天使と悪魔

@Poooo

第1話

「どうする…」

俺はリビングに置かれたテーブルに座り、1人ゲンドウポーズをかましていた。すると、俺の背後からも同じようにつぶやく声が聞こえた。

「どうするも何もねえだろうが」

「腹くくれよ男だろ」

「まあモブ男の気持ちもわかんないじゃないけどお、やめといたほうがいいんじゃない?」

「モブ男、信じてるぞ。」

そして俺の目の前に堂々と鎮座するこの物体は、我が妹の所有物であるプリンである。俺はこれを食べるか否か、迷っているというわけだ。そして俺の後ろで三者三様、いや、四者四様?で好き勝手宣うこいつらは、数ヶ月前より俺にとりつく天使、悪魔、そしてその部下各1名である。何故か天使の部下だけが女である。特筆するほど可愛い訳では無い。

4人とも、少し黙っていて欲しい。俺は真剣に悩んでいるのだから。いや、さすがに「おめえら!お口チャックしてろ!」などという理不尽極まりない横暴な態度にでて愛すべき彼らの人権を強奪するような真似はしないがな。ん?愛すべき?んん、まあいいか。

せめて4人で似たような意見を出してくれるならまだいいのだ。なのに、天使と悪魔は基本的に反対のことしか言わないし、ほか2名は適当だし。どうせ自分の主人に同調するように教育を受けているのだろうから、わざわざ発言する必要はないのだ。それぞれの主人に任せておけばいいのだ。4人で各々が言いたいことを好き勝手いうからややこしくなるのだ。

ちなみに、今、両親は仕事、妹は友達と遊びに行っていて、家にいるのは俺と約4名だ。

俺が頭の中でぐるぐるそのようなことを考えていると、後ろから悪魔が話しかけてきた。

「なあなあモブ男ー、もう食べちゃおーぜ?腹減ってんだろー?そのプリン食べないと夜ご飯まで待てないんだろー?大丈夫、どーせ気づかれねえよ」

いや、俺はそこまで腹は減ってないぞ。ただプリンが食べたい気分なだけであって。

「いやいや、さすがに妹のプリン食うのは兄貴としてどうなの。それクズだろ。てか、紗音流(シャネル)たん傷つけるヤツとか俺が許さねえからな?食ったらどうなるか分かってんだろーなモブ男」

天使も負けじと応戦してくる。紗音流というのは俺の妹のことだ。もう名前に「たん」なんてつけるような歳じゃないんだけどなあ。

「そうだそうだー」

天使の部下もスマホをイジリながらめんどくさいと雄弁に語る顔で天使に同調する声を上げる。いや、そんなんなら無理して発言しなくてもいいんだぞ?

「モブ男、信じてるぞ。」

これは悪魔の部下のセリフである。なんだかんだ言って1番適当なのお前だよな、いや、そういうところ好きだけどさ。というか天使の部下はちゃんと天使の意見を聞いてそれに同調してるのに、悪魔はあまり発言してもしなくても部下の発言にそれが反映されない。なんか、悪魔、かわいそう。

何はともあれ、プリンである。早急に決断しなければならない。というか、俺の意志としてはもう食べたいから、食べていいかな。いいよな。うん。食べよう。

俺が目の前にあるプリンに手を伸ばすと、いつの間にか俺の背後にたっていた悪魔の部下が俺の手を叩いて一言。

「モブ男ー、俺、お前のこと信じてるから。」






え?







え?いや、あの…え?お前食べて欲しい側じゃないの?え、えーと、ちょっと俺再確認した方がいいかな、お前悪魔の部下だよね、ねえ、合ってるよね?すると、天使の部下が悪魔の部下に言った。

「あ、ナイスー。それ今うち言おうとしてたーなんでわかったのーまじたすかるー」

近年稀に見る適当さだった。彼女の視線はスマホの液晶に釘付けであるし、そのセリフにも感謝の念、どころかなんの感情も込められていないように聞こえた。

「お前のことならなんでも分かるさ!そのお前の少々俺を蔑ろにしてしまう態度も、全部照れ隠しなんだろ?本当は俺のことだいすきなんだろう、わかってるさ。」


え、お前そんなキャラだったか?あとお前多分盛大な勘違いをしてると思うぞ?

そしてそんなふたりを、まるで長年待望していた孫を眺める老夫婦のような表情で見守る天使と悪魔。

…いや、いやいやいや、普通に気持ち悪いわ。お前ら普段めっちゃ仲悪いだろ。いつもいつも俺が何らかの決断に迷ってる時に現れてその度に対立してるだろ。相手と同じ意見だけど張り合いたいがためにわざわざ自分の意見ねじ伏せてることもあるって知ってるぞ俺。

混乱する俺を置いて天使と悪魔は和やかな雰囲気で会話を交わしている。

「なあ悪魔、あの子達はいつからあんな関係に?」

「…俺にもわからない。」

「悪いな、あの子素直じゃないから、お前の部下のことを傷つけてしまうかもしれない。」

「いいよ。あの子はただ少しツンギレなだけだ。未だに俺の部下相手にデレてるところ1度も見たことないからなあ。今みたいな適当な受け答えか、キレてるか。」

「どうやったら素直になれるんだろうなあ…すまん、お前にも迷惑をかけることになるかもしれないな」

「ああ…構わないよ。俺もあいつの恋路はちゃんと見守ってやりたい。」

え、何なの?ねえ、君ら何なの?ツッコミどころ多すぎてツッコむ気にならない!多分ふたりが愛し合ってるとかはないと思うよ!?彼女ツンギレなわけじゃなくて、ただ単に鬱陶しがってるだけじゃない!?ねえ!?ていうかプリン!!!!ねえ!!!!プリン食べたいんだけど!!!!食べちゃだめかなあ!!??ねえ!!!!!????





ドンドンドンドン!!!!

「おいクソ兄貴!いつまで待たせんだよふざけんな!!!!!」






いつの間にか妹が帰ってきていたようだ。しかも大層ご立腹だ。これはもう詰んだの一言に尽きる。俺はリビングを飛び出して玄関へ向かおうとしたが、小指をなにかの角に強かにぶつけた。後ろからは天使が「おい俺の紗音流たんを怒らせんじゃねえ!ストレス溜まると…ええと…体に悪いだろうが!」などと宣っている。ならお前が代わりに玄関を開けてくれたらいいじゃないか。なんて、無理な話か。すべては孤独な俺自身がつくりあげた虚像なのだから。わかっている。俺には約4名の謎の同居人はおろか、兄弟すら存在しないってこと。

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