヒットすることを確信した。

バシッ!

「なにっ! バカな!」

その女はこちらを振りかえる事もなく、後ろを向いたまま、タケルのパンチを手の平で軽く受け流した。

そして、タケルの拳を払いのけると、振り向きざまにヒジを後ろに鋭く回転させ、えぐるように突き出した。

「甘いッ!」

撫子の目がキラリと赤く変化した。

ガゴォンッ!

「ぐがッ!」

タケルのアゴは跳ね上がり鮮血が舞う。ガクンと頭を垂らし、ガクガクとヒザから崩れ落ちていくタケル。

それを、撫子はゆっくりと構えながら狙い済まし、強烈な掌底を腹部にギュルリとねじり込んだ。

ドボォン! ドガッ!

その勢いでタケルは吹き飛び、壁に体を強く打ち付けた。

衝撃で瓦礫がガラガラと崩れ落ち、タケルはそのままピクリとも動かなかった。

「た、タケルー!!」

萌の叫び声が響く。

「やれやれ、また殺してしまったか。本当にこの時代にいるのか、サムライは?」

その女の目は、人を殺したことを微塵も詫びることのない、冷ややかな目をしていた。


ピーッ、ピーッ!

その時、ロボットの操縦席から無線らしき信号音が聞こえた。

女は腹部のコクピットへ戻り、通信を始めた。

「銀杏か? 撫子だ。こちらはまたもサムライ発見できず、だ」

「えーっ? またですかぁ隊長ぉ! もう3人目ですよ? 銀杏はもう疲れましたぁ~☆」

「文句を言うな。真のサムライを見つけなければ、我がヤマトの国の未来はどうなる?」

「うぅ……は~い、わかりましたぁ☆ 銀杏はがんばりまっス☆ じゃあ次の場所わっと」

「今度はもっとセンサーの感知度を上げてみるか。この時代のヤツラはひ弱すぎて使えん」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ隊長っ! 強力な時空間の歪みをキャッチ!

これは白竜級大型戦武艦ですっ☆!!」

「バカな! そんな巨大戦武艦をチューブインさせる時空間ブースターは開発されていないハズだぞ!?」

「でも、現にレーダーに映ってます。故障かな?☆」

「いや、故障とは言い切れない。この地点からすごく近い場所だ。銀杏、私の機体を回収しに来てくれ!

すぐさま、戦武艦の出現地点に向かう!」

「あいあいサー☆」


 それからすぐに、空中にまたも丸い模様が浮かび、一瞬光ったと思うと、そこに新たなメカが出現した。

どうやらロボットを回収するための小型輸送機らしい。

輸送機の側面が展開すると、撫子の乗るロボットはその中へ収納された。

その時に、もう一体、別のロボットの姿も見えた。

輸送機は、ロボットを積み込むと音もなく上昇し、西の空へビュンと飛んでいってしまった。


(あの野郎……ワケわかんねーことぬかしてやがって……)

タケルはもうろうとする意識の中で、あの女の会話を聞いていた。

ブロック塀に激突したタケルの頭からは、血がダラダラと流れていた。

タケルは、いまだにどんな事態が起こっているのか、頭の中で整理しきれていなかった。

いや、このトンデモナイ状況を整理しろ、という方が無理なのだ。

しかし、何か危険な事が起こっているという事は、本能で理解している様だった。


「タケルー! しっかりして!」

萌とカブレは、瓦礫の下敷きになっているタケルを掘り起こした。

(ううっ……だ、大丈夫だぜ、これくらい……)

タケルはそれを声に出そうとしたが、体が言う事をきかない。

撫子という女の攻撃が、よほど強烈だったのだろう。

「タケルー! なんでタケルがこんな目に合わなきゃいけねいのよー!」

萌は涙を流して叫んだ。すると、カブレは何かに気づいたようだ。

タケルの体がぼんやり青白く光っていることに。

「おぉ?……」

カブレは目をこすって見なおしたが、先ほどのようにタケルの体は光っていなかった。

「お願い! タケルの体をもとにもどしてよー!」

「……あ、飛鳥さん、ひょっとしたら飛鳥さんの声が天に届いたのかもしれませんぜ」

「え?」

すると、タケルはむっくりとカラダを起こした。さっきまでの怪我がウソのようだった。

「お、俺のカラダが治ってやがる……いったいどうなってんだ?」

「た、タケル! 良かった!」

「な~に泣いてんだよ萌。いつまでたっても泣き虫だな、オマエは」

「なによ! せっかくタケルのことを心配してやったんのに! もおう、知らない」

「オボロギ、飛鳥さんに感謝しろ。その傷を治した奇跡は、飛鳥さんの願いなんだからな」

「はぁ? 何言ってんだよ。またキモさ爆発しやがって、打ち所でも悪かったのか?」

「とにかく、飛鳥さんに感謝しろって言ってんだよ!」

カブレはタケルの胸倉を強くつかんだ。

「わ、わーったよ……へっ、いきなりおかしなことが続くもんだから、何が起こっても不思議じゃねぇな。ありがとよ、萌」

「う、ううん。私はタケルが治ってくれればいいと思っただけだから……」


 タケルは起き上がると辺りを見回した。

散々とした町の状態。破壊しつくされたと言っていいほどの有様。たった数分で、現実は変わってしまった。


「ひでぇことになっちまったな……」

「ああ……俺様の仲間もみんな死んじまった……」

「あの撫子って女、絶対にゆるせねぇぜ!」

「お、おいオボロギ、俺様も気絶したフリして見ていたけど、いくらオマエでもあの女には勝てねぇって」

「見られていたなら尚更だ。いままでケンカ無敗の俺にドロ塗りやがって! たしか西の方へ飛んでいきやがったな」

タケルは西の空を見上げた。すると、その方角の空から閃光のようなものが見えた。

「あれだな……よっし!」

「待ってタケル! ムチャよ、殺されるだけだわ!」

「あいつは突然現れて町をメチャメチャにしやがった……そしてケンカ無敗の俺を簡単に負かしやがった……撫子という女、許さねぇ!」

タケルの目は復讐の炎に燃えていた。

「小さい頃からずっとそうだったね、タケル。人一倍負けず嫌いで、意地っぱりで、それで……」

(私を心配させてばっかりなんだから……)

「ん? 何か言ったか、萌」

「ううん。わかったわタケル、さっきの女の人を見返してきなさい!」

「わかったぜ、サンキュー、萌」

「あ、飛鳥さん、そんなムチャな……」

「でもタケル、約束して。ぜったい無事に帰ってくるって」

「ああ、おまえは家に帰っていろ。東の方角なら安全そうだしな」

タケルと萌は見つめ合っていた。それは、お互いの意思疎通が繋がっているかのようだった。


「て、てめぇ、オボロギ! てめぇばっかカッコつけさせるワケにはいかねぇ! 俺様もいくぜ!」

「はん? 来なくていいよ、どうせテメェじゃ役に立たねぇからよ」

「フン! 俺様のタフさを忘れたのかね? それとも、ビビってんのか、オボロギ」

「ビビってんのはテメェだろ。足、震えているぜ」

確かに、カブレの足はブルブルと震えていた。

「あはは、カブレさんって面白いんですね」

「わ、笑った! 飛鳥さんが俺を見て笑ってくれたぁ!」

「……ったく、バカにされてんのがわかんねぇのか、このド変態が」

「何か言ったかオボロギ!」

「い~や、なにも。さっ、とっとと行こうぜ!」

勇んで歩き出したタケルとカブレ。


 キシャアアァ!

その時、萌を狙う何者かの目が赤く光る。

空から突然響く奇声。それは羽の生えた化物のようだった。


「なんだこいつは! 萌、あぶないっ!」

「きゃああッ!」

しかし、タケルが守る前に、萌はその化物に捕まってしまい、そのまま空を飛んで逃げていった。

「な、なんだよ今のは……虫のようにも見えたが、あんな巨大な虫なんて見たことないぜ……」

「考えるのはあとだぜ、カブレ! 萌を助けないと!」

タケルは、萌をさらった巨大な虫の後を追った。それに続いてカブレも走る。

その虫は、西の空へと向かって飛んでいる。

「くそっ! いったい何だってんだ! どうしてこんなことが起きるんだ! どうして萌がさらわれるんだ!」

すべてが予想しない出来事。それらが突然に押し寄せる。

しかし、タケルは、そんな現状を受け入れている自分に喜びを覚えた。


(これから何が起こるっていうんだ?……しかし、面白くなってきやがったぜ!

それに俺の体が燃えそうに熱いぜ……へへ、俺はおかしくなっちまったのかな)

タケルは、これから起こる予期せぬ出来事に、心臓がドクドクと熱く脈打つのを感じた。


突如、巨大ロボと共に現れた謎の女…

西の空に現れるという巨大な戦艦…

そして、タケルの怪我を治した青白い光…


様々な謎を残しつつも、物語はここから始まっていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る