平和な時代
村崎瑠璃
御馳走様でした
週末の金曜日。世間は夏休み真っ只中。
今日は何処かで外食をしたい気分だった。
いつもコンビニの弁当かうまい!早い!安い!が売りの丼ぶりものしか食べてこなかったので思い切ってたまには贅沢したい。
妻には悪いが仕事を頑張った自分のご褒美だ、と言い聞かせて軽い足取りで会社を後にする。
外に出てきょろきょろと辺りを見回し、一番最初に目に付いたのがこのレストランだった。
「いらっしゃいませ」
店内は会社帰りのサラリーマンやOLでごった返していた。皆考えることは同じなんだな。
一名です、と言うとカウンター席に案内された。
「今日は活きのいいのが入ってきてますよ」
と言われたのでじゃあそれで、とメニューを見ずに注文する。
この店は市場で手に入れた新鮮な食材を生きたまま調理するのが売りだった。
胸にナプキンをつけうきうきしながら待っていると前菜が運ばれてきた。
先ほど捌いたばかりの刺身のカルパッチョ。
ソースの酸味と程よく脂肪ののった赤身が口の中で混ざり合う。思わずうなりたくなる美味しさ。
完食するとタイミングを見はからったように次の皿がやってきた。
じゅうじゅうと鉄板の上で肉汁溢れるフィレステーキ。
契約牧場で体にいいものばかりを与え続け大切に育てた肉だそうだ。
あつっと火傷しそうになりながら丁寧に切り分け口に運ぶ。これも美味。
デザートはシャーベット。
食材をミキサーでペースト状にして凍らせたものだ。
ピンク色のそれが舌の上で滑りまろやかな舌触りが口全体に広がった。
どれもこれも一つの食材を無駄にすることなく使ったすばらしい創作料理に大満足だった。
会計しようと席を立ち、レジへ向かう途中ガラスケース越しの食材と目が合った。
満腹だったがどうしてもそれが気になって、じっと見つめていたら気づいた店員がにこっと笑った。
「こちらテイクアウトも出来ますよ」
それを聞いて思わずじゃあこれをお持ち帰りで、と指差した。
お値段はやはり相当のものだったが、まあしょうがないか、と奮発して店を出た。
「ただいまー」
家に帰ると玄関で妻が出迎えてくれた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
顔は笑っていたが、何処か不機嫌を隠せなかった。自分だけ贅沢したのが許せないんだろう。
「ごめんごめん。遅くなって。これお土産」
紙袋を受け取り中身を確認すると妻の顔がみるみる輝いていくのがわかった。
「まぁ~なんて可愛い赤ちゃん」
ちゅっちゅっとキスしながらうっとりと呟いた彼女は、それを持ってキッチンへと消えていった。
あとで夜食にでもするのだろう。ザシュッという包丁の音が響いた。
それは品種改良を重ねて悲鳴も上げない柔らかい上質な舌触りが売りのA5ランクの肉だった。喜んでくれて何よりだ。
地球を侵略して数千年。
人間の家畜化に成功してからはずっと食料に困らない、戦争のない平和な時代がやってきた。
今度は妻も誘って一緒にあのレストランへ行こう。
妻のご機嫌な鼻歌を聞きながら、頭の中でそう計画した。
平和な時代 村崎瑠璃 @totsukitouka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます