第2話「新鮮な感覚と、懐かしさ」
——前略。
今、髪の毛を梳かされながらこのメールを書いています。
わたしが降り立った自然が豊かな星【
下宿先は木工品を扱う〈ヌヌ工房〉というお店なのですが、先日送ったフクロウの写真は、なんとそこの店長さんだったのです。
人の言葉は喋れませんが、知能は人間以上なんだと先輩のセフィリアさんが教えてくれました。
フクロウが店長なんてすごいところです。
お店のある街は森の中にあるのですが、その街では木の幹をくり抜いて家を作っていたりとかしていて、とにかく自然と手を取り合って共存しているような街でした。
どうやってくり抜いているのでしょうね?
とにかく今日から修行です。今から楽しみで仕方ありません。
頑張るぞ〜!
草々。
***
ちゅんちゅん。
「ん……」
爽やかな小鳥のさえずりが聞こえてきます。
窓から差し込むほのかな明かりがベッドに眠る瞳に差して、うららかな朝がやってきたのだと、睡気に目を
焦げ茶の髪は寝癖で花火のように四方八方へ爆発。パジャマもはだけてはしたないですが、それ以上に寝相がヤバい。
「はれ……?」
天地がひっくり返っています。頭を下にして、背を壁に預け、足先が天井を向いていました。
ベッドの上で180度回転して枕の位置に足がくるのならまだあり得る話ですが、ついに3次元的な動きの寝相が開発されたようです。
首がかなり曲がっていて絶対に寝苦しいはずですが、
「うぇっとっと……ふぁぁ〜〜……よく寝た……」
ゴロリと転がって起き上がると、実に気持ちよさそうに伸び伸びとあくびをしました。寝違えて首を痛めていたりは、これっぽっちもしていないようです。信じられません。驚愕です。驚天動地です。
「うわわっ?!」
部屋に置いてあった姿見を見て少女も驚きの声を上げました。
「いつにも増してすごい
そりゃああれだけ激しい寝相だったのです。当然髪型もとんでもないものに仕上がるでしょう。
どことなく金髪の超戦士を彷彿とさせます。
「んっしょ……」
なでなで、ビョーン!
癖のついた髪の毛をいくら撫でつけても、ばね仕掛けのオモチャのように跳ねてしまいます。
女の子の身支度は時間がかかると言いますが、瞳の場合はこれだけでかなりの時間を食ってしまいます。そのせいで、ただでさえのんびり屋さんなのに余計に時間がなくなるのです。
「わひゃあ?!」
癖っ毛に四苦八苦していると、腰の辺りをツンツン突かれました。
飛び跳ねるように驚いて振り向くと、そこにはずんぐりむっくりとした大きなフクロウがいつの間にか佇んでいたのです。
木工品を扱うお店〈ヌヌ工房〉のヌヌ店長。それがこのフクロウの正体です。
昨日の待ち合わせの時もそうでしたが、いつも唐突に現れては瞳に驚きをくれます。
「お、おはようございます……」
店長ということでフクロウでも目上の存在。瞳はペコリと頭を下げて朝の挨拶をしました。
それを真似るようにヌヌ店長も頭を下げますが、そこでようやく瞳は気付きます。
ヌヌ店長の頭の上に、若葉色の洋服が綺麗にたたまれた状態で乗っかっていたのです。
「これ……わたしに?」
聞いてみても返事はありません。頭を微妙に下げた状態でピクリともしません。
差し出している姿勢のようにも見えるので恐る恐る手に取ってみると、それは〈ヌヌ工房〉の制服でした。昨日迎えに来てくれた先輩のセフィリアが着ていたものと同じデザインですが、サイズは瞳に合わせてあります。
今日から修行が始まりますから、これを着ろということでしょう。店長の指示であれば、従わないわけにはいきません。
「んしょ、と……」
いそいそと着替えを始めます。
体の線に沿ってデザインされたシャープなエプロンドレス調の制服は、あまり馴染みがなくて着るのに手間取りましたが、なんとか着ることができました。
「ほへ〜……」
姿見に映る自分の姿をまじまじと眺めます。腰をひねってみたり、背中側を向けてみたり、スカートを広げてみたり。
いろいろなポーズをとってみました。
「かわいい〜!」
もちろん〝自分が〟ではなく〝制服が〟です。
パリッとした真新しい制服はまだ違和感を感じますが、いずれセフィリアのように自然に着こなせる日がくるでしょう。今はまだ制服に〝着られている〟感じでしょうか。
「どうですかヌヌ店長——ってすごっ?!」
さすがフクロウ。首の可動域がエライことになっています。
人間ではなくフクロウなので着替えを見られても恥ずかしくないからその場で着替えたのですが、ヌヌ店長、意外と紳士でした。性別は今のところ不明ですが。淑女かもしれません。
「えと、もういいですよヌヌ店長?」
今一度声をかけてみると、ぐりんっ、と首が戻ってきます。本当に人間の言葉を理解しているようです。
しかし理解はしていても喋れないので、
「………………ぅぅ……」
微妙な沈黙が舞い降りました。
何か喋った方がいいのかわずかに逡巡していると、天使のような優しい声音が沈黙を破ります。
「あらあら、まぁ。かわいいわよ瞳ちゃん、よく似合っているわ」
同じく若葉色の制服を身にまとったセフィリアでした。揺るぎない笑みを浮かべた優しさの塊のような人です。
瞳のボンバーヘッドは目に入っていないのでしょうか?
「あ、ありがとうございます」
「早く瞳ちゃんの制服姿が見たかったから出しちゃったのね。もう、こういう時だけせっかちさんなんだから」
言いながら、ヌヌ店長の頭をモフモフと撫でています。両者ともうっとりと目を細めて、非常に心地よさそう。ほんわかオーラが目に見えそうなほどです。
ひとしきりモフモフし終えると、小さく咳払いをしました。
「朝食の準備ができてるわよ。一緒に食べましょう?」
「は、あい!」
セフィリアの背を追って螺旋階段を下りていきます。もちろんヌヌ店長も一緒です。
どこでも言えることですが、大きな木の幹をくり抜いた中に住んでいるので、〈ヌヌ工房〉は縦長の構造になっています。
一階が工房兼売り場などなど。二階がセフィリアの部屋で、新たに作られた三階が瞳の部屋です。
自室に戻る際はセフィリアの部屋を覗いてしまう形になりますが、本人は気にしていない様子なので、問題なし。実際、見られて恥ずかしいものはひとつも置いてありませんでしたし、小綺麗な部屋でした。
一階まで降りると、小さな台所とテーブルが隅っこに。そこには白い湯気をゆらゆらと揺らめかせる朝食が二人分並べられていました。
「いただきます」
「い、いただきます……」
木目の美しいテーブルに向かい合うように腰掛けて、合掌一礼。
朝食らしい朝食ではありますが、とてつもなく古めかしい献立でした。
「私【
「いえいえ! とんでもないです! すごくおいしいです!」
まだ一口も食べてませんが。
セフィリアなりに瞳のことを思って考えた献立なのでしょう。瞳はあずかり知らぬことですが、セフィリアは前もって【
故郷の味を思い出してもらえるように。そして、忘れないようにするために。
セフィリアはじっと見つめます。
なんとなく視線を感じながら、瞳は魚とお米を一緒に口に運びました。
「……おいしい」
ぽつりと。自然に。そんな言葉が口をついて出ました。
それを聞いて、セフィリアはにっこりと微笑みます。
「——なんだか、とても懐かしい気持ちになる味です。おばあちゃんの家に遊びに行ったような……」
瞳の脳裏に、幼少期の記憶が駆け巡りました。大好きな祖母の家に遊びに行って、少しばかり味付けの濃い料理をたらふく食べさせてもらった記憶が。
「そう。よかった♪」
安心したように言うと、セフィリアもお箸を取り、食べ始めるかと思いきや……
じー。
「あの……なにか……?」
相変わらず微笑みながら見つめ続けていました。
穴が空くほど見つめられながらの食事ほどやりづらいものはありません。空いたその穴に頭から逃げ込みたいくらいです。
テーブルの陰に身をひそめるしかありません。
「んーん? なんとなく、嬉しくって」
「ふぇ?」
首を傾げますが、セフィリアはそれ以上言葉を紡ぎませんでした。
ずっとそばにいたヌヌ店長だけが、宇宙のようなその眼差しの中に、答えを漂わせているのかもしれません。
***
——前略。
今日は緊張の連続でした。
なぜかじっと見つめられながらの朝食。そのあと髪を梳かしてくれたりもして嬉しい反面、気恥ずかしさも
でも、同じくらい嬉しいこともありまして。
制服はかわいいし、セフィリアさんにもかわいいって言ってもらえました。
それから、朝食。とても馴染みのある味でして、ついつい食べ過ぎてしまいました。セフィリアさんは「いいのよー」って笑ってくれましたけど、居候の身ですから、なにかお手伝いできることを探さないと、ですね!
それでは、またメールしますね。
草々。
森井瞳——3023.4.12
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